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友宮の守護者編
満ちる時……
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結城は友宮咆玄の亡霊と、柱に括りつけられた友宮里美を交互に見やった。ここまでの友宮咆玄の言葉を聞いて、最初に佐権院たちから持ちかけられた話と大きく相違があると感じていた。
犬神についてはキュウや九木から、敵対する相手を呪殺するなどして家を繁栄させるものと説明された。そういったものを使ってきたという友宮家に対して、結城はあまり良い印象を受けなかった。友宮咆玄の言葉から、どうやら先代は善人とは言い難かったらしい。しかし、いま相対している現当主の咆玄に関しては、それほど悪人には思えなくなってきていた。
犬神の一体である虎丸からの依頼を聞いて、友宮の結界のカラクリが分かった時、義理とはいえ娘を儀式の道具にしようとしている咆玄に怒りを覚えていた。何としても友宮里美を救うと心に決めていたが、神降ろしの事情を聞いてしまった今、どうすべきか迷いが生じていた。儀式を止めても止めなくても、あまり良い結果にならないと心のどこかが囁いている。仲間たちとともにボロボロになってまで辿り着いた場所で、結城は精神的にも肉体的にも身動きが取れなくなってしまっていた。
(あれ?)
思考の迷路をぐるぐると回っていた結城は、ふと気付いたことがあった。
(虎丸はどこに?)
ダンスホールが崩落するまではいたはずの犬神の姿が、ここに来て見えなくなっていた。
「全ての犬神を身に収めた状態では、里美の命は二ヶ月と保たんと分かった。娘の死を待つだけのわしだったが、ある可能性に思い至った。今にして思えば天啓だったと信じられる。里美の肉体に破邪の武神を降ろし、体内の犬神を残らず消滅させる。房乃と里美の家系は神仏習合の時代、巫女としての役割も担っていた。神降ろしが可能と知った時、わしは迷うことはなかった」
「大量の犬神を宿した器に、さらに神を降ろすと!? それも武神を! たとえ肉体が耐えられたとしても、精神は確実に掻き消えてしまう。命を落とすも同然だ!」
佐権院からすれば、友宮咆玄の選択は常識の範疇を超えていた。容れ物に注げる水の量が決まっているように、一つの肉体に入れられる霊魂の総量もまた決まっている。個人差や霊的な素養によって大きな触れ幅はあれど、それでも限界はある。
友宮里美は友宮が二百年に渡って増やし続けてきた犬神を全て受け入れてなお、命を失わない程の驚くべき素養があったのだろう。しかし、生命維持に問題が起こっている以上、その容量は限界に達しようとしている。そこへ神々の中でも強大な力を持つ『武神』を呼ぼうというのだ。完全な容量オーバーであることは、目に見えていた。
「このまま里美の命が尽きるのを待つか、一縷の望みを懸けてでも救える方法を取るか。答えは言うまでもない。わしはすぐに儀式の準備に取り掛かった。友宮が培ってきた知識と霊力を全て使って。だが、儀式を開始してほどなく、犬神の抵抗に遭い、わしは取り殺された。もはやこれまでと思うたが、肉体から解放されたことで、わしの霊力は生前の数倍にも引き上げられた」
「ただの残留思念ではなく、霊魂そのものがこの世に留まり、儀式の動力源となったのか。なるほど、術者が死亡しても儀式が継続されていたわけか。ならばなおのこと、この儀式は中止する!」
「邪魔をするな!」
異様な威圧感を持った友宮咆玄の一喝が、結城と佐権院の身を貫いた。
「貴様らがただの素人の賊なら、ここまで話すことなどなかった! 闇の世界に通じている者だからこそ、全てを話したのだ! 事情を解したなら、この場から速やかに去れ!」
「死者と成り果ててまでこのような大それた事を続けるなど、見逃せるはずなどない! 結局これは、犬神という闇の存在を使い続けた所業から逃避したいだけだ!」
「騙るな小僧が!」
佐権院と友宮咆玄の舌戦が続く中、結城は目の端に光を捉えた。気になってその方向を見ると、儀式の中心である柱の発する光が強くなっていた。加えて、柱に括りつけられている友宮里美が不気味な痙攣を起こしている。あまりこの手のことに詳しくない結城でも、これが危険な状況であることだけは分かった。
「佐権院警視!」
「っ! しまった!」
佐権院も柱に目を向け、状況の深刻さを知った。
「どの道もう遅いわ! 儀式は完成へと近付きつつある! 今こそ風の武神・建御名方神が降臨するのだ!」
犬神についてはキュウや九木から、敵対する相手を呪殺するなどして家を繁栄させるものと説明された。そういったものを使ってきたという友宮家に対して、結城はあまり良い印象を受けなかった。友宮咆玄の言葉から、どうやら先代は善人とは言い難かったらしい。しかし、いま相対している現当主の咆玄に関しては、それほど悪人には思えなくなってきていた。
犬神の一体である虎丸からの依頼を聞いて、友宮の結界のカラクリが分かった時、義理とはいえ娘を儀式の道具にしようとしている咆玄に怒りを覚えていた。何としても友宮里美を救うと心に決めていたが、神降ろしの事情を聞いてしまった今、どうすべきか迷いが生じていた。儀式を止めても止めなくても、あまり良い結果にならないと心のどこかが囁いている。仲間たちとともにボロボロになってまで辿り着いた場所で、結城は精神的にも肉体的にも身動きが取れなくなってしまっていた。
(あれ?)
思考の迷路をぐるぐると回っていた結城は、ふと気付いたことがあった。
(虎丸はどこに?)
ダンスホールが崩落するまではいたはずの犬神の姿が、ここに来て見えなくなっていた。
「全ての犬神を身に収めた状態では、里美の命は二ヶ月と保たんと分かった。娘の死を待つだけのわしだったが、ある可能性に思い至った。今にして思えば天啓だったと信じられる。里美の肉体に破邪の武神を降ろし、体内の犬神を残らず消滅させる。房乃と里美の家系は神仏習合の時代、巫女としての役割も担っていた。神降ろしが可能と知った時、わしは迷うことはなかった」
「大量の犬神を宿した器に、さらに神を降ろすと!? それも武神を! たとえ肉体が耐えられたとしても、精神は確実に掻き消えてしまう。命を落とすも同然だ!」
佐権院からすれば、友宮咆玄の選択は常識の範疇を超えていた。容れ物に注げる水の量が決まっているように、一つの肉体に入れられる霊魂の総量もまた決まっている。個人差や霊的な素養によって大きな触れ幅はあれど、それでも限界はある。
友宮里美は友宮が二百年に渡って増やし続けてきた犬神を全て受け入れてなお、命を失わない程の驚くべき素養があったのだろう。しかし、生命維持に問題が起こっている以上、その容量は限界に達しようとしている。そこへ神々の中でも強大な力を持つ『武神』を呼ぼうというのだ。完全な容量オーバーであることは、目に見えていた。
「このまま里美の命が尽きるのを待つか、一縷の望みを懸けてでも救える方法を取るか。答えは言うまでもない。わしはすぐに儀式の準備に取り掛かった。友宮が培ってきた知識と霊力を全て使って。だが、儀式を開始してほどなく、犬神の抵抗に遭い、わしは取り殺された。もはやこれまでと思うたが、肉体から解放されたことで、わしの霊力は生前の数倍にも引き上げられた」
「ただの残留思念ではなく、霊魂そのものがこの世に留まり、儀式の動力源となったのか。なるほど、術者が死亡しても儀式が継続されていたわけか。ならばなおのこと、この儀式は中止する!」
「邪魔をするな!」
異様な威圧感を持った友宮咆玄の一喝が、結城と佐権院の身を貫いた。
「貴様らがただの素人の賊なら、ここまで話すことなどなかった! 闇の世界に通じている者だからこそ、全てを話したのだ! 事情を解したなら、この場から速やかに去れ!」
「死者と成り果ててまでこのような大それた事を続けるなど、見逃せるはずなどない! 結局これは、犬神という闇の存在を使い続けた所業から逃避したいだけだ!」
「騙るな小僧が!」
佐権院と友宮咆玄の舌戦が続く中、結城は目の端に光を捉えた。気になってその方向を見ると、儀式の中心である柱の発する光が強くなっていた。加えて、柱に括りつけられている友宮里美が不気味な痙攣を起こしている。あまりこの手のことに詳しくない結城でも、これが危険な状況であることだけは分かった。
「佐権院警視!」
「っ! しまった!」
佐権院も柱に目を向け、状況の深刻さを知った。
「どの道もう遅いわ! 儀式は完成へと近付きつつある! 今こそ風の武神・建御名方神が降臨するのだ!」
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