寒暁

繚乱

文字の大きさ
17 / 18

 懇願

しおりを挟む
「さて・・・他にはもうないか・・・?」

 一益は、あらためて大広間に集まった一同の顔を見渡す・・・


(これが、最後の別れとなるやもしれぬ者もおる・・・わしが、わがままを許せ・・・)


 一益はこみ上げてくる感情を懸命に抑えながら、一人、また一人づつ顔を見つめる・・・

(ん?・・・)

 その中で、こちらを楽しそうな表情で見つめる男と視線が合う。

正重まさしげ、そちはもう徳川殿の下に戻ったほうが良いのではないか? 何もおぬしがこの分の悪い戦に付き合う必要はないぞ」

「これは一益殿、つれないことを申される。それがしは、ここに残りますぞ、自らの意思で」

「・・・そちの言葉嬉しく思うが徳川殿や本多殿の胸中を思うとな、やはりここは戻ったほうが」

「お待ちくだされ、一益殿!」

 一益の言葉を遮るよう正重と呼ばれた男が叫ぶ!

「お言葉ながらあの陰気な兄者の正信が、それがしの事を気にかけておる訳がござらぬ。ましてや徳川の殿なんぞわしの事を嫌っておるのは徳川家中において知らぬ者はないわい!」

 話しの途中で言葉使いがぞんざいになっているこの男は、本多正重といい家康の謀臣である本多正信の実弟であった。正信は正重の口の悪さに辟易としており、弟の徳川家出奔の折にも正重の武勇は惜しみながらも家中での評判を気にして引き留めることはしなかった経緯があったのだ。家康もまた主君である自分に対しずけずけと物申す正重を疎み、正重出奔の際にも引き留めも咎めもせず周りの者に、『これで言われざる事を、言われずにすむわ・・・』とこぼしたそうだ。このような経緯があった後に、あの信長が海道一の勇士と称した正重は長篠の合戦以降どういうわけか一益のもとに身を寄せるようになり今に至る・・・。

「わしは、ここが居心地が良い・・・戦馬鹿が揃い、あけすけにものを言い合い家中が明るいのが本当に心地よいのじゃ。一益殿、いやっ 殿!! わしをここに居させてくれまいか? わしも殿の下で、滝川一益の下で存分に槍働きがしたいんじゃ!!!」

「正重・・・」

「それがしも、正重殿に同意致し申す!!」

 その時、正重の隣に座る男からも声が上がる。

茂里しげさと、おぬしもか⁉」

 一益に茂里と呼ばれた男は、牧野茂里といい家康の譜代衆である三河牧野家が本家筋にあたる人物であった。この茂里は後年に堀久太郎秀政の盟友である長谷川一秀の家老職を務めるまでに至る人物である。

「殿、それがしは正重殿に殿が申されたお言葉がとても寂しく思われてなりませぬ・・・」

「・・・」

「確かにそれがしも正重殿も、木俣殿や篠岡殿のように生え抜きの滝川家の家臣ではありませぬ。ましてや殿の一門である益重殿、益氏殿、忠征殿のような立場でないことは十分に承知致しておりまする・・・されど方々が殿と一緒に過ごされた時間には及びませぬが、当家に仕えてまだ日の浅い我等ではありますが滝川家に対する思い、更に申し上げれば殿に対する畏敬や忠義の念に関しては方々にも負けず劣らずと思うておりまする! ・・・殿、どうかそれがし達にも方々達同様にこの場で 戦え と命じてくれませぬか? この茂里、伏してお願い申し上げるしだいにございます・・・」

「おお、よう言った茂里殿!! わしからもお願いじゃ、殿! ここに居させてくれ、皆と一緒に戦わせてくれぬか!!?」

「おぬし達は、それほどまでに・・・」

 二人の思いに、一益は言葉を失う・・・

「殿・・・、お二人の意を酌んであげては、いかがですかな?」

 忠澄が固まった一益に助け舟を出すように促した。

「・・・おぬし達は・・・おぬし達は・・・本当に、大馬鹿者よ!!」

「今更!! わしは、とうに昔から大馬鹿者よ、カッカッカ・・・」

「お褒めの言葉と、受け取らさせていただきまする」

 一益の言葉に、正重、茂里がそれぞれの言い方で礼を述べる。

「ならば、よし! 二人とも存分に働くがよいわ!」

「おう!」

「はっ!」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...