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消したい悪夢
前世3
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体調がよくなったわけじゃない。
何か対策が見つかったわけでもない。
それでもさっきよりは少しだけ晴れやかな気分になって、視界が開けた気がした。
カップふたつと、ポット、それから適当に茶葉を見繕ってトレイに乗せる。それを持って西塔の最上階へ向かい、いつも通りに鍵を開けた。
「……」
やけに広い部屋。
キングサイズのベッド。
カーテンは締め切られたまま。そもそも窓すら開かない。そうオレがしたからだ。
ベッドに座るリヒトは、相変わらず抱えた膝に顔を埋めたまま。オレが入ってきたことすら、どうでもいいんだろう。
「リヒト」
「……」
しまった。
お茶をしようにもテーブルがない。
あるのはサイドテーブルだけ。
仕方なくトレイをサイドテーブルに置いてから、窓際へと歩いてカーテンを開ける。昼過ぎの、まだ暖かい日の光が、薄暗い部屋をゆっくりと照らしていった。そのまま窓の封印も解いて開ければ、ふわりと百合の香りが鼻を掠めていく。
「え、と、今日は、その、お茶しようと思って」
上手く言えただろうか。
不自然になっていないだろうか。
「……」
変わらず何も言ってくれないリヒトに、やっぱり無駄なんじゃ……と小さくため息をついた時だ。
「……ご機嫌取りとは、ただの魔族相手に王弟殿下殿も大変だな」
実に三年ぶりの、落ち着いた優しい声だった。
なのにそれがこれって……とイラつきが止まらない。
「ご機嫌取りって……、違う! あぁいや、違くはないんだけど、そうじゃなくて、オレはただ、リヒトとまた話したくて、なのに」
売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、頭に血が昇ったオレは、怒りのままにリヒトを押し倒した。
「……んで、わかってくれないの。オレはリヒトを大切にしたいし、これからも一緒にいたいだけなのにっ」
「なら、これを外せ」
これ、とリヒトが示したのは首元に光るあの首輪だ。外せるわけがない。そしてそれを言えるわけがない。仮にリヒトがあの日々を思い出したとしても、優しいリヒトは、外せって厳しく叱りつけると思う。
躊躇うオレに、リヒトは「ほらな」と皮肉めいたように口の端を上げた。
「外してボクが力を解放するのが怖いんだろ」
「違う」
「封印したままのほうが都合がいいよな。どうだ? いい性欲処理機にでもなってるか?」
「違う」
「それともあれか、見世物にでもするか?」
「ち、がう……って、言ってる!」
気付いた時には、リヒトの首を締め上げていた。
両手にすっぽり入る細い首、色素の薄い肌。そこにうっすらと浮かぶ喉仏を、両手の親指の腹で押し続けてやる。
「うっ、が……」
リヒトの口から、だらだらと涎が伝う。魔族でも苦しいのか、リヒトは足でシーツを必死に蹴り上げて藻掻いた。綺麗な金の目から涙が零れて、身体が小さく震えだす。
さらに力を込めれば、リヒトが舌を出し泡を吹き出した。そのまま目をひん剥き出して――
鈍い音がした。リヒトの首がだらりと後ろに傾いて、全身から力が抜ける。
「……ぁ、リヒト?」
まただ。また、オレはリヒトを手に掛けた。
この三年は特に顕著だ。三日に一度は、リヒトを死なせて、再生させて、を繰り返していた。
それほど経たず、ぴくりとリヒトの指先が動いて目の焦点が合う。首を起こしたリヒトは何事もなかったように口の端を持ち上げた。
「こんな口煩いやつ、近くに置いてもいいことなんてないだろ。わかったら、早く手放せ」
「……っ」
やけに達観した物言いが癪で、オレはリヒトから逃げるようにして部屋をあとにした。
西塔から逃げ出してきたオレは、昼に来た中庭へ来ていた。日はとっくに沈み、辺りは魔鉱石で作られた灯りで穏やかに照らされ、それが白い百合によく映えていた。
訓練帰りの兵士だろうか。遠くで二、三人何やらがやがやと話しているようだが、正直、今のオレにはどうでもよかった。
「やっぱり、もう……」
足元の百合が、風に揺れている。
そういえば、風といえば、窓を開けっぱにしてきた。
扉の鍵は閉めたっけ、いや閉めてない。
最悪だ。また逃げたらどうしよう。いや、いっそのこと逃げてくれたほうが……。
もしこれで本当に逃げていたら、完全に手を離そう。捕まえた先でリヒトの首輪を解いて、オレも死のう。
だから、逃げる時間が出来るよう、少しだけ遅めに向かおう。
そう決めて、月が真上に登った頃。
「やめろ、人間……っ」
西塔の階段にも聞こえるくらいの、リヒトの声。
「口とは逆に身体は素直じゃねぇか! なぁ、屍人のリヒトさんよぉ!」
数人の男の声と、足音と、リヒトのくぐもった声が聞こえて、オレは階段を登る足を早めた。
鍵を掛け忘れた扉が大きく開かれていて、そこから息も切れ切れに部屋へ入り込む。
「リヒト……っ!」
生臭さが充満する中、兵士十数人がベッドを囲んでいる。
「これはこれは王弟殿下。まさか本当に魔族を幽閉していたとは……、驚きましたよ」
「綺麗な顔で華奢で、そこらの女よりいい身体でさぁ」
「しかも乱暴しても壊れやしねぇ!」
「一人で楽しむなんて、王弟殿下も人が悪い」
そうガサツに笑う兵士の中央。
乱暴にシャツを裂かれ、ズボンを剥ぎ取られ、薄い身体を守るよう背中を丸めるリヒトの目から、おびただしい血が流れていた。あれほど焦がれた金の目は、もうどこにもなかった。
何か対策が見つかったわけでもない。
それでもさっきよりは少しだけ晴れやかな気分になって、視界が開けた気がした。
カップふたつと、ポット、それから適当に茶葉を見繕ってトレイに乗せる。それを持って西塔の最上階へ向かい、いつも通りに鍵を開けた。
「……」
やけに広い部屋。
キングサイズのベッド。
カーテンは締め切られたまま。そもそも窓すら開かない。そうオレがしたからだ。
ベッドに座るリヒトは、相変わらず抱えた膝に顔を埋めたまま。オレが入ってきたことすら、どうでもいいんだろう。
「リヒト」
「……」
しまった。
お茶をしようにもテーブルがない。
あるのはサイドテーブルだけ。
仕方なくトレイをサイドテーブルに置いてから、窓際へと歩いてカーテンを開ける。昼過ぎの、まだ暖かい日の光が、薄暗い部屋をゆっくりと照らしていった。そのまま窓の封印も解いて開ければ、ふわりと百合の香りが鼻を掠めていく。
「え、と、今日は、その、お茶しようと思って」
上手く言えただろうか。
不自然になっていないだろうか。
「……」
変わらず何も言ってくれないリヒトに、やっぱり無駄なんじゃ……と小さくため息をついた時だ。
「……ご機嫌取りとは、ただの魔族相手に王弟殿下殿も大変だな」
実に三年ぶりの、落ち着いた優しい声だった。
なのにそれがこれって……とイラつきが止まらない。
「ご機嫌取りって……、違う! あぁいや、違くはないんだけど、そうじゃなくて、オレはただ、リヒトとまた話したくて、なのに」
売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、頭に血が昇ったオレは、怒りのままにリヒトを押し倒した。
「……んで、わかってくれないの。オレはリヒトを大切にしたいし、これからも一緒にいたいだけなのにっ」
「なら、これを外せ」
これ、とリヒトが示したのは首元に光るあの首輪だ。外せるわけがない。そしてそれを言えるわけがない。仮にリヒトがあの日々を思い出したとしても、優しいリヒトは、外せって厳しく叱りつけると思う。
躊躇うオレに、リヒトは「ほらな」と皮肉めいたように口の端を上げた。
「外してボクが力を解放するのが怖いんだろ」
「違う」
「封印したままのほうが都合がいいよな。どうだ? いい性欲処理機にでもなってるか?」
「違う」
「それともあれか、見世物にでもするか?」
「ち、がう……って、言ってる!」
気付いた時には、リヒトの首を締め上げていた。
両手にすっぽり入る細い首、色素の薄い肌。そこにうっすらと浮かぶ喉仏を、両手の親指の腹で押し続けてやる。
「うっ、が……」
リヒトの口から、だらだらと涎が伝う。魔族でも苦しいのか、リヒトは足でシーツを必死に蹴り上げて藻掻いた。綺麗な金の目から涙が零れて、身体が小さく震えだす。
さらに力を込めれば、リヒトが舌を出し泡を吹き出した。そのまま目をひん剥き出して――
鈍い音がした。リヒトの首がだらりと後ろに傾いて、全身から力が抜ける。
「……ぁ、リヒト?」
まただ。また、オレはリヒトを手に掛けた。
この三年は特に顕著だ。三日に一度は、リヒトを死なせて、再生させて、を繰り返していた。
それほど経たず、ぴくりとリヒトの指先が動いて目の焦点が合う。首を起こしたリヒトは何事もなかったように口の端を持ち上げた。
「こんな口煩いやつ、近くに置いてもいいことなんてないだろ。わかったら、早く手放せ」
「……っ」
やけに達観した物言いが癪で、オレはリヒトから逃げるようにして部屋をあとにした。
西塔から逃げ出してきたオレは、昼に来た中庭へ来ていた。日はとっくに沈み、辺りは魔鉱石で作られた灯りで穏やかに照らされ、それが白い百合によく映えていた。
訓練帰りの兵士だろうか。遠くで二、三人何やらがやがやと話しているようだが、正直、今のオレにはどうでもよかった。
「やっぱり、もう……」
足元の百合が、風に揺れている。
そういえば、風といえば、窓を開けっぱにしてきた。
扉の鍵は閉めたっけ、いや閉めてない。
最悪だ。また逃げたらどうしよう。いや、いっそのこと逃げてくれたほうが……。
もしこれで本当に逃げていたら、完全に手を離そう。捕まえた先でリヒトの首輪を解いて、オレも死のう。
だから、逃げる時間が出来るよう、少しだけ遅めに向かおう。
そう決めて、月が真上に登った頃。
「やめろ、人間……っ」
西塔の階段にも聞こえるくらいの、リヒトの声。
「口とは逆に身体は素直じゃねぇか! なぁ、屍人のリヒトさんよぉ!」
数人の男の声と、足音と、リヒトのくぐもった声が聞こえて、オレは階段を登る足を早めた。
鍵を掛け忘れた扉が大きく開かれていて、そこから息も切れ切れに部屋へ入り込む。
「リヒト……っ!」
生臭さが充満する中、兵士十数人がベッドを囲んでいる。
「これはこれは王弟殿下。まさか本当に魔族を幽閉していたとは……、驚きましたよ」
「綺麗な顔で華奢で、そこらの女よりいい身体でさぁ」
「しかも乱暴しても壊れやしねぇ!」
「一人で楽しむなんて、王弟殿下も人が悪い」
そうガサツに笑う兵士の中央。
乱暴にシャツを裂かれ、ズボンを剥ぎ取られ、薄い身体を守るよう背中を丸めるリヒトの目から、おびただしい血が流れていた。あれほど焦がれた金の目は、もうどこにもなかった。
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