小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

二日目の朝

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「うぅ……ん……はっ! ア、アテナ様、違うんです! 決して覗こうとしたわけじゃ―――あれ?」
 眠りの中から飛び起きた結城ゆうきは、なぜか自室のベッドで寝ていたことに首を傾げた。
(ど、どうして? 確かシャワーを浴びようとしたら先にアテナ様が入ってて……ん? その前にキュウ様に迫られて……え? あれ?)
 考えれば考えるほど、意識を失う直前の出来事が支離滅裂であり、結城は軽いパニック状態に陥りそうになっていた。キュウがいた痕跡もなく、謎のトロフィーもテーブルになく、そもそも結城の部屋でアテナがシャワーを浴びているというのが辻褄の合わない状況なので無理もないが。
(も、もしかして僕けっこう欲求不満になってるのかな。だからあんな夢を見ちゃった、とか?)
 どう考えても脈絡のないことの連続だったので、結城はいずれも夢であったのではないかと結論付けようとしていた。意識を失っている間の事情を知らないので、これも無理もない。
 部屋を見回すと、室内灯がいらないくらいに明るくなっていた。いろいろあったが、クイーン・アグリッピーナ号での二日目の朝を迎えていた。
 ベッドを見ると、まだ媛寿えんじゅとクロランがすやすやと眠っていた。
 いま乗っている船には、裏の世界に蔓延はびこる悪徳者たちが一同に会している。昨晩はいろいろと振り回されているうちに終わってしまい、それを意識することはなかった。
 だが、一晩経ってから改めて考えると、やはり結城の感覚ではおぞましさや恐怖が出てきてしまい、気が気でない。
 そんな中、二人の穏やかな寝顔は、結城にとって心の癒しとも呼べるものだった。
(この船に乗ってるのは、たぶん誰も彼もが『いい人』とは言えないんだろうな。気を付けていかなくちゃ……あれ?)
 結城はふと、カジノで会った黄金男爵ゴールド・バロンのことを思い出した。
(昨日は緊張しててそれどころじゃなかったけど、あの人どこかで会ったことがあるような……)
 仮面で顔は判然としなかったが、結城は黄金男爵の声と体格に見覚えがある気がしていた。それも割と最近に。
「う~ん……」
「目を覚ましましたか、ユウキ」
「っ!?」
 ベッドに座って考え込んでいた結城は、唐突に聞こえてきた声の方を、半ば反射的に向いた。
 よく聞き慣れた声の主は、やはりアテナだった。それはまだいい。
 問題だったのは、アテナがシャワー室から出てきて、髪をバスタオルで拭きながら結城の傍に歩いてきたことだった。一糸纏わぬ姿で。
「ア、アテナ様!? なんで!? どうして!? 何して!?」
 まともに見てしまうと鼻血を吹きそうになったので、結城は慌てて顔を背けた。
「なぜと問うならば、私がこの部屋に泊まったからです。何をしているかと問われれば、朝の湯浴みをしていたのです」
「そ、そうじゃなくて! そもそも何で僕の部屋で寝泊りしてたんですか! アテナ様の部屋ちゃんとあったはずですよね!?」
「……あなたを守護するためです、ユウキ。この船には『よからぬ者』が乗っていますから」
 それ自体は嘘ではないが、アテナとしては昨夜のキュウの一件は、あまり結城の耳に入れるべきではないと考えていた。詳しい内容を話して結城がショックを受けないようにという配慮だった。
「ふあぁ~」
 結城が騒いでいたせいか、体を起こした媛寿は寝惚けまなこで小さくあくびをした。
「おはよ~、ゆうき~。あれ? あてなさま、なんで~?」
 目を擦りながら結城に挨拶すると、媛寿もまた当然の疑問を口にした。
「僕たちが寝てる間、アテナ様が守ってくれてた……らしい?」
「ふ~ん……あっ、くろらんもはやくおきる」
「うぅ……むぅ……」
 結城の返答にあまり興味なさそうな媛寿は、横で寝ていたクロランに気付いて起こしにかかった。なぜか胸を揉みしだいて。
「媛寿、その起こし方どうなの?」
 どうにも複雑な気分になっている結城をよそに、クロランもようやく目を覚ました。
「ユウキ。起きて早々ですが、この書面にサインをしてもらえますか?」
「え? 書面?」
 バスタオルを体に巻いたアテナは、バインダーに収まった一枚の書類を結城に差し出した。
「いまの私はあなたの従者という扱いになっているので、決定権のあるあなたの許可が必要なのだそうです。その書面の一番下の欄にサインをしてください」
「一番下の……と、ここですね」
 書類下部にあったnameという字の横にある欄を確認し、結城はバインダーに付属していたボールペンで名前を書いた。
「これでいいんですか?」
「……確かに。ユウキ、感謝します」
 結城からバインダーを受け取り、サインを確認すると、アテナは上機嫌に微笑んだ。
「あの~、それっていったい何が書いてあるんですか? 英語で書かれてるから内容が―――」
 書類の内容について聞こうとしていた結城だったが、
「あっ!」
 突然聞こえた媛寿の声に遮られてしまった。
「ゆうき、たいへんたいへん!」
「ど、どうしたの、媛寿!?」
 何かに気付いて声を上げた媛寿に、結城も驚いて聞き返すと、
「えんじゅたち、きのうおふろはいってない」
「へ?」
 媛寿の次の一言で、結城は目が点になってしまった。
 思い返してみれば、媛寿とクロランは結城に撫でられている間にうたた寝してしまったし、結城もそのままの格好で眠っていたわけなので、シャワーを浴びずに就寝してしまっている。
 厳密には結城はシャワーを浴びようとした矢先に、アテナの裸身を見て鼻血を吹いて気を失っているのだが。
「ん~、じゃあ僕たちもアテナ様にならって朝シャワーを―――」
「ユウキ、ちょうど良いものがあります」
 朝シャワーを提案しようとしていた結城を、室内に置かれた案内表を見ていたアテナが制止した。
「ちょうどいいものって、大浴場とかあるんですか?」
「これです」
 アテナは開いていたページを結城たちに見えるように裏返した。
「おぉ」
「ゆうき! これいこ! いきたいいきたい!」
「っ! っ!」
 ページに載っていた写真を見て、結城は感嘆し、媛寿とクロランもすっかり乗り気になっていた。
「では決まりですね」
 アテナも嬉しそうに口角を上げながら、案内表をぱたりと閉じた。
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