寒暁

繚乱

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 懇願

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「さて・・・他にはもうないか・・・?」

 一益は、あらためて大広間に集まった一同の顔を見渡す・・・


(これが、最後の別れとなるやもしれぬ者もおる・・・わしが、わがままを許せ・・・)


 一益はこみ上げてくる感情を懸命に抑えながら、一人、また一人づつ顔を見つめる・・・

(ん?・・・)

 その中で、こちらを楽しそうな表情で見つめる男と視線が合う。

正重まさしげ、そちはもう徳川殿の下に戻ったほうが良いのではないか? 何もおぬしがこの分の悪い戦に付き合う必要はないぞ」

「これは一益殿、つれないことを申される。それがしは、ここに残りますぞ、自らの意思で」

「・・・そちの言葉嬉しく思うが徳川殿や本多殿の胸中を思うとな、やはりここは戻ったほうが」

「お待ちくだされ、一益殿!」

 一益の言葉を遮るよう正重と呼ばれた男が叫ぶ!

「お言葉ながらあの陰気な兄者の正信が、それがしの事を気にかけておる訳がござらぬ。ましてや徳川の殿なんぞわしの事を嫌っておるのは徳川家中において知らぬ者はないわい!」

 話しの途中で言葉使いがぞんざいになっているこの男は、本多正重といい家康の謀臣である本多正信の実弟であった。正信は正重の口の悪さに辟易としており、弟の徳川家出奔の折にも正重の武勇は惜しみながらも家中での評判を気にして引き留めることはしなかった経緯があったのだ。家康もまた主君である自分に対しずけずけと物申す正重を疎み、正重出奔の際にも引き留めも咎めもせず周りの者に、『これで言われざる事を、言われずにすむわ・・・』とこぼしたそうだ。このような経緯があった後に、あの信長が海道一の勇士と称した正重は長篠の合戦以降どういうわけか一益のもとに身を寄せるようになり今に至る・・・。

「わしは、ここが居心地が良い・・・戦馬鹿が揃い、あけすけにものを言い合い家中が明るいのが本当に心地よいのじゃ。一益殿、いやっ 殿!! わしをここに居させてくれまいか? わしも殿の下で、滝川一益の下で存分に槍働きがしたいんじゃ!!!」

「正重・・・」

「それがしも、正重殿に同意致し申す!!」

 その時、正重の隣に座る男からも声が上がる。

茂里しげさと、おぬしもか⁉」

 一益に茂里と呼ばれた男は、牧野茂里といい家康の譜代衆である三河牧野家が本家筋にあたる人物であった。この茂里は後年に堀久太郎秀政の盟友である長谷川一秀の家老職を務めるまでに至る人物である。

「殿、それがしは正重殿に殿が申されたお言葉がとても寂しく思われてなりませぬ・・・」

「・・・」

「確かにそれがしも正重殿も、木俣殿や篠岡殿のように生え抜きの滝川家の家臣ではありませぬ。ましてや殿の一門である益重殿、益氏殿、忠征殿のような立場でないことは十分に承知致しておりまする・・・されど方々が殿と一緒に過ごされた時間には及びませぬが、当家に仕えてまだ日の浅い我等ではありますが滝川家に対する思い、更に申し上げれば殿に対する畏敬や忠義の念に関しては方々にも負けず劣らずと思うておりまする! ・・・殿、どうかそれがし達にも方々達同様にこの場で 戦え と命じてくれませぬか? この茂里、伏してお願い申し上げるしだいにございます・・・」

「おお、よう言った茂里殿!! わしからもお願いじゃ、殿! ここに居させてくれ、皆と一緒に戦わせてくれぬか!!?」

「おぬし達は、それほどまでに・・・」

 二人の思いに、一益は言葉を失う・・・

「殿・・・、お二人の意を酌んであげては、いかがですかな?」

 忠澄が固まった一益に助け舟を出すように促した。

「・・・おぬし達は・・・おぬし達は・・・本当に、大馬鹿者よ!!」

「今更!! わしは、とうに昔から大馬鹿者よ、カッカッカ・・・」

「お褒めの言葉と、受け取らさせていただきまする」

 一益の言葉に、正重、茂里がそれぞれの言い方で礼を述べる。

「ならば、よし! 二人とも存分に働くがよいわ!」

「おう!」

「はっ!」


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