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十二月
七匹のオオカミと一人の人間、そして牡蠣? その17
目の前のそいつは、俺のバカでかい声に少し驚いて、それから悲しそうに、申し訳無さそうにくしゃりと微笑んだ。
「勝手に決めるなって言われましても……」
「俺が誰を選んで、誰と、いや誰を幸せにするかなんて俺が決める! お前がその枠からはみ出ようとすんじゃねぇ!」
自分でも恥ずかしい台詞を言ってると思う。こんなん普段なら真っ赤になって言えやしないし、むしろ言う前に嫌味なことばかりが口から出ていくだろう。
でも今は、今だけは。
言わないといけない気がしたんだ。
「俺は、お前を選ぶ! お前が唯一の“女”だからとか、可愛いからとか、そんなんじゃねぇ。自分が消える覚悟で俺を生かした奴を、ほっとけるわけねぇだろ! 俺と一緒に来い!」
そう言って手を伸ばしたけれど、見えない壁みたいなものにぶち当たって、俺は情けなくも「いでっ」と声を上げて手を引っ込めた。そいつの顔が、さらに歪んだ。
「そんなこと言ったって、貴方は、私を覚えてないじゃないですか……」
「四月」
「え?」
ぶつけた手を擦りながら、俺はこの春を思い出す。
「健康診断で、俺の隣に座っておちょくってきやがった。GWはお前に呼び出されて会長と太刀根に追いかけられたし、夏には無人島に連れて行かれた。今度はパーカー着ないでくれると嬉しい」
「うわ、変態ですか」
白いパーカーが眩しかったし、それ以上に目のやり場に困ったのも覚えてる。夜の星空が綺麗だったのも。
そいつは俺を罵りながらも、俺の思い出の隣にいることが嬉しいのか、目に涙を浮かべながら続きを待っているようだった。
「秋の学園祭、お化け屋敷行ったよな」
「途中でペンライト落としちゃいましたね」
「電気ついた時、ブレザーかけただろうが」
「かかってませんでしたね」
「ああいうのは心遣いが大事なんだよ」
「なんですか、それ」
笑った拍子に、そいつの目から涙が落ちた。
「泣くとこ、初めて見た」
「泣かされたんですよ、貴方に」
「あー、そりゃ悪かった」
拭ってやりたいし、泣くなよって頭も撫でてやりたいし。なんならいつかやったみたいに、頬を引っ張ってやりたい。そうやってまたうだうだ言われて、その度に“へいへい”って言いたい。だから、俺はもう一度手を伸ばした。
「帰ってこいよ――観手」
「……! 御竿さ」
パリン。
間の壁がなくなるように、いや暗かった世界がヒビ割れるように、世界が剥がれ落ちていく。
そうして俺たちが立っていたのは、自分たちの教室だった。
「戻って、これたのか……?」
俺は窓際に行き、念のために外を確認する。午後の、大学部の受付時間になったのか、ちらちらと雪が降る中、大学生たちが歩いているのが見える。
「観手、ほら、戻ってこ」
振り返った瞬間、どん、と衝撃がきて観手が抱きついてきた。さらりとした黒髪が頬に当たって少しこそばゆい。
「馬鹿ですね。私、もう“女神”じゃないんですよ? 貴方が私を選んだ瞬間から、私はただの“観手ますよ”でしかないんですよ?」
「いや、ただのっつうか、腐った観手の間違いじゃ」
「うるさいですね!」
「いっ」
顎に頭突きを食らい、俺は抱き返そうとした手を引っ込めて顎を押さえた。その隙に離れていった観手に恨めしい視線を送っていると、何やら廊下からバタバタと騒がしい声が聞こえてきた。
「護! 観手は見つかったか? あ、観手!」
「チッ、僕が先に見つけて太刀根くんより役に立つって証明しようと思ったのに」
保健室から解放されたのか、それとも抜け出してきたのか。太刀根と猫汰が慌ただしく教室に入ってきたかと思うと、俺たちを取り囲んだ。
「お前ら……。皆、観手を忘れたんじゃ」
「何言ってんだよ、護。クラスメイトを忘れるわけないだろ?」
「まぁ、太刀根くんなら有り得るかもしれないけど、少なくとも僕は覚えてるよ」
嘘つけ。と言いたかったけど、俺は「そっか、そうか……」としか言えず、それ以上は何も言葉に出来なかった。口元を押さえて肩を震わせていると、
「壱ぼっちゃん。太刀根様と猫汰様を見つけましたよ」
と執爺さんが会長を連れて教室に入ってきた。会長を見た二人、特に太刀根が心底嫌そうに「げ」と眉をひそめる。
「保健室を抜け出したと聞いて探してみれば……。全く、あまり鏡華の手を煩わせるな。爺、連れて行け」
「はい、ぼっちゃん」
執爺さんは深々と頭を下げると、カウボーイよろしくロープ投げの要領で二人を縄にかけ、そのままずるずると引きずっていった。廊下から太刀根の「離せー! 護ー!」と猫汰の「なんで太刀根くんと一緒に……」という叫びが聞こえたが、段々小さくなっていった。
「さて護くん」
「な、なんすか」
入口から特に動いてはないのだが、やはり会長。離れたここからでも、その圧は十二分に感じることが出来る。
「“キミ”はどうやら見つけられたようだな」
「は、はぁ……」
何を言ってるのかさっぱりわからず、俺は間抜けな声を出した。
「これでやっと……、永かった十八年間が先に進みそうだ」
「会長?」
「それはそれとして、だ。オレはキミを手放すつもりは毛頭ないんでな。覚悟しておきたまえ」
会長は喉から声を出して笑うと「今日は見逃してやろう」と教室を出ていった。
わけがわからないが、俺はとりあえず観手にきちんと向き合うと、
「そんなわけで、まぁ、よろしく」
となんとも捻りのない台詞を口にした。
「勝手に決めるなって言われましても……」
「俺が誰を選んで、誰と、いや誰を幸せにするかなんて俺が決める! お前がその枠からはみ出ようとすんじゃねぇ!」
自分でも恥ずかしい台詞を言ってると思う。こんなん普段なら真っ赤になって言えやしないし、むしろ言う前に嫌味なことばかりが口から出ていくだろう。
でも今は、今だけは。
言わないといけない気がしたんだ。
「俺は、お前を選ぶ! お前が唯一の“女”だからとか、可愛いからとか、そんなんじゃねぇ。自分が消える覚悟で俺を生かした奴を、ほっとけるわけねぇだろ! 俺と一緒に来い!」
そう言って手を伸ばしたけれど、見えない壁みたいなものにぶち当たって、俺は情けなくも「いでっ」と声を上げて手を引っ込めた。そいつの顔が、さらに歪んだ。
「そんなこと言ったって、貴方は、私を覚えてないじゃないですか……」
「四月」
「え?」
ぶつけた手を擦りながら、俺はこの春を思い出す。
「健康診断で、俺の隣に座っておちょくってきやがった。GWはお前に呼び出されて会長と太刀根に追いかけられたし、夏には無人島に連れて行かれた。今度はパーカー着ないでくれると嬉しい」
「うわ、変態ですか」
白いパーカーが眩しかったし、それ以上に目のやり場に困ったのも覚えてる。夜の星空が綺麗だったのも。
そいつは俺を罵りながらも、俺の思い出の隣にいることが嬉しいのか、目に涙を浮かべながら続きを待っているようだった。
「秋の学園祭、お化け屋敷行ったよな」
「途中でペンライト落としちゃいましたね」
「電気ついた時、ブレザーかけただろうが」
「かかってませんでしたね」
「ああいうのは心遣いが大事なんだよ」
「なんですか、それ」
笑った拍子に、そいつの目から涙が落ちた。
「泣くとこ、初めて見た」
「泣かされたんですよ、貴方に」
「あー、そりゃ悪かった」
拭ってやりたいし、泣くなよって頭も撫でてやりたいし。なんならいつかやったみたいに、頬を引っ張ってやりたい。そうやってまたうだうだ言われて、その度に“へいへい”って言いたい。だから、俺はもう一度手を伸ばした。
「帰ってこいよ――観手」
「……! 御竿さ」
パリン。
間の壁がなくなるように、いや暗かった世界がヒビ割れるように、世界が剥がれ落ちていく。
そうして俺たちが立っていたのは、自分たちの教室だった。
「戻って、これたのか……?」
俺は窓際に行き、念のために外を確認する。午後の、大学部の受付時間になったのか、ちらちらと雪が降る中、大学生たちが歩いているのが見える。
「観手、ほら、戻ってこ」
振り返った瞬間、どん、と衝撃がきて観手が抱きついてきた。さらりとした黒髪が頬に当たって少しこそばゆい。
「馬鹿ですね。私、もう“女神”じゃないんですよ? 貴方が私を選んだ瞬間から、私はただの“観手ますよ”でしかないんですよ?」
「いや、ただのっつうか、腐った観手の間違いじゃ」
「うるさいですね!」
「いっ」
顎に頭突きを食らい、俺は抱き返そうとした手を引っ込めて顎を押さえた。その隙に離れていった観手に恨めしい視線を送っていると、何やら廊下からバタバタと騒がしい声が聞こえてきた。
「護! 観手は見つかったか? あ、観手!」
「チッ、僕が先に見つけて太刀根くんより役に立つって証明しようと思ったのに」
保健室から解放されたのか、それとも抜け出してきたのか。太刀根と猫汰が慌ただしく教室に入ってきたかと思うと、俺たちを取り囲んだ。
「お前ら……。皆、観手を忘れたんじゃ」
「何言ってんだよ、護。クラスメイトを忘れるわけないだろ?」
「まぁ、太刀根くんなら有り得るかもしれないけど、少なくとも僕は覚えてるよ」
嘘つけ。と言いたかったけど、俺は「そっか、そうか……」としか言えず、それ以上は何も言葉に出来なかった。口元を押さえて肩を震わせていると、
「壱ぼっちゃん。太刀根様と猫汰様を見つけましたよ」
と執爺さんが会長を連れて教室に入ってきた。会長を見た二人、特に太刀根が心底嫌そうに「げ」と眉をひそめる。
「保健室を抜け出したと聞いて探してみれば……。全く、あまり鏡華の手を煩わせるな。爺、連れて行け」
「はい、ぼっちゃん」
執爺さんは深々と頭を下げると、カウボーイよろしくロープ投げの要領で二人を縄にかけ、そのままずるずると引きずっていった。廊下から太刀根の「離せー! 護ー!」と猫汰の「なんで太刀根くんと一緒に……」という叫びが聞こえたが、段々小さくなっていった。
「さて護くん」
「な、なんすか」
入口から特に動いてはないのだが、やはり会長。離れたここからでも、その圧は十二分に感じることが出来る。
「“キミ”はどうやら見つけられたようだな」
「は、はぁ……」
何を言ってるのかさっぱりわからず、俺は間抜けな声を出した。
「これでやっと……、永かった十八年間が先に進みそうだ」
「会長?」
「それはそれとして、だ。オレはキミを手放すつもりは毛頭ないんでな。覚悟しておきたまえ」
会長は喉から声を出して笑うと「今日は見逃してやろう」と教室を出ていった。
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「そんなわけで、まぁ、よろしく」
となんとも捻りのない台詞を口にした。
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