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偽名、偽体 シレーグナside
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「え、ロアール、ルチルア……ッ?」
息を呑み、ニーアリアンは目を潜めた。
何日ぶりに、私はこの妹に会ったのだろう。
「……レナ?」
私を愛称で呼ぶ、この男に。
私はどれだけ、寂しい思いをさせていたんだろう。いや──寂しいと、思っていてくれたのかは、まだ分からないかも知れないけれど。
「ん、何?」
「いや……偽名だって、知ってたか?」
「ううん、知らなかった」
けど、おかしいとは思っていた。
リセク……もとい、カヌラとトルアの民達の家には、共通して住所はない。中には戸籍のないまま暮らしている者もいると聞いたことはある。
しかし、二人はわざわざ森の奥深くで暮らしていた──相当な物好きかと最初は思った。
「しかもロアールとルチルアって……建国神話に出てくる、あの二人か?」
私とて、本を読まなかったわけではない。
建国神話程度なら幼少期に読破したし、それなりに本も読んでいた──と、思うけど。
「うん、多分……あの二人なら、分かる気がする」
「なんであんな森に……あの森って、太古の生物がどうとかって言ってなかったか?」
「あぁ、コナとかはそうだよ。グラッサージアはすごく古い一族。でも他にもたくさん……」
グラッサージアの一族は、カヌラ国が建国された時からその地に棲みついていたらしい。
「あぁそうそうシレーグナ、忘れてたよ。コナのことなんだけど」
「え、何?」
「少し遠かったんだけど、もう何匹かグラッサージアがいてね。保護して今は一緒にいるよ」
「あ……良かった。まだ続く?」
「コナは雌だろ? 三匹連れてきて、その内一匹が雌。で、あとの二匹は雄だった」
「それなら大丈夫かな。また羽拾いに行くよ」
「あぁ──さて、その話は終わりだね」
レナの願いは聞いたよ、じゃあ横のあんたは?
そう言って、私の隣にいるクラネスを指差す。
「え……俺の、願い?」
「マヤ、こいつは俺でもいいか」
「んぁ? あぁ、いいわよ。で?」
「俺、は──まぁ、特には、ないかな」
「んー……じゃあ、考えとけ。次」
「あ、俺はアーリゼアといられれば十分です」
「早いな。次」
「あ、えっと……んー、シレーグナと同じで!」
「そうか。次」
アーリゼアとサニーラの回答は手早く終わったが──横では、クラネスが黙り込んで考えている。
「あー……ニーアに素直になってほしい」
「うぇっ!?」
「そうか。次」
「えちょっ……」
「次だ。ニーアリアン・ムーナリア・リセク」
なぜか機械的にそう告げるトクラを、ニーアリアンは不思議に思った。素っ気ない人だが、内面に何かを秘めているような──そんな気がしたから。
「あー……何も、いらないです」
「……は?」
「……前に、ある書を読んで。その丸写しですけど、『幸せも不幸も喜びも涙も、生きているならば人には平等に訪れる。自分を不幸だと思っている人間は、それに気付かないだけだ』って」
「…………」
「……だから、私は何もいらないです。自分で幸せを見つければ、不幸になんか絶対ならない」
「……そうか。次」
「私もルクも、特にはありません」
「そうか。マヤ」
「ん、分かったよ。じゃあ目を瞑ってくれるかい?」
「…………」
八人が目を瞑った途端、マヤとトクラは光を発し始めた。白銀の淡い光だが、ここにあるもの全てを包み込んでしまうような強い光。それを一杯に浴びた二人は────。
「……んー、やっぱりこの服の方がいいね」
「まぁ、合ってるからな。目を開けていいぞ」
「……っ!?」
一番に目を開けたシレーグナ。彼女が見たものは、これまでとは別人のように──そう、まるで石ころが宝石に変わったような──なった、二人だ。
「え、マヤ……?」
「悪かったね、シレーグナ。私の名前はマヤじゃないんだ。本当の名前はルチルア。トクラはロアールと言う」
「……願いは叶えた。じゃあな」
「ずっとあの森にいる。心配しないでね」
「え、ちょっ──」
ニーアリアンが二回目の戸惑いの言葉を口にしかけた時には、既に二人は消えていた──魔法のように。
「……神様、だったんだ」
「……ふふっ、あはははっ!」
アーリゼアの、驚ききってしまったような言葉を遮るようにして笑ったシレーグナ。
「っははっ、神様? 姉上、そんな高尚なものではありませんよ?」
「え……? どういうこと?」
「ロアールもルチルアも、元は二人の人間だったんですから」
口元を隠しながら、ころころと歌うように。
そんな風なシレーグナを見るのは、誰もが初めてだった。だって、彼女はいつも偽っていたから──。
「……そうね──改めて、お帰りなさい、シレーグナ」
「ただいま戻りました、姉上。ありがとうございます」
息を呑み、ニーアリアンは目を潜めた。
何日ぶりに、私はこの妹に会ったのだろう。
「……レナ?」
私を愛称で呼ぶ、この男に。
私はどれだけ、寂しい思いをさせていたんだろう。いや──寂しいと、思っていてくれたのかは、まだ分からないかも知れないけれど。
「ん、何?」
「いや……偽名だって、知ってたか?」
「ううん、知らなかった」
けど、おかしいとは思っていた。
リセク……もとい、カヌラとトルアの民達の家には、共通して住所はない。中には戸籍のないまま暮らしている者もいると聞いたことはある。
しかし、二人はわざわざ森の奥深くで暮らしていた──相当な物好きかと最初は思った。
「しかもロアールとルチルアって……建国神話に出てくる、あの二人か?」
私とて、本を読まなかったわけではない。
建国神話程度なら幼少期に読破したし、それなりに本も読んでいた──と、思うけど。
「うん、多分……あの二人なら、分かる気がする」
「なんであんな森に……あの森って、太古の生物がどうとかって言ってなかったか?」
「あぁ、コナとかはそうだよ。グラッサージアはすごく古い一族。でも他にもたくさん……」
グラッサージアの一族は、カヌラ国が建国された時からその地に棲みついていたらしい。
「あぁそうそうシレーグナ、忘れてたよ。コナのことなんだけど」
「え、何?」
「少し遠かったんだけど、もう何匹かグラッサージアがいてね。保護して今は一緒にいるよ」
「あ……良かった。まだ続く?」
「コナは雌だろ? 三匹連れてきて、その内一匹が雌。で、あとの二匹は雄だった」
「それなら大丈夫かな。また羽拾いに行くよ」
「あぁ──さて、その話は終わりだね」
レナの願いは聞いたよ、じゃあ横のあんたは?
そう言って、私の隣にいるクラネスを指差す。
「え……俺の、願い?」
「マヤ、こいつは俺でもいいか」
「んぁ? あぁ、いいわよ。で?」
「俺、は──まぁ、特には、ないかな」
「んー……じゃあ、考えとけ。次」
「あ、俺はアーリゼアといられれば十分です」
「早いな。次」
「あ、えっと……んー、シレーグナと同じで!」
「そうか。次」
アーリゼアとサニーラの回答は手早く終わったが──横では、クラネスが黙り込んで考えている。
「あー……ニーアに素直になってほしい」
「うぇっ!?」
「そうか。次」
「えちょっ……」
「次だ。ニーアリアン・ムーナリア・リセク」
なぜか機械的にそう告げるトクラを、ニーアリアンは不思議に思った。素っ気ない人だが、内面に何かを秘めているような──そんな気がしたから。
「あー……何も、いらないです」
「……は?」
「……前に、ある書を読んで。その丸写しですけど、『幸せも不幸も喜びも涙も、生きているならば人には平等に訪れる。自分を不幸だと思っている人間は、それに気付かないだけだ』って」
「…………」
「……だから、私は何もいらないです。自分で幸せを見つければ、不幸になんか絶対ならない」
「……そうか。次」
「私もルクも、特にはありません」
「そうか。マヤ」
「ん、分かったよ。じゃあ目を瞑ってくれるかい?」
「…………」
八人が目を瞑った途端、マヤとトクラは光を発し始めた。白銀の淡い光だが、ここにあるもの全てを包み込んでしまうような強い光。それを一杯に浴びた二人は────。
「……んー、やっぱりこの服の方がいいね」
「まぁ、合ってるからな。目を開けていいぞ」
「……っ!?」
一番に目を開けたシレーグナ。彼女が見たものは、これまでとは別人のように──そう、まるで石ころが宝石に変わったような──なった、二人だ。
「え、マヤ……?」
「悪かったね、シレーグナ。私の名前はマヤじゃないんだ。本当の名前はルチルア。トクラはロアールと言う」
「……願いは叶えた。じゃあな」
「ずっとあの森にいる。心配しないでね」
「え、ちょっ──」
ニーアリアンが二回目の戸惑いの言葉を口にしかけた時には、既に二人は消えていた──魔法のように。
「……神様、だったんだ」
「……ふふっ、あはははっ!」
アーリゼアの、驚ききってしまったような言葉を遮るようにして笑ったシレーグナ。
「っははっ、神様? 姉上、そんな高尚なものではありませんよ?」
「え……? どういうこと?」
「ロアールもルチルアも、元は二人の人間だったんですから」
口元を隠しながら、ころころと歌うように。
そんな風なシレーグナを見るのは、誰もが初めてだった。だって、彼女はいつも偽っていたから──。
「……そうね──改めて、お帰りなさい、シレーグナ」
「ただいま戻りました、姉上。ありがとうございます」
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