【本編完結済】前世の英雄(ストーカー)が今世でも後輩(ストーカー)な件。

とかげになりたい僕

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七月に書いた短編

憂鬱。有志有利の場合1

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 リヒトには、覚えてない記憶がそれなりにある。
 不揃いのパズルみたいなそれは、ピースをどこに置いてきたのかすらもわからない。
 でもそれでいい。
 俺が望むのは、元に戻ることじゃない。
 この先の未来を、今度こそ紡いでいきたいから。
 だからリヒトが知らないことも、思い出さなくていいことも、俺は教えるつもりはない。


 リヒトがバイトの日。俺はその時間をジムにあてている。
 普段の時間は減らせない。でも身体を鍛えないと、またあんな目にあった時リヒトを守れない。それは、それだけは絶対に避けないといけない。
 その日もジムへ通い、ある程度運動を終え、一旦家路へとつく。シャワーを軽く浴びてから、今度はリヒトの迎えへに。いつもと変わらないルーティンだった。
 この派手な紫髪と会うまでは。

「あ、彼氏くんじゃーん」
「げ……」

 前世名は確か、夢人ムジンのスイ。今の名前は知らない。リヒトが“スイ”と呼んでいるから、たぶんあまり変わってないとは思う。まぁ、興味がないから覚える気もないけど。

「今からリッちゃんのお迎え?」
「……」
「あ、無視とか酷い! ね、あたしもこっちだから、途中まで一緒いい?」

 ついてきてる時点でついてくる気満々だろうが。と言おうと思ったが、こいつのために吐く言葉すら惜しい。無視を貫いたままで、俺は歩く速度を早めた。

「それにしてもびっくり。あたし、てっきりリッちゃんにバラされるかと思ってた」
「……あんたとの記憶も思い出も、リヒトに必要ないからだよ」
「あはっ。ほんと変わってなくて好き。ね、第二王子様」

 小さく舌打ちをして、何喰わぬ顔で隣を歩くこいつを睨みつけた。
 前世のこいつは、一見女型の魔物に見えてその実両性であり、人間との性行為が生き甲斐だった。まぁ、特筆すべき能力はそれではなく、耐性のない人間に対して洗脳が出来てしまえることだ。
 もちろん今はただの人間で、女性らしいが。

「今度あたしと寝てみない?」
「床でオナってれば」
「辛辣。あはっ、濡れてきちゃった」

 性格も前世むかしと変わっていない。さらに言えば、こいつはリヒトとよく組んでいたから気に入らない。
 というのも、洗脳はかなり魔力を使う行為らしく、その供給をリヒトに強請っていたからだ。性的行為で供給するらしいのだが、リヒトは死体に魔力を込め、こいつはその死体とヤッていたというのだから理解が出来ない。

「ねー、王子様ぁ、歩き疲れたぁ」
「あっそ」
「ホテルで休も?」
「いってくれば」

 必要最低限の会話をしながら、足を止めることなく歩いていく。

「ねぇねぇ、リッちゃんって前世むかしと比べて丸くなったよね」
「あっそ」
「いつも俯いてて、誰のことも寄せ付けなくて、なんにも信じてないって感じだった」
「だろうね」

 魔族にあまり詳しいわけではないが、他の魔族を喰らって力をつけていくのなら、誰にも心を開かないのは当たり前ではないか。
 リヒトだって、そうしてあそこまで登り詰めたのだ。昔言われた『そうしないと、いけないんだ』の言葉がチラついて、俺は小さくため息をついた。

「……悔しいな」
「何が」
「王子様より、アタシのが長くいたのに。人間より、ずっとずっと一緒に過ごしてきたのに」
「そんなん思ってるうちは無理でしょ」

 バイト先の居酒屋が遠目に見えてきた。その暖簾の下あたりで、二人の野郎に絡まれているリヒトの姿が見えた。曖昧に笑って、穏便に済ませようとしている。
 なんで? 早く上がった? いや、そんなん後だ。

「リヒト!」
「え、ユーリ?」

 間に割って入り、リヒトを背中へと隠す。背中に添えられた手が微かに震えている。

「あんたら、誰」

 俺より背の低い二人組を睨みつける。それだけで萎縮したのか、二人はそそくさとお店から離れていった。
 野郎の姿が見えなくなったことで安心したのか、背中から手を離したリヒトが「ありがと……」と息をつく。それから「あ、スイ」とあいつに笑ってみせた。

「リッちゃん、大丈夫?」
「大丈夫。ごめん、ちょっと情けないとこ見せちゃったかな……」
「そんなことないけど……。リッちゃん、彼氏さんにはめっちゃ頼ってんじゃん」

 肩を落としたこいつに、口パクで『どいて』と言ってから、リヒトにはバレないように中指を立てた。うわ、と言いたげな顔をされたが、そもそもこいつに何を言われようが思われようがどうでもいい。

「リヒト、帰るよ」
「あ、うん。ごめんね、スイ。また」
「うん、またね、リッちゃん」

 なんて許したくないけど、リヒトがここでバイトをするのももう少し。それまで我慢すればいい話だ。

「それで、なんで外にいたの」
「今日は少し早く上がって……」
「じゃあ、なんで連絡しなかったの」

 苛立ちで、リヒトの手を握る手に力が入る。痛いと声が聞こえた気がしたけど、緩める気は毛頭なかった。

「そろそろユーリが来る時間かと思って、なら外で待ってようと……。でも、ごめん。心配かけた」
「……いいよ。俺もごめん」

 少しだけ握る力を弱めた。けれど今度はリヒトのほうから強く握ってきて、その手が微かに震えていることに気づく。

「リヒト……?」
「なんでかな。すごく、怖くて、ああやって囲まれると、身体が動かなくなるんだ……」
「……っ」

 知ってる。それを君が覚えてないのも、知ってる。

「ユーリ? いっ」

 まだ震えるリヒトを抱き寄せて、色素の薄い唇に噛みついた。じわ、と滲んだ赤を舐め取って、今度は優しく唇を重ね合わせる。鉄の味がするそれに、リヒトが痛みからか「んーっ」と声を上げたから身体を少し離してやる。

「は……、あっ、何? 痛い」
「連絡しなかった罰」
「はぁ!?」

 いつもみたいに怒りだしたリヒトに、俺は口の端を持ち上げてみせ、また手を絡めて歩き出した。
 覚えてなくていい。
 思い出さなくていい。
 知らなくていい。
 だから、俺のためにリヒトの全部を使って愛して。
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