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九月

ガラスの靴は誰のもの? その4

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 どうやら先生二人は馬らしい。どこにも手綱や荷馬車もないが、牧地は上機嫌に「パカラッパカラッ♪」と壇上をぐるぐる回っている。俺はといえば、相変わらず鏡華ちゃんに口を塞がれたまま、壇上の真ん中で、回り続ける牧地を眺めていた。

「むぐ」
「あん? 離してほしいのか」
「ん」

 何度か首を微かに振れば、鏡華ちゃんは案外あっさりと手を離してくれた。

「えーと、お二人は馬、ですよね」
「違う、俺様は王子のかかりつけ医だ」
「お医者様、でしたか……」

 じゃあなんで牧地は走ってんだ? あいつだけが馬なのか? いやもう聞くまい。
 そうして牧地が回る間に、床やら天井やらから仕掛けが出てきて、それはあっという間にガラス仕様の城の内装を作り上げた。回っていたのは仕掛けを作動するためだったらしい。

「さ、着いたわ♪ 王子ちゃあん、連れてきたわよぉ」

 結構走っていたはずだが、牧地は息切れすることなくそう叫んだ。合わせるように床が階段状にせり上がり、ワイヤーに吊られた太刀根がてっぺんに降ろされた。
 カボチャパンツに白タイツ。所謂、童話に出てくる王子様の格好をしている。ちなみにカボチャパンツはマジもんのカボチャである、比喩ではない。

「やっと会えたな、護!」
「いや、魔法の靴です」
「俺、お前を手に入れるためにカボチャに魂を売ったんだ」
「魔法の靴相手にそりゃご苦労なこって……ん? 魂?」

 一瞬衣装のことかと思い、俺は太刀根のカボチャをまじまじと見つめる。結構でかい、立派なカボチャだ。

「カボチャに魂売ったって、どういう……」

 たじろぐ俺の耳に「オレが説明しよう」と嫌な声が聞こえ、スポットライトがステージの端に当てられる。そこに立っていたのは、ジャック・オー・ランタンを頭に被った全身黒タイツの会長だった。

「会長、いやカボチャ? え?」
「オレのことは“提灯ジャック”と呼びたまえ。何、そこの欲に塗れた俗物のために、ひと肌、いやひと皮剥いてやったのだ」

 あくまでも会長はカボチャになりきるつもりらしい。だからといって、なんたらジャックと呼ぶつもりは毛頭ないのだが。

「な、何が俗物だ! 俺にこんな恥ずかしい格好させやがって!」
「え、それ衣装やなかったん?」

 俺にしてみれば、魂云々の話より、王子の衣装があれでなかったことに驚きだ。
 目を丸くする俺を横に、提灯なんたらは「クックックッ」と喉を鳴らして笑うと、その指先を太刀根に突きつけた。

「オレはむしろ感謝してもらいたいくらいだ。オレの情報によれば、貴様は護くん魔法の靴愛しさに、毎晩毎晩一人で楽しんでいたようだな」
「うわぁぁあああ! 会長あんた、どこでそんなん仕入れてきたんだよ!?」
「オレを誰だと思っている? 生徒会長たるもの、生徒の生活習慣を把握することなど容易い」

 うわ、とドン引きする俺とは反対に、会場からは「会長ー!」と感極まったような歓声が上がった。ま? 本当に感激するとこか? プライベートの“プ”の字もないぞ?

「ん? ちょっと待て太刀根、今会長が言ったことって……」

 焦りすぎて役名ではなく、つい名前で呼んでしまったが、俺の聞き間違いでなければ、今会長はとんでもないことを言わなかっただろうか。

「毎晩毎晩楽しんでいては身体に悪いからな。そうすれば出来ないだろう? 更に言うなれば、彼をそのように扱うなど、オレとしても面白くないからな」
「くそ、折角本物に会えたってのに。これじゃ意味ねぇじゃねぇか!」

 意味なくていいわ。心からそう思う。つか、本物を手に入れてお前は何をしようとしていたんだ。
 冷たい視線を送る俺に、牧地が「座って座って」と柔らかそうなソファを勧めてきた。まるで靴を置く台座みたいな……あ、俺靴だったわ。

「やっぱり会長あんたを倒して、これを取ってもらわねぇと駄目なようだな」
「ふっ……。知っているか、太刀根攻」

 ついに名前言っちゃったよ。

「ジャック・オー・ランタンというのは、とある鍛冶屋の話が元になっている」
「それがどうしたってんだ」

 会長が可笑しそうに口の端を持ち上げた。

「オレの話が全て本当だと思ったか……?」

 スポットライトだけでなく、会場の電気が消される。途端にざわつき出した観客の前に現れたのは、いや浮かび上がったのは、大量のくり抜かれたカボチャだった。
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