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豪宴客船編
朝食
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結城は口がきけない状態で座らされていた。その目は緊張しきって強張っている。
視線の先には刃物を持ったシロガネがいる。その目も刃物の化身よろしく、真剣そのものである。
狙いは定まった。シロガネの手に収まった刃物が、目にも止まらぬ速さで振るわれる。
幾筋もの光る軌道が、結城の顔面を通り過ぎてはまた戻ってくる。
刃が止まった時、全ては終わっていた。
「ヒゲ剃り、終わり」
結城のヒゲを剃り終えたシロガネは、愛用のカミソリを布巾で綺麗に拭った。
「シロガネ、このヒゲ剃りもう少し何とかならない? 一年以上経ってもまだ恐いんだけど……」
タオルでシェービングジェルを拭き取りながら、結城はシロガネに意見した。シロガネが結城の元に来てからというもの、朝のヒゲ剃りは専らこんな感じだった。
「ダ、メ」
「どして?」
「この方が、キモチいいから」
「……」
無表情ながら、カミソリを磨くシロガネの目はうっとりと蕩けていた。
そして結城はそんなシロガネの快感のツボが分からず、もう意見しても仕方ないかもしれないと思い始めていた。
「ゆうき、きょうもおかおつるつる~」
そうして固まってしまっている結城の顔を、媛寿は呑気に手で撫で回していた。
「ではユウキ、朝の仕度も整ったところで」
結城のヒゲ剃りが終わったのを見届けたアテナが、改まって話を切り出した。
「あの者のことです」
アテナが親指で指し示す先、部屋の角には結城のベッドシーツが蟠っていた。シーツの中には、結城のベッドにいた赤毛の少女が蹲っている。
結城が鼻血を出して倒れ、マスクマンとシロガネも部屋に駆けつけ、その時にはようやく少女も目を覚ました。
身を起こして周りを見渡した少女は、あまりに不可解な状況に混乱したのか、ベッドシーツを纏ったまま部屋の角に逃げ込んでしまった。
尋常ではなく怯えているのか、震えて動かなくなってしまったので、とりあえず朝の仕度をしてから考えようということになった。
余談だが、結城が少女を連れ込んで何かしたのではないかとは、誰も微塵も疑いはしなかった。結城にそんな度胸がないことは、全員が知っている。
「たぶん依頼人だと思うんですけど……」
古屋敷に来た以上は依頼人である可能性は高いが、結城はそうだと断定しきれないでいた。
古屋敷を訪れる依頼人は、大なり小なり事情を抱えていることがあり、時には言葉による意思の疎通が難しい場合もある。
人間、幽霊、妖怪、果てには神など、依頼に来る者は枚挙に暇がないが、それでも依頼するに足る事柄をしっかり持っており、その内容をいずれかの方法で伝えられる。
しかし、赤毛の少女は意思の疎通が可能であると思えるも、雰囲気からして依頼をしに来たとは思えない。むしろ、単純な迷い人と言った方がしっくりくる。
ただ、そんな『単純な迷い人』が古屋敷を訪れたことはほとんどない。なので、結城をはじめとした面々は、少女が一体どんな位置取りにある者なのかが分からずにいた。
「ん~?」
媛寿はシーツの隙間から少女の様子を窺おうとする。少女は時折シーツの中から周りを見ようとしては、またシーツを被って震えるということを繰り返していた。
「ゆうき、こわがってる」
「え、あ、うん。そう……だね」
媛寿が小声で耳打ちし、結城は適当に相槌を打った。
百歩譲って迷い人ではなく依頼人だとして、こんな怯えた様子の依頼人は見たことがない。依頼内容を聞く以前に、まずどうアプローチを取るべきかが問題だった。
「アテナ様、そういえば相手の心を読むことができましたね?」
結城はアテナが人間の心に触れることで、思考や記憶を読み取ったことを思い出した。
「できますが、あれほど怯えている者の心を強引に読むのは気が進みません。神といえど、容易に心を覗くというのは誉められたことではないのです」
結城の提案にアテナは頭を振った。
「そう、ですか」
アテナの言い分に納得しつつ、結城は再びシーツに包まった少女に目を向けた。
このまま時間だけが過ぎては埒が明かないので、何か策を講じなければと頭を捻る。が、素性も何も不明な少女をどうするのかと、なぜか結城は途方もない問題に挑んでいる気がしてきた。
そんな途方もない感覚に触発されたのか、結城の腹が『グ~』と鳴った。
「あっ、そういえば」
結城が置時計を見ると、すでに八時半になっていた。この時間になっても朝食を摂っていないのでは、お腹も鳴って当然だった。
『グウ~』
「!?」
もう一つ腹の虫が鳴って、結城は辺りを見回した。もちろん結城ではないのだが、
「えんじゅじゃないよ」
「私でもありません」
「NΘ(ちがうぞ)」
「ワタシも、ちがう」
結城を除く誰も彼もが否定する。となると、残るは一つ。
全員の視線がシーツに包まった少女に集まった。どうやら少女も空腹であるらしい。
「! ねぇ、シロガネ」
結城はシロガネを呼んで、軽く耳打ちした。
「いいかな?」
「了、解」
結城からの要望を了承すると、シロガネはすうっとキッチンへ向かっていった。
「ゆうき、どうするの?」
「今日は僕の部屋で朝ごはんにしよう。媛寿、座布団をお願いできる?」
「わかった」
「アテナ様とマスクマンは僕と一緒に座卓を」
「分かりました」
「OΠ(おう)」
シーツの隙間から怪訝な面持ちで見つめる少女を尻目に、結城たちは朝食の準備を開始した。
「いただきま~す」
結城の部屋の床に座卓と座布団を置き、結城たちは朝食を食べ始めた。
古屋敷以前のボロアパートにいた頃は和室だったので、座卓を囲んで食事をするのは皆違和感はない。ただ、洋室でそのようにして食事をしているのは、端から見れば少し異質な光景だった。それでも結城を始めとした古屋敷の面々は気にしていないが。
少女は相変わらず恐怖に震えていたが、同時に困惑が生まれていた。
夜闇をあてどなく走り、奇妙な声がした方へ足を進め、心身ともに疲労して朦朧としながらも、山中の奥に明かりを見つけた。縋るような思いで明かりに手を伸ばし、いつの間にか意識が途絶えていた。
ふかふかしたベッドの寝心地が良すぎたせいで、何もかも忘れて寝入ってしまったが、少女が目覚めた時にはすでに逃げ場はなくなっていた。
少女の直感は告げていた。五人のうち四人は、人の域を超えた力を持っていると。
逃げたとしても意味がないと知り、少女は部屋の角で蹲るしかなかった。
侵入してきた異物として処分されるのか、それとも嬲りものの玩具にされるのか。逃げ場を失った少女は絶望的な未来しか想像できなくなっていた。
ところが屋敷の住人たちは、蹲る少女のすぐ傍で食事を始めてしまった。
無理やり引きずり出すでもなく、無視して部屋を後にするでもなく、その場に食卓を設けてさも当然のように食事をしている。
攻撃的ではないが、無関心といえるほど冷淡でもない気がする。そんな結城たちの思考が理解できず、少女の頭の中は徐々に困惑が恐怖を圧していた。
そこにもう一つ、少女の精神に割って入ってくる感覚がある。においだ。
食卓に置かれた料理の数々が発する芳しい香りが、空腹の少女の鼻腔に入り込み、精神ともどもくすぐっていた。
どんなに気にしないように努めても、シーツの隙間から香りは流れ込んでくる。それを吸い込むたびに、また腹の音が『グウ~』と鳴る。
少女の心の中で、いよいよ恐怖より食欲が勝りつつあった。そんな時、シーツの隙間から少女の鼻先にスプーンがすっと伸びてきた。
「!?」
驚愕して身をビクリと震わせたものの、それ以上のリアクションが取れなくなった。スプーンの上にこんもりと載っているリゾットのにおいが、あまりにも魅力的だったからだ。
あるいは罠かもしれない。毒が入っているかもしれない。そう思わなかったわけでもないが、目の前で香ばしさと温かさを発するスプーンを前に、ついに少女は警戒心も忘れ去った。
「あむっ!」
スプーンのつぼごと食べる勢いで、少女はリゾットをぱくりと口に含んだ。
「よし釣れた」
途端、口の中にあったスプーンが引っ張られ、つられて少女の顔がシーツから引っ張り出された。スプーンの柄を持っていたのは結城だった。
「やっと顔を見せてくれたね」
少女と目が合った結城は口角を上げた。当の少女の方は、食べ物にまんまと釣られた気恥ずかしさからか、みるみる顔が赤くなっていった。
「っ!」
スプーンから口を離した少女は、すぐさまシーツの中に顔を引っ込めてしまった。
「ありゃ」
結城はせっかく釣った魚を取り逃したような気になったが、またスプーンにリゾットを載せてシーツの中に差し入れた。
「もう一回食べてもいいよ~」
「……」
なるべく優しい声で話しかけるが、警戒心が再発したのか、少女は押し黙ってしまった。
同じやり方では食べてくれないかと思った結城は、作戦を少し変えることにした。
「じゃあこれは僕が食べちゃおうかな~」
これみよがしにスプーンをゆっくりゆっくりと下げようとする結城。
「シロガネ特製のリゾットはおいしいんだけどな~」
あえて聞こえるようにしてシーツの上から声をかける結城。もちろん少女にも聞こえている。
明らかに誘っていると少女も理解していたが、シーツの中に漂うリゾットの残り香、口内の味覚が憶えている肉と野菜の風味が、またも警戒心に揺さぶりをかける。
「誰も食べないなら僕が食べちゃおうかな~」
その言葉を聞いてしまった少女は、もはや考えるよりも前に顔を上げていた。勢いでシーツは背中まで捲れ上がった。
「はいどうぞ」
少女が顔を出したのを見計らって、結城は二杯目のスプーンを少女の口元に持っていった。少女は反射的にスプーンをぱくりと口に含み、再び気恥ずかしさで赤くなった。
「こんなところで丸まっていないでさ、こっちに来て食べようよ。おいしいものたくさんあるから」
口内のリゾットを租借しながら、少女は結城の顔を見た。柔和に微笑む結城からは、敵意も害意も感じ取れなかった。
恐怖心と警戒心が薄れた状態で、改めて目の前の青年を見る。どこまでもだたの人、というのが少女の見解だった。
「ほら、こっちこっち」
結城がスプーンで指し示す先、座卓の上にはシロガネの用意した色とりどりの朝食が並べられていた。
相変わらず人外の存在たちは恐ろしいが、危害を加えてくる様子ではなし、結城と一緒なら大丈夫かもしれないと、少女はのそのそと結城の隣に着いた。
「それじゃあ改めて、いただきま~す」
全員が座卓に揃い、結城の声でその日の本当の朝食が始まった。
視線の先には刃物を持ったシロガネがいる。その目も刃物の化身よろしく、真剣そのものである。
狙いは定まった。シロガネの手に収まった刃物が、目にも止まらぬ速さで振るわれる。
幾筋もの光る軌道が、結城の顔面を通り過ぎてはまた戻ってくる。
刃が止まった時、全ては終わっていた。
「ヒゲ剃り、終わり」
結城のヒゲを剃り終えたシロガネは、愛用のカミソリを布巾で綺麗に拭った。
「シロガネ、このヒゲ剃りもう少し何とかならない? 一年以上経ってもまだ恐いんだけど……」
タオルでシェービングジェルを拭き取りながら、結城はシロガネに意見した。シロガネが結城の元に来てからというもの、朝のヒゲ剃りは専らこんな感じだった。
「ダ、メ」
「どして?」
「この方が、キモチいいから」
「……」
無表情ながら、カミソリを磨くシロガネの目はうっとりと蕩けていた。
そして結城はそんなシロガネの快感のツボが分からず、もう意見しても仕方ないかもしれないと思い始めていた。
「ゆうき、きょうもおかおつるつる~」
そうして固まってしまっている結城の顔を、媛寿は呑気に手で撫で回していた。
「ではユウキ、朝の仕度も整ったところで」
結城のヒゲ剃りが終わったのを見届けたアテナが、改まって話を切り出した。
「あの者のことです」
アテナが親指で指し示す先、部屋の角には結城のベッドシーツが蟠っていた。シーツの中には、結城のベッドにいた赤毛の少女が蹲っている。
結城が鼻血を出して倒れ、マスクマンとシロガネも部屋に駆けつけ、その時にはようやく少女も目を覚ました。
身を起こして周りを見渡した少女は、あまりに不可解な状況に混乱したのか、ベッドシーツを纏ったまま部屋の角に逃げ込んでしまった。
尋常ではなく怯えているのか、震えて動かなくなってしまったので、とりあえず朝の仕度をしてから考えようということになった。
余談だが、結城が少女を連れ込んで何かしたのではないかとは、誰も微塵も疑いはしなかった。結城にそんな度胸がないことは、全員が知っている。
「たぶん依頼人だと思うんですけど……」
古屋敷に来た以上は依頼人である可能性は高いが、結城はそうだと断定しきれないでいた。
古屋敷を訪れる依頼人は、大なり小なり事情を抱えていることがあり、時には言葉による意思の疎通が難しい場合もある。
人間、幽霊、妖怪、果てには神など、依頼に来る者は枚挙に暇がないが、それでも依頼するに足る事柄をしっかり持っており、その内容をいずれかの方法で伝えられる。
しかし、赤毛の少女は意思の疎通が可能であると思えるも、雰囲気からして依頼をしに来たとは思えない。むしろ、単純な迷い人と言った方がしっくりくる。
ただ、そんな『単純な迷い人』が古屋敷を訪れたことはほとんどない。なので、結城をはじめとした面々は、少女が一体どんな位置取りにある者なのかが分からずにいた。
「ん~?」
媛寿はシーツの隙間から少女の様子を窺おうとする。少女は時折シーツの中から周りを見ようとしては、またシーツを被って震えるということを繰り返していた。
「ゆうき、こわがってる」
「え、あ、うん。そう……だね」
媛寿が小声で耳打ちし、結城は適当に相槌を打った。
百歩譲って迷い人ではなく依頼人だとして、こんな怯えた様子の依頼人は見たことがない。依頼内容を聞く以前に、まずどうアプローチを取るべきかが問題だった。
「アテナ様、そういえば相手の心を読むことができましたね?」
結城はアテナが人間の心に触れることで、思考や記憶を読み取ったことを思い出した。
「できますが、あれほど怯えている者の心を強引に読むのは気が進みません。神といえど、容易に心を覗くというのは誉められたことではないのです」
結城の提案にアテナは頭を振った。
「そう、ですか」
アテナの言い分に納得しつつ、結城は再びシーツに包まった少女に目を向けた。
このまま時間だけが過ぎては埒が明かないので、何か策を講じなければと頭を捻る。が、素性も何も不明な少女をどうするのかと、なぜか結城は途方もない問題に挑んでいる気がしてきた。
そんな途方もない感覚に触発されたのか、結城の腹が『グ~』と鳴った。
「あっ、そういえば」
結城が置時計を見ると、すでに八時半になっていた。この時間になっても朝食を摂っていないのでは、お腹も鳴って当然だった。
『グウ~』
「!?」
もう一つ腹の虫が鳴って、結城は辺りを見回した。もちろん結城ではないのだが、
「えんじゅじゃないよ」
「私でもありません」
「NΘ(ちがうぞ)」
「ワタシも、ちがう」
結城を除く誰も彼もが否定する。となると、残るは一つ。
全員の視線がシーツに包まった少女に集まった。どうやら少女も空腹であるらしい。
「! ねぇ、シロガネ」
結城はシロガネを呼んで、軽く耳打ちした。
「いいかな?」
「了、解」
結城からの要望を了承すると、シロガネはすうっとキッチンへ向かっていった。
「ゆうき、どうするの?」
「今日は僕の部屋で朝ごはんにしよう。媛寿、座布団をお願いできる?」
「わかった」
「アテナ様とマスクマンは僕と一緒に座卓を」
「分かりました」
「OΠ(おう)」
シーツの隙間から怪訝な面持ちで見つめる少女を尻目に、結城たちは朝食の準備を開始した。
「いただきま~す」
結城の部屋の床に座卓と座布団を置き、結城たちは朝食を食べ始めた。
古屋敷以前のボロアパートにいた頃は和室だったので、座卓を囲んで食事をするのは皆違和感はない。ただ、洋室でそのようにして食事をしているのは、端から見れば少し異質な光景だった。それでも結城を始めとした古屋敷の面々は気にしていないが。
少女は相変わらず恐怖に震えていたが、同時に困惑が生まれていた。
夜闇をあてどなく走り、奇妙な声がした方へ足を進め、心身ともに疲労して朦朧としながらも、山中の奥に明かりを見つけた。縋るような思いで明かりに手を伸ばし、いつの間にか意識が途絶えていた。
ふかふかしたベッドの寝心地が良すぎたせいで、何もかも忘れて寝入ってしまったが、少女が目覚めた時にはすでに逃げ場はなくなっていた。
少女の直感は告げていた。五人のうち四人は、人の域を超えた力を持っていると。
逃げたとしても意味がないと知り、少女は部屋の角で蹲るしかなかった。
侵入してきた異物として処分されるのか、それとも嬲りものの玩具にされるのか。逃げ場を失った少女は絶望的な未来しか想像できなくなっていた。
ところが屋敷の住人たちは、蹲る少女のすぐ傍で食事を始めてしまった。
無理やり引きずり出すでもなく、無視して部屋を後にするでもなく、その場に食卓を設けてさも当然のように食事をしている。
攻撃的ではないが、無関心といえるほど冷淡でもない気がする。そんな結城たちの思考が理解できず、少女の頭の中は徐々に困惑が恐怖を圧していた。
そこにもう一つ、少女の精神に割って入ってくる感覚がある。においだ。
食卓に置かれた料理の数々が発する芳しい香りが、空腹の少女の鼻腔に入り込み、精神ともどもくすぐっていた。
どんなに気にしないように努めても、シーツの隙間から香りは流れ込んでくる。それを吸い込むたびに、また腹の音が『グウ~』と鳴る。
少女の心の中で、いよいよ恐怖より食欲が勝りつつあった。そんな時、シーツの隙間から少女の鼻先にスプーンがすっと伸びてきた。
「!?」
驚愕して身をビクリと震わせたものの、それ以上のリアクションが取れなくなった。スプーンの上にこんもりと載っているリゾットのにおいが、あまりにも魅力的だったからだ。
あるいは罠かもしれない。毒が入っているかもしれない。そう思わなかったわけでもないが、目の前で香ばしさと温かさを発するスプーンを前に、ついに少女は警戒心も忘れ去った。
「あむっ!」
スプーンのつぼごと食べる勢いで、少女はリゾットをぱくりと口に含んだ。
「よし釣れた」
途端、口の中にあったスプーンが引っ張られ、つられて少女の顔がシーツから引っ張り出された。スプーンの柄を持っていたのは結城だった。
「やっと顔を見せてくれたね」
少女と目が合った結城は口角を上げた。当の少女の方は、食べ物にまんまと釣られた気恥ずかしさからか、みるみる顔が赤くなっていった。
「っ!」
スプーンから口を離した少女は、すぐさまシーツの中に顔を引っ込めてしまった。
「ありゃ」
結城はせっかく釣った魚を取り逃したような気になったが、またスプーンにリゾットを載せてシーツの中に差し入れた。
「もう一回食べてもいいよ~」
「……」
なるべく優しい声で話しかけるが、警戒心が再発したのか、少女は押し黙ってしまった。
同じやり方では食べてくれないかと思った結城は、作戦を少し変えることにした。
「じゃあこれは僕が食べちゃおうかな~」
これみよがしにスプーンをゆっくりゆっくりと下げようとする結城。
「シロガネ特製のリゾットはおいしいんだけどな~」
あえて聞こえるようにしてシーツの上から声をかける結城。もちろん少女にも聞こえている。
明らかに誘っていると少女も理解していたが、シーツの中に漂うリゾットの残り香、口内の味覚が憶えている肉と野菜の風味が、またも警戒心に揺さぶりをかける。
「誰も食べないなら僕が食べちゃおうかな~」
その言葉を聞いてしまった少女は、もはや考えるよりも前に顔を上げていた。勢いでシーツは背中まで捲れ上がった。
「はいどうぞ」
少女が顔を出したのを見計らって、結城は二杯目のスプーンを少女の口元に持っていった。少女は反射的にスプーンをぱくりと口に含み、再び気恥ずかしさで赤くなった。
「こんなところで丸まっていないでさ、こっちに来て食べようよ。おいしいものたくさんあるから」
口内のリゾットを租借しながら、少女は結城の顔を見た。柔和に微笑む結城からは、敵意も害意も感じ取れなかった。
恐怖心と警戒心が薄れた状態で、改めて目の前の青年を見る。どこまでもだたの人、というのが少女の見解だった。
「ほら、こっちこっち」
結城がスプーンで指し示す先、座卓の上にはシロガネの用意した色とりどりの朝食が並べられていた。
相変わらず人外の存在たちは恐ろしいが、危害を加えてくる様子ではなし、結城と一緒なら大丈夫かもしれないと、少女はのそのそと結城の隣に着いた。
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