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化生の群編
情報(その2)
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結城たちが螺久道村を探索した日、千夏は早くから一懇楼を出ていた。
足を運んだのは螺久道村から十kmほど離れている涼水市だった。
螺久道村へは結城たちが赴くことになっているので、千夏はその周辺地域で情報収集を考えていた。
涼水駅を中心に大型店舗が広がる街並みは、地方都市としてはかなりの賑わいを見せていた。人の出入りも多いため、近隣の情報の流通は期待できそうだった。
買い物客や旅行者が行き交う大通りを、千夏はヒールサンダルの小気味良い音を鳴らしながら歩いていく。胸のすぐ下までのミニTシャツとホットパンツという出で立ちは、普段の巫女装束と比べて格段に露出が大きい。すれ違う人の中には、その姿に驚く者や、思わず目で追ってしまう者と様々だ。
言葉遣いがあまり良くないとはいえ、艶のある黒髪をなびかせて歩く千夏は、人の目を引くには充分な美貌を持っていた。
注目してくる大衆の視線を物ともせず、千夏はどこから情報を得ようかと思案していた。
今回の結城の仕事に同行したのは、千夏にとっても意義のあることだった。
きっかけは結城が依頼について相談してきた時だった。
珍しく手紙で依頼が持ち込まれ、その文面に気になる単語があったので、繋がりがありそうだから聞きに来たという次第だった。
『村に鬼が出ようとしています。助けて下さい』
手紙の内容はそれだけだった。
それを見た千夏はかなり呆れた。よくこれだけで依頼を受けようと思ったな、と。
相手が誰かも分からず、報酬についても何ら記されていないとなれば、普通は引き受けたりはしない。
小林結城という人間に、千夏はそこらの人間とは違うものを感じていたが、相当な唐変木ではないかとさえ思えた。あるいは相当な阿呆かというところか。
ただ、それが愚かさだったとしても、結城のそれは決して悪いものではない。助けを求める声があるなら、疑問も躊躇もなくその方向へと歩き出す。
そういった部分があるからこそ、周りの神々や九尾の狐でさえ、小林結城に一目置いているのかもしれないと、千夏は推し量っていた。もちろん、その中には自分も含まれている。
とはいえ、結城から相談されたことに、千夏は有力な回答は出せなかった。
螺久道村という場所で、鬼が出たという話は聞いたことがなかったからだ。
しかし、それは千夏にとっても捨て置けない事案だった。
日本において、鬼の出現は種類やランクを問わず大事件である。人間の霊能者たちはもちろん、千夏たち鬼神の末裔にも報せはすぐ耳に届く。平安の頃から千年以上の時を経て、鬼の出現率が極端に低くなった現代においても、それは変わっていない。
そのことを踏まえれば、螺久道村というところに鬼が出たという噂は欠片もない。
現代で鬼が出現する状況があるとするならば、千夏たちのように生き残りが暴れるか、もしくは封印されていた者が目覚めたかのどちらかしかない。それほどに今日の日本において、鬼が生まれる確立は低くなっているのだ。
なのに『鬼が出る』と危惧した内容の手紙が送られてきた。送り主の思い違いという線も残っているが、少しは確かめてみる価値はありそうだと、千夏は結城たちのアドバイザーに乗り出した。
本当に鬼がいるならば、結城の依頼に便乗して闘える機会があるかもしれない。交合と同じかそれ以上に、千夏は戦闘への意欲が旺盛だった。
螺久道村に鬼にまつわる何かがあるなら、その周辺地域にも伝承の類があってもいいところだ。そう考えて、千夏は街を闊歩していた。
(片田舎の地方都市にしちゃあ、けっこう都会だな。割と新興の街なのか?)
駅の改札を出てから十数分歩いているが、街は煌びやかなショーウインドウを設えた商店や、洒落た内装のレストランなどが立ち並び、谷崎町よりも盛り上がっている気さえした。金毛稲荷神宮の名前を出して、神社仏閣に探りを入れてみるつもりでいた千夏だが、それらしい建築物が見えてくる様子もない。
少し当てが外れたように感じてきた千夏は、今後の練り直しも兼ねて、どこか酒が飲める店を探し始めていた。そこへ―――
「よぉ、姉ちゃん。イイ店知ってんだけど、オレらと行かね?」
声をかけられたので振り返ると、四、五人の男たちがニヤつきながら立っていた。派手な服装と自己主張の強い髪形揃いで、おまけにナンパの文句も古典的なために、千夏は一瞬どこの世紀末から来た連中かと思ってしまった。
(ビジュアル系のバンドでもないのに、こんな格好して歩いてるヤツがいるあたり、やっぱ田舎か?)
谷崎町でもこんなぞろっとした格好の者を見かけることはない。適当にあしらって行こうとした千夏だったが、ふと思い付いたことがあり、男たちに向き直った。
「へぇ、じゃあ案内してもらおっかな。ちょうどお店を探してたところだし」
意外なほどにあっさり乗ってきたので、リーダー格らしきパンクヘッドの男は少し驚いた様子だったが、すぐに下卑た笑みに戻っていた。
「へへ、そうこなくっちゃ。めっちゃくちゃハイになれる店に案内してやるぜ~」
取り巻きの者たちも、ここからは逃がさないと言わんばかりに、千夏の周りを囲うように立った。その光景を見ていた通行人たちも、一様に不安な表情を見せているが、千夏を助けようと行動できる者はいない。
「早く案内してくれない? 長旅で脚がくたくたなんだけど」
そう言って千夏は露になった太腿を指で艶かしくなぞって見せた。その手をそのまま口元まで持って行き、指先を軽く舌で舐める。
「けへへ、いいぜぇ~。こっちだ」
千夏の扇情的な仕草に、男たちは千夏を囲ったまま急くように裏路地に移動し始めた。
千夏の思惑としては、ここで通報などされては邪魔でしかない。なので騒ぎになる前に、衆目から消えることが最善だった。もっとも、それは千夏に目を付けた男たちにとっては最悪でしかなかったのだが。
案の定、千夏が連れてこられたのは、場末の安っぽいホテルだった。男たちは店を紹介する気などさらさらなく、チェックインした部屋で千夏を慰み者にする気でいた。
しかし、部屋のドアが閉められて四時間後、室内は別の意味で悲惨な状況になっていた。
「も、もう勘弁してくれ! お願いだ!」
「だらしないなぁ。そっちから誘っといてこのザマかよ」
パンクヘッドの男に馬乗りになりながら、千夏は片手に持ったビール缶の中身を一気に飲み干した。
「ぷっはー! 泣き言はいいからさっさと勃たせろ。あたしはまだまだやり足りないんだよ」
室内では取り巻きの男たちも散り散りに倒れていた。一定の間隔で痙攣している者もいれば、白目を剥いて呼吸すら怪しい者もいる。皆、千夏に『食われ』、精も根も尽きた出涸らしとなっていた。唯一まだ口が利けるのは、パンクヘッドの男だけである。
「む、無理だって! これ以上やったら死んじまう!」
「ふ~ん、じゃあ役に立たない『コレ』ひねり潰しても構わないよな?」
千夏は男の目の前で右手の指をボキボキと鳴らして見せた。ここまでで千夏が人を簡単に投げ飛ばしたり、逃げ出そうとした者の足を持って容易く引き摺って来るほどの腕力があることを、男も充分に理解している。
「ひいいぃ! それだけは! それだけはやめて下さいぃ!」
いよいよ恥も外聞もなく懇願しだす男。その様子を見て、千夏は八重歯を剥いてにやりと笑った。
「螺久道村ってとこが近くにあるだろ? あそこで最近なにか変わったことはなかったか? チンピラだったら少しくらい出回ってないようなこと知ってるだろ?」
「ら、螺久道村? 一週間前に殺人事件があったってことぐらいしか―――イタタタタ!」
「そういうオープンなこと聞いてんじゃない。やっぱ『コレ』捻じ切ってやろうか?」
「ま、待って! 待って下さい! お、思い出した! 村長! 村長だ!」
「? 村長がなんだ?」
「殺人事件が起こるちょっと前に、螺久道村の近くを通りかかったら、村長の岸角って奴が夜に出歩いてやがったんです!」
「……それって珍しいことなのか?」
「滅多に人前に出てこないって噂だったし、あんな真夜中に出歩いてるのが気味悪かったんで……」
「村長が、ねぇ」
螺久道村の村長ならば、何か裏事情を知っているかもしれない。それも夜中に怪しい動きをしていたとなれば、探りを入れてみる価値は充分にあると千夏は睨んだ。
「他には? 何もないか?」
「そ、それだけです。それだけなんで、その……もう許してもらえませんか?」
「そうだなぁ……あと十発で勘弁してやるか」
「へ……」
ようやく解放されるかもしれないと淡い希望を抱いていた男の顔は、見る見る蒼白になっていった。
「安心しろ。まだ動ける奴も合わせて十発だ。本当ならあと三十発くらいはしないと満足できないが、そこは我慢してやるよ」
そう言って千夏は上唇を艶かしく舐めた。
そして、その日の夕方。
「あ、怪しい動きって、どんな?」
押し込まれてくる千夏の肘に耐えながら結城が聞いた。
「そのチンピラ連中は村の出じゃないから詳しいことは知らないってよ。ただその怪しい動きを見せてたのは、一週間ちょっと前。螺久道村で変な事件が起こる少し前くらいからだって話さ」
「例の殺人事件の前、ですか」
その話を聞き、アテナは顎に指を当てて思案し始めた。千夏の肘に負けて座卓に突っ伏した結城も、同じく話を整理しようと試みた。
螺久道村の事件が起こる前に、その村の村長が何か怪しげな行動を取っていたなら、事件に関係があったのではないだろうか。あるいは首謀者という可能性もあるかもしれない。
「ユウキ、どうしますか? 件の怪物を追うか、その村長の動向を調べるか」
「そう、ですね……」
千夏の肘に圧し掛かられながら、結城はアテナから問われた二択を選ぼうとした。どちらも重要な手がかりに思えるが、果たしてどちらを取るべきか。
「♪~」
頭を捻っていた結城の目に、鼻歌を歌いながら『なんちゃってウォーゲーム』の片付けをしている媛寿の姿が目に止まった。
足を運んだのは螺久道村から十kmほど離れている涼水市だった。
螺久道村へは結城たちが赴くことになっているので、千夏はその周辺地域で情報収集を考えていた。
涼水駅を中心に大型店舗が広がる街並みは、地方都市としてはかなりの賑わいを見せていた。人の出入りも多いため、近隣の情報の流通は期待できそうだった。
買い物客や旅行者が行き交う大通りを、千夏はヒールサンダルの小気味良い音を鳴らしながら歩いていく。胸のすぐ下までのミニTシャツとホットパンツという出で立ちは、普段の巫女装束と比べて格段に露出が大きい。すれ違う人の中には、その姿に驚く者や、思わず目で追ってしまう者と様々だ。
言葉遣いがあまり良くないとはいえ、艶のある黒髪をなびかせて歩く千夏は、人の目を引くには充分な美貌を持っていた。
注目してくる大衆の視線を物ともせず、千夏はどこから情報を得ようかと思案していた。
今回の結城の仕事に同行したのは、千夏にとっても意義のあることだった。
きっかけは結城が依頼について相談してきた時だった。
珍しく手紙で依頼が持ち込まれ、その文面に気になる単語があったので、繋がりがありそうだから聞きに来たという次第だった。
『村に鬼が出ようとしています。助けて下さい』
手紙の内容はそれだけだった。
それを見た千夏はかなり呆れた。よくこれだけで依頼を受けようと思ったな、と。
相手が誰かも分からず、報酬についても何ら記されていないとなれば、普通は引き受けたりはしない。
小林結城という人間に、千夏はそこらの人間とは違うものを感じていたが、相当な唐変木ではないかとさえ思えた。あるいは相当な阿呆かというところか。
ただ、それが愚かさだったとしても、結城のそれは決して悪いものではない。助けを求める声があるなら、疑問も躊躇もなくその方向へと歩き出す。
そういった部分があるからこそ、周りの神々や九尾の狐でさえ、小林結城に一目置いているのかもしれないと、千夏は推し量っていた。もちろん、その中には自分も含まれている。
とはいえ、結城から相談されたことに、千夏は有力な回答は出せなかった。
螺久道村という場所で、鬼が出たという話は聞いたことがなかったからだ。
しかし、それは千夏にとっても捨て置けない事案だった。
日本において、鬼の出現は種類やランクを問わず大事件である。人間の霊能者たちはもちろん、千夏たち鬼神の末裔にも報せはすぐ耳に届く。平安の頃から千年以上の時を経て、鬼の出現率が極端に低くなった現代においても、それは変わっていない。
そのことを踏まえれば、螺久道村というところに鬼が出たという噂は欠片もない。
現代で鬼が出現する状況があるとするならば、千夏たちのように生き残りが暴れるか、もしくは封印されていた者が目覚めたかのどちらかしかない。それほどに今日の日本において、鬼が生まれる確立は低くなっているのだ。
なのに『鬼が出る』と危惧した内容の手紙が送られてきた。送り主の思い違いという線も残っているが、少しは確かめてみる価値はありそうだと、千夏は結城たちのアドバイザーに乗り出した。
本当に鬼がいるならば、結城の依頼に便乗して闘える機会があるかもしれない。交合と同じかそれ以上に、千夏は戦闘への意欲が旺盛だった。
螺久道村に鬼にまつわる何かがあるなら、その周辺地域にも伝承の類があってもいいところだ。そう考えて、千夏は街を闊歩していた。
(片田舎の地方都市にしちゃあ、けっこう都会だな。割と新興の街なのか?)
駅の改札を出てから十数分歩いているが、街は煌びやかなショーウインドウを設えた商店や、洒落た内装のレストランなどが立ち並び、谷崎町よりも盛り上がっている気さえした。金毛稲荷神宮の名前を出して、神社仏閣に探りを入れてみるつもりでいた千夏だが、それらしい建築物が見えてくる様子もない。
少し当てが外れたように感じてきた千夏は、今後の練り直しも兼ねて、どこか酒が飲める店を探し始めていた。そこへ―――
「よぉ、姉ちゃん。イイ店知ってんだけど、オレらと行かね?」
声をかけられたので振り返ると、四、五人の男たちがニヤつきながら立っていた。派手な服装と自己主張の強い髪形揃いで、おまけにナンパの文句も古典的なために、千夏は一瞬どこの世紀末から来た連中かと思ってしまった。
(ビジュアル系のバンドでもないのに、こんな格好して歩いてるヤツがいるあたり、やっぱ田舎か?)
谷崎町でもこんなぞろっとした格好の者を見かけることはない。適当にあしらって行こうとした千夏だったが、ふと思い付いたことがあり、男たちに向き直った。
「へぇ、じゃあ案内してもらおっかな。ちょうどお店を探してたところだし」
意外なほどにあっさり乗ってきたので、リーダー格らしきパンクヘッドの男は少し驚いた様子だったが、すぐに下卑た笑みに戻っていた。
「へへ、そうこなくっちゃ。めっちゃくちゃハイになれる店に案内してやるぜ~」
取り巻きの者たちも、ここからは逃がさないと言わんばかりに、千夏の周りを囲うように立った。その光景を見ていた通行人たちも、一様に不安な表情を見せているが、千夏を助けようと行動できる者はいない。
「早く案内してくれない? 長旅で脚がくたくたなんだけど」
そう言って千夏は露になった太腿を指で艶かしくなぞって見せた。その手をそのまま口元まで持って行き、指先を軽く舌で舐める。
「けへへ、いいぜぇ~。こっちだ」
千夏の扇情的な仕草に、男たちは千夏を囲ったまま急くように裏路地に移動し始めた。
千夏の思惑としては、ここで通報などされては邪魔でしかない。なので騒ぎになる前に、衆目から消えることが最善だった。もっとも、それは千夏に目を付けた男たちにとっては最悪でしかなかったのだが。
案の定、千夏が連れてこられたのは、場末の安っぽいホテルだった。男たちは店を紹介する気などさらさらなく、チェックインした部屋で千夏を慰み者にする気でいた。
しかし、部屋のドアが閉められて四時間後、室内は別の意味で悲惨な状況になっていた。
「も、もう勘弁してくれ! お願いだ!」
「だらしないなぁ。そっちから誘っといてこのザマかよ」
パンクヘッドの男に馬乗りになりながら、千夏は片手に持ったビール缶の中身を一気に飲み干した。
「ぷっはー! 泣き言はいいからさっさと勃たせろ。あたしはまだまだやり足りないんだよ」
室内では取り巻きの男たちも散り散りに倒れていた。一定の間隔で痙攣している者もいれば、白目を剥いて呼吸すら怪しい者もいる。皆、千夏に『食われ』、精も根も尽きた出涸らしとなっていた。唯一まだ口が利けるのは、パンクヘッドの男だけである。
「む、無理だって! これ以上やったら死んじまう!」
「ふ~ん、じゃあ役に立たない『コレ』ひねり潰しても構わないよな?」
千夏は男の目の前で右手の指をボキボキと鳴らして見せた。ここまでで千夏が人を簡単に投げ飛ばしたり、逃げ出そうとした者の足を持って容易く引き摺って来るほどの腕力があることを、男も充分に理解している。
「ひいいぃ! それだけは! それだけはやめて下さいぃ!」
いよいよ恥も外聞もなく懇願しだす男。その様子を見て、千夏は八重歯を剥いてにやりと笑った。
「螺久道村ってとこが近くにあるだろ? あそこで最近なにか変わったことはなかったか? チンピラだったら少しくらい出回ってないようなこと知ってるだろ?」
「ら、螺久道村? 一週間前に殺人事件があったってことぐらいしか―――イタタタタ!」
「そういうオープンなこと聞いてんじゃない。やっぱ『コレ』捻じ切ってやろうか?」
「ま、待って! 待って下さい! お、思い出した! 村長! 村長だ!」
「? 村長がなんだ?」
「殺人事件が起こるちょっと前に、螺久道村の近くを通りかかったら、村長の岸角って奴が夜に出歩いてやがったんです!」
「……それって珍しいことなのか?」
「滅多に人前に出てこないって噂だったし、あんな真夜中に出歩いてるのが気味悪かったんで……」
「村長が、ねぇ」
螺久道村の村長ならば、何か裏事情を知っているかもしれない。それも夜中に怪しい動きをしていたとなれば、探りを入れてみる価値は充分にあると千夏は睨んだ。
「他には? 何もないか?」
「そ、それだけです。それだけなんで、その……もう許してもらえませんか?」
「そうだなぁ……あと十発で勘弁してやるか」
「へ……」
ようやく解放されるかもしれないと淡い希望を抱いていた男の顔は、見る見る蒼白になっていった。
「安心しろ。まだ動ける奴も合わせて十発だ。本当ならあと三十発くらいはしないと満足できないが、そこは我慢してやるよ」
そう言って千夏は上唇を艶かしく舐めた。
そして、その日の夕方。
「あ、怪しい動きって、どんな?」
押し込まれてくる千夏の肘に耐えながら結城が聞いた。
「そのチンピラ連中は村の出じゃないから詳しいことは知らないってよ。ただその怪しい動きを見せてたのは、一週間ちょっと前。螺久道村で変な事件が起こる少し前くらいからだって話さ」
「例の殺人事件の前、ですか」
その話を聞き、アテナは顎に指を当てて思案し始めた。千夏の肘に負けて座卓に突っ伏した結城も、同じく話を整理しようと試みた。
螺久道村の事件が起こる前に、その村の村長が何か怪しげな行動を取っていたなら、事件に関係があったのではないだろうか。あるいは首謀者という可能性もあるかもしれない。
「ユウキ、どうしますか? 件の怪物を追うか、その村長の動向を調べるか」
「そう、ですね……」
千夏の肘に圧し掛かられながら、結城はアテナから問われた二択を選ぼうとした。どちらも重要な手がかりに思えるが、果たしてどちらを取るべきか。
「♪~」
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