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八月

恐怖体験、コミックマーケット! その4

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 長椅子に腰掛ける俺に「ん」とミネラルウォーターのペットボトルが差し出される。その先を追えば、

「猫汰……」

 同じペットボトルをもう片手に持つ猫汰が立っていた。
 俺は今、この会場のどこかにあるこの長椅子で、真っ青な顔をしながらため息をついている。
 なんでこんなとこにいるのかって? そうだな、どこから話そうかな……。



 フラッシュバン。それは眩い光を放って視界を奪い、主に人質を助けるために使う兵器のひとつ。ちなみに人命を奪うようなものではない。

「ま、眩しい……!」

 それが足元に転がってきて爆発したものだから、俺は目を開けていられず反射的に閉じた。耳元から会長の、

「やはり貴様か、猫汰巧巳」

という悪役も顔負けの台詞が聞こえた気がしたが、正直、そこからどうなったのかはわからん。見えてなかったし。
 見えなかったが、どうやら猫汰が俺を背負ってあそこから離れたらしいのはわかった。そして視界が戻ってきた頃には、俺はこの長椅子に座らせられていたというわけだ。

「サンキュ、猫汰」

 ペットボトルを受け取って、冷たい水を口に含む。酷い頭痛が多少なりとも引いていくのがわかる。

「大丈夫かい?」
「まぁ……。猫汰はなんか買いに来たのか?」

 蓋をしてから自分の横にボトルを置く。猫汰も隣に座って一口水を飲んでから、

「いや。特にないけど」

とボトルを両手で持ち直した。
 そこで俺は疑問に感じる。待て。さっきのフラッシュバンはなんだ? 特に用がない猫汰がなんでここにいる? 途端に冷や汗が背中を伝う感覚がして、俺は誤魔化すように置いたばかりのボトルに手を伸ばした。

「な、なぁ猫汰。今日は、いつからここにいたんだ……?」

 俺の声が、微かに震えた気がした。

「いつから? 変なこと聞くね、御竿くん。僕は君とずっと一緒にいたじゃないか」
「ずっとって……、どれくらいから……」
「えぇと、君が観手さんと家を出てからだけど」

 がこん。持っていたはずのボトルが落ちる。知らずのうちに手が震え、力が抜けていたようだ。
 猫汰はもう一度「大丈夫かい?」と言って、落ちたボトルを拾って俺に差し出してきた。

「え、じゃ、まさか今までずっと、見て、見ていたってのか?」
「うん、そうだよ。観手さんや不二さんの邪魔はしたくないから見てるだけにしようと思ったんだけどちょっと会長がねいくらなんでも僕の御竿くんにベタベタベタベタといつまでも触っているからさつい我慢出来なくなってね」

 一息で言い切ったぞ、こいつ。何言ってたのか半分流したけど、やっぱり猫汰は……。

「ヤンデレ?」
「ヤン……、違うよ御竿くん。僕は君を縛りつけたいわけじゃない。でもそうだな、君をこれくらいの箱に入れて鑑賞したいとは思っているよ」

 そう猫汰は、指で四角を描いた。到底人が入りそうもない大きさのものを。つかそれヤバいやつ!

「猫汰」
「ん?」
「せめて俺が入る大きさにしてくれ」
「ふふ、そうだね。君がそう言うなら」

 女子が見たら歓声を上げるであろう爽やかな笑みを浮かべる猫汰を見、俺は考えを巡らせる。本人は否定しているが、どう見てもヤンデレなのだこいつは。
 ということはだ、上手くやれば、俺を守る最強の剣と盾になってくれるのではないか? 最低だとは言うまい、俺が平和に過ごすためなのだ。

「猫汰、いや巧巳」
「え、な、何、いきなり、どうしたんだい……?」

 しどろもどろになる猫汰に、俺は内心ガッツポーズをする。

「俺、しばらく、いや、今日はこのまま巧巳と過ごしたい、かな。巧巳は? 嫌か?」
「そ……んな、こと、ない、けど。君が、そう、言うなら」
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとな、巧巳」

 俺はこれでもかというくらい、甘い笑顔を作る。それに猫汰が微かに頬を染めたのを見て、俺はこう思った。
 よし、最強防具一式ゲット。
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