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一月
大パニック!? 寒中マラソン大会 その8
公園の出口には、三年生の猛攻を掻い潜ってきた一年生が休んでいた。その中に下獄の姿もあって、逃げ切れてよかったと俺は胸を撫で下ろした。
それを横目に走り続けると、次に見えてきたのは立派なマンション、いや俺の家だ。家の前に簡素な折り畳み机を出して、紙コップにミネラルウォーターを入れて並べている。
「あら、護」
いそいそと用意をしていた母さんが、俺を見つけて手招きをしてきた。周囲を走る生徒はそれほどいないみたいだし、少しくらい話してもよさそうだ。手渡してきた紙コップに口をつけて、とりあえず喉を潤してから、
「母さん、水係か何か?」
「えぇ、屹立さんとこに頼まれてね」
「ぶっ」
と飲んでいた水をつい吐き出してしまい、隣で飲んでいた太刀根に「落ち着いて飲めよなぁ」と笑われてしまった。
「もしかしてこの水も?」
「そうよ。屹立さんとこが使ってるいいお水なんですって」
「へ、へぇ」
正直水の違いがわかるほど肥えた舌でもないが、確かにいつも飲む水(ただの水道水)よりはまろやかな気がする。柔らかい、とでもいうのか。飲みやすい感じだ。
もう一杯飲もうと紙コップを手にして飲んでいると、母さんが「そうそう」と玄関をガラリと開けた。廊下いっぱいに段ボールが敷きつめられていて、足の踏み場もない。
「母さん、何、これ……」
「ボランティアのお礼にって、我が家の分もたくさんもらったのよ。今日はこれで湯豆腐でもしようかしら」
「いやこんなに使わないし、つか、いい水を湯豆腐ってなんか勿体なくない?」
家の奥からは「あぁん、いい湯だぁ」と牡蠣の蕩けた声が聞こえてきる。あいつはまた出汁を取られて、いや風呂に入れられているらしい。
「寒い時にはお鍋か湯豆腐じゃない? あ、良かったら、夕ご飯、太刀根くんもいかが?」
「まじっすか! お邪魔します!」
「いや来んなよ。狭くなるだろ」
太刀根は俺の話など聞いていないみたいで、母さんの手を取り「マラソン終わったら護と帰りますんで」と早々に約束を取りつけている。
「おい太刀根、勝手に決めんな」
「楽しみだなぁ。一緒に帰って飯食って、それから風呂入って、夜には……」
妄想を膨らませる太刀根の鼻の下は、もはや伸び切っている。微かに頬を赤らませながら、太刀根はくるりと振り返ってきた。その目の輝きに、多少「う」と気圧された。
「風呂で洗いっこしような」
「しねぇよ。つか来んな」
「あ、そうだよな。一人ずつのほうがいいよな。そのほうが、俺も護のために準備しやすいし」
「なんの準備だ。来んなっつってんだよ」
「久しぶりだからキツいかもしんねぇけど、俺頑張るからさ」
「頑張らなくていいから。来なくていいから」
俺は母さんに「じゃ、また」と空の紙コップを渡して、ゆっくりと足を踏み出した。もうここまで来たらウイニングランも同然である。
だけど俺は気づかなくていいことに気づいてしまった。おかしい。最強のあいつが来てないような……?
「護くん!」
「ぎゃあああ! やっぱり来たぁぁあああ!」
ウイーンとマンションの自動ドアが開いて、仁王立ちの会長が現れた。半袖半ズボン、頭にはハチマキ、自信に溢れた笑み、もう恒例となった登場の仕方ではあるが、怖いものは怖い。
「護くんと“湯豆腐お風呂一泊権”はこのオレが頂こうか! 太刀根攻、貴様は指を咥えて、お風呂の窓からオレと護くんがちちくりあうのを見ているがいい!」
「会長何言ってんすか! そんなんやらねぇよ!?」
まず湯豆腐に誰も呼ぶ気はないし、風呂だって一人で入りたいし、つかそれを覗かれる趣味もないわ!
だけど太刀根にはダメージが大きかったらしく、頭を押さえて足をふらつかせると、
「そ、そんなこと……。見ているだけなんて、俺には出来ない!」
「俺と会長が一緒に風呂入る前提なのやめろ」
「護と風呂に入るのは俺だ! 見ているのは会長のほうだぜ!」
と気合を入れるように自分の頬を一発叩くと、会長をギロリと睨みつけた。
「はっはっはっ、面白い。太刀根攻、このオレに捕まえられてみたまえ。でないと、護くんを捕まえてしまうぞ?」
「やらせねぇよ! 会長が捕まえるのはこの俺だ! 護じゃねぇ!」
なんかヒートアップしてるし、このまま逃げてしまおうか。
だけど、そそくさとその場から立ち去ろうとした俺に母さんが「お友達、応援しないの?」となぜかペンライトを渡してきたから、俺は仕方なく二人の戦いを観戦するはめになってしまった。
それを横目に走り続けると、次に見えてきたのは立派なマンション、いや俺の家だ。家の前に簡素な折り畳み机を出して、紙コップにミネラルウォーターを入れて並べている。
「あら、護」
いそいそと用意をしていた母さんが、俺を見つけて手招きをしてきた。周囲を走る生徒はそれほどいないみたいだし、少しくらい話してもよさそうだ。手渡してきた紙コップに口をつけて、とりあえず喉を潤してから、
「母さん、水係か何か?」
「えぇ、屹立さんとこに頼まれてね」
「ぶっ」
と飲んでいた水をつい吐き出してしまい、隣で飲んでいた太刀根に「落ち着いて飲めよなぁ」と笑われてしまった。
「もしかしてこの水も?」
「そうよ。屹立さんとこが使ってるいいお水なんですって」
「へ、へぇ」
正直水の違いがわかるほど肥えた舌でもないが、確かにいつも飲む水(ただの水道水)よりはまろやかな気がする。柔らかい、とでもいうのか。飲みやすい感じだ。
もう一杯飲もうと紙コップを手にして飲んでいると、母さんが「そうそう」と玄関をガラリと開けた。廊下いっぱいに段ボールが敷きつめられていて、足の踏み場もない。
「母さん、何、これ……」
「ボランティアのお礼にって、我が家の分もたくさんもらったのよ。今日はこれで湯豆腐でもしようかしら」
「いやこんなに使わないし、つか、いい水を湯豆腐ってなんか勿体なくない?」
家の奥からは「あぁん、いい湯だぁ」と牡蠣の蕩けた声が聞こえてきる。あいつはまた出汁を取られて、いや風呂に入れられているらしい。
「寒い時にはお鍋か湯豆腐じゃない? あ、良かったら、夕ご飯、太刀根くんもいかが?」
「まじっすか! お邪魔します!」
「いや来んなよ。狭くなるだろ」
太刀根は俺の話など聞いていないみたいで、母さんの手を取り「マラソン終わったら護と帰りますんで」と早々に約束を取りつけている。
「おい太刀根、勝手に決めんな」
「楽しみだなぁ。一緒に帰って飯食って、それから風呂入って、夜には……」
妄想を膨らませる太刀根の鼻の下は、もはや伸び切っている。微かに頬を赤らませながら、太刀根はくるりと振り返ってきた。その目の輝きに、多少「う」と気圧された。
「風呂で洗いっこしような」
「しねぇよ。つか来んな」
「あ、そうだよな。一人ずつのほうがいいよな。そのほうが、俺も護のために準備しやすいし」
「なんの準備だ。来んなっつってんだよ」
「久しぶりだからキツいかもしんねぇけど、俺頑張るからさ」
「頑張らなくていいから。来なくていいから」
俺は母さんに「じゃ、また」と空の紙コップを渡して、ゆっくりと足を踏み出した。もうここまで来たらウイニングランも同然である。
だけど俺は気づかなくていいことに気づいてしまった。おかしい。最強のあいつが来てないような……?
「護くん!」
「ぎゃあああ! やっぱり来たぁぁあああ!」
ウイーンとマンションの自動ドアが開いて、仁王立ちの会長が現れた。半袖半ズボン、頭にはハチマキ、自信に溢れた笑み、もう恒例となった登場の仕方ではあるが、怖いものは怖い。
「護くんと“湯豆腐お風呂一泊権”はこのオレが頂こうか! 太刀根攻、貴様は指を咥えて、お風呂の窓からオレと護くんがちちくりあうのを見ているがいい!」
「会長何言ってんすか! そんなんやらねぇよ!?」
まず湯豆腐に誰も呼ぶ気はないし、風呂だって一人で入りたいし、つかそれを覗かれる趣味もないわ!
だけど太刀根にはダメージが大きかったらしく、頭を押さえて足をふらつかせると、
「そ、そんなこと……。見ているだけなんて、俺には出来ない!」
「俺と会長が一緒に風呂入る前提なのやめろ」
「護と風呂に入るのは俺だ! 見ているのは会長のほうだぜ!」
と気合を入れるように自分の頬を一発叩くと、会長をギロリと睨みつけた。
「はっはっはっ、面白い。太刀根攻、このオレに捕まえられてみたまえ。でないと、護くんを捕まえてしまうぞ?」
「やらせねぇよ! 会長が捕まえるのはこの俺だ! 護じゃねぇ!」
なんかヒートアップしてるし、このまま逃げてしまおうか。
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