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十月

そこはそれとない都会の出来事 その5

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 夕食。俺たちのテーブルには七輪が置かれ、そこでは太刀根が買ってきてくれた牡蠣を焼いていた。
 もちろん予め決められていた夕食も出るし、普通ならこんなことしていいわけがない。だがここが、の一言で終わらせられるゲームでないことくらい、もうわかるよな。

「焼けたぜ、巧巳! おら、食えよ!」
「……はぁ」

 意気揚々と焼けた牡蠣を、太刀根が猫汰の皿に盛っていく。猫汰としては、あれで邪魔者が消えたと確信していたのだから、憂鬱になるのもまぁ致し方なしかもしれない。
 猫汰は嫌々ながらも、皿に盛られた牡蠣を口に運んでいく。丸々と育っている牡蠣はとても美味そうだ。

「護」
「ん?」

 見ていたのがバレたか? ま、さっきも言ったが牡蠣は嫌いじゃないし。

「護の分もあるぜ。メイ」
「ですです、バッチリありますます!」

 メイ、と呼ばれたのは丈の短い服装のメイドさんだ。鼻歌を歌いながら、メイド服の胸元から何かを取り出してきた。

「どうぞですです!」
「これ……、牡蠣?」

 直径三十センチはあろう貝だ。いやいや、こんなゴツいの入れてたら痛ぇだろうが!
 俺の心配など横に、太刀根がそれを鷲掴みにして七輪の上に置いた。はみ出てるけど焼けんのかな。

「護のために仕入れたんだ。食ってくれ!」
「いや、食うって……。いやその前に、これ牡蠣、だよな?」
「あぁ。なんでも伝説の漁師が取った伝説の牡蠣らしいぜ」
「伝説って言えばいいと思ってない? 大丈夫?」

 くつくつと貝が小刻みに震えだす。なんとも言えない美味そうな匂いが辺りに広がっていく。

「そろそろか?」

 そう、箸の先で貝をつついた時だ。
 パカッ。

「やぁ」
「……」

 なんだ? 牡蠣が喋ったぞ。
 ん? 喋った? しゃべ……。

「うぉわあああ!?」

 勢い余った俺は、そのまま後ろに倒れてしまった。ガターンという派手な音に、ホールにいた他の生徒からの視線を一身に浴びるが、注目を集めるより重大なことが今起こっている。

「え? え!? 何? なんで牡蠣が喋ってんの!?」
「牡蠣が話しちゃいけないのかい? これだから常識に縛られた人間ってのは」
「待て。常識とか人間とかいう問題じゃない。普通に考えて牡蠣が話してたまるか」
「普通、普通ねぇ。でも今話してるし、それもまた普通なんだよなぁ」
「こんな気怠そうな牡蠣がいてたまるか!」

 牡蠣は話すたびにパカパカと貝を閉じたり開いたりしながら、なんとも気怠そうに受け答えをしている。太刀根に「どうなってんだ!」と席に座り直しながら聞けば、

「運がいいな! 喋る牡蠣なんて俺も久しぶりに見たぜ!」
「見たことあるのかよ!」

 盛大なため息をつきながら牡蠣を改めて見る。目も鼻も、もちろん口もないが、その牡蠣は確かに喋っている。

「ところでワイっちを食べるんだろ? 焼くのか? 茹でるのか? 揚げるのか? あ、でもタタキはやめてね」
「今お前焼かれてるよね?」

 この牡蠣は自分の置かれている状況をわかっているのか。つか、食べられる気満々だが、俺は正直食べたくない。

「では護様、そろそろ焼けましたですです! お召し上がりくださいませませ!」
「は?」

 メイとかいうメイドに「さぁさぁ」と牡蠣を進められる。もちろん牡蠣は貝をパカパカさせながら「いっちゃう? いっちゃう?」と期待と焦りを滲ませた声を震わせている。

「いや、俺はいいよ……」

 流石の俺でも食えるわけがない。食べ物を無駄にしたくはないが、話す牡蠣を食べるほど物好きでもない。

「なぁ太刀、いや攻」
「ん?」
「こいつ、逃してやれない?」
「護が言うならいいけど。いいのか? もう会えないかもしれねぇぞ?」
「それでいいから言ってんだよ」

 箸の先で牡蠣をつつく。「やめろ」とパカパカする牡蠣を太刀根が残念そうに見た後、メイに何か示した。

「かしこまりましたした! では牡蠣様、こちらですです!」

 メイに掴まれた牡蠣は手も足も出ず(どこにもないが)、口だけは達者に何か喚きながらバケツへと放り込まれた。最後微かに、

「よくもワイっちを食わなかったな? マモル、てめぇの名前と顔覚えたからな! ありがとよ!」

と聞こえた気がした。
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