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六月

掴み取れ! 勝利をこの手に! その4

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 散々な場面を見せられたパン食い競走だったが、気を取り直して、俺は自分の種目である美脚競走の集合場所へと向かっていた。
 ちなみに今やっている種目はサンドイッチ競走で、牧地と鏡華ちゃんが、二人の股間の間になんか挟んでゴールを目指してたわ。見る気なんてさらさらないし、見て鳥肌が立つこと必至なのはわかりきっている。

「あれは……」

 集合場所へ向かう途中。一年生の赤のズボンを履いた生徒が、校舎の影に隠れておどおどしていた。ピンク髪の、見たことない子だ。背は猫汰より更に小さいし、体つきも華奢で、下獄が抱きしめたら骨が折れそうだ(下獄の場合、俺でも折れそうなのはこの際置いておく)。

「なぁ、お前一年生だろ。そこで何してんだ?」

 声をかければ、その一年生は「み、御竿先輩……」と蚊の鳴くような声で、俺の名前を呼んだ。ん? こんな奴と会ったことあったかな……。ぱっちり二重のこんな可愛い子、会ったら忘れるわけないと思うんだけど。

「ごめん。どっかで会った?」
「あ、あの、ウチです。下獄です」
「ふーん、下獄かぁ、そっかぁ。って、はぁ?」

 俺は目の前の華奢な一年生をまじまじと見る。
 確かに、髪は下獄と同じピンクだが、長さも違うし、声も違うし、なんなら背丈だって全然違う。俺の知ってる下獄は身長二メートル、いかつい筋肉質の、ガチムチ野郎のはずだ。
 俺の考えていることを察したのか、下獄 (たぶん)が、恥ずかしそうに自身の身体を抱きしめながら俯いた。

「し、信じてくれません、よね。でもウチ、御竿先輩を可愛くしたこと、忘れてませんよ?」
「可愛く……!?」

 思い出した。GWの悪夢を。そして俺自身、どうなったのかを。

「え? もしかして、本当に下獄?」
「そう言ってます……。やっぱり先輩、ウチのこと、受け入れてくれませんよね……」

 受け入れるとか入れない以前の問題だ。まず作画をなんとかしろ。下手すれば、そのへんのモブ女子より可愛いじゃないか。しかし落ち着け俺、こいつは男だ。

「えぇっと、いやぁ、ちょっと驚いたというか、なんというか……」
「先輩! あっ」
「っと、大丈夫か?」

 歩み寄ろうとして、足がもたつき転びそうになった下獄を支えてやる。間近に好みの顔が迫る。今までで一番心臓がドキリとしたが、落ち着け俺、こいつは男だ。
 近いままで、俺好みの整った顔が悲しそうに歪んだ。目に浮かぶ涙に善の心が痛むが、いいか、こいつは男だ。

「ウチ、この体育祭で、ちょっとだけ自分を出してみようって、頑張ろうって決めたんです。本当のウチを、御竿先輩、ううん護先輩に見てほしいから」

 本当の下獄って一体どっちなんだろうか。名前呼びされたことよりも、俺はそんな失礼なことを考えていた。

「ま、まぁ、ほら、俺、次出るからさ。早く集合場所向かわないと」

 校庭に響くアナウンスが、間もなくサンドイッチ競走が終わることを告げている。

「護先輩。もしかして、美脚競走に出るんですか?」
「あぁ」
「嬉しいです!」

 下獄はそう言って、より一層自分から身体を押しつけてきた。何もない胸板が悲しい。顔は好みなのに。

「護先輩、一緒に頑張りましょう?」
「はは、は」

 美脚競走。個人競技だと思っていたそれは、この様子だとどうやら違うらしい。そのことに絶望を感じながら、それでも俺は好みの顔を見ることをやめなかった。
 だが落ち着け俺、こいつは男なんだよ。
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