小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

小休止(お昼ごはん)

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時間は午後十二時。ちょうど正午になったので、結城たちは地上に出て昼食を取ることにした。
 偽装車両の陰にレジャーシートを広げ、シロガネが用意してきた弁当を真ん中において皆がそれを囲む。割り箸と紙皿が行き渡ったら、『いただきます』と声を合わせ、午前中の労働で空になった胃袋を労うこととなった。
 三段の重箱で区切られた弁当は、海苔の香る俵おにぎりを始め、から揚げや赤ソーセージ、ミニハンバーグと色とりどりで、ちょっとした遠足気分を味わえる内容だ。
 怨念が立ち上りそうだった媛寿も、この時ばかりは満面の笑みで料理を頬張っている。自分の膝の上でおにぎりに舌鼓を打つ彼女を見て、やはり媛寿は笑っている方が似合うと、結城は改めて思った。
「作業工程は順調どころか、当初の計算よりも20%早く進んでいます。このまま行けば三日後にはトモミヤの足元に辿り着けるでしょう」
 片手におにぎりを持ちながら、アテナは満足げに施工図を眺めていた。通常の三倍のやる気を見せている座敷童子に、天地創造の精霊に、道具を自在に操るナイフの化身がいれば、シンプルなトンネル工事などさくさくと進むというものだ。
 200mのトンネルを掘ると聞かされた時は面食らった結城も、いざ仲間たちと作業をしていると思いの外進み具合が良くて拍子抜けしていた。改めて自分の周りにいる仲間たちがすごい存在だと実感させられる。
「三日後かぁ。それでも穴掘りを三日も続けるのはけっこう大変だなぁ」
「有効な手段とはそれなりに手間がかかるものなのですよ、ユウキ。それとも、もう疲れましたか?」
「そ、そんなことは……ないですけど」
 嘘とはいわないが、結城はちょっぴりごまかした。進み具合はともかく、やはり重労働であることに変わりないわけで、アテナに鍛えられている結城でも全身に疲労を感じざるを得ない。
 以前、ダイダラボッチからの依頼で想定外のクレーターを作ってしまったから埋め立てて欲しいと言われ、某県某地に行ったこともあった。森林地帯に分け入り、数日かかって巨大なクレーターを平地に戻したが、完遂後は全身疲労と筋肉痛で身動き取れなくなってしまった。
(たしかあの時の依頼料は拳大の砂金だったかな。あれはビックリした)
 穴掘りが三日で済むにしても、その後で友宮邸を調べる必要もあるので、できれば体力を残しておきたいところだった。侵入経路が開通しても、疲労で動けなくなってしまっては仕方ない。もとい、自分だけがバテて他の四名がピンピンしててはちょっとカッコわるい。そこが少し心配だった。
「準備に時間はかかりますが、一瞬でケッカイを突破できる手段がなかったわけではありません」
 施工図を折りたたみながら、アテナはボソリと呟いた。
「えっ、そんな方法があったならそっちにした方が良かったんじゃ……」
「大変目立つ方法です。潜入して調査する以前の問題になってしまうので却下しました」
「? どんな方法だったんですか?」
「ヘパイストスにダンガムを作らせて正面突破です」
 突然アテナの口から機動聖衣ダンガムのことが出てきて、結城は理解が追いつかなくなった。アニメの中のパイロット搭乗型神造兵器が、友宮邸の前に屹立している光景を想像するが、あまりの現実味の無さに困惑してしまう。
「MΣ7↓(訳:作れるのかよ)」
「ヘパイストスに作れない神兵器はありません。ただし、運ぶ方法がないことと、後の置き場所に困ることが難点だったので、この作戦は棄却しました。威力は申し分ないはずでしたが……」
 度々アテナから語られる鍛冶神ヘパイストスだが、まさかモビルクロスまで作る能力があることに、結城は驚きと呆れの入り混じった気持ちになってしまった。
 結城はあまりギリシャ神話に詳しくなかったので、ヘパイストスとの関係をアテナに聞いてみたところ、以前に色々あったらしく、ヘパイストスはアテナに頭が上がらないとのことだった。アテナ自身はもう気にしていないそうなのだが、ヘパイストスの方は未だにアテナから報復があるのではないかと内心怯えており、アテナの要望は最優先で応え、年に数回は調度品を作って贈り物をしてくるという間柄だと言っていた。
(そういえば前にでっかい時計が送られてきたな……)
 何があったのかは詳しく答えてくれなかったが、その時のアテナは妙に体をモジモジさせて顔を赤くしていた。本当に何があったのか。
「と、とりあえずダンガムよりは穴掘りが良い作戦だってことは確かですね。うん」
 さすがにモビルクロスで友宮邸に殴り込みでは、多少の荒事が許されているとしても、九木や佐権院から怒られそうだ。アテナが『ダンガム、大地に立つ作戦』を実行しなかったことに、結城は少しホッとしていた。
「えんじゅ、ダンガムのりたいー。ハムロ、いきまーす!」
「ビームグラディウス、ヒート野太刀、ワクワク」
 結城の安堵とは別に、媛寿とシロガネはダンガムにご執心のようだった。あまり推しが強くならないうちに機嫌を取って忘れるように誘導しようと心に決めた。
「W£4←VΛ99(訳:それにしても、これだけ苦労しないと入れないって、友宮ってのはいったいどんな力を使ってんだ?)
 マスクマンはから揚げを齧りながら(おそらく)苦い顔をしていた。仮面なので、やはり表情は読めない。
「それなんだよね~。九木刑事たち霊能者でも何とかできないって言ってたし」
 一部の隙もない友宮邸の謎の守りは、異常といえる堅牢さだ。純粋な破壊力で突破する方法は試していないにしても、物理的侵入も霊的侵入も許さず、あらゆる情報の漏洩までシャットアウトしてしまう結界。そんなものが本当に作れるのだろうか。
「思い当たることがないわけでもありません」
 結城とマスクマンの視線が、卵焼きを租借しているアテナに向けられた。
「アテナ様はあの力の正体が分かるんですか?」
「まだ確証はありませんが、できれば的中してほしくない推測ですね」
 もぐもぐと赤ソーセージを噛むアテナは僅かに眉を寄せていた。知識を司る女神の推理はドイル君や銀畑一少年の犯人は当てたことはない。本人曰く、創作物の中のことは情報が制限されているので推理しづらいらしい。だが、とりわけ依頼の際には鋭い洞察力と考察力が発揮された。そのアテナが言うのだから、おそらく九割の確立で合っているだろう。
「何か悪いことが起こっているなら、早くあの屋敷に入らないといけないってことですね」
「焦ってはいけませんよ、ユウキ。食事もしっかり摂らなければいけません。ニホンのコトワザにもあるでしょう。『ハラが減ってはイクサはできぬ』と」
「ゆうき、たべるたべる」
「う、うん。ありがと、媛寿」
 アテナに諭され、結城は浮きそうになった腰を落ち着かせ、媛寿が取ってくれたおにぎりを掴んだ。
(確かに、今ここで焦っても仕方ないな)
 まだトンネル工事は始まったばかりなのだ。どうしても時間がかかるなら、しっかりと準備をして乗り込む方が望ましい。常に冷静に物事に対せよというアテナの教えの大切さを、今こそ結城はおにぎりと一緒に噛み締めていた。
「あっ、ところでシロガネはどんな作戦を立ててたんだい?」
 海苔と米と梅干の果肉を租借しながら、ふと思い出したので、結城は何の気なしにシロガネに聞いてみた。彼女も何か作戦があるという風に言っていたはずだが。
「これ」
「っ!? ゴホッ! ゲホッゲホッ!」
 シロガネが突き出してきた紙片を見た結城は、思わず噴出しそうになったのを堪えたため、米粒が鼻腔に飛び込んで激しく咳き込んでしまった。
「ちょっ! ま、まさかソレ!」
「あの家のポストに、入れた」
 無表情だが満足そうに鼻を鳴らすシロガネ。彼女が見せたのは葉書サイズの投げ込みチラシ。しかもピンクなタイプのそれだった。桃色な背景になぜか片手でスカートをたくし上げたポージングでウインクするシロガネがプリントされており、詳しい説明は省略して電話番号がデフォルメされた字体で載せられている。
「しかもコレ、ウチの電話番号……」
「あの友宮って男、何となくスケベそうだと思った。たぶん、愛人このくらい」
 そう言ってシロガネは片手の指を全部立てた。
「そ、そうなの?」
「そう」
 どこから自信が湧いてくるのか、シロガネは鼻を高く上げて言う。いったいいつの間にこんなチラシを作ったのか、結城はシロガネのエロへの執念に少し呆れた。人間の肉体を手に入れたのだから、楽しめるだけ楽しむと言っていたが、何か方向性が誤っている気がする。とてつもなく。
「連絡があったら、私か、アテナ様か、媛寿が行く」
「……私もそのメンバーに入っているのですか」
「ゆうき、なんのはなし?」
「媛寿は知らなくていいことだよ。というか、媛寿が指名されたら友宮のおっさんの人格疑うよ」
「それはそれで、媛寿の意趣返しに、なる」
 結城はシロガネの作戦だけは当たって欲しくないと本気で願っていた。これだけ色々やっているのに、ピンクな投げ込みチラシ一枚で入り込めたなんてことになったら情けなさ過ぎる。ちなみにマスクマンは話題に巻き込まれたくないので、明後日の方向を向いておにぎりを齧っている。
「と、とにかくアテナ様の作戦を最優先で。あんまり九木刑事たちを待たせちゃいけないし」
 あまり深く話が進むと媛寿に悪影響が出てしまいそうなので、結城は早々に話題を切り上げた。妙な事になる前に必ず友宮邸までトンネルを掘ってしまおうと心に決める結城であった。
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