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豪宴客船編
幕間・シロガネとベールの女
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船に乗ると聞いた時、表情には出さなかったが―――元よりあまり表情が豊かな方ではないが―――シロガネは割りと心が躍る気分だった。
久方ぶりに船に乗り、海に出られるというのは、大航海時代を様々な船乗りや海賊の手を渡ってきたシロガネにとって、ホームグラウンドに帰る心持ちだったからだ。
かつての帆船と比べれば、現代の旅客船は余程のことがなければ、波に揺られず、座礁などの事故に遭うこともない。
それはそれで快適であり、大海原を見ることができたシロガネはそこそこ機嫌が良かったのだが、ここに来て少し退屈を覚えていた。
媛寿にせがまれてカジノスペースに赴いた結城に付いていったものの、当の結城は媛寿とクロランにかかりっきりで、さらには慣れないカジノで結城自身も余裕がなくなっている。
要は媛寿たちに結城を取られてしまい、シロガネは暇になってしまったのだ。
(暇、だ)
カジノスペースは煌びやかではあっても、それはシロガネの琴線にはあまり引っかからない。大航海時代もむくつけき船員たちが賭けに興じていたことはあったが、シロガネとしては調理場であろうと戦場であろうと、自身が使われる場の方が断然良かった。
「暇そうね」
カジノの特設スペースをぼんやりと眺めていたシロガネに、誰かが声をかけてきた。
ベール付きの黒いトークハットを被った女性が、ピルスナーグラスを持ってシロガネのすぐ横に立っていた。
トークハットに合わせた黒のパーティードレスに、同じく癖の強い黒の長髪が目を引く。ある意味では普段白で統一した衣装でいるシロガネと対照的だった。
「どう? 展示スペースでも一緒に観に行かない? カジノスペースじゃあなたも退屈でしょ?」
女性の目元はベールで隠れていて分からないが、口元はにこやかに微笑んでいた。
シロガネは特設スペースに再び目を戻した。また結城の対戦相手が悲鳴を上げている。
座敷童子の媛寿が付いている時点で、よほどの強運の持ち主でなければ結城に太刀打ちできるはずもない。
「行かせて、もらう」
「そう。それじゃ、行きましょう」
勝つと分かっている勝負を見ていてもつまらないので、シロガネは謎の女性の誘いを受けることにした。
普通なら従者が主の傍を勝手に離れることは許されていないが、結城がそういうことを気にする性格でないのは、シロガネはよく知っている。
よって退屈しのぎに展示スペースへ足を向けることにしたシロガネだった。
本来なら店舗スペースの一部であった区画が、絵画や彫刻、その他様々な芸術品の展示スペースとなっていた。各方面の匠が手がけた作品群が、美術館の縮小版といった風情で飾られ、見る者にとっては垂涎の空間となっていた。もちろん、かけられている値札に応じた金額を支払えば、作品をその場で所有することも可能となっている。
黒いベールの女性に連れられてきたシロガネだったが、別段美術品に興味はない。そこに陳列されているのが、世界の『オトナのオモチャ』だったら、また反応は違っていたかもしれないが。
「…、…」
「退屈そうね。でも大丈夫。この先の部屋はあなたも気に入ると思うわ」
先導するベールの女性が、次の部屋の扉を開けた。
扉が開ききるよりも前に、隙間から目に飛び込んできた品々に、シロガネの両肩がぴくりと跳ねた。
壁一面、そして床に点在する台座にも、古今東西の様々な武器が展示されていた。
刀剣は短剣から大剣まで、長物は槍から長柄斧、サイズ別の弓から暗器にいたるまで、世界のあらゆる武器がそこにあった。中には解読不能な文字が書かれた札が貼ってあったり、鎖でぐるぐる巻きに縛られた、いわくありげな品まである。
特に興味のない美術品に飽き飽きしていたシロガネだったが、その部屋は目が覚めるような心地になった。
どれも造りのしっかりした逸品ぞろいだったが、シロガネが最も興味を引かれたのは、壁の一角に飾られていた刀剣だった。
かつて船上で多くの船乗りや海賊が愛用した、狭い場所での斬り合いに適した湾曲した剣、カットラス。その一振りは、船を渡ってきたシロガネにとって、一番趣深い代物だった。
「あなた、そういうのが好みなのね」
カットラスに見惚れていたシロガネに、ベールの女性が近付いてきた。
「私はこっち」
女性が目を向けたのは、刀剣コーナーのすぐ隣。暗器が陳列された台だった。
女性の目線の先には、手甲鉤や暗殺爪などの、いわゆる鉤爪を模した武器があった。
「これで腹の立つ相手の背中をざっくり切り裂けたら、さぞ気持ちいいでしょうね」
女性はくすっと怪しい笑みを浮かべると、踵を返して来た道を戻ろうとした。
「どうしてここに、連れてきた?」
立ち去ろうとした女性に、シロガネは持っていた疑問を口にした。付いてきたのはシロガネだが、そもそも最初に誘ってきた女性の意図は知りえない。
「私と同じで退屈してそうだと思ったのと、私と同じで『こういうの』が好きそうだと思って」
シロガネに対して振り返った女性は、口角を上げて見せた。やはりベールで目元は分からない。
「……名前、は?」
聞いた言葉を全て納得できるわけではなかったが、シロガネはとりあえず名前だけは聞いておくことにした。
女性はまたくすりと微笑うと、
「グリム」
そう答えて武器展示スペーズから去っていった。
久方ぶりに船に乗り、海に出られるというのは、大航海時代を様々な船乗りや海賊の手を渡ってきたシロガネにとって、ホームグラウンドに帰る心持ちだったからだ。
かつての帆船と比べれば、現代の旅客船は余程のことがなければ、波に揺られず、座礁などの事故に遭うこともない。
それはそれで快適であり、大海原を見ることができたシロガネはそこそこ機嫌が良かったのだが、ここに来て少し退屈を覚えていた。
媛寿にせがまれてカジノスペースに赴いた結城に付いていったものの、当の結城は媛寿とクロランにかかりっきりで、さらには慣れないカジノで結城自身も余裕がなくなっている。
要は媛寿たちに結城を取られてしまい、シロガネは暇になってしまったのだ。
(暇、だ)
カジノスペースは煌びやかではあっても、それはシロガネの琴線にはあまり引っかからない。大航海時代もむくつけき船員たちが賭けに興じていたことはあったが、シロガネとしては調理場であろうと戦場であろうと、自身が使われる場の方が断然良かった。
「暇そうね」
カジノの特設スペースをぼんやりと眺めていたシロガネに、誰かが声をかけてきた。
ベール付きの黒いトークハットを被った女性が、ピルスナーグラスを持ってシロガネのすぐ横に立っていた。
トークハットに合わせた黒のパーティードレスに、同じく癖の強い黒の長髪が目を引く。ある意味では普段白で統一した衣装でいるシロガネと対照的だった。
「どう? 展示スペースでも一緒に観に行かない? カジノスペースじゃあなたも退屈でしょ?」
女性の目元はベールで隠れていて分からないが、口元はにこやかに微笑んでいた。
シロガネは特設スペースに再び目を戻した。また結城の対戦相手が悲鳴を上げている。
座敷童子の媛寿が付いている時点で、よほどの強運の持ち主でなければ結城に太刀打ちできるはずもない。
「行かせて、もらう」
「そう。それじゃ、行きましょう」
勝つと分かっている勝負を見ていてもつまらないので、シロガネは謎の女性の誘いを受けることにした。
普通なら従者が主の傍を勝手に離れることは許されていないが、結城がそういうことを気にする性格でないのは、シロガネはよく知っている。
よって退屈しのぎに展示スペースへ足を向けることにしたシロガネだった。
本来なら店舗スペースの一部であった区画が、絵画や彫刻、その他様々な芸術品の展示スペースとなっていた。各方面の匠が手がけた作品群が、美術館の縮小版といった風情で飾られ、見る者にとっては垂涎の空間となっていた。もちろん、かけられている値札に応じた金額を支払えば、作品をその場で所有することも可能となっている。
黒いベールの女性に連れられてきたシロガネだったが、別段美術品に興味はない。そこに陳列されているのが、世界の『オトナのオモチャ』だったら、また反応は違っていたかもしれないが。
「…、…」
「退屈そうね。でも大丈夫。この先の部屋はあなたも気に入ると思うわ」
先導するベールの女性が、次の部屋の扉を開けた。
扉が開ききるよりも前に、隙間から目に飛び込んできた品々に、シロガネの両肩がぴくりと跳ねた。
壁一面、そして床に点在する台座にも、古今東西の様々な武器が展示されていた。
刀剣は短剣から大剣まで、長物は槍から長柄斧、サイズ別の弓から暗器にいたるまで、世界のあらゆる武器がそこにあった。中には解読不能な文字が書かれた札が貼ってあったり、鎖でぐるぐる巻きに縛られた、いわくありげな品まである。
特に興味のない美術品に飽き飽きしていたシロガネだったが、その部屋は目が覚めるような心地になった。
どれも造りのしっかりした逸品ぞろいだったが、シロガネが最も興味を引かれたのは、壁の一角に飾られていた刀剣だった。
かつて船上で多くの船乗りや海賊が愛用した、狭い場所での斬り合いに適した湾曲した剣、カットラス。その一振りは、船を渡ってきたシロガネにとって、一番趣深い代物だった。
「あなた、そういうのが好みなのね」
カットラスに見惚れていたシロガネに、ベールの女性が近付いてきた。
「私はこっち」
女性が目を向けたのは、刀剣コーナーのすぐ隣。暗器が陳列された台だった。
女性の目線の先には、手甲鉤や暗殺爪などの、いわゆる鉤爪を模した武器があった。
「これで腹の立つ相手の背中をざっくり切り裂けたら、さぞ気持ちいいでしょうね」
女性はくすっと怪しい笑みを浮かべると、踵を返して来た道を戻ろうとした。
「どうしてここに、連れてきた?」
立ち去ろうとした女性に、シロガネは持っていた疑問を口にした。付いてきたのはシロガネだが、そもそも最初に誘ってきた女性の意図は知りえない。
「私と同じで退屈してそうだと思ったのと、私と同じで『こういうの』が好きそうだと思って」
シロガネに対して振り返った女性は、口角を上げて見せた。やはりベールで目元は分からない。
「……名前、は?」
聞いた言葉を全て納得できるわけではなかったが、シロガネはとりあえず名前だけは聞いておくことにした。
女性はまたくすりと微笑うと、
「グリム」
そう答えて武器展示スペーズから去っていった。
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