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消したい悪夢
前世2
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城の中庭にある庭園。
そこは、この国がリヒトたちの手によって陥落したあの日、リヒトが燃えゆく花の中、独りで立ち続けていた場所。
「随分、綺麗になりましたね」
花々が咲き誇る中央のガゼボで、用意されたアフタヌーンティをぼうっと眺めながら、何気なしに口にする。
「えぇ……。国をここまで建て直すのに、随分と時間がかかってしまいましたが」
スコーンを手で千切り、添えてあるクロテッドクリームを乗せ、口へと運ぶ。久しぶりに食べたその味は格別で、知らずのうちに涙が零れた。
「ぅ……っ、ふ、くっ……」
口元を押さえて泣くオレに、アヤメは昔みたいに穏やかに微笑んで、それから自分の紅茶に口をつけた。
「ふふ、本当に泣き虫ですわね。それとも、泣き虫に戻ってしまったのでしょうか?」
アヤメは、五歳で城に連れてこられたオレの義姉として、そして母親代わりとして、よく面倒を見てくれていた。旅に出る前、魔族を好きになったと打ち明けたのもアヤメが最初で、その時もアヤメは、こうして笑ってくれたのを思い出す。
「……なぁ、オレ、どうすれば、よかったんだろう」
「珍しく弱気ですわね。お話を、お伺いしても……?」
オレは話した。
リヒトが力をくれたこと。
その影響でリヒトには記憶の混濁が起こったこと。
魔王を消滅させたことで、本来リヒトは死ぬはずだったこと。
そして――
「リヒトの命を繋ぐための首輪は、オレの力を使ってる」
「まさか、ずっと……?」
「そう、ずっと」
言葉通り、朝も昼も夜もなく、どれだけ月日が流れようとも、オレは力を途切れさせるわけにはいかない。それをすればリヒトは消えていく。
けれど睡眠を取らないわけにもいかず、その間だけは力が途切れてしまう。だからオレは、毎晩毎晩、リヒトと行為に及んで、力を少しでも注いで、オレが寝てる合間も消えないようにしていた。
散々悪態を吐かれても、嫌われても、リヒトの手足を縛って切り落としてでも抵抗されないようにして、無理やりにでも、そうするしかなかった。
「ユーリさん。あの、差し出がましいようですが、それでは貴方の命が……」
「うん、わかってる。魔族ですら魔法をずっと使うなんて命がけなんだ。人間のオレじゃあ、寿命が縮むだけなんだよ……げほっ」
咳と同時に血が吐かれる。アヤメの顔が哀しげに歪んだけれど、たぶんオレを止めることはしない。
「でも、オレ、少し、ほんとに少しだけなんだけど、どこかもう、諦めてて。このまま死のうかなって考えるんだけど、でも、リヒトが“生きて”って言った、からっ」
頭の中がごちゃごちゃする。
リヒトと一緒にいたいからオレは生きているのに、そのリヒトを生かせば生かすほどオレは死に近づいていく。今ならまだ間に合う。力を解いて、リヒトが消えれば。
「でも、でもっ、リヒトが、リヒトがいなきゃ生きてる意味なんて、ない、のに……っ」
もう話すらしてくれないし。
顔も見てくれないし。
行為中すら声を我慢される始末だ。
紅茶の表面に、諦めで濁った目が映し出された。
「オレ、もう疲れ」
「えい」
「ぶっ!?」
急激に冷えた体温、頭から滴る水と、濡れた服。それに息をつきながら、額に張り付いた前髪を掻き上げた。反対側に座るアヤメの手には空っぽのグラス、にんまりと笑うその表情。水をかけられたのは、明白だった。なぜかはわからない。
「義姉、上?」
なんとか笑顔を作るも、引きつっているのが自分でもわかる。
「旅立つ前、わたくしに話してくれたことを覚えておりますか」
「話した、こと……」
「“オレがオレを否定しちゃいけない”。ねぇ、ユーリさん」
アヤメが笑顔で、ハンカチを差し出してきた。
それを受け取って、髪と肩を軽く拭く。
「せっかく一番上の特等席なのです。きっとここより風通しもよいはずですから、お茶でもお誘いしてみては?」
「魔族にご飯は必要ないよ」
「ほら。そこが駄目なのです。長く過ごす中で、色々忘れて、そう決めつけていませんか? 無理に食べなくとも、香りを楽しむのもよいものですよ」
香り、か。
あぁそうだ。リヒトはよく、風を感じていて、よく空を見ていて、実は生き物と触れ合うのが好きで……。
「アヤメ」
「はい」
まだお茶の最中だけど、いてもたってもいられなくて、オレは「ごめん」と言い立ち上がる。
「ありがとう」
「はい」
飲みきれていない紅茶に映った目は、少しだけ、明るくなっていた気がした。
そこは、この国がリヒトたちの手によって陥落したあの日、リヒトが燃えゆく花の中、独りで立ち続けていた場所。
「随分、綺麗になりましたね」
花々が咲き誇る中央のガゼボで、用意されたアフタヌーンティをぼうっと眺めながら、何気なしに口にする。
「えぇ……。国をここまで建て直すのに、随分と時間がかかってしまいましたが」
スコーンを手で千切り、添えてあるクロテッドクリームを乗せ、口へと運ぶ。久しぶりに食べたその味は格別で、知らずのうちに涙が零れた。
「ぅ……っ、ふ、くっ……」
口元を押さえて泣くオレに、アヤメは昔みたいに穏やかに微笑んで、それから自分の紅茶に口をつけた。
「ふふ、本当に泣き虫ですわね。それとも、泣き虫に戻ってしまったのでしょうか?」
アヤメは、五歳で城に連れてこられたオレの義姉として、そして母親代わりとして、よく面倒を見てくれていた。旅に出る前、魔族を好きになったと打ち明けたのもアヤメが最初で、その時もアヤメは、こうして笑ってくれたのを思い出す。
「……なぁ、オレ、どうすれば、よかったんだろう」
「珍しく弱気ですわね。お話を、お伺いしても……?」
オレは話した。
リヒトが力をくれたこと。
その影響でリヒトには記憶の混濁が起こったこと。
魔王を消滅させたことで、本来リヒトは死ぬはずだったこと。
そして――
「リヒトの命を繋ぐための首輪は、オレの力を使ってる」
「まさか、ずっと……?」
「そう、ずっと」
言葉通り、朝も昼も夜もなく、どれだけ月日が流れようとも、オレは力を途切れさせるわけにはいかない。それをすればリヒトは消えていく。
けれど睡眠を取らないわけにもいかず、その間だけは力が途切れてしまう。だからオレは、毎晩毎晩、リヒトと行為に及んで、力を少しでも注いで、オレが寝てる合間も消えないようにしていた。
散々悪態を吐かれても、嫌われても、リヒトの手足を縛って切り落としてでも抵抗されないようにして、無理やりにでも、そうするしかなかった。
「ユーリさん。あの、差し出がましいようですが、それでは貴方の命が……」
「うん、わかってる。魔族ですら魔法をずっと使うなんて命がけなんだ。人間のオレじゃあ、寿命が縮むだけなんだよ……げほっ」
咳と同時に血が吐かれる。アヤメの顔が哀しげに歪んだけれど、たぶんオレを止めることはしない。
「でも、オレ、少し、ほんとに少しだけなんだけど、どこかもう、諦めてて。このまま死のうかなって考えるんだけど、でも、リヒトが“生きて”って言った、からっ」
頭の中がごちゃごちゃする。
リヒトと一緒にいたいからオレは生きているのに、そのリヒトを生かせば生かすほどオレは死に近づいていく。今ならまだ間に合う。力を解いて、リヒトが消えれば。
「でも、でもっ、リヒトが、リヒトがいなきゃ生きてる意味なんて、ない、のに……っ」
もう話すらしてくれないし。
顔も見てくれないし。
行為中すら声を我慢される始末だ。
紅茶の表面に、諦めで濁った目が映し出された。
「オレ、もう疲れ」
「えい」
「ぶっ!?」
急激に冷えた体温、頭から滴る水と、濡れた服。それに息をつきながら、額に張り付いた前髪を掻き上げた。反対側に座るアヤメの手には空っぽのグラス、にんまりと笑うその表情。水をかけられたのは、明白だった。なぜかはわからない。
「義姉、上?」
なんとか笑顔を作るも、引きつっているのが自分でもわかる。
「旅立つ前、わたくしに話してくれたことを覚えておりますか」
「話した、こと……」
「“オレがオレを否定しちゃいけない”。ねぇ、ユーリさん」
アヤメが笑顔で、ハンカチを差し出してきた。
それを受け取って、髪と肩を軽く拭く。
「せっかく一番上の特等席なのです。きっとここより風通しもよいはずですから、お茶でもお誘いしてみては?」
「魔族にご飯は必要ないよ」
「ほら。そこが駄目なのです。長く過ごす中で、色々忘れて、そう決めつけていませんか? 無理に食べなくとも、香りを楽しむのもよいものですよ」
香り、か。
あぁそうだ。リヒトはよく、風を感じていて、よく空を見ていて、実は生き物と触れ合うのが好きで……。
「アヤメ」
「はい」
まだお茶の最中だけど、いてもたってもいられなくて、オレは「ごめん」と言い立ち上がる。
「ありがとう」
「はい」
飲みきれていない紅茶に映った目は、少しだけ、明るくなっていた気がした。
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