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化生の群編
新生
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目の前で起こったその光景に、結城はただただ驚愕するだけだった。
灯恵が持っていた鬼の首によって、倒したはずの鬼の体が蘇ったこともそうだが、その鬼が灯恵の肩に噛み付いたことも衝撃的だった。
そんな場面を見ても、結城は声をかけることさえできなかった。
誰かに危害が及ぼうとしていれば、助けようとするのが常であるが、結城には不思議と灯恵が危機的状況にいるとは認識できなかった。
笑っていたのだ。肩口に牙が深々と刺さり、肉や骨が軋み、血が啜り取られながら、灯恵は悲鳴どころか恍惚とした表情で笑っていた。鬼に喰われることが至上の喜びであるかのように。
そんな灯恵の姿に、結城は鬼を前にした時とは別の恐怖を感じた。人の形をしているだけの、恐ろしい怪物がそこにいる、と。
灯恵の腕がだらりと垂れ下がった頃、鬼は灯恵の肩から口を離すと、そのまま灯恵の体を丁寧に横に寝かせた。その扱い方は慈しみすら感じられたが、それで油断できるような相手ではないことは、その場にいる全員が承知している。
何ら言葉を発することなく、鬼は周囲をゆっくりと見回す。
一通り目を通した後で、鬼と結城の目線が交差した。結城にとって、その一瞬は時間の概念が壊された一時だったかもしれない。ほんの一瞬であるはずが、異様に時間の感覚が遅くなった気がしたからだ。
鬼から向けられたのは、他の感情の一切を排した純粋な殺意だった。
結城は今までも、相手からの敵意を浴びる機会はあった。だが、それらとは明らかに違った。ただただ『相手の命を奪う』という、それだけを抽出した意思をぶつけられた。
そこまで純粋な破壊の意思を受けたことがなかったために、結城は肉薄してきた鬼に対して何の反応もできなかった。もっとも、それはすでに人の反応が追いつくような速度ではなかったが。
結城の目前に迫っていた鬼の左爪は、耳に響く金属音とともに阻まれた。
「!?」
その金属音を聞いて、結城も我に返った。アテナが寸でのところで爪の延長線上に神盾を挟み込み、結城の鼻先で止めきっていた。
その光景を見て、結城は腰が抜けたようにへたり込んだ。我に返ったと同時に時間の感覚も戻り、自身が晒されていた状況を一気に理解したのだ。
アテナの守りがなかったならば、結城は微動だにしないまま死んでいた。
「くぅ!」
アテナも無理な体勢で攻撃を防いだためか、わずかに苦悶の表情を浮けべていた。鬼の強烈な爪撃を、実質左腕のみで防いだからだ。アテナの膂力の方が鬼よりは勝っていたが、その力はパワーダウンした最強の戦女神に迫るものがあった。骨を折るまでにはいたらずとも、左腕には相当な負荷がかかっていた。
鬼は今度は右の爪を振り上げた。狙っているのはアテナの二の腕だった。腕を落として盾を持てなくしようとしている。
反撃しようにも、神盾を支える力と鬼の左腕の力は拮抗していた。この均衡を崩せば、次の攻撃で結城を守ることはできない。
ならば、腕が落とされると同時に右手の槍を喉笛に叩き込むか。アテナは鬼との押し比べを継続しつつ、槍の刺突を見舞うべく穂先を構え直した。
だが、鬼の右爪が振り下ろされるよりも前に、鬼の背後に躍り出る者がいた。金砕棒を背中に届くほどに振りかぶった千夏だった。
「てぇやっ!」
最大の遠心力を加えた金砕棒は、鬼の後頭部を強打し重い金属音を鳴らした。
「くっ!」
得物こそ折れたりしなかったが、千夏の両腕は打撃の際の衝撃で痺れが疾った。
(頭蓋骨まるまる砕いてやるつもりでぶん殴ったのに、コイツは!)
アテナに比肩する豪腕を持つ千夏ですら、新生した鬼の堅牢な肉体を砕けなかった。
「うわっ!」
後方の敵を察知し、鬼は振り下ろすはずだった右腕を即座に動かし、千夏の胴を鷲掴みにした。
「こんの! 離、せ!」
掴んできた手を外そうとするも、鬼は重機に匹敵する力で千夏の肋骨と腹部を締め上げた。
「ぐ、ああ!」
鬼神の末裔である千夏の頑健さも、純粋な鬼の力には一歩適わず、喉から苦悶の声が漏れる。
「悪路王……だと!? ふざ、けるな! そんな名前の鬼は、いないはずだろ!」
身を締め上げられながら放った千夏の言葉を聞いてか、鬼は千夏に向けて首を巡らせた。
「そうだ。『悪路王』という鬼はいなかった。『俺』が現われるまでは」
千夏と目線を合わせた鬼、悪路王の口から、重く低い声が放たれた。
灯恵が持っていた鬼の首によって、倒したはずの鬼の体が蘇ったこともそうだが、その鬼が灯恵の肩に噛み付いたことも衝撃的だった。
そんな場面を見ても、結城は声をかけることさえできなかった。
誰かに危害が及ぼうとしていれば、助けようとするのが常であるが、結城には不思議と灯恵が危機的状況にいるとは認識できなかった。
笑っていたのだ。肩口に牙が深々と刺さり、肉や骨が軋み、血が啜り取られながら、灯恵は悲鳴どころか恍惚とした表情で笑っていた。鬼に喰われることが至上の喜びであるかのように。
そんな灯恵の姿に、結城は鬼を前にした時とは別の恐怖を感じた。人の形をしているだけの、恐ろしい怪物がそこにいる、と。
灯恵の腕がだらりと垂れ下がった頃、鬼は灯恵の肩から口を離すと、そのまま灯恵の体を丁寧に横に寝かせた。その扱い方は慈しみすら感じられたが、それで油断できるような相手ではないことは、その場にいる全員が承知している。
何ら言葉を発することなく、鬼は周囲をゆっくりと見回す。
一通り目を通した後で、鬼と結城の目線が交差した。結城にとって、その一瞬は時間の概念が壊された一時だったかもしれない。ほんの一瞬であるはずが、異様に時間の感覚が遅くなった気がしたからだ。
鬼から向けられたのは、他の感情の一切を排した純粋な殺意だった。
結城は今までも、相手からの敵意を浴びる機会はあった。だが、それらとは明らかに違った。ただただ『相手の命を奪う』という、それだけを抽出した意思をぶつけられた。
そこまで純粋な破壊の意思を受けたことがなかったために、結城は肉薄してきた鬼に対して何の反応もできなかった。もっとも、それはすでに人の反応が追いつくような速度ではなかったが。
結城の目前に迫っていた鬼の左爪は、耳に響く金属音とともに阻まれた。
「!?」
その金属音を聞いて、結城も我に返った。アテナが寸でのところで爪の延長線上に神盾を挟み込み、結城の鼻先で止めきっていた。
その光景を見て、結城は腰が抜けたようにへたり込んだ。我に返ったと同時に時間の感覚も戻り、自身が晒されていた状況を一気に理解したのだ。
アテナの守りがなかったならば、結城は微動だにしないまま死んでいた。
「くぅ!」
アテナも無理な体勢で攻撃を防いだためか、わずかに苦悶の表情を浮けべていた。鬼の強烈な爪撃を、実質左腕のみで防いだからだ。アテナの膂力の方が鬼よりは勝っていたが、その力はパワーダウンした最強の戦女神に迫るものがあった。骨を折るまでにはいたらずとも、左腕には相当な負荷がかかっていた。
鬼は今度は右の爪を振り上げた。狙っているのはアテナの二の腕だった。腕を落として盾を持てなくしようとしている。
反撃しようにも、神盾を支える力と鬼の左腕の力は拮抗していた。この均衡を崩せば、次の攻撃で結城を守ることはできない。
ならば、腕が落とされると同時に右手の槍を喉笛に叩き込むか。アテナは鬼との押し比べを継続しつつ、槍の刺突を見舞うべく穂先を構え直した。
だが、鬼の右爪が振り下ろされるよりも前に、鬼の背後に躍り出る者がいた。金砕棒を背中に届くほどに振りかぶった千夏だった。
「てぇやっ!」
最大の遠心力を加えた金砕棒は、鬼の後頭部を強打し重い金属音を鳴らした。
「くっ!」
得物こそ折れたりしなかったが、千夏の両腕は打撃の際の衝撃で痺れが疾った。
(頭蓋骨まるまる砕いてやるつもりでぶん殴ったのに、コイツは!)
アテナに比肩する豪腕を持つ千夏ですら、新生した鬼の堅牢な肉体を砕けなかった。
「うわっ!」
後方の敵を察知し、鬼は振り下ろすはずだった右腕を即座に動かし、千夏の胴を鷲掴みにした。
「こんの! 離、せ!」
掴んできた手を外そうとするも、鬼は重機に匹敵する力で千夏の肋骨と腹部を締め上げた。
「ぐ、ああ!」
鬼神の末裔である千夏の頑健さも、純粋な鬼の力には一歩適わず、喉から苦悶の声が漏れる。
「悪路王……だと!? ふざ、けるな! そんな名前の鬼は、いないはずだろ!」
身を締め上げられながら放った千夏の言葉を聞いてか、鬼は千夏に向けて首を巡らせた。
「そうだ。『悪路王』という鬼はいなかった。『俺』が現われるまでは」
千夏と目線を合わせた鬼、悪路王の口から、重く低い声が放たれた。
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