光る骨の剣

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第1章 勇者の未亡人

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 レーネはあの一戦の後しばらく、随分饒舌のようにミコシエには感じられた。火を作り出すと、あの女性はこうなるのだろうか。しかしその火も消えてからどれだけか歩き、疲れ、日も暮れるとレーネはまた静かになった。ミコシエも何も喋らずに無言の歩行がしばらく続いたが、完全に闇が落ちると二人は安全な樹の上を見つけて、そこへよじ登って野宿とすることにした。
 峠の夜を越すのは二人ともそれぞれ数日目になるが、この辺りは峠もいよいよ深くなり闇は一層濃いものとなって感じられる。そこへ来て、たった二人である。レーネは一人で峠に入ったが、魔除けがあった。今はそれもない。
 今は魔除けの代わりにミコシエがいた。魔除けとどちらが役に立ったろう。峠には魔除けの効かない魔もいると聞いていた。ミコシエは、相当の腕だ。ただの若者とも思えない節はあったが、一緒だった他の連中のような野蛮な男でないことはこれまでの同行からわかったことだった。
 あのとき、助ける義理もなかった、とはっきり言ったように冷めたところはあり、素っ気のない性格ではあったが、それでもレナを見捨てなかったように根底には義が感じられる男と思われた。
 ミコシエにとっても、レーネが足手まといでなく予想外に魔法の使い手であったことは、さいわいなことであった。レーネがいなければ連中と同じように沼で蛭龍に血を吸い尽くされていたかもしれなかったのだ。
「あなたに戦える力があったのはさいわいだった。しかしそれでもこの先、二人だけで峠を越せるか」
 あの戦士集団の生き残りはどこへ行ったのか。先を進んでいるのか、逃れた末に迷ってしまっているのか、それともどこかで力尽きているのか、わからなかった。
 ミコシエは濡れた衣類を樹の枝に干し、上着を羽織った。レーネは布巾を濡らし体を拭いた。食糧は、ミコシエが幾らかの干し肉や干し葡萄といったものを持っている。水は、二人とも水筒がある。レーネはほんの指先分の魔法の火をともし、それをじっと見つめていた。
「私は……」
 少しためらった後、レーネは神妙な面持ちで打ち明けた。
「勇者リュエル・イリィテの妻なの」
 それだけ言って、後は語らなかった。独り言のようでもあった。
 ミコシエは水を少し口に含み、それをゆっくり飲み込むと、応える。
「ウム……イリィテの字を聞いたとき、勇者リュエルの名が浮かんではいた。勇者を輩出する以前から、その土地で由緒ある家の名であったとも聞く。
 リュエルの旅の一行は、たった四人でこのエルゾ峠を越えたと聞いたな。そのリュエルの妻とあれば……なるほどあなたが、ただの女でないのは頷ける」
「私は、あの人と旅した最初の仲間だったのよ。他の三人の内の二人も、よく知っている。出会ったのはもう七年程も前になる……私が二十五の年、夫が二十三の年だったかな。四年前、子どもができたから私は旅の仲間を引退し郷里に戻ったの」
 旅の途中で子どもができたのか。勇者の一行というのも旅先でそういう行為はするのだな、ミコシエは思ったがそれは言わずに続けた。
「おぞましい軍勢がワント四州を支配し、そこで勇者側との大規模な戦になると聞いたのだ。私といた連中は、そこで一稼ぎする予定だった。一行の苦戦は必至とのことだったからな。あなたは再び、夫を追って、そのもとへ駆けつけようとした、わけか」
「そうね……私は夫を追っている、のかもしれない」
「かもしれない?」
「ええ、……夫は、死んだの」
「……」
 二人の間で、魔法の火がふっと風にゆれる。
「リュエルの一行は、オゥリ郷ですでに全滅したって、ね。オーラスに遺体が安置されているって、伝書鳩が来たの。オーラス侯の印があったから残念ながら誤報ということはないわ」
 レーネはそう、さらりと言って目を伏した。
「レーネ。あなたの故郷は?」
「北のリィンデリア。冬も近いし、あそこからの航路は時化でしょう。止められるのも聞かずに、この足一つで、家宝の杖と魔除けを持ち出して、飛び出して……」
 風が幾分、強く吹いてきた。峠の夜は随分と肌寒い。こんなに小さな魔法の火の温かさが、ありがたかった。
「子は、四つになるのかな。その年で任を継ぐのは、まだ厳しいな。いずれは、勇者の子として戦う使命になるかもしれんが。それまでは……」
「子どもは一年前の冷夏になくなっている。そのことを夫はまだ知らなかった。リュエルの血を継ぐ者は、いないの。今頃、新しい勇者の選定が都レキセの賢者らによって行われているでしょう。だけどワント四州から出てきているおぞましい軍勢らは、都にも迫る勢いだっていうから、それもままならないかもしれないけれどね。選定を焦って、ろくでもない勇者を選び出さないことを願うわ。私達の世界のことがかかっているのですからね」
 私達の世界のことがかかっている、か。だけど後半の話は、紛らわしで、どうでもいいという話のように、レーネは語ったように思われた。
 私達の世界、か。ミコシエにとっても、どうでもいいことだった。ミコシエは世界をまともに見ることさえ、できていなかった。ミコシエの目の前にあるのは半分かそれ以下の世界だ。世界でないものが、その代わりにミコシエには与えられている。誰も望まないような残り物が。
「夫は、腕の方も、心だって、強かった。夫に勝る勇者など……おぞましい軍勢は、卑劣なやり口で夫を討ったに違いないのよ。そうでなければ。……夫は、リュエルは、正しすぎた。あの人は、光でありすぎた……真の勇者は、おぞましい軍勢には勝てないのよ。おぞましい軍勢は、最初からある闇。それを人が作り出した光で照らしつくすなど。あの人は……勇者なんてものに祭り上げられただけよ。最初はよかった。その土地土地で困っている人々を助けていた頃は。だけど根源を討つために、その闇の奥地にまで行かなければならなかったなんて……闇は、闇のままほうっておけばよかったのに。闇を余計に突付くようなことをするから、あのおぞましい軍勢のようなろくでもないものをこの世に引き出してしまった……」
 レーネは喋り尽くしたように一息に話した後、何も言わないで目を伏せっているミコシエに投げかけた。
「あなたは、何故?」
 言いたかったけれど胸の内に秘めていたことを、言い尽くしてしまった後の、また紛らわしのようにも聞こえたし、本当の問いかけのようにも聞こえた。
「あなたは、どこまで行こうと? 目的はあったの、それとも連中と一緒にただ行こうとしていただけ?」
「厭世、かな」
 適当な答えのように思われた。レーネは笑いとばしつつ、返す。
「ふ、その若さで。だけど二十七と言ったっけ。見えないな、性格は大人気取っているけど、どこかあなたは幼く見えるの」
「そんなこともないさ。これを見るといい」
「?」
 ミコシエがぐいっと頭を下に向けて、後頭部をよく見ろといったふうに指差す。さらりとした長髪の中央にあるのは、こぶし大の禿げであった。
 その似合わなさに、思わずレナは噴き出した。
「あはは、おかしい。そんなの、気にしなくたって」
「な、馬鹿な。誰が気にしていると言った。私が若くないということを、示してやったのではないか。わかっただろう」
「禿げが? ふっ、だってじゃあ若禿げっていうことになるだけでしょう。別に、禿げだけどあなたは若い。厭世だって、馬鹿馬鹿しいよ」
 ミコシエは少しばかりわなわなとしているように見えたが、レーネは続けた。
「若禿げでも私は気にしないよ」
「く、……あなたが気にしようがしまいが、関係なかろうそういうことではなく、……。わからないひとだな。まあ、いい。今日はもう眠ろう。明朝いちばんで、樹の下で待っている狼の群れを追っ払わねばならん」
「わかった。勿論、手を貸すわ。一晩眠れば火力も戻るし。おやすみ、ミコシエ」
「ああ……」
 魔法の火で、このひとはまた饒舌になったのだろうかとミコシエは思った。だけど、その火で覆い隠そうとしている悲しみか。その部分に、ミコシエが触れることはない。
 世界がかかっている。そんな男を夫に持っていたひと、か。
 それからミコシエはおぞましい軍勢のことを考えた。この世ならざる闇から這い出てくる異形の軍勢。一度突付きだしてしまった闇は、消えることはないのか。
 闇の中で戦うということか。
 自分にこそ、相応しい相手かもしれない。とも。
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