小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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友宮の守護者編

原木本桂三郎

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「名無しとトミーが取り逃がすとは、相当に手強い相手ってことかな?」
 破壊された壁の瓦礫を踏みしめて現れた青年は、ゆらりと結城たちに向き直った。
「じゃあ申し訳ないけど、ボクが殺らないといけないようだ。せめて苦しませないようにするから、あまり動かないでもらえるかな?」
 そう言って佇む青年は、傍目にはまるで頑健さを見出せなかった。燕尾服を纏った細身から延びる四肢は、とても先の破壊をやってのけられるとは思えない。しかし、向けられた視線、そこに含まれる強烈な殺気は、細身の青年が只のヒトではないと眼前の者たちに教えていた。人間を破壊することを、紙を千切ることと同位に捉えている、冷たい眼差しを持っていた。
 青年の放つ殺気を直に感じて、結城は周りの重力が重くなったような気がした。正確には重力が変化したわけではなく、殺気を当てられたことで生じる恐怖心が神経を強張らせているのだ。それだけ青年の持つ実力と闘争心はずば抜けていた。
 しかし、結城とて戦いの女神に毎日鍛えられている身である。多少の殺気を浴びせられたとて、動けなくなるほどではない。何より今は時間がない。
 結城は手に持った木刀を強く握り、数メートルの距離にいる青年に逆袈裟に斬りかかろうと試みた。が、試みるよりも速く、青年の方が反応した。
 結城が初動を起こそうとした瞬間、青年は結城に一足跳びで間合いを詰めた。狙うは顔面、攻撃は左ストレート。迫り来る拳を結城は捉えていた。だが、動きが見えていても、避けられるわけではない。直撃コースの拳頭は、数瞬先には結城の鼻先に達し、頭蓋に食い込み、頭部を四散させる。
 あまりにも緩やかに感じる時間の中で、結城は自身に迫る結末を想像していた。
 拳と結城との距離が数センチまで狭まった時、その間を高速で通り抜ける物があった。死が迫る時間の流れにあって、影だけしか捉えられなかった物体の介入により、青年の左拳は文字通り寸前で停止した。
 同時に床が轟音を立てて砕かれた。結城と青年が横目で見たのは、床に深々と刺さった一本の槍だった。それがアテナの得物だと判り、結城はすぐに事態を飲み込めた。
 次に何が来るのか見当が付いたので、結城はすぐさま後ろに跳んだ。青年はわずかに判断が遅れたが、迫り来る攻撃的な気配に無意識に防御態勢を取った。アテナ渾身の右ストレートが、交差した青年の腕に叩き込まれた。
 その威力に塵芥が舞い上がり、青年の身体は廊下の壁を突き破って見えなくなった。大型トラックによる衝突を超える運動エネルギーを持った、驚異的な拳撃が炸裂した跡だった。
「ユウキ、今のは危ないところでしたよ」
「あ、ありがとうございます、アテナ様。本当に死ぬかと思いました……」
「あの者を相手にするには、あなたはまだ鍛錬が―――!」
 アテナの言葉は、再度砕かれた壁の音によって遮られた。粉々の瓦礫から飛び出してきたのは、アテナが弾き飛ばしたはずの青年だった。恐ろしく速い突進から、恐るべき重さの拳が放たれる。アテナは左手に持っていたアイギスを咄嗟に構え、青年の拳を受け止めた。鈍い金属音が鳴り、アテナの両足が床にめり込む。常人では盾を用いてさえ致命傷を免れない一撃を、アテナは丸ごと受けきった。
「けっこう本気で撃ち込んだはずだけど、受け止めるとは思わなかったよ」
 青年は燕尾服こそボロボロになっているが、それほどダメージを負っているようには見えなかった。青年もまた、アテナの一撃を防ぎ、受身まで取って威力を最小に留めたのだ。
「やっぱり大物だね、あなた達は!」
 アイギスに突き立てた拳に一気に力が込められた。盾ごと圧されかかったアテナだったが、身体を反転させ、アイギスを中心軸にして青年の力を受け流した。相手がバランスを崩して見せた側面に、アテナ渾身のフロントキックが見舞われた。
 青年は現れた方とは逆向きの壁に激突し、廊下に面した庭に投げ出された。
 通常ならばノックアウト必至の攻撃だが、アテナの表情は勝利を確かめたものではなく、未だ闘いの最中にあるものだった。それが分かる結城だからこそ、自身も油断することなく木刀を構え続けていた。
「ユウキ」
 緊張状態の中、意外なことにアテナから口を開いた。アテナは結城に振り返ることなく、腰の雑嚢から一本の赤い糸を取り出した。
「これを持ってサゲンインと共に先に行くのです」
「えっ!? でもアテナ様、それは……」
 アテナの提言に結城は思わず言葉を詰まらせた。ここまでマスクマンとシロガネが抜けたことはまだ目を瞑ることはできるかもしれない。しかし、アテナが抜けることは看過できない。神降ろしの儀式を止める作戦には、アテナの存在が必要不可欠だからだ。そのアテナが抜けるとあっては、作戦そのものが成立しなくなる。
「私はすぐに追いつきます。この糸はある英雄が迷宮から戻る際に使った道標。これを持っていれば、あなた達の元へ辿り着くのは造作もありません」
 アテナは手に持った糸の先端を結城に向かって強く差し出した。その勢いに気圧されて、結城はおずおずと糸を受け取った。
「ユウキ、安心しなさい。先程も言いました。あなたは私が見込んだ戦士、そして私はあなたの守護神なのですよ」
 そう言ってアテナは優しさと不敵さを含んだ微笑を結城に向けた。その表情を見て結城も幾ばくか気持ちが落ち着いたが、それでもここからの状況に対する不安は全て拭えたわけではない。
「……まだ心が揺らいでいるようですね。ユウキ、ちょっとこちらに」
 結城の決まりの悪い表情から察したのか、アテナは結城を手招きした。木刀の構えを崩すことなく、結城はアテナの元へ摺り足で横移動する。
 至近距離まで近付くと、アテナは結城の頭を掴み、強引に顔を向けさせた。ちょっと首がぐきりといった気がしたが、次に起こったことでその痛みはどこかへ飛んでいってしまった。
 アテナの唇がわずかに結城の額に触れ、すぐに離れた。何が起こったのか理解できず、結城は目を瞬かせる。
「戦女神のキスです。戦いに赴く戦士には、これ以上ない加護となるでしょう」
 言われて結城の顔は真っ赤になってしまった。それまで感じていた不安も、首を強引に曲げられた痛みも、完全に吹き飛んでしまっていた。
「さぁ、先を急ぎなさい!」
「小林くん、ここは急ごう」
「へっ!? えっと……はい」
 アテナと佐権院に促され、結城は再び虎丸の後を追って屋敷の廊下を進んでいった。
「何だか見ているこっちが恥ずかしくなってきちゃうな~。おかげで出るに出られなかったよ」
 暗くなりつつある庭から、燕尾服の青年はゆっくりと姿を現した。アテナのキックを受けてなお、それほどのダメージを負っていなかった。
「あなたを本気で相手にするとなれば、ユウキたちを巻き込みかねません。それに……」
 アテナは言葉を一旦切り、アイギスを廊下の壁に立てかけた。
「あなたはここで確実に倒しておかなければいけません」
 素手の青年に対して素手で応えるべく、アテナは両拳を握り構えた。その威容は戦いの女神たる彼女が、本気で戦う時の決意を称えていた。
「ボクを倒す気でいるんだ。それ、けっこう面白い冗談だよ」
「私は戦いの女神アテナ。真剣勝負において、冗談を口にする趣味などありません」
「いいよ、戦いの女神さま。ならばボク、原木本桂三郎も本気で相手をしてあげるよ」
 原木本と名乗った青年もまた、アテナに倣って両拳を硬く握り、構えを取った。
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