454 / 459
竜の恩讐編
エピローグ その4
しおりを挟む
まだ日の出前の霊峰、富士山。
その山頂に、稲光を発する雷雲が立ち込めていた。
空気を震わす轟音と共に、雷雲から一つの閃光が落ちた。
「着いたでござるか、建御雷神殿?」
衣褌を身に纏った大男が立ち上がった。
「うむ、良い時分に雲が霊峰にかかっていたものよ」
狩衣の偉丈夫は満足そうに周りを見渡した。
富士山山頂の旧噴火口、その中心にある大内院、あるいは幽宮。
現在は禁足地として人間が足を踏み込めぬ場所に、いま二柱の男神が降り立っていた。
「天手手力男神殿。その者をここへ」
建御雷神は力を司る神、天手手力男神に振り向いた。
「然らば」
天手手力男神は肩に担いでいたものをゆっくりと降ろした。
真白い布が掛けられたそれは、幽宮のちょうど真ん中に置かれた。
建御雷神は静かにそれに歩み寄り、白い布を丁寧な動作で取り去った。
水晶と見間違える程の透明度を持つ氷の棺。
その中では、プラチナブロンドの女性が胸の前で手を組み、まるで眠っているように収められていた。
「某も天照殿から多少の事情は聞いているでござる。この者も、あと僅かに何かが違っておれば、これほど短い生涯で幕を降ろさなかったのではなかろうか」
棺で眠る女性を、天手手力男神は少し悲しげな目で見つめた。
「人の命運に、神が大きく肩入れすることは無い。行き着いた先が、その者の全てだ。そこに悔い無くば、良き生涯と言えよう。たとえ艱難辛苦の道程であったとしても」
建御雷神は氷の棺にそっと手を置いた。そこに眠る女性の生き様を労うように。
「人の世は人のものだ。我らにできるのは、ほんの僅かに手を差し伸べることのみ」
「確かに……そうでござるな。神代はとうに過ぎているでござる」
天手手力男神もまた、目を閉じて棺の女性の冥福を祈った。
「では……我らにできるその僅かな事を果たすとしよう」
建御雷神は右手を高く上げる。
同時に、直上の雷雲が発する稲光がより激しくなった。
「今こそ天へと還るがいい! 竜の末裔よ!」
先程とは比較にならない雷光が棺へと落ちた。
幽宮が一瞬、白い閃光に染め上げられた。
後にはただ、幾筋の煙だけが、氷の棺が置かれた場所から立ち昇っていた。
「いつか、再び世に出る時あらば、この建御雷神が葦原の中つ国まで手を引いてやろうぞ」
建御雷神もまた目を閉じ、冥福を祈った。
「……天照からの頼まれ事は果たした。戻るとしよう、天手手力男神殿」
「毎度思うのでござるが、何も全部呼ばずとも手力と呼んでくれれば良いでござるよ」
三度雷が落ちた後は、富士山の山頂はまた荘厳な静けさを取り戻した。
この日、霊峰の山頂に轟いた三度の落雷は、人の世で報じられることはなかった。
その山頂に、稲光を発する雷雲が立ち込めていた。
空気を震わす轟音と共に、雷雲から一つの閃光が落ちた。
「着いたでござるか、建御雷神殿?」
衣褌を身に纏った大男が立ち上がった。
「うむ、良い時分に雲が霊峰にかかっていたものよ」
狩衣の偉丈夫は満足そうに周りを見渡した。
富士山山頂の旧噴火口、その中心にある大内院、あるいは幽宮。
現在は禁足地として人間が足を踏み込めぬ場所に、いま二柱の男神が降り立っていた。
「天手手力男神殿。その者をここへ」
建御雷神は力を司る神、天手手力男神に振り向いた。
「然らば」
天手手力男神は肩に担いでいたものをゆっくりと降ろした。
真白い布が掛けられたそれは、幽宮のちょうど真ん中に置かれた。
建御雷神は静かにそれに歩み寄り、白い布を丁寧な動作で取り去った。
水晶と見間違える程の透明度を持つ氷の棺。
その中では、プラチナブロンドの女性が胸の前で手を組み、まるで眠っているように収められていた。
「某も天照殿から多少の事情は聞いているでござる。この者も、あと僅かに何かが違っておれば、これほど短い生涯で幕を降ろさなかったのではなかろうか」
棺で眠る女性を、天手手力男神は少し悲しげな目で見つめた。
「人の命運に、神が大きく肩入れすることは無い。行き着いた先が、その者の全てだ。そこに悔い無くば、良き生涯と言えよう。たとえ艱難辛苦の道程であったとしても」
建御雷神は氷の棺にそっと手を置いた。そこに眠る女性の生き様を労うように。
「人の世は人のものだ。我らにできるのは、ほんの僅かに手を差し伸べることのみ」
「確かに……そうでござるな。神代はとうに過ぎているでござる」
天手手力男神もまた、目を閉じて棺の女性の冥福を祈った。
「では……我らにできるその僅かな事を果たすとしよう」
建御雷神は右手を高く上げる。
同時に、直上の雷雲が発する稲光がより激しくなった。
「今こそ天へと還るがいい! 竜の末裔よ!」
先程とは比較にならない雷光が棺へと落ちた。
幽宮が一瞬、白い閃光に染め上げられた。
後にはただ、幾筋の煙だけが、氷の棺が置かれた場所から立ち昇っていた。
「いつか、再び世に出る時あらば、この建御雷神が葦原の中つ国まで手を引いてやろうぞ」
建御雷神もまた目を閉じ、冥福を祈った。
「……天照からの頼まれ事は果たした。戻るとしよう、天手手力男神殿」
「毎度思うのでござるが、何も全部呼ばずとも手力と呼んでくれれば良いでござるよ」
三度雷が落ちた後は、富士山の山頂はまた荘厳な静けさを取り戻した。
この日、霊峰の山頂に轟いた三度の落雷は、人の世で報じられることはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について
青の雀
恋愛
ある冬の寒い日、公爵邸の門前に一人の女の子が捨てられていました。その女の子はなぜか黄金のおくるみに包まれていたのです。
公爵夫妻に娘がいなかったこともあり、本当の娘として大切に育てられてきました。年頃になり聖女認定されたので、王太子殿下の婚約者として内定されました。
ライバル公爵令嬢から、孤児だと暴かれたおかげで婚約破棄されてしまいます。
怒った女神は、養母のいる領地以外をすべて氷の国に変えてしまいます。
慌てた王国は、女神の怒りを収めようとあれやこれや手を尽くしますが、すべて裏目に出て滅びの道まっしぐらとなります。
というお話にする予定です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる