59 / 170
第二部
過去を知りたくて
しおりを挟む
ユーリとは特に話をしないまま、僕は言われた通り机や椅子を並べたり、火を起こすための風をうちわで送ったりと働いた。夕方になると何人かの子供たちが「こんにちはー!」と顔を見せだしたから、店長が気を使って少し休んでろとお寺の中へと押し込まれてしまった。
「もう、まだ働けるんだけど……」
夏だというのに、お寺の中はとても涼しかった。風通しがいいのだろうか、クーラーや扇風機などなくとも、十分に涼むことが出来る。
本堂、とでもいうのか。大きな大仏が鎮座していて、左右には立派な金の飾りがたくさんある。本堂の隅には、家に入る用の渡り廊下が続いていて、そこの奥側から何やら声が聞こえてきた。
「――めろ」
「そう――」
子供たちかと思って、僕は渡り廊下へと歩いていく。
「だからやめろって!」
「へぇ、でももう入るけど」
渡り廊下まで来たけれど、誰かの姿が見えるわけじゃない。おかしいなと思って辺りを見回して、僕はその声が足元から聞こえてくることに気づいた。
「アアアッ、お、お、おおっ……!」
「もうちょっと可愛い声出せないの? あと叫びすぎ。本当、此永くんのケツ穴、雑魚すぎ」
いくら疎い僕でもわかる。この下で、誰かがそういうことをしている。息を殺して、足音を消すようにして、僕は本堂へと後ろ向きで戻っていく。
ギシッ。
なんで!? 来た時は鳴らなかったじゃないか!
「……っは、此永くん、誰かいるんじゃない?」
「オッオッオッ、うあアッ」
「ま、いっか」
僕はたまらずその場から逃げ出した。足音なんて知ったことか。こっちの姿は見えていないのだから、多少煩くしてもバレやしない。
本堂から飛び出すように出たところで、僕を呼びに来たであろうユーリとぶつかった。反動でよろける僕を支えて「どうしたの」と顔を覗きこんでくる。さっきの会話もあって、顔が赤くなっていた僕は「なんでもっ」と咄嗟に顔を背けた。
「リヒト、具合悪い?」
「だからなんでもないって。呼びに来たんだろ? 早く戻ろう」
「……ならいいよ」
納得はしてないみたいだけれど、わかってはくれたようで、ユーリは先を歩く僕の後を大人しくついてくる。耳まで赤い自覚のあった僕は、とりあえずユーリに顔を見られないよう必死だった。
日が沈みかけた頃。かなりの子供たちが来て、わいわいとバーベキューを楽しんでいた。お肉ばかり欲しがる子に野菜も食べようと宥めながら、僕も焼くのを手伝っていく。
すると本堂のほうから、銀縁の眼鏡をかけた高校生の男の子がやって来て、シスターに「すみません」と頭を下げた。
「お母さん、遅れました」
「いいのよ。もうすぐ夏休みも終わるんだもの。此永くんとのお勉強は終わった?」
「はい、お陰で。俺も手伝いますよ」
その声に聞き覚えがあった。
あの渡り廊下で聞いたあの声だ。
ということは、え? 高校生で付き合っている子でもいるのかな。最近の子って早いんだなとトングでお肉を引っくり返していると、僕に気づいた息子さんがこっちに歩いてきた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは。ええと……」
動揺を悟られないよう、なるべく目線は手元のお肉から離さないよう努める。
「夏川ソウシといいます。屍人のリヒトさん?」
「……っ、誰?」
明らかに前世を知っている物言いに、トングを持つ手が震えた。ソウシくんが「あぁ」と震える手を抑えるように、そっと手を重ねてきた。
「安心してください。俺は貴方をどうこうするつもりはありません。貴方と仲良くなりたいんです。殿下の……、ユーリさんのことでも語らいながら、ね」
「ここじゃ駄目なのかい……?」
「前世、なんて話してたら、子供たちも不思議がるでしょう? この先に、ちょっと公園があるんです。そこまで歩いて、帰りながら、なんてどうです?」
正直、あまり乗り気じゃなかった。
けれど、僕の知らないユーリのことも気になるのも事実だ。だから僕は「いいよ」と軽く答えてしまった。
「では先に向かって頂けますか? 俺は母親に用事を言いつけられてまして、すぐに向かいますから」
「……わかったよ」
僕はトングをスイに任せ、ちょっとコンビニまで買い出しだと嘘をついてお寺を出た。
朝、車で通った時、確かに公園があったのを見ているから迷わずに進めるはずだ。街灯のない道は少し薄暗いが、全く見えないほどじゃない。山間にかかる橋を渡れば、目的地の公園まではすぐそこだ。
ドンッ――
「え」
何かに押されたような、引っ張られたような感覚が走り、視界が大きく傾いた。欄干から身体が大きく乗り出し、そのまま重力に抗えずに落ちていく。
真っ暗な中聞こえた「さよなら、リヒトさん」の声は、ソウシくんのものだった。
「もう、まだ働けるんだけど……」
夏だというのに、お寺の中はとても涼しかった。風通しがいいのだろうか、クーラーや扇風機などなくとも、十分に涼むことが出来る。
本堂、とでもいうのか。大きな大仏が鎮座していて、左右には立派な金の飾りがたくさんある。本堂の隅には、家に入る用の渡り廊下が続いていて、そこの奥側から何やら声が聞こえてきた。
「――めろ」
「そう――」
子供たちかと思って、僕は渡り廊下へと歩いていく。
「だからやめろって!」
「へぇ、でももう入るけど」
渡り廊下まで来たけれど、誰かの姿が見えるわけじゃない。おかしいなと思って辺りを見回して、僕はその声が足元から聞こえてくることに気づいた。
「アアアッ、お、お、おおっ……!」
「もうちょっと可愛い声出せないの? あと叫びすぎ。本当、此永くんのケツ穴、雑魚すぎ」
いくら疎い僕でもわかる。この下で、誰かがそういうことをしている。息を殺して、足音を消すようにして、僕は本堂へと後ろ向きで戻っていく。
ギシッ。
なんで!? 来た時は鳴らなかったじゃないか!
「……っは、此永くん、誰かいるんじゃない?」
「オッオッオッ、うあアッ」
「ま、いっか」
僕はたまらずその場から逃げ出した。足音なんて知ったことか。こっちの姿は見えていないのだから、多少煩くしてもバレやしない。
本堂から飛び出すように出たところで、僕を呼びに来たであろうユーリとぶつかった。反動でよろける僕を支えて「どうしたの」と顔を覗きこんでくる。さっきの会話もあって、顔が赤くなっていた僕は「なんでもっ」と咄嗟に顔を背けた。
「リヒト、具合悪い?」
「だからなんでもないって。呼びに来たんだろ? 早く戻ろう」
「……ならいいよ」
納得はしてないみたいだけれど、わかってはくれたようで、ユーリは先を歩く僕の後を大人しくついてくる。耳まで赤い自覚のあった僕は、とりあえずユーリに顔を見られないよう必死だった。
日が沈みかけた頃。かなりの子供たちが来て、わいわいとバーベキューを楽しんでいた。お肉ばかり欲しがる子に野菜も食べようと宥めながら、僕も焼くのを手伝っていく。
すると本堂のほうから、銀縁の眼鏡をかけた高校生の男の子がやって来て、シスターに「すみません」と頭を下げた。
「お母さん、遅れました」
「いいのよ。もうすぐ夏休みも終わるんだもの。此永くんとのお勉強は終わった?」
「はい、お陰で。俺も手伝いますよ」
その声に聞き覚えがあった。
あの渡り廊下で聞いたあの声だ。
ということは、え? 高校生で付き合っている子でもいるのかな。最近の子って早いんだなとトングでお肉を引っくり返していると、僕に気づいた息子さんがこっちに歩いてきた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは。ええと……」
動揺を悟られないよう、なるべく目線は手元のお肉から離さないよう努める。
「夏川ソウシといいます。屍人のリヒトさん?」
「……っ、誰?」
明らかに前世を知っている物言いに、トングを持つ手が震えた。ソウシくんが「あぁ」と震える手を抑えるように、そっと手を重ねてきた。
「安心してください。俺は貴方をどうこうするつもりはありません。貴方と仲良くなりたいんです。殿下の……、ユーリさんのことでも語らいながら、ね」
「ここじゃ駄目なのかい……?」
「前世、なんて話してたら、子供たちも不思議がるでしょう? この先に、ちょっと公園があるんです。そこまで歩いて、帰りながら、なんてどうです?」
正直、あまり乗り気じゃなかった。
けれど、僕の知らないユーリのことも気になるのも事実だ。だから僕は「いいよ」と軽く答えてしまった。
「では先に向かって頂けますか? 俺は母親に用事を言いつけられてまして、すぐに向かいますから」
「……わかったよ」
僕はトングをスイに任せ、ちょっとコンビニまで買い出しだと嘘をついてお寺を出た。
朝、車で通った時、確かに公園があったのを見ているから迷わずに進めるはずだ。街灯のない道は少し薄暗いが、全く見えないほどじゃない。山間にかかる橋を渡れば、目的地の公園まではすぐそこだ。
ドンッ――
「え」
何かに押されたような、引っ張られたような感覚が走り、視界が大きく傾いた。欄干から身体が大きく乗り出し、そのまま重力に抗えずに落ちていく。
真っ暗な中聞こえた「さよなら、リヒトさん」の声は、ソウシくんのものだった。
37
あなたにおすすめの小説
僕に双子の義兄が出来まして
サク
BL
この度、この僕に双子の義兄が出来ました。もう、嬉し過ぎて自慢しちゃうよ。でも、自慢しちゃうと、僕の日常が壊れてしまう気がするほど、その二人は人気者なんだよ。だから黙って置くのが、吉と見た。
そんなある日、僕は二人の秘密を知ってしまった。ん?知っているのを知られてしまった?が正しいかも。
ごめんよ。あの時、僕は焦っていたんだ。でもね。僕の秘密もね、共有して、だんだん仲良くなったんだよ。
…仲良くなったと、そう信じている。それから、僕の日常は楽しく、幸せな日々へと変わったんだ。そんな僕の話だよ。
え?内容紹介が内容紹介になってないって?気にしない、気にしない。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける
てんつぶ
BL
「僕を食べてもらっても構わない。だからどうか――」
庶子として育ったカラヒは母の死後、引き取られた伯爵家でメイドにすら嗤われる下働き以下の生活を強いられていた。その上義兄からは火傷を負わされるほどの異常な執着を示される。
そんなある日、義母である伯爵夫人はカラヒを神竜の生贄に捧げると言いだして――?
「カラヒ。おれの番いは嫌か」
助けてくれた神竜・エヴィルはカラヒを愛を囁くものの、カラヒは彼の秘密を知ってしまった。
どうして初対面のカラヒを愛する「フリ」をするのか。
どうして竜が言葉を話せるのか。
所詮偽りの番いだとカラヒは分かってしまった。それでも――。
狼領主は俺を抱いて眠りたい
明樹
BL
王都から遠く離れた辺境の地に、狼様と呼ばれる城主がいた。狼のように鋭い目つきの怖い顔で、他人が近寄ろう者なら威嚇する怖い人なのだそうだ。実際、街に買い物に来る城に仕える騎士や使用人達が「とても厳しく怖い方だ」とよく話している。そんな城主といろんな場所で出会い、ついには、なぜか城へ連れていかれる主人公のリオ。リオは一人で旅をしているのだが、それには複雑な理由があるようで…。
素敵な表紙は前作に引き続き、えか様に描いて頂いております。
辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで
月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆
辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。
けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。
孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。
年齢差、身分差、そして心の距離。
不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。
【完結】異世界転移で落ちて来たイケメンからいきなり嫁認定された件
りゆき
BL
俺の部屋の天井から降って来た超絶美形の男。
そいつはいきなり俺の唇を奪った。
その男いわく俺は『運命の相手』なのだと。
いや、意味分からんわ!!
どうやら異世界からやって来たイケメン。
元の世界に戻るには運命の相手と結ばれないといけないらしい。
そんなこと俺には関係ねー!!と、思っていたのに…
平凡サラリーマンだった俺の人生、異世界人への嫁入りに!?
そんなことある!?俺は男ですが!?
イケメンたちとのわちゃわちゃに巻き込まれ、愛やら嫉妬やら友情やら…平凡生活からの一転!?
スパダリ超絶美形×平凡サラリーマンとの嫁入りラブコメ!!
メインの二人以外に、
・腹黒×俺様
・ワンコ×ツンデレインテリ眼鏡
が登場予定。
※R18シーンに印は入れていないのでお気をつけください。
※前半は日本舞台、後半は異世界が舞台になります。
※こちらの作品はムーンライトノベルズにも掲載中。
※完結保証。
※ムーンさん用に一話あたりの文字数が多いため分割して掲載。
初日のみ4話、毎日6話更新します。
本編56話×分割2話+おまけの1話、合計113話。
転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています
柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。
酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。
性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。
そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。
離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。
姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。
冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟
今度こそ、本当の恋をしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる