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豪宴客船編

朝の悲鳴

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(そ~だった……昨夜は大変だったんだ……)
 二日酔いの頭をフル回転させて引っ張り出した記憶に、結城ゆうきは二日酔い以上にげんなりさせられた。
 アテナに裸でレスリングを迫られ、シロガネに『アレ』なオモチャで襲われかけ、酒乱に陥った媛寿えんじゅにアルハラされ、と。非常に危険な状況のオンパレードだった。
 やはりお酒の飲み過ぎは良くない、と心に刻む結城だった。
(でも媛寿に飲まされてからの記憶がない。そもそも、このだれ?)
 改めて結城は傍らで眠る少女に目を落とした。やはり見覚えがない。
 昨夜は古屋敷ふるやしきで飲んでいたので、酔って連れ込んだなどありえない。仮に酩酊状態で屋敷の外に出て、どこかでナンパして連れ込んだとして、そんな器用な真似など結城にはできない。
 ならば、少女は外から来たことになるが、それも少しおかしい。
 古屋敷が建つ山には、入ること自体は誰でもできる。が、古屋敷に辿り着くとなれば話は別だ。
 住人である結城たちを除けば、古屋敷には特別な存在か、特別に用がある者しか基本的に来ることができない。迷い人が入山してたまたま辿り着くということは、今まででほぼないのだ。
 となれば、考えられるのは、
(この娘、もしかして……)
 古屋敷を訪れる資格を有する、特別な存在であるか、結城たちを頼ってきた『依頼人』であるかのどちらかだ。
(でも依頼人だとして、何で僕の部屋で寝てるの? しかも裸で……って、ちょっと待って!)
 そこまで考えて、結城は重要なことに気が付いた。昨夜の記憶を辿るのに注力していて忘れていたが、この状況は非常にまずい。
 とりあえず結城が少女を連れ込んだわけではないとして――ついでに結城は何も手を出していないとして――結城と見知らぬ少女が一糸纏わぬ姿でベッドをともにしていたという事実は変わらない。
 この場を見られたら、どう考えても誤解を招くことは必至。かなり危うい状況だった。
 幸いまだ誰も結城の部屋を訪ねていないので、まず服を着ようとベッドから立ち上がろうとして、
「ゆうきー、おっはよー!」
 元気いっぱいに媛寿がドアを開け放ってきた。ちょうど結城がベッドの上で肩膝を立てたところだった。
「あれ?」
「……」
 媛寿が真っ裸の結城を見て、目をぱちくりさせた後、
「ひ―――ひゃああああああ!」
 朝の古屋敷に強烈な悲鳴がこだました。結城の。

 数分ほど前、
「ふえ?」
 リビングで目を覚ました媛寿は、なぜか一升瓶を抱き枕代わりにして横たわっていた。中身の『純米吟醸・美幼年』は一滴残らず空になっている。
「ん~?」
 なぜ一升瓶を抱きしめていたのか首を捻るが、思い出せないので媛寿はそれについて捨て置くことにした。
 立ち上がってリビングを見回してみるが、そこには惨憺たる光景が拡がっていた。
 まずいたるところに酒瓶と、シロガネのコレクションしている『オモチャ』が散乱している。媛寿の横にもチョコレートの包み紙が塵の山を作っていた。
 そして床には全裸のアテナが、シロガネに腕ひしぎ逆十字固めをかけたまま眠っていた。シロガネも技をかけたれたままで眠っているようだった。
 テーブルではマスクマンがコップを握って突っ伏しており、その頭にはワイングラスが逆さまになって乗っかっている。
 その状況を見ても、媛寿は昨夜に何があったのか、あまりよく憶えていなかった。
 かろうじて思い出せることと言えば、結城が警察から木箱を受け取って帰ってきて、その中身が酒の詰め合わせだったので、皆で飲んでみようとなった経緯だった。
 媛寿だけはウイスキーボンボンを渡された。媛寿自身、戦国時代頃から存在し、家神なので酒を嗜むことは問題なかったのだが、結城が了承しなかったからだ。
 ウイスキーボンボンが嫌いではなかったが、媛寿はそのことに少し不満があったことを覚えていた。
 ウイスキーボンボンを食べつつ、皆で代わる代わるツマミを作り、それらを楽しんでいるうちに、媛寿の記憶は途切れていた。
「あっ、ゆうき!」
 昨日の記憶を辿っているうちに、媛寿はリビングに結城がいないことに気付いた。
 途中で部屋に戻って寝たのかもしれないと思い、媛寿は結城の部屋へと早足に歩いていった。
 廊下をとてとてと歩きながら、媛寿は久しぶりに朝のイタズラを仕掛けようかと考えていた。今度はゾンビのお面を被って布団にもぐりこもうか、巨大ムカデのヌイグルミが高得点だったのでワニのぬいぐるみを仕込もうかなど、結城を驚かせる算段を練る。
 だが、もしかしたら二日酔いで頭を抱えているかもしれないので、その時にはおいしい味噌汁を作って振舞おうとも思っていた。ボロアパート暮らしをしていた時期、媛寿の味噌汁は結城にかなり好評だったのだ。
 なら、二日酔いの結城にイタズラは厳しいので、普通に挨拶するのが良いかもしれない。その方が逆に意外性があって結城を驚かせるかもしれないと、媛寿はにやにやしていた。
 そうしているうちに、媛寿は結城の部屋の前までやって来た。とりあえずイタスラは保留にして、あいだを取っていきなりドアを開けて挨拶をするという方針に決めた。
「ゆうきー、おっはよー!」
 勢いよくドアを開け放ち、媛寿は元気いっぱいに挨拶する。が、当の結城はなぜか真っ裸で、ベッドの上に肩膝立ちをしていた。
「あれ?」
 てっきり寝起きの結城を拝むことになると思っていた媛寿は、予想外の結城の格好に目をぱちくりさせた。
「ひ―――ひゃああああああ!」
 朝の古屋敷に強烈な悲鳴がこだました。結城の。

「ん……」
 古屋敷に響き渡った結城の悲鳴で、アテナはようやく目を覚ました。
「う、う~ん」
 起き上がって両腕をいっぱいに伸ばしたアテナは、周りを見渡して目をしばたたかせた。
(はて? なぜ私はリビングで眠っていたのですか?)
 裸でいることよりも、リビングで寝ていたことに疑問を持つアテナ。一人で眠る時は何も身に着けないので、その点は特に気にしないのである。
(う~ん、昨夜は何が……)
 空になった酒瓶ばかりが転がるリビングを眺めるも、あまりに眠りが深かったので、アテナも記憶がすぐに出てこない。
(はっ! それよりもいまユウキの悲鳴が!)
 アテナは起床する際に聞こえた結城の声の方が気になった。最近の結城は媛寿のイタズラにも少し慣れてきているので、朝からこんな悲鳴を上げるはずなどない。
 ならば、何か危険が迫っている可能性がある。
「ユウキ! いま行きます!」
 昨夜に何があったかは一旦保留し、アテナは一目散にリビングを飛び出した。
 華麗にコーナーを曲がり、廊下を疾駆し、五秒とかからずに結城の部屋まで辿り着く。
 開かれたドアの前では、媛寿が何か驚いたような表情で立ち尽くしている。これは只ならぬ事態になっているに違いないと確信するアテナ。
 どんな敵がいても臨機応変に対することができるよう、心の戦闘体勢を整える。
「ユウキ! どうしました!」
 疾走していた勢いを殺すのも惜しんで、アテナは結城の部屋に飛び込んだ。
「ん?」
「あっ」
 部屋に勢いよく飛び込んだアテナだったが、そこには敵の姿など微塵もなく、代わりにベッドの上に素っ裸で膝立ちする結城がいた。全く予想と合わない光景に、アテナは首を傾げた。
 一方、結城は突然部屋に飛び込んできたアテナに、媛寿の時とは逆に声もなく驚いていた。しかもモデル並みに整い、引き締まった裸体を惜しげもなく晒している。
「ブッ!」
 朝から裸身の女神を見た結城は、ものの見事に鼻血を吹いて卒倒した。
「ゆうきー!」
「ユウキ!」
 鼻血を撒き散らしてベッドから盛大に落ちた結城に、媛寿とアテナは同時に叫んだ。

 その頃のリビングでは、
「ん、ん?」
「U! WΘ? HΣ6↓?(うっ! あれ? なんでこんなとこで寝てんだ?)」
 媛寿とアテナの叫び声を聞いて、シロガネとマスクマンもようやく起きた。

 そしてもう一人、結城のベッドで眠っていた少女もまた、目を覚ました。
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