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「……あ、おかあさま!」
「あらニーアリアン、あなたは本当に書庫の虜ね」
「だって、おもしろいんだもの!」
「ふふ、今日は何の本を読む?」
「うん、これ!」
カヌラ国書庫。とある侍女とその娘が、親子の時間を楽しんでいた。
「……あ、陛下!」
「……ふおうへいか?」
「おやニア、もうニーアにそんな言葉を?」
「いえ、他の侍女がそう呼んでいるのを真似してしまって……」
困ったように微笑む、『ニア』。
「陛下などと呼ぶな。……いつもの通りカトと呼んでくれ」
「いえ、そんな……」
「かと?」
「……ふふっ、あははっ!」
その会話は、聞かれているとも知らずに。
「っおやめください、トリース様!」
「妾が何を言うの、ニア。あなたには失望したわ……主人の夫を寝取るなんて」
「っ寝取ってなんか──」
「ではこの娘は!? 何だと言うの!?」
「っ……!」
「……庭師に降格よ。ここにいられるだけありがたいと思いなさい」
「……おかあさま?」
豪奢なドレスを纏った女に抱き上げられている、小さな黒髪の娘。
「……ごめんね、ニーアリアン」
その澄んだ目の前から、母は去った。
「……ニーアリアン、これからは私があなたの母よ」
「……おかあさま?」
「母上と呼びなさい、ニーア」
「……ははうえ?」
「そう、母上よ」
夫の寵愛を独り占めしたかったトリース。その欲望に、ニアはまさに目の上のたんこぶと言えた。しかしトリースは、夫にまだ愛人がいた事を、生涯知ることは無かった。
しかしそのうちに、その娘は実母に似て美しく育っていく──自分よりも。そしてその嫉妬は、醜い行動に変わった。
「っ痛い! 母上っ!」
「これはあなたのためよ、ニーア」
狂ったように、娘を打ち続ける。自分の腹心の侍女にも時たまそれを続けさせた。
そしてそれでも娘は成長し、『女』に成って行く。
「っ、痛いってば!」
「醜い子が何を言っているの? 黙りなさい!」
どんなに美しかろうと、醜いと暗示をする。そして醜い行動は、このニーアリアンの非日常だけでなく──穏やかな日常までも、奪い去ろうとした。
「っ姉上、それは?」
「ん? これ? これは母上からニーアリアンに、って。ねぇ、一つだけ食べてもいい?」
「っ、いけませんっ!!」
「え……」
「っそれは私が勉強する間、眠くならないように薬が入っていますから……きっと姉上のお寝つきが悪くなってしまいます」
「……そう? 分かった」
「……んっ、んーっ」
「姉上、いかがなさいましたか?」
「あ……ニーアリアン。そこの棚を開けたいのだけど、届かなくて」
「っ私が開けますから退いてください!」
「え……あ、ありがとう」
棚に置かれたものに触れ、痛みに歪んだニーアリアンの顔を見たのは、アーリゼアではなく──盗み聞きしていた密偵。
それを主人に伝えた女は、給料が上がっていく。
「……ふふっ、姉を守る女騎士とは、健気じゃない」
そしてニーアリアンは、自らの出生の秘密を知る。
「──私は、母上の子ではないの……?」
「ふっ、醜い子。あなたがもし本当に私の子なら、きっとその喪服のような黒い髪は綺麗な金のはずよ?」
「っ、だから私にあのような仕打ちを……!?」
「それ以外に何があると言うの?」
「……それからまた、続いていった。三姉妹の中で──いや、姉妹とも言えないか──三姉妹の中で一番扱いは軽かった。別にそれは構わなかったけど……消えない傷はつけて欲しくなかった」
右手首をなぞって、ニーアリアンは言う。
「っ……斬られたのか」
「まぁ、ね……生い立ちが生い立ちだし、仕方なかったのかもね」
「……じゃあ、義姉上は」
「シレーグナ姉様は妾腹なんかじゃない。真の妾腹は私の方」
右手首をなぞり続けていた左手が、また握られる。
「……終わり?」
「……うん、終わり」
「そうか」
右手を握り締め、爪痕がつくまで食い込ませている。
「…………」
二人とも黙ったまま、静寂が続く。
「……ね? こうなると思ったから、話したくなかったの」
「…………」
繋がれている手の力が、強まる。
「……だから、か?」
「何?」
「侍女の子だから、義理の姉を守ったり、整理したり、自分に対する嫌がらせで間違って傷ついたりしないようにしてたのか?」
「……侍女みたいだけどね」
自虐的ではあるが、誇らしげに微笑んでいる。
「……そんな誇り、いらないだろう?」
「そうだね、いらない。もう母上──トリース様はいないし、もうあんなことはないのかなぁ」
「……病、か。皮肉なものだな」
「うん。……何で、あんなことしたんだろ、されたんだろうって、いつも考えてた」
「……うん」
「何で私は──っていつも考えて、何かないかと思って書庫に行っても、母上との思い出しかない」
あ、実の方ね。そう呆れかけたように言っても。
「……今もこの宮に?」
「いるよ。でも知らないふりしてる、向こうもそうだと思うから」
「そうなのか……手首は、自分? それとも他人?」
「両方」
「……辛かった?」
「辛かった」
今は、幸せ?
……分からない。
「あらニーアリアン、あなたは本当に書庫の虜ね」
「だって、おもしろいんだもの!」
「ふふ、今日は何の本を読む?」
「うん、これ!」
カヌラ国書庫。とある侍女とその娘が、親子の時間を楽しんでいた。
「……あ、陛下!」
「……ふおうへいか?」
「おやニア、もうニーアにそんな言葉を?」
「いえ、他の侍女がそう呼んでいるのを真似してしまって……」
困ったように微笑む、『ニア』。
「陛下などと呼ぶな。……いつもの通りカトと呼んでくれ」
「いえ、そんな……」
「かと?」
「……ふふっ、あははっ!」
その会話は、聞かれているとも知らずに。
「っおやめください、トリース様!」
「妾が何を言うの、ニア。あなたには失望したわ……主人の夫を寝取るなんて」
「っ寝取ってなんか──」
「ではこの娘は!? 何だと言うの!?」
「っ……!」
「……庭師に降格よ。ここにいられるだけありがたいと思いなさい」
「……おかあさま?」
豪奢なドレスを纏った女に抱き上げられている、小さな黒髪の娘。
「……ごめんね、ニーアリアン」
その澄んだ目の前から、母は去った。
「……ニーアリアン、これからは私があなたの母よ」
「……おかあさま?」
「母上と呼びなさい、ニーア」
「……ははうえ?」
「そう、母上よ」
夫の寵愛を独り占めしたかったトリース。その欲望に、ニアはまさに目の上のたんこぶと言えた。しかしトリースは、夫にまだ愛人がいた事を、生涯知ることは無かった。
しかしそのうちに、その娘は実母に似て美しく育っていく──自分よりも。そしてその嫉妬は、醜い行動に変わった。
「っ痛い! 母上っ!」
「これはあなたのためよ、ニーア」
狂ったように、娘を打ち続ける。自分の腹心の侍女にも時たまそれを続けさせた。
そしてそれでも娘は成長し、『女』に成って行く。
「っ、痛いってば!」
「醜い子が何を言っているの? 黙りなさい!」
どんなに美しかろうと、醜いと暗示をする。そして醜い行動は、このニーアリアンの非日常だけでなく──穏やかな日常までも、奪い去ろうとした。
「っ姉上、それは?」
「ん? これ? これは母上からニーアリアンに、って。ねぇ、一つだけ食べてもいい?」
「っ、いけませんっ!!」
「え……」
「っそれは私が勉強する間、眠くならないように薬が入っていますから……きっと姉上のお寝つきが悪くなってしまいます」
「……そう? 分かった」
「……んっ、んーっ」
「姉上、いかがなさいましたか?」
「あ……ニーアリアン。そこの棚を開けたいのだけど、届かなくて」
「っ私が開けますから退いてください!」
「え……あ、ありがとう」
棚に置かれたものに触れ、痛みに歪んだニーアリアンの顔を見たのは、アーリゼアではなく──盗み聞きしていた密偵。
それを主人に伝えた女は、給料が上がっていく。
「……ふふっ、姉を守る女騎士とは、健気じゃない」
そしてニーアリアンは、自らの出生の秘密を知る。
「──私は、母上の子ではないの……?」
「ふっ、醜い子。あなたがもし本当に私の子なら、きっとその喪服のような黒い髪は綺麗な金のはずよ?」
「っ、だから私にあのような仕打ちを……!?」
「それ以外に何があると言うの?」
「……それからまた、続いていった。三姉妹の中で──いや、姉妹とも言えないか──三姉妹の中で一番扱いは軽かった。別にそれは構わなかったけど……消えない傷はつけて欲しくなかった」
右手首をなぞって、ニーアリアンは言う。
「っ……斬られたのか」
「まぁ、ね……生い立ちが生い立ちだし、仕方なかったのかもね」
「……じゃあ、義姉上は」
「シレーグナ姉様は妾腹なんかじゃない。真の妾腹は私の方」
右手首をなぞり続けていた左手が、また握られる。
「……終わり?」
「……うん、終わり」
「そうか」
右手を握り締め、爪痕がつくまで食い込ませている。
「…………」
二人とも黙ったまま、静寂が続く。
「……ね? こうなると思ったから、話したくなかったの」
「…………」
繋がれている手の力が、強まる。
「……だから、か?」
「何?」
「侍女の子だから、義理の姉を守ったり、整理したり、自分に対する嫌がらせで間違って傷ついたりしないようにしてたのか?」
「……侍女みたいだけどね」
自虐的ではあるが、誇らしげに微笑んでいる。
「……そんな誇り、いらないだろう?」
「そうだね、いらない。もう母上──トリース様はいないし、もうあんなことはないのかなぁ」
「……病、か。皮肉なものだな」
「うん。……何で、あんなことしたんだろ、されたんだろうって、いつも考えてた」
「……うん」
「何で私は──っていつも考えて、何かないかと思って書庫に行っても、母上との思い出しかない」
あ、実の方ね。そう呆れかけたように言っても。
「……今もこの宮に?」
「いるよ。でも知らないふりしてる、向こうもそうだと思うから」
「そうなのか……手首は、自分? それとも他人?」
「両方」
「……辛かった?」
「辛かった」
今は、幸せ?
……分からない。
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