小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

キャプチャーその1

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「な~るほど~、そんなことが」
 カウンターの中で注文された品々を用意しながら、カメーリアはアテナからクロラン来訪の経緯を聞いていた。
「小林くんと一緒にベッドで、ねぇ」
「カメーリア、そこは重要ではありません」
 ニヤニヤしながら結城ゆうきを見つめていたカメーリアに、アテナは少し鋭い視線を放った。
「もう! ちょっと妄想するぐらいで。アテナ様のいけずさん」
「ユウキ以外でなさい」
「はいはい。それで、わたくしに何をしろと? 聞いた限りでは私の出る幕はなさそうですけど?」
 カメーリアに問われ、アテナは一息吐いてから口を開いた。
「先日、クロランの心を読もうと試みました」
 昨日、クロランが古屋敷ふるやしきの面々に慣れてきたところで、アテナはクロランの精神に触れてみることにした。結城がすぐ傍にいるならば、クロランもアテナが肌に触れてくるのは拒絶しなかったからだ。
 額を軽く触れ合わせ、クロランが古屋敷に来た理由を、アテナは記憶や意識から直接探ろうとしたのだが、
「しかし、『阻まれた』のです」
 アテナはクロランの精神に触れることは適わなかった。
「阻まれた?」
「クロラン自身が拒んでいるのではなく、その前に『何か』が私の力を妨げてきました」
「神様の力を退けてしまうほどの『何か』、ですか。それはつまり―――」
「そう。『神』、もしくはそれに準ずる存在が関与しているということです」
 常ならば、アテナの読心は相手がよほど心を閉ざしているか、恐慌状態でもなければ失敗することはない。それらの条件に当てはまらず、且つ妨げてしまうものがあるとすれば、アテナに対抗できる存在が背後に控えているに他ならない。
 そのことに気付いたからこそ、アテナはクロランが古屋敷に来る前、どこにいて何があったのかを、非常に警戒していた。
 事によっては結城を、神と神のいさかいに巻き込みかねない状況に追い込んでしまうからだ。
「ん~、やっぱりわたくしの出る幕はなさそうですけど? 神様が手を焼くものを私が解決できるとはとてもとても」
「あなたの『術』で、妨げているものを透過することはできますか? カメーリア」
 サイフォンの下のアルコールランプに手を伸ばそうとしたカメーリアが、一瞬動きを止めた。だが、すぐにランプにカバーを被せて火を止めた。
「アテナ様、わたくしの『術』は大局的には『化学』や『薬学』とそう変わりませんのよ? 神様の力をひらりとかわすなんて、そんな大それたこと―――」
「神が相手だからこそ、通用する術というものがあります。通常の『化学』や『薬学』と、あなたが扱うそれは同一ではありません。使い方によっては神すら欺く」
「ご冗談を。そんな神様の眼も盗めるような力など、わたくしにはございませんことよ」
「ですが、少なからず興味はあるはず。そしてあなたは、すでに時間の神クロノスの眼を盗み、こうして今も地上に息づいている」
「……」
 そこまでアテナが言うと、カメーリアは目を閉じて沈黙した。返す言葉がなかったのではない。カメーリアの脳内では、どのようにすれば最上の結果に辿り着けるかという思考が、せわしなく飛び交っていた。
 その間2秒。幾つかの方法は思い立ったが、まずはくだんの少女、クロランを詳しく診る必要があった。
「すぐにお答えすることはできませんわね。でもひとまずは、ご注文の品々をご賞味いただいて、お話はその後で」
 トレーに注文のあった軽食を全て載せ終わったカメーリアは、カウンターから出て結城たちのボックス席にゆったりと歩いてきた。
 結城の側にアップルジュースとキャラメルパフェを、アテナの側に特製チーズケーキとココナッツミルクドリンク、そしてステーキ皿に盛られたグリルフランクフルトを、それぞれ丁寧に並べていった。
「アテナ様のコーヒーもすぐにお持ちしますわね」
 最後にコーヒーカップとサイフォンを取りに、カメーリアは再びカウンターへ入っていく。
「ゆうき、ゆうき! たべていい?」
 『いただきます』が待ちきれないのか、媛寿えんじゅはもうパフェ用のロングスプーンを構えていた。
「もう少し待って、媛寿。アテナ様のコーヒーもすぐに来るから」
「はっやく、はっやく」
 ウキウキとしながらスプーンを付ける瞬間を待ちわびる媛寿。対してクロランは『砂の魔女』特製のキャラメルパフェを物珍しそうにまじまじと見つめていた。
「クロラン、パフェ見たことないの?」
 結城がそう聞くと、クロランは首を縦に振った。
「くろらん! これ! これ!」
 媛寿がクロランにもロングスプーンを手渡してきた。クロランはスプーンをおずおず受け取ると、それも色々な角度から観察していた。
「パフェの器は深いから、そのスプーンで食べるんだよ」
「っ!」
 結城の説明で、クロランは納得した様子だった。媛寿ほどではないが、大体のことを把握したところで、クロランもパフェを口にする瞬間に目を輝かせ始めた。
「お待たせいたしました」
 ちょうど良いタイミングで、カメーリアがカップとサイフォンを持って戻ってきた。テーブルに置いたカップに、小気味良い水音を立ててコーヒーが注ぎ込まれる。
「それでは、どうぞ」
 カメーリアに促され、それぞれがカトラリーを手に取る。
「ありがとうございます、カメーリアさん。それじゃあ、いただきま―――」
 結城が『いただきます』を言い終わろうとした時、結城以外の不穏な気配を感じた全員が顔を強張らせた。
 直後、『砂の魔女』の店内に爆炎が拡がった。

『砂の魔女』の店外には、三人の男が佇んでいた。
小玉鼠こだまねずみは予定通り起爆した」
 そのうちの一人が、もうもうと黒煙が立ち込める店内を見つめながら言った。顔の定位置にある双眸だけでなく、額、頬、顎に浮かんだ眼球を蠢かせながら。
 それどころか、ダメージファッションで露出した肌のいたるところから、ぎょろりと人の眼が覗いていた。
 そして、その両側に佇む二人の男も、複眼の男の異様を気にも留めていなかった。
「じゃ、百田ももた、あとはお前が回収してこい」
「は? なんでボクが?」
 複眼の男、百田は指図してきた男を睨みつけた。
「お前ならあの煙の中でもえるだろ。飢島うえしまを行かせると転がってるもの全部食い散らかすだけだ」
 百田は横にいる飢島に目をった。猛犬用のマウスピースに似た器具を顔面に着けた飢島は、ひっきりなしに荒い呼吸を繰り返していた。
「ちっ! 分かったよ、門山かどやま
 飢島の状態を鑑みた百田は、渋々と店内へと向かっていった。
 まだぎりぎり位置を保っていた扉を蹴り飛ばすと、内側に付けられていたカウベルがカラカラと鳴った。
 少し時間は経ったが、まだ店内は煙が立ち込めて視界が悪い。常人なら方向感覚も失うような状況でも、百田は瓦礫を避けながら、苦もなく目的の位置まで辿り着いた。
「煙いしっさいな。さっさと回収して帰ろ―――」
 ボックス席の上に積もった瓦礫を除けようとした時だった。百田が手を出す前に、瓦礫が散り散りに吹き飛んだ。
 そこから出てきたのは、『ごひゃくまんきろ』と書かれた掛け矢ハンマーを振りかぶった着物の少女と、右の拳を大きく振り上げた金髪の美女だった。
「は―――ぐげごっ!」
 目の前で何が起こったのか認識する間もなく、百田は頭頂に掛け矢と拳骨ゲンコツを食らい、顔面から瓦礫に叩きつけられた。
「媛寿のキャラメルパフェ……」
「私の特製チーズケーキを……」
「どうしてくれる!」「どうしてくれますか!」
 事態を全く飲み込めないまま叩き潰された百田に、媛寿とアテナは同時に怒声を浴びせかけた。主に食べ物の恨みを。
「あとお店を弁償なさいな」
 さらに追い打ちとばかりに、カメーリアがサイフォンに入った熱々のコーヒーを静かに垂らした。
「うぅ……」
 それによってわずかに残っていた百田の意識は完全に途絶えた。
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