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豪宴客船編

キャプチャーその2

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「ちっ! 百田ももたの奴なにしてやがんだ」
 『砂の魔女』の外で待つ門山かどやまは、百田の帰還が遅いことに苛立ち、踵で軽い貧乏揺すりをしていた。
「たかがガキ一匹持ってくるだけで」
「ガアッ!」
飢島うえしま、おとなしくしてろ。面倒かけさせんな」
 まだ煙で視界の悪い店内に歩みだそうとした飢島を、門山が制止させた。
「慌てなくても死体はくれてやる。まずはガキだけ先に連れ出すんだよ」
 そう言いながら、門山は『砂の魔女』を苦々しげに睨んだ。
 百田がドアを蹴り飛ばして中に侵入してから、まだ二分と経っていない。それなのに、門山の苛立ちは最高潮ぎりぎりまで達しようとしていた。
 『処置』を受けてから苛立つことが多くなったと門山も感じていたが、想像以上のメンタルの変化に当人も少々困惑していた。もっとも、その困惑すらも苛立ちがどんどん侵食していっているのだが。
 気持ちを紛らわすために、ジャケットの内ポケットからタバコを取り出し、ジッポで火を点けようとした直前だった。
 突如、轟音と小さな地響きが、店内から伝わってきた。
「? 何だ?」

「Sω1←(間一髪だったな)」
 マスクマンはボックス席のテーブルを持ち上げながら立ち上がった。テーブルの下にはシロガネ、クロラン、そして事態が飲み込めずキョトンとしてジュースのグラスを持った結城ゆうきがいた。
「な、何? 何がどうなったの?」
「『こだまねずみ』でばくげきされた」
 結城が瓦礫と爆煙に満ちた店内を見回していると、いつの間にか媛寿えんじゅがグラスに差さったストローに口を付けてジュースを吸っていた。
「『こだまねずみ』って?」
「あれ」
 結城のアップルジュースを飲み干した媛寿は、ある方向を指差した。
 結城が目を凝らすと、積もった瓦礫の一部とともに、空気の抜けた風船のようになったネズミらしき生物の死骸があった。
「『小玉鼠こだまねずみ』。東北地方に伝えられる山の妖怪で、人に出会うと身体を破裂させると言われてますわ。わたくしも興味があって一度見に行ったことがありますけど、酷い目に遭いました。私も周りも血と臓物だらけにされましたもの」
 カメーリアはネズミの死骸を観察しながら説明していった。どうやら店の爆発はその『小玉鼠』という妖怪によって引き起こされたらしい。
「でもおかしいですわね。『小玉鼠』は確かにすごい音を立てて破裂しますけど、こんな爆発力まで持っているわけでは……」
「カメーリア、それよりも今はこの煙をけていただけますか?」
 カメーリアの考察を遮ってアテナが言った。
「アテナ様が腕を一振りすれば済むと思いますわよ。わたくしが何をすることもなく」
「それでは店まで余計に破壊してしまいます。これ以上の損壊はあなたも望まないのでは?」
 アテナにそう言われ、カメーリアは口をへの字に曲げたが、やがて溜め息を吐いて立ち上がった。
「おっしゃるとおりですわね。でもよろしいのでしょうか? せっかく相手からも視界が遮られている好機ですのに」
「神の憩いの時間を妨げるような不届き者は、正面から完膚なきまでに鉄槌を下すのが、戦女神わたしの流儀です」
「えんじゅも!」
「ワタシ、も」
 アテナの実行宣言に、媛寿が賛同し、さらにはシロガネも加わった。
 古屋敷ふるやしきの中で絶対に怒らせてはいけない三柱が立ち上がったことに、結城は戦慄を覚えつつ、襲撃者たちに激しく同情した。
 絶対にとんでもない目に遭わされる、と。そしてすでにやられてしまった百田は、三柱の足元で踏んづけられている。
「ユウキ、あなたはクロランを守りなさい。マスクマン、店内は任せました」
「は、はい!」
「OΧ。NΠ5(分かった。やりすぎるなよ)」
「ではカメーリア、お願いします」
「はいはい。仰せのままに」
 カメーリアは足元に黒いゴミ袋を広げると、おもむろにマーメイドドレスのスカートを持ち上げた。
「わっ!?」
 カメーリアの大胆な行動に結城が驚く中、カメーリアは気にせず太腿のバンドに挟んだ短い杖を取り出した。左手にはいつの間にか『vacuum status』とラベルの付いた試験管を持っている。
 杖を軽く前にかざしたカメーリアは、
ventusウェントゥス
 と唱えた。
 途端、杖の先を中心に、周囲の空気が集まり始めた。同時に立ち込めていた煙と、舞っていた塵芥も、空気の流れに乗って集まってくる。
 渦巻く空気は地球儀ほどの大きさの球状になり、煙と塵が溜まるごとにどんどん黒く染まっていった。
 やがて墨のように真っ黒な球が出来上がると、その頃には店内を覆っていた煙も塵も綺麗に消え去っていた。
releaseレリーズ
 再びカメーリアが唱えると、黒い球体は形を失い、直下に用意されていたゴミ袋に流れるように収まった。
「はい、お掃除完了」
 最後にゴミ袋の口を閉じて、カメーリアは爆煙を見事に片付けてしまった。
「感謝します、カメーリア。あとは私たちが、あなたの店の仇を討ってまいりましょう」
「コーヒーでも淹れ直してお待ちいたしますわ」
 そう言ってカメーリアは、ゴミ袋を持って瓦礫の積もったカウンターに入っていった。

 門山は連続して起こる不可解な現象に眉根をひそめた。
 まず百田が店内に侵入してから戻って来ず、謎の衝撃と地響きがあったこと。
 そして『砂の魔女』からもうもうと立ち上っていた爆煙が、いきなり綺麗さっぱりと消え去ったことだ。
 店の中は『小玉鼠』によって爆破され、客も店主も始末できたはずだった。あとは指示されたターゲットを連れて戻ればいい。それだけのはずだった。
 だが、すでに事態は門山の想定とはかけ離れていた。
(何か妙なヤツでもいやがるのか?)
 背筋に得体の知れない感覚が奔り、門山は火を点けようとしていたタバコを紙箱に戻した。
 そうしていると、ドアがあったスペースから、外に出てくる者が三人いた。
 一人は毛筆で『ごひゃくまんきろ』と書かれた掛け矢ハンマーを担いだ、桜色の着物を着た小柄な少女だった。眉を吊り上げ、口をへの字に曲げて、いかにも不機嫌な表情をしている。
 二人目は金髪のロングヘアーに青い瞳を称えた美女だった。ノースリーブのブラウスにタイトなデニムとシンプルな装いだったが、それだけに素の美貌がより際立っている。こちらも表情が険しい。
 三人目は上のカチューシャから下のブーツまで、さらには髪や肌の色まで真っ白なメイド服の少女だった。先の二人と違い完璧な無表情だが、目が異様な冷たさを放っているので、こちらも機嫌が悪いことが窺える。
(……何だ、あいつら)
 門山は『砂の魔女』から出てきた三人を訝しんだ。もし店内から姿を見せたのが、屈強な戦士然とした男だったなら、特に疑問は持たなかっただろう。それが出てきたのはとても屈強とは言いがたい三人だったため、門山は状況に軽く当惑した。
 とはいえ、多少の障害があろうと仕事は遂行しなければならず、それが『力』を与えられた代わりの条件でもある。立ち塞がるのはただの女三人と判断した門山は、気を取り直して任務を続行することにした。
「おい―――」
「お前かぁー!」
 二車線道路を挟んだ向かい側に立つ門山を見つけると、媛寿は相手が何か言うよりも先に声を張り上げた。
「媛寿のキャラメルパフェぶっとばした奴!」
(キャラメルパフェ? なに言ってんだ、あのガキ)
「お前もキャラメルパフェとおんなじにぶっとばしてやる!」
「エンジュ、少し落ち着きなさい」
 アテナは媛寿がブンブンと振り回していた掛け矢を手で止め、門山にすっと目を向けた。
「処断する前に言い分に耳を傾けることも肝要です。情状酌量の余地があるやもしれません。砂一粒程度には」
 媛寿のようにおおっぴらに怒りを露にしていないが、アテナも相当に怒り心頭の様子だった。むしろ、氷のように冷たい視線が恐い。
「この店に危害を加えた理由を窺いましょうか」
 アテナは二人並んでいたうち、マウスピースにアロハシャツの男ではなく、マーブル色のジャケットを着た男に問いかけた。
(さっきから何なんだ、こいつらは。チッ、ダルイな)
「どうだっていいだろ、そんなことは。それより赤毛のガキがいるはずだ。そいつを渡せば何もしねぇで引き揚げてやる。さっさと出せ」
 門山の返答に、アテナの片眉がわずかに動いた。誰にも気付かれない程度だったが。
「フランクフルト、切れなかった」
 ぽつりと呟きながら、シロガネが一歩前へ出た。
「切れなかった、代わりに」
 シロガネはエプロンドレスの裾を上げ、ガーターベルトに差してあった二本の山刀マチェットを抜いた。
「お前たちの、フランクフルト、切る」
 山刀の切っ先を門山たち――の股間――に向け、宣言するシロガネ。どうやらグリルフランクフルトを台なしにされたことを根に持っているらしい。
「シロガネ、もう少し抑えておきなさい。止めたりはしませんので」
 アテナはシロガネを宥めると、再度、門山に向き直った。
「述べ立てることはそれで終わりですか?」
「そっちこそ! さっさとガキを出せば見逃してやるっつってんだよ! ったく、ダリぃな! ガキだけ置いてとっとと失せろ、このアマ!」
 門山の暴言に、またもアテナの片眉が動いた。後ろで瓦礫の陰から見ていた結城は、背筋が凍る思いをしていた。門山はアテナが一番嫌いなタイプだった。そういう相手には、アテナは一切容赦がなくなることを、結城はよく知っている。
「渡さねぇってんなら、もういい! おい、飢島!」
 門山はジャケットの内ポケットから、小さな鍵を出して飢島に投げ渡した。
「クソガキと白メイドを食え! 俺はあの金髪のアマをボコる!」
 拘束具マウスピースごしに飢島はニヤリと微笑わらい、右頬のあたりにあった鍵穴に鍵を差し込んだ。
 顔面の拘束を解かれた飢島の口元には、不揃いな大きさの歯が伸びていた。かなり噛み合わせが悪そうではあるが、長さも太さも常人の倍はあり、且つ人間のものとは思えないほどに鋭い。
「シャアアッ!」
 媛寿とシロガネに狙いを定めた飢島は、剥き出した歯から涎を大量に滲ませていた。
「……きちゃない」
「下、品」
 飢島の様相に嫌悪感を抱くも、それが一層、媛寿とシロガネの怒りに油を注いだ。
「エンジュ、シロガネ、あのケダモノのような男をお願いします。私はあの悪趣味な服装の男を仕留めます」
「わかっ、た」
「あてなさま、えんじゅ、どっちもぶったたきたい!」
「分かりました。機会は作りますが、まずはあのケダモノからになさい」
「よ~し!」
 アテナからの承諾を得た媛寿は、やる気充分に掛け矢をぶんぶんと振り回した。
「さぁ、神罰の時間です」
 静かな怒りを内に秘め、アテナは拳を鳴らして臨戦態勢に入った。

 一方、『砂の魔女』の店内からは、結城が戦々恐々と様子を見守っていた。
「だ、大丈夫かな」
「GΘ4↓。S☆3→NY?(行ってもいいが絶対巻き添え食うぞ。ああなったアテナたちが止まらねぇのは、お前も知ってるだろ)」
「うっ……そ、そうだね」
 マスクマンに諭され、結城はゆるゆると瓦礫の陰に引っ込んだ。
「小林くん、アップルジュースのおかわりはいかが?」
「あ、ありがとうございます」
 いま出て行くとあらゆる意味で危ないので、結城はとりあえずカメーリアから勧められたジュースのおかわりをいただくことにした。 
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