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二月
涙の防災訓練、今からお前を追放する!? その10
「……なぁ」
静かになった林に、俺の声だけが響き渡る。ラスは「なーにー?」と跳ねて俺のほうを向き直った。
「お前の願いって、何よ」
結構真剣に聞いたつもりだが、ラスにはあまり伝わっていなかったらしく、会った時と変わらぬ笑い声を出しながら、
「にんげんとすむことだってばー。さいしょにいったよー?」
と首を捻るように身体を左右にふるふると揺らした。
「引っかかってたんだよ。家族、いや仲間がいるなら、仲間と一緒に住めばいいだろ。なのになんでわざわざ人間と住みたがるのかって」
「そ、それは……」
「本当は家族も仲間もいないんだろ? 自分たちは弱いって言ってたもんな」
俺の言葉にラスは黙り込み、震わせていた身体もぴたりと止まった。俯いているつもりなのか、目線はずっと地面を見たままだ。
「……一緒に来るか?」
ラスが、そうっと視線を上げる。おどおどするように見開かれた目は(元から丸いけど)、俺には“いいの?”と言っているように見えた。
あーあ。こういう小動物みたいな目、本当苦手なんだよなぁ。
「ま、どうやって一緒に連れてけばいいかなんて知らねぇんだけど」
そう苦笑いしてやれば、ラスはやっと笑って、
「ちゃんとかんがえてよ、にーとにき!」
といつもみたいに元気に跳ねた。
母さんにはなんて言おうとか、こんな変な生き物飼って大丈夫かとか考えなくもないが、そもそも牡蠣が話す世界なのだ。ラスみたいなのが一人二人、いや二匹に増えたところで構いやしないだろう。
「ん、なんだ? なんか空が……」
突然空が光りだし、その眩しさに目を細めていると、その光は凝縮されていき、小さな、手の平サイズの男になった。虹色の羽根を生やしたそれは、一見すれば妖精に見えなくもないが、ふかしたタバコがその幻想を全否定している。
「誰!?」
「まーったく。困るんだよねぇ。ポンポンポンポン世界を移動されちゃあさ」
状況が飲み込めず、俺は、俺の手の平にちょこんと降り立ったソイツと、丸い目をさらに丸くするラスを交互に見る。ラスが「よーせーさん?」と首、いや身体を傾げるのに、ソイツが「あん?」と睨み返した。
「さ、帰るぞ。用意しろ、よししたな? 行くぞ」
「ま、待ってくれ」
ソイツが指先から小さな光の玉を出現させる。それを制して、俺は代わりにラスを指差した。この際コイツがナニなのか、もうどうでもいい。
「こいつは? ラスは連れてけないのか?」
頼むよ、と片手で拝むように懇願するも、
「無理に決まってんだろ。世界移動舐めてんのか?」
と口悪く罵ってきた。俺は必死にラスをもう片手で引っ掴みソイツにぐいと近づける。
「ちゃんと面倒見るから!」
「お、おさんぽひとりでできるよ!」
「意思疎通も出来るし!」
「まいごにもならないようにする!」
「ほら、もっと自分をアピールするんだ!」
「ええっと、ええっと……」
捨て犬を拾った時の、子供みたいなことをしていると自分でも思う。でもさ、見捨てられないんだよな。あんなに俺を馬鹿にしてきたのに。
でも俺とラスの訴えも虚しく、ソイツは「うっせぇなぁ」と至極面倒くさそうに耳を小指でほじり、ふっと息を吹きかけた。
「おら、諦めろ」
「……」
ラスを見る。大きな目からは、今にも涙が零れそうだった。
「ラス……」
「いいよ。ありがとう、にーとにき」
「ラス……!」
ソイツが指先から光を出現させる。それは大きな玉になっていくと、みるみるうちに俺を包み込んでいく。
それに呑まれまいと、ラスがぴょこんと俺の手から降りた。笑顔になったラスの目から、ぽろりと涙が零れた。
「ばいばい、まもるおにいさん」
「ラス!」
世界が、違うから?
それだけの理由で、悲しそうな顔をするあいつを置いてくのか?
家族も仲間もいない場所に?
そんなの、そんなもの。
「させるかよ! ラス! 自分しかいない世界なら、そんな淋しい場所なら、捨てちまえ!」
「おにいさん……!」
ラスの声が聞こえ――
「あ? なんだお前、そうか、あいつの……」
舌打ちと共にあの男の声が遠くに響いた――
そして光が収まった時、俺は家の前に突っ立っていた。
「帰って、きた、のか……」
見慣れた家。振り返れば、会長の住む立派なマンションがそびえ立っている。
「わー! ここがにーとにきのせかい?」
「んんん!?」
声に釣られて足元を見れば、なんとラスが嬉しそうに跳ねていた。
「なんでお前がここにいんだよ」
「なんかね。ひかりがぱーっとなって、ぱぱぱーってなったら、ここのまえにいた」
「意味わかんね……」
とりあえず玄関の扉を開ける。すると待ち構えていたように、牡蠣が「おかえりー」と出迎えてくれた。それに「ただいま」といつも通り返してから、靴を脱いで揃える。
と、そこで気づいた。ラスが驚いたように、目も口もあんぐりと開いたまま、俺を、いや牡蠣を見つめている。
「にいちゃん!」
「ん? もしかしてラスか? 久しぶりだなぁ」
ニイチャン?
俺は顔が引きつるのを感じながらも、なんとか笑顔を張りつけた。
「ラス。家族も仲間もいないんじゃなかったのか?」
「いるよ? いないなんていってないもーん」
「なんだマモル、早とちりしたのかよ! 馬鹿だなぁ!」
楽しげに、ケタケタと笑う二匹。俺は無言で、鞄を重力に任せて落としてやった。もちろん母さんからは怒られた。
静かになった林に、俺の声だけが響き渡る。ラスは「なーにー?」と跳ねて俺のほうを向き直った。
「お前の願いって、何よ」
結構真剣に聞いたつもりだが、ラスにはあまり伝わっていなかったらしく、会った時と変わらぬ笑い声を出しながら、
「にんげんとすむことだってばー。さいしょにいったよー?」
と首を捻るように身体を左右にふるふると揺らした。
「引っかかってたんだよ。家族、いや仲間がいるなら、仲間と一緒に住めばいいだろ。なのになんでわざわざ人間と住みたがるのかって」
「そ、それは……」
「本当は家族も仲間もいないんだろ? 自分たちは弱いって言ってたもんな」
俺の言葉にラスは黙り込み、震わせていた身体もぴたりと止まった。俯いているつもりなのか、目線はずっと地面を見たままだ。
「……一緒に来るか?」
ラスが、そうっと視線を上げる。おどおどするように見開かれた目は(元から丸いけど)、俺には“いいの?”と言っているように見えた。
あーあ。こういう小動物みたいな目、本当苦手なんだよなぁ。
「ま、どうやって一緒に連れてけばいいかなんて知らねぇんだけど」
そう苦笑いしてやれば、ラスはやっと笑って、
「ちゃんとかんがえてよ、にーとにき!」
といつもみたいに元気に跳ねた。
母さんにはなんて言おうとか、こんな変な生き物飼って大丈夫かとか考えなくもないが、そもそも牡蠣が話す世界なのだ。ラスみたいなのが一人二人、いや二匹に増えたところで構いやしないだろう。
「ん、なんだ? なんか空が……」
突然空が光りだし、その眩しさに目を細めていると、その光は凝縮されていき、小さな、手の平サイズの男になった。虹色の羽根を生やしたそれは、一見すれば妖精に見えなくもないが、ふかしたタバコがその幻想を全否定している。
「誰!?」
「まーったく。困るんだよねぇ。ポンポンポンポン世界を移動されちゃあさ」
状況が飲み込めず、俺は、俺の手の平にちょこんと降り立ったソイツと、丸い目をさらに丸くするラスを交互に見る。ラスが「よーせーさん?」と首、いや身体を傾げるのに、ソイツが「あん?」と睨み返した。
「さ、帰るぞ。用意しろ、よししたな? 行くぞ」
「ま、待ってくれ」
ソイツが指先から小さな光の玉を出現させる。それを制して、俺は代わりにラスを指差した。この際コイツがナニなのか、もうどうでもいい。
「こいつは? ラスは連れてけないのか?」
頼むよ、と片手で拝むように懇願するも、
「無理に決まってんだろ。世界移動舐めてんのか?」
と口悪く罵ってきた。俺は必死にラスをもう片手で引っ掴みソイツにぐいと近づける。
「ちゃんと面倒見るから!」
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「ほら、もっと自分をアピールするんだ!」
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でも俺とラスの訴えも虚しく、ソイツは「うっせぇなぁ」と至極面倒くさそうに耳を小指でほじり、ふっと息を吹きかけた。
「おら、諦めろ」
「……」
ラスを見る。大きな目からは、今にも涙が零れそうだった。
「ラス……」
「いいよ。ありがとう、にーとにき」
「ラス……!」
ソイツが指先から光を出現させる。それは大きな玉になっていくと、みるみるうちに俺を包み込んでいく。
それに呑まれまいと、ラスがぴょこんと俺の手から降りた。笑顔になったラスの目から、ぽろりと涙が零れた。
「ばいばい、まもるおにいさん」
「ラス!」
世界が、違うから?
それだけの理由で、悲しそうな顔をするあいつを置いてくのか?
家族も仲間もいない場所に?
そんなの、そんなもの。
「させるかよ! ラス! 自分しかいない世界なら、そんな淋しい場所なら、捨てちまえ!」
「おにいさん……!」
ラスの声が聞こえ――
「あ? なんだお前、そうか、あいつの……」
舌打ちと共にあの男の声が遠くに響いた――
そして光が収まった時、俺は家の前に突っ立っていた。
「帰って、きた、のか……」
見慣れた家。振り返れば、会長の住む立派なマンションがそびえ立っている。
「わー! ここがにーとにきのせかい?」
「んんん!?」
声に釣られて足元を見れば、なんとラスが嬉しそうに跳ねていた。
「なんでお前がここにいんだよ」
「なんかね。ひかりがぱーっとなって、ぱぱぱーってなったら、ここのまえにいた」
「意味わかんね……」
とりあえず玄関の扉を開ける。すると待ち構えていたように、牡蠣が「おかえりー」と出迎えてくれた。それに「ただいま」といつも通り返してから、靴を脱いで揃える。
と、そこで気づいた。ラスが驚いたように、目も口もあんぐりと開いたまま、俺を、いや牡蠣を見つめている。
「にいちゃん!」
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