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豪宴客船編
突然の訪問者その1
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「ふっひ~」
部屋に辿り着くなり、結城は頭からベッドに倒れこんだ。黄金男爵とのルーレット勝負の後、何とか意識を取り戻した結城は、媛寿とクロランを伴って自室に帰ることにした。一千万円という大金を賭けた大勝負の後では、もはや結城の一般人的な神経は擦り減りきってしまっていたからだ。
マスクマンとシロガネはそれぞれで用があったらしく、カジノで別れてきた。
そして今、結城は緊張と混沌の数時間から解放され、ようやくオアシスたる自室でひと心地つくことができた。
「ゆうき、だいじょうぶ?」
ベッドの上でうつ伏せで脱力する結城を心配して、媛寿がそっと顔を覗いてきた。
「うん。大丈夫だよ、媛寿。ちょっと疲れただけ」
結城は首だけを動かして、顔を覗き込んできた媛寿に視線を合わせた。少し心配そうにしている媛寿の顔が映る。
(それにしても……)
結城はベッド脇に放り出されている物に視線を向けた。
(どうしよう……これ……)
部屋のカードキーにして、船内のクレジットカードも兼ねた黒いカードだった。中には今夜のカジノでの勝ち分、総額二千万円が入っている。
恵比須の提示した依頼料は五百万円プラスα。プラスαはカジノで儲けた分をそのまま懐に収めていいという条件だ。
媛寿がカジノに興味津々だったので、大体のことは覚悟していくつもりだったが、これほどに予想を大きく上回る結果になってしまった。
金銭感覚が一般人レベルの結城が、二時間にも満たないうちに二千万円も手に入れてしまうと、それこそ目玉がスロットマシンのように後ろに回ってしまいそうだった。
(それとあの仮面の人は何だったんだろう)
結城は一千万円のルーレット勝負を挑んできた黄金男爵のことを思い出していた。
他の挑戦者とは明らかに違う上に、媛寿が座敷童子であることも見抜いていたようだ。
そして冷静になって思い返してみれば、特に勝利にこだわっていた様子もない。
いったい何のために一千万円もポンと賭けてきたのか。
おそらく上流階級の人間であろう黄金男爵の考えが、結城は到底理解できずにもやもやとしていた。
「ゆうき、コーラのむ?」
いつの間にか媛寿は、部屋に備え付けてある冷蔵庫から、コーラの缶とグラスを持ってきていた。それを結城にそっと差し出してくる。
媛寿の表情は先程よりも心配の色が濃くなっていた。どうやら相当思いつめた顔をしていたために、媛寿を不安にさせてしまったと、結城は心の中で自省した。
「ありがとう、媛寿。もう大丈夫だよ」
結城はベッドから起き上がり、軽くガッツポーズをして見せた。
「ほんと?」
「うん、ほんとほんと。そのコーラ、みんなで飲もうよ」
ここで深刻に考えても仕方ないと思い直し、結城は媛寿とクロランの分のグラスを用意するために立ち上がった。
「ふっひゅ~」
結城、媛寿、クロランの三人でコーラを分けて乾杯した後、媛寿は結城の胸板を背もたれにして座り、お腹を撫でられて気持ち良さそうに息を吹いた。時折『けぽっ』と炭酸のげっぷをしながら。
(この船がすごいのは確かだけど、それで僕が参っちゃって、媛寿に心配かけさせちゃいけないよね。気をつけないと)
膝の上に座って脱力する媛寿のお腹を撫でながら、結城は心構えを新たにした。
座敷童子である媛寿は、気持ちが沈んだり、機嫌が傾けば、それが能力に影響して不運をもたらすことがある。
そのために結城は媛寿の心の変化に気を配ることもあるが、それ以上に、媛寿に悲しい顔をしてほしくないという思いがあった。
アテナと同等に自由奔放で、振り回されることも多々ある。しかし、いつも目を輝かせながら結城の名を呼び、面白いことに共に引っ張っていこうとする媛寿の姿勢に、結城もまた少なからず心が躍っていた。
媛寿にはそうであってほしいと願いつつ、そんな媛寿を見ていなければ、結城も調子が出ない。
四柱の神霊たちの中で、結城が最初に出逢い、そして最も付き合いの長いこの座敷童子の少女こそが、あながち一番相性の良い存在なのかもしれない。
安心しきってもたれてくる媛寿の顔を見ながら、結城はそう考えていた。
「ん?」
ふと視線を感じて横を見ると、クロランが媛寿をじっと見つめていた。正確には媛寿のお腹を撫でている結城の右手と、お腹を撫でられて気持ち良さそうにしている媛寿の表情を、だが。
おまけにクロランは右手の人差し指の先を咥え、物欲しそうな、羨ましそうな目をしている。
結城は媛寿とクロランを何度か交互に見た後、
「クロランもしてほしいの?」
と聞いてみた。
クロランはこくこくと頷いた。頭の獣耳は期待の表れなのか、ぱたぱたと開いたり垂れたりを繰り返している。
「いいよ。してあげる」
「っ!」
結城がそう答えると、クロランは獣耳をぴんと立て、結城が座るベッドのすぐ横に仰向けに寝転がった。
(へ? なに?)
クロランの取った行動に一瞬戸惑った結城だったが、すぐにその意味が解った。クロランは両手を胸のあたりで組んで、結城に期待の眼差しを向けてきている。
この体勢で撫でてほしいということだ。
結城は心の中で少し面食らいつつ、空いている左手を伸ばし、クロランのお腹を上下に撫でた。
「くひっ……くひゅ……」
くすぐったいのかクロランは身をくねらせるが、どこか嬉しそうな表情で、そこから逃げるようなことはしない。
まるで犬のお腹を撫でているようだ、と結城は思ったが、いかんせん相手は犬ではなく少女である。
(何だかすっごくイケナイことしているような気がする……大丈夫なのかな、これ?)
とてつもない違和感に圧し掛かられながら、結城は媛寿とクロランが眠ってしまうまで、二人を撫で続けた。
「くぅ……くぅ……」
「すぅ……すぅ……」
結城にお腹を撫でられていた媛寿とクロランは、よほど心地よかったのか、すっかり眠ってしまっていた。
媛寿は両手を投げ出した大の字で、クロランは軽く背を曲げた胎児のような姿勢ですやすやと寝息を立てている。
ベッドで平和に眠る二人を見ながら、結城はその微笑ましさに頬を緩めた。
「可愛らしいですね~」
「ええ、とても」
「可愛らしいからって~、変な悪戯しちゃいけませんよ~?」
「いや、媛寿とクロランにそういうことは……」
「じゃあ結城さんは~、どういう娘が好みなんですか~?」
「え? それは……アテナ様や千夏さんみたいに美人でスタイルのいい人が……」
「む~、それじゃあ~、私ではグッときませんか~?」
「いえ、もちろんキュウ様も美人でスタイルがいいんですけど……あれ?」
結城はあまりにも自然に会話していたが、いったい誰と話しているのかと疑問が生じ、ゆっくりと声がした方に顔を向けた。
キングサイズのベッドの脇で、縁にファーをあしらった扇をはためかせているのは、九本の尻尾こそ見当たらないが、見間違えるはずもない。ウェーブのかかった金色の髪と、そこに頂く狐耳。そして見る者を惹き込むような妖しい魅力を持つ瞳。
金毛稲荷神宮の主にして、伝説の妖狐、白面金毛九尾の狐ことキュウだった。
「キュ、キュウ様!?」
「コンばんは~」
音もなく霧のように部屋に現れたキュウは、扇で軽く結城に風を送りながら、にっこりと微笑んで挨拶してきた。
部屋に辿り着くなり、結城は頭からベッドに倒れこんだ。黄金男爵とのルーレット勝負の後、何とか意識を取り戻した結城は、媛寿とクロランを伴って自室に帰ることにした。一千万円という大金を賭けた大勝負の後では、もはや結城の一般人的な神経は擦り減りきってしまっていたからだ。
マスクマンとシロガネはそれぞれで用があったらしく、カジノで別れてきた。
そして今、結城は緊張と混沌の数時間から解放され、ようやくオアシスたる自室でひと心地つくことができた。
「ゆうき、だいじょうぶ?」
ベッドの上でうつ伏せで脱力する結城を心配して、媛寿がそっと顔を覗いてきた。
「うん。大丈夫だよ、媛寿。ちょっと疲れただけ」
結城は首だけを動かして、顔を覗き込んできた媛寿に視線を合わせた。少し心配そうにしている媛寿の顔が映る。
(それにしても……)
結城はベッド脇に放り出されている物に視線を向けた。
(どうしよう……これ……)
部屋のカードキーにして、船内のクレジットカードも兼ねた黒いカードだった。中には今夜のカジノでの勝ち分、総額二千万円が入っている。
恵比須の提示した依頼料は五百万円プラスα。プラスαはカジノで儲けた分をそのまま懐に収めていいという条件だ。
媛寿がカジノに興味津々だったので、大体のことは覚悟していくつもりだったが、これほどに予想を大きく上回る結果になってしまった。
金銭感覚が一般人レベルの結城が、二時間にも満たないうちに二千万円も手に入れてしまうと、それこそ目玉がスロットマシンのように後ろに回ってしまいそうだった。
(それとあの仮面の人は何だったんだろう)
結城は一千万円のルーレット勝負を挑んできた黄金男爵のことを思い出していた。
他の挑戦者とは明らかに違う上に、媛寿が座敷童子であることも見抜いていたようだ。
そして冷静になって思い返してみれば、特に勝利にこだわっていた様子もない。
いったい何のために一千万円もポンと賭けてきたのか。
おそらく上流階級の人間であろう黄金男爵の考えが、結城は到底理解できずにもやもやとしていた。
「ゆうき、コーラのむ?」
いつの間にか媛寿は、部屋に備え付けてある冷蔵庫から、コーラの缶とグラスを持ってきていた。それを結城にそっと差し出してくる。
媛寿の表情は先程よりも心配の色が濃くなっていた。どうやら相当思いつめた顔をしていたために、媛寿を不安にさせてしまったと、結城は心の中で自省した。
「ありがとう、媛寿。もう大丈夫だよ」
結城はベッドから起き上がり、軽くガッツポーズをして見せた。
「ほんと?」
「うん、ほんとほんと。そのコーラ、みんなで飲もうよ」
ここで深刻に考えても仕方ないと思い直し、結城は媛寿とクロランの分のグラスを用意するために立ち上がった。
「ふっひゅ~」
結城、媛寿、クロランの三人でコーラを分けて乾杯した後、媛寿は結城の胸板を背もたれにして座り、お腹を撫でられて気持ち良さそうに息を吹いた。時折『けぽっ』と炭酸のげっぷをしながら。
(この船がすごいのは確かだけど、それで僕が参っちゃって、媛寿に心配かけさせちゃいけないよね。気をつけないと)
膝の上に座って脱力する媛寿のお腹を撫でながら、結城は心構えを新たにした。
座敷童子である媛寿は、気持ちが沈んだり、機嫌が傾けば、それが能力に影響して不運をもたらすことがある。
そのために結城は媛寿の心の変化に気を配ることもあるが、それ以上に、媛寿に悲しい顔をしてほしくないという思いがあった。
アテナと同等に自由奔放で、振り回されることも多々ある。しかし、いつも目を輝かせながら結城の名を呼び、面白いことに共に引っ張っていこうとする媛寿の姿勢に、結城もまた少なからず心が躍っていた。
媛寿にはそうであってほしいと願いつつ、そんな媛寿を見ていなければ、結城も調子が出ない。
四柱の神霊たちの中で、結城が最初に出逢い、そして最も付き合いの長いこの座敷童子の少女こそが、あながち一番相性の良い存在なのかもしれない。
安心しきってもたれてくる媛寿の顔を見ながら、結城はそう考えていた。
「ん?」
ふと視線を感じて横を見ると、クロランが媛寿をじっと見つめていた。正確には媛寿のお腹を撫でている結城の右手と、お腹を撫でられて気持ち良さそうにしている媛寿の表情を、だが。
おまけにクロランは右手の人差し指の先を咥え、物欲しそうな、羨ましそうな目をしている。
結城は媛寿とクロランを何度か交互に見た後、
「クロランもしてほしいの?」
と聞いてみた。
クロランはこくこくと頷いた。頭の獣耳は期待の表れなのか、ぱたぱたと開いたり垂れたりを繰り返している。
「いいよ。してあげる」
「っ!」
結城がそう答えると、クロランは獣耳をぴんと立て、結城が座るベッドのすぐ横に仰向けに寝転がった。
(へ? なに?)
クロランの取った行動に一瞬戸惑った結城だったが、すぐにその意味が解った。クロランは両手を胸のあたりで組んで、結城に期待の眼差しを向けてきている。
この体勢で撫でてほしいということだ。
結城は心の中で少し面食らいつつ、空いている左手を伸ばし、クロランのお腹を上下に撫でた。
「くひっ……くひゅ……」
くすぐったいのかクロランは身をくねらせるが、どこか嬉しそうな表情で、そこから逃げるようなことはしない。
まるで犬のお腹を撫でているようだ、と結城は思ったが、いかんせん相手は犬ではなく少女である。
(何だかすっごくイケナイことしているような気がする……大丈夫なのかな、これ?)
とてつもない違和感に圧し掛かられながら、結城は媛寿とクロランが眠ってしまうまで、二人を撫で続けた。
「くぅ……くぅ……」
「すぅ……すぅ……」
結城にお腹を撫でられていた媛寿とクロランは、よほど心地よかったのか、すっかり眠ってしまっていた。
媛寿は両手を投げ出した大の字で、クロランは軽く背を曲げた胎児のような姿勢ですやすやと寝息を立てている。
ベッドで平和に眠る二人を見ながら、結城はその微笑ましさに頬を緩めた。
「可愛らしいですね~」
「ええ、とても」
「可愛らしいからって~、変な悪戯しちゃいけませんよ~?」
「いや、媛寿とクロランにそういうことは……」
「じゃあ結城さんは~、どういう娘が好みなんですか~?」
「え? それは……アテナ様や千夏さんみたいに美人でスタイルのいい人が……」
「む~、それじゃあ~、私ではグッときませんか~?」
「いえ、もちろんキュウ様も美人でスタイルがいいんですけど……あれ?」
結城はあまりにも自然に会話していたが、いったい誰と話しているのかと疑問が生じ、ゆっくりと声がした方に顔を向けた。
キングサイズのベッドの脇で、縁にファーをあしらった扇をはためかせているのは、九本の尻尾こそ見当たらないが、見間違えるはずもない。ウェーブのかかった金色の髪と、そこに頂く狐耳。そして見る者を惹き込むような妖しい魅力を持つ瞳。
金毛稲荷神宮の主にして、伝説の妖狐、白面金毛九尾の狐ことキュウだった。
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