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一章

九話 『醜悪な冒険者と黄金の姫の終末』

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「やっと来たか……」

 冒険者ギルドからコータへ、裏クエストを依頼されるようになってから一ヶ月。
 ついに、あるクエストに指名された。

「不死王……ノーライフキングの討伐クエスト」

 コータは、冒険者ギルドの安宿で、蝋燭の明かりが照らす羊皮紙に目を落としながら独り呟いた。
 このクエストが舞い込んで来るのをずっとコータは待っていたのだ。

 正直、いくらコータが冒険者稼業に精を出そうと、一千万ミスルを貯めるのは容易ではない。
 どんな高額な報酬のクエストを受けたところで、スケルトンの時のように、収支は同じ……もとい、赤字になることが多い。 

 普通なら、酒に遊女に遊びに使い。残ったミスルも今より良い装備に買い替える。
 女も酒もそこまで興味がなく、ブロンズソード一筋のコータも、ロニエスの治療費や生活費がある限り、お金は殆ど貯まらない。

 だからこその『不死王』討伐クエスト。

 元、魔王軍四天王。
 その討伐報酬は破格で、一千万はゆうに超えている額。
 聖女の治療に一千万を要求されたあの瞬間から、コータの計画は始まっていた。

「さて、後は、聖剣もない俺が、不死王に勝てるかどうかだな」

 コータの理性は、絶対に無理だと警鐘を鳴らしている。
 ロニエスにも言ったように、『不死王』は、人類最強のパーティーで挑み。沢山の犠牲を出しながらようやく倒した化け物だ。
 とても一人で倒せるような魔物じゃない。

 その上……

 アンデットモンスターだから、単純な物理攻撃は効かない。
 不死属性を持っているため、聖女クラスの浄化の力が無ければ絶対に倒す事が出来ない。
 そう、コータの力では、どう足掻いても倒せない。

「だが、ま……そっちについては当てがある」

 コータがそういったタイミングで、扉が開き、リゲルが現れる。
 その手には打ち直し立ての神剣アスカロンと、神剣グラムが握られていた。

「貴様。本当に一人で行くつもりか?」
「ああ……その方が敵に吸収されずに済むしな……あ。壊れても怒るなよ?」

 言いながら、三つのポーチと、ブロンズソードを持って、リゲルの神剣を受けとる。
 それが、今回、不死王討伐に使う道具の全て。

「いくら貴様が元、勇者であっても死ぬぞ?」
「なんだ? 心配してくれてるのか? 可愛いげあるな」

 もし、相手がロニエスなら、ここで顔を赤らめるだろうと、コータは思うが、相手はリゲル。

「違う」

 真顔で、否定して仏頂面を晒すだけ。

「だが、貴様が死ぬと姫様が悲しむ」
「お前、アイツにこのクエストの事、言ってないだろうな?」
「無論だ。姫様は熟睡しておられる」
「そうか……なら良いんだ」

 コータがこんな馬鹿げた事をするのには、ロニエスの時間が少ないという理由もある。
 毎日、寝ているだけのロニエスが、熟睡しているということは、それだけ、体力が消費されていると言うこと。
 もう万能薬の痛み止めすら、前ほど機能してないとコータは予測している。

「クロ……行こう」

 それ以上、語ることもせず、相棒のクロだけを共に連れて、淡々とクエストに向かおうとするコータに、リゲルは一つだけ問う。

「何故、貴様は姫様の為にそこまでするのだ?」
「……」

 その問いに、コータは足を止めて、何処か遠い何かを見ながら、

「さあな。俺にも分からない。たかが成り行きで出会ったただのガキを、一人助けるために、命までかける必要があるか? と疑問に思う」

 言いながら、コータは漆黒の仮面に触り……

「ただな。アイツは俺の顔を醜いと言わなかった。それは、俺がコータになってから、クロ以外が与えてくれた初めて癒しだったんだ」

 だから、ロニエスとあのまま共同生活を続けるのも悪くないと思っていた。
 だが、コータには、絶対に、ロニエスと一緒に入れない理由がある……
 それは、ロニエスにも伝えていないし、リゲルに伝える必要は更にない。
 
「もしかしたら《魅了(チャーム)》されたのかもな。そういことだ」
「それでは分からん。もっとハッキリ言ってもらおうか」
「あ?」
「姫様は、貴様にとって特別な存在で、命をかけるだけの理由になると……そういうことなのだろう?」
「……」

 無言で、コータは歩きだし……扉を閉める直前に……

「ああ……アイツは俺の『特別なお姫様』だ」

 そういって……帰還率零。
 最高級難度のノーライフキング討伐クエストへ、たった一人で旅立った。

 コータがいなくなった後、リゲルは懐に入れていた小さいクリスタルに話しかける。

「だ、そうですよ? 姫様……」
「うっ……うっ……うぅ……」

 リゲルに持っているのは携帯念話クリスタル。
 二つのクリスタル同士で会話できる高級アイテム。

 そして、リゲルの念話相手はもちろん……ロニエス。

「ばかぁ……ううぅっ……ばかぁっ! そういうことは……ちゃんと私に直接……言わないとっ……ダメじゃないですかぁ……ばかぁっ!!……」
「……」

 クリスタルの向こう側で、ロニエスは泣き続けた。
 何度も何度も嗚咽を漏らして……色々な感情を全て吐き出してから……

「……リゲルさん。一つ、我が儘を言っていいですか?」
「なんなんりと。姫様の我が儘こそが、私の天命ですので」
「では――」

 ロニエスはここで、あることをリゲルに願った。
 リゲルはそんなロニエスに、

「御心のままに」

 即答するのだった。







 ソフィア聖教の廃教会。
 その前で、コータは足を止めた。

「さ、クロ。……クロはここで待っててくれるか?」
「……」

 不死王との決戦は、今までと違い、魂を削る死闘になる。

「悪いな。今回はクロを守り抜く自信がないんだ……待っててくれ」
「にゃ~っ!」

 しかし、クロはコータの肩から降りてはくれなかった。
 逆に、コータと共に闘うと、そういっている気さえした。

「……そうか。護れないかもしれないからな?」
「にゃん♪」
「この闘いは、お姫様を救う闘いだが……良いのか?」
「にゃーっ」

 ちょっと嫌そうな声。
 しかし、それでもクロは降りようとはしなかった。
 そんなクロの決意を見て、コータはもう何も言わない。
 ただ、朝日が昇るのをクロを撫でながら待ち続けた。

 そして、日の出。

「綺麗だな。クロ」
「にゃー」
「不死王を倒したら、また、一緒に見ような?」
「にゃー♪」

 最期になるかもしれない朝日。
 だからこそ、コータはそんな約束をした。

「じゃ、久し振りに本気で闘(ヤ)ろうか」
「にゃ~♪」

 言って、コータは予め、教会の回りに仕掛けておいた、百個のマジッククリスタルを起動させる。
 直後、凄まじい爆炎と爆風が、教会という建物を跡形も消し飛ばした。

「さて、作戦その一だ。この日の為に、大量の金を注ぎ込んで、毎日、地道に仕掛けておいた爆炎魔術水晶(マジッククリスタル)の成果はどうだ?」

 コータは、行き当たりばったりで、強敵と戦ったりはしない。
 何日もかけて準備して、敵の弱点を研究して、闘う。
 それは、今回も同じ。

「勝負は闘う前から決まっている。って、アレ。俺は至言だと思ってるから」
「にゃー」

 クロから、『教会ごと吹き飛ばすなんて狡いにゃー』と、言うような視線を受けるが、コータはどこ吹く風で、ブロンズソードと、神剣アスカロンを両手で構えていた。

 爆炎の煙りが晴れるのをしっかりと待って、状況を確認する。
 廃教会のあった場所に、巨大なクレータが出来上がり、その中心にボロボロの黒衣を纏った骸骨の巨人。
 格好はどう見ても、闇の魔法使い。
 ……不死王は健在だった。

「ちっ……黒衣も剥がせなかったか」
「■■■■■■ッ!」

 寝ている所をいきなり爆破された不死王が、コータの姿に気づき、人間には聞き取れない声で、威嚇した。
 すると、不死王を中心として、半径十キロルに、黒い霧が掛かかる。
 コータはその霧を、大きく吸い込んで、肺にいれながらポーチを漁る。

「懐かしいな。《死の霧(デスミスト)》、コレの効果を知らずに、何人が死んだことか」

 不死王には幾つか倒す前に、越えなきゃいけない壁がある。
 多大な犠牲を払った前回は、その全てを最初から探っていったのだが、今回はもう知っている。

 デスミストは、不死王が臨戦態勢に入ると発動する特殊スキル。
 その効果は、デスミストを10分以上吸うと死ぬ(皮膚呼吸も含む)。というものであった。

「あいつらの犠牲を無駄にはしないさ」

 コータは、ポーチから取り出した聖水を一気に煽った。
 スケルトン戦では、武器に塗ってスケルトンの精神を浄化したが、ノーライフキング戦では、摂取することで、30分間、死の霧を無効にできる。

 コータが持っている聖水は後七本。
 つまりそれが、制限時間(タイムリミット)でもあるという事。
 因みに、クロは魔物だからか、この霧の呪いは受けない。

(ま、タイムリミットは考えても仕方ないか。アイツの為だ。逃げるわけにはいかない)

 覚悟の上で、不死王と戦いに来た。
 今更迷うコータではない。
 
 コータの足元にマジックサークル。
 コレは不死王のもの。

「さて、作戦その二だ」

 言って、コータは迷いなく、不死王のいるクレータに飛び込んだ。
 刹那、コータの足元にあった魔術方陣(マジックサークル)が起動し、黒炎を上げる。

《死の爆発(デスプロージョン)》……不死王の主な攻撃手段は二つ。
 そのうちの一つが、コレだ。

 遠距離範囲指定即死魔術。
 黒い焔に掠っただけでも、命を奪われる。災厄の焔。

 今回は仲間が、いないが、前回の闘いでは、この焔で、何人の人間が、アンデットにされて吸収されたことか、途中から数えるのも辞めてしまった。
 
 その黒炎の中を、コータは駆け抜ける。
 コータが駆けた後を追うように、デスプロージョンのマジックサークルが地面に浮かび上がり、次々と爆発していく。

 だが、コータは当たることはなく、不死王に急接近。
 そのまま、挨拶がわりのアスカロン。

 斬っ!

「■■■■■ーーっ!!」
「気味悪い声を出すんじゃねぇ~よ!」

 続けて、回転しながら、逆の手で握るブロンズソードで、追撃。
 足元にマジックサークルが浮かぶのを見て、高く飛び下がる。

 空中には焔は届かず、地面がないからマジックサークルも描けない。
 一瞬の空白時間で、頭をリフレッシュする。

(さて、やっぱり、最強の斬撃武器アスカロンでも、ダメージにはならないか)

 アスカロンとブロンズソードで二度も切り付けたのに関わらず、不死王にはノーダメージ。
 元々、アンデットは物理属性を無効にするが、最初のマジッククリスタル百個分のダメージは受けていないとおかしい上に、ボーンナイトと同様に、アンデットでも、骨は損傷する。

 だが、それが、一切見られない。
 コレが、不死王を相手にするときの、二つ目の壁。

 不死王が、纏う黒い衣。
 前対戦で、勇者達が、《死の黒衣》と名付けた、その外套には、ある特殊属性が付与されている。
 それが、

《無敵属性》

 物理・魔術問わずあらゆる攻撃を無効にする属性。
 名前の通り無敵になれる服と言う事だ。

「だからこそ、先ずはそれを剥がせてもらう」

 無敵と言っても、所詮は服。
 防げるダメージ量には限度があり、それは、百個のマジッククリスタルで、ボロボロになったことから、もうすぐと予測できる。

 前回は、高位魔術師、百人規模での魔術掃射と、聖剣で剥いだ。
 今回は、高位魔術師の一斉掃射に、かわりマジッククリスタル。聖剣には一歩劣るものの、物理属性最強の神剣アスカロンで、剥ぐ。

「■■■■■■■■■■ーーっ!」

 と、そこで、不死王の眼前。
 空中に魔術方陣(マジックサークル)。

 起動し、黒いレーザーが、コータに直進。
 コレが、不死王の二つ目の攻撃手段。対空戦即死黒閃《デス・バースト》
 因みに、コレも、掠っただけで、即死する。

「……っ!」

 コータは、空中で身体を捻り、紙一重で躱す。
 だが、掠れば即人生終了の攻撃を、紙一重で躱のは、多大な精神的ダメージを受ける。

「■■■■■■■■■■」

 今度は、コータとは関係ない地面に、《デス・プロージョン》とは違うマジックサークル。

「ちっ! 次から次にッ! 手が足りねぇ~よ!」

 コータは急いで、ポーチからクリスタルを取り出して、そのマジックサークルに放(ほう)った。
 あのマジックサークルは、不死王と闘う上で、越えなきゃいけない三つ目の壁。

 死霊召喚魔術《デス・コーリング》
 アンデット系モンスターを召喚する魔術。

 不死王の攻撃ではないが、一度に呼べる数が、スケルトンなら千体。ボーンナイトなら十体と、甚大。
 普通に呼び出されたら、不死王討伐どころではなくなってしまう。

 今回、不死王が、召喚したアンデットは、スケルトン千体。
 魔術方陣が、扉となって開き大量のスケルトンが扉を越えて出現する。
 その出鼻を、コータが放った、クリスタルの爆炎で妨害した。

 狙いは、スケルトンではなく、マジックサークルの方。
 魔方陣の扉が、爆炎で消しとんだ。
 そう、いくら大勢スケルトンが出てこようとしても、扉が破壊されれば、出て来ることは絶対に出来ない。

 最初の爆撃に使わず残して置いた、残り九個のマジッククリスタルは、全て攻撃用ではなく、《デス・コーリング》の打ち消し用。

「さて、次は、俺の番だ!」

 黒閃《デス・バースト》を躱しながら、着地。
 すぐ地面に《デス・プロージョン》のマジックサークルが浮かぶのを無視して、突撃する。
 コータの移動速度ならば、地雷式のデスプロージョンが起動するより早く、爆炎の範囲外へと逃れることができる。

 足を止めない事こそが、コータが生き残れる道なのだ。

「舞闘流……《連激乱舞》」

 かつて、魔術才能の無かったコータが、お姫様を護る騎士になる為に、磨いた家剣の流派。
 コータが国外追放を受けたときに、コータの家族は処刑され、《舞闘流》は断たれた。
 今はもう、コータしか受け継ぐもはいない、絶滅した流技。
 
「ハァアアアアアアアアアーーッ!」

 円舞……舞踊……舞踏……あらゆる舞を剣技に昇華させた、見る者を魅了する超連続攻撃。
 コータが着ている黒いマントがはためき、一瞬で、両手の剣それぞれが百の斬撃を叩き込む。

 狙いは、『死の黒衣』の破壊。
 アスカロンで切り裂き、ブロンズソードで殴りつける。
 そして!

 バリンッ!

 遂に、『死の黒衣』は、ガラスが割れるように砕け散る。
 コータは残りの剣舞も叩き込んでから、もう一度、高く飛び下がった。 
 その際。クロがコータの肩から顔を出し、炎の魔法で、攻撃した。

「にゃーん♪」
「こらこら。ちゃっかり攻撃しなくて良いぞ? だが、ナイスだ」
「にゃー♪」

 アンデットの弱点は、超特殊な神聖属性を除けば、炎属性。
 無敵属性が失くなった、不死王には多大なダメージになっている。
 そのおかげで、不死王の攻撃が緩み、追撃のチャンスが生まれた。

(……だが。一度、下がる)

 その隙を使って、クレータの外まで待避し、上級回復薬《ハイポーション》で、失った体力を回復。
 制限時間にはまだ早いが、聖水も飲んでおく。
 補給できる時に、補給しなければ、いざという時に冗談ではなく死んでしまう。

(それに、ここからは持久戦になる)

 理由は、不死王が不死王である為。 
 端的にいえば、無敵属性を剥いだ所で、不死王に不死属性があるのは変わっていないと言うこと。
 しかも、ボーンナイトやスケルトンと違って、不死王の不死身さは本物。

 つまり、どんなに損傷(ダメージ)を与えても、不死王は、一瞬の内に回復してしまう。
 コータが与えた斬撃と打撃によるダメージも、クロが与えた炎によるダメージも、既に不死王は回復した。

「さて、ここからが、作戦その三な訳だけど……」

 コータが距離を取ったからか、不死王は再び《デス・コーリング》を起動した。
 それを、マジッククリスタルを投擲し相殺しつつ、次の作戦に移る。

 作戦第一で、不死王の沢山いたであろう配下ごと吹き飛ばし、アンデットが苦手な太陽の下に引きずり出した。
 この時点で、不死王は不利な条件で闘う事になっている。

 本当は、教会に築いていた、陣地魔方陣で、魔力を強化、無限の魔力で圧倒するのが、不死王の戦法だが、それも吹き飛ばしている。


 作戦第二で、不死王の最大の防御……無敵属性を壊した。これで、不死王は完全に弱体化したことになった。
 それでも、気を抜けば……いや、まだまだコータが不利。
 だからこそ、次の作戦。

 作戦第三で、不死王の魔力を全損させる。
 そこまですれば……対浄化耐性も失くなり、
 神剣グラムの神気を解放した、《神光の浄化》の力を使えば、高位のシスターや、聖女の浄化魔術を使わなくても倒せるはず。

(ただ……その魔力全損させるのが、無茶苦茶で無防備な事なんだけどな)

 教会を壊したことで、不死王の魔力は無限じゃなくなっている。
 だが、莫大で、あることには変わらない。
 前対戦では、陣地を破壊してから、百度のデス・コーリングと、無数の魔術攻撃の果てに、ようやく魔力を使い果たした。

 もちろん、今回は百度も、《デス・コーリング》を防げる訳もない為、違う方法で削って行くしかない。
 つまり、

「殴って! 殴って! 殴って! 殴って! 殴って! 殴って! 殴って! ――って! 回復出来なくなるまで、殴りつづける脳筋戦法だよ。馬鹿らしい」

 アンデットの欠損回復には、魔力を消費する。
 下級アンデットを浄化処理しなければ、そのうち復活するのと同じだが、不死王の高速再生能力はその莫大な魔力によって支えられている。

 だからこそ、その再生を狙う。
 ……しか、コータには手がないのだ。

 コータは、二つの剣を握って、いつ尽きるとも知れない、不死王の魔力を削る闘いに身を投じていく……

「敵は、無敵で復活し放題。比べてこっちはワンキルに怯えながら、ジリジリと地道に魔力を削る……とんだ鬼畜ゲームだな」



 
 
 そして、コータが不死王と狂気の戦いを始めてから三時間後……
 遂に、コータは最後の『聖水』を飲み干していた。

 残ったビンは、自棄気味に不死王へ投げつける。
 一応は聖水が入っていたビン。暫くは、対アンデット用のおまじない、程度にはなる。
 が、もちろん、そんな残り滓で、どうにかなる訳もなく、《デス・バースト》の黒閃に焼かれて消失した。

「さて……そろそろ。我慢比べも、限界なんだが……」

 不死王の即死攻撃を避ける為に全開で走りつづけていた、コータは既に満身創痍。
 ぐらつく膝は笑っている。
 回復するための回復薬も尽きた……

「別に、ケチった訳でもなかったんだがな……」

 コータと同じく、クロも魔術支援で攻撃していたため、疲労が見えている。
 もう、タイムリミットも秒読み。
 されど、不死王の回復力は衰え知らずで、魔力攻撃も嵐の如く止まらない。
 つまり、万策尽きた。

「四天王……一度、倒した事があるからって、ナメすぎていたか……」

 コータは、絶対に勝てる闘いしかしない。
 だからこそ、事前に沢山の策を練り、罠をしかけ、絶対に勝てると思って戦った。

(いや、絶対に勝てる。とは思ってなかったか)

「リゲルに言われた通りになったな。……俺は、何時からこんな馬鹿な事をするようになったんだろうな?」

 何時から、勝ち目のない戦いに挑む様になっていたのだろうか?
 決まっている。ロニエスと出会ってからだ。

「馬鹿だな……。だが、悪くなかった。そう、悪くなかったんだ」
「にゃ……」

 コータは、一度、不死王から距離を取って、クロを背中から降ろした。
 ここから先は、クロを連れては闘えない。

「悪いな。クロ。『死ぬかも知れない』闘いから『絶対に死ぬ』闘いになった。ここから先は蛮行だ。クロが付き合うことはない。俺は一度、クロを裏切ったしな」
「にゃー!」

 クロが哀愁漂う声で、鳴くが、この決定はもう、覆らない。
 それでも、コータの背中に飛び乗ろうとするクロに、コータはずるい言葉を使う。

「俺の唯一の友達よ。頼む。俺を世界で独りにしないでくれ。お前だけは、生きて、俺が居たって事実を覚えていてくれ……頼む」
「にゃ……にゃー」

 それで、クロはもう、コータの背中に乗ろうとはしない。
 その小さい瞳を大きく開いて、コータの闘いを最後まで、見守る覚悟を決めたのだ。

「さて、最後に一花、咲かせてみるか」

 コータは、ブロンズソードをしまい、代わりに神剣グラムを引き抜いた。
 右手に魔術属性最強の神剣グラム。
 左手に物理属性最強の神剣アスカロン。
 両手に、二つの神剣を持っている。

 それは、英雄の血筋を引き継ぐ、リゲルにも出来ない芸当。
 そして、それが、コータが、不死王を滅ぼすために練っていた最後の策。

「行くぞ。不死王。時期尚早なのは分かっているが、叶うのなら……滅びてくれ」

 《神剣アスカロン》 力の開放。
 神光を放ち、最大威力で、神聖属性の物理ダメージを与えられる形態に変化する。

 同じく、

 《神聖グラム》 力の開放。

 神光を放ち、最大威力で、神聖属性の魔術ダメージを与えられる形態に変化する。

 本当なら、二つの神剣の力を開放するのは不死王の魔力が尽きてからだった。
 だが、もはやそんな事は言ってられない。
 今、この瞬間、切り札を切ってでも、不死王を倒せなければ、コータは死ぬのだ。

 だからこそ大博打。

(いや……博打にすらなっていないな)

 コータは最初に、神剣アスカロンを振り下ろしながら、走馬灯を見た。
 前世の記憶……この世界で夢を叶えた記憶……様々な記憶が呼び起こされたが、結局は、ロニエスの無邪気な笑みが一番心地好い記憶だった。

(アイツを救うって言ったけど、救われていたのは俺だったのか……)

 コータは、ロニエスが向けて来る微笑みに、感情に……コータが捨てた筈の温かい何かを貰っていた。
 それは、人間でないクロでは、絶対に渡せないものであり、癒せない傷であった。

(俺は……まだ、人間だったんだな)

 そう、コータが捨てた、人間として、人間の中で、生きる未来。
 夢を叶えて幸せになる希望。
 それを、ロニエスは与えてくれた。
 それを、コータはずっと求めていた。

「俺は! お姫様を守る騎士だ! アイツを守る騎士だ! ハァアアアアアアアアアアアアアアアアーーっ!」
「■■■■■■■■ーーッッ!」

 だから、命を懸けてもロニエスを救いたかった。
 だから、命を捨てるつもりで、不死王と闘えた。

 バギリッ!

 その時、神剣アスカロンが、不死王の胴体を半分ほど、切り裂いた。
 再生は……しない。

「おいおい……マジかよ」

 この大一番に来て、不死王の魔力が全損したのだ。
 勝機っ!

(イケるか!? いや! やるんだ!)

 敗色濃厚だった特攻に、微かだが、希望の光が指している。
 コータは、全力で、その光を掴むべく《神剣グラム》を不死王にぶつけた。

「■■■■■■■■ーー●●●ッッ!!」

 効いている。
 神剣グラムは、物理属性ダメージのアスカロンと違い、魔術属性ダメージ。
 つまり、アンデットには有効な攻撃だ。
 
 だが、本当なら、『アスカロン』と『グラム』の両方で、魔力が全損した不死王の魂を浄化する予定だった。
 それが、今は一本……それでも、やるしかないのだ。

 神剣の力の開放は、連続して使用できない。
 一回使えば、一日は、神気を貯める時間が必要である。
 よって、神気を使い切り、神光が消えた『アスカロン』も、今は神光を放っている、『グラム』も後一日は、もう一度、光を放つことはない。

 この一撃で、不死王を浄化しきる。
 それが、唯一の勝利への道。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーっ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーっ!」

 コータも必死なら、不死王も必死で、浄化にあらがっている。
 二人の気合いが、地割れを起こし、嵐を呼んだ。
 そんなとき、

 パキリ……

 不死王の骨にひびが入った。
 もうすぐ、もうすぐ、浄化が出来る……!

 ……が、そこまでだった。
 グラムの神光が、そこで、潰えてしまった。
 そうなればもう、神剣はただの剣と変わらない。
 
 不死王は、弱り切っているが、コータにはもう、浄化する方法が何一つ残されていなかった。

「……ここまでか」

 身体の半分が白灰化して、滅びる寸前だった不死王が、巨大な隻椀を振り上げたとき、コータは死を悟った。
 もう、足も、動かない。
 策もない。
 希望の光は消えている。

「にゃーッ!」
「クロッ!!」
 
 そのタイミングで、現れたクロがコータの肩に飛び乗って、不死王に炎の魔術を撃ち込んだ。

「馬鹿! 何を……ッ!」

(いや、炎にも! 微弱だが、浄化作用がある。今の弱り切った不死王ならあるいは!)

 クロの狙いが察したコータは、マジッククリスタルが入ったポーチごと、不死王に投擲。
 中に残っているマジッククリスタルは、二つ。
 それが、クロの炎で、引火し爆発した。

 爆炎が不死王を包み、その姿が見えなくなる。
 だが、不死王の何かがボロッと崩れたのは分かった。

「ハハ……やった……のか? ……って、言う必要もないか」
「■■■■■■■ッ!」
 
 健在。やはり、なけなしの炎では、不死王の灰化していた一部を崩す事は出来ても、浄化出来る訳がなかった。

 直後、コータの身体を不死王の巨大な爪骨が切り裂いた。
 傷は深く、反動で、大きく弾き飛ばされ、クレータの壁に激突した。

「ゴホッ! ゴホッ! ……クソ。クロ……逃げろ……」
「にゃ……にゃーッ!」
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