小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

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「アテナ様、僕は―――この船を終わらせます」
「……」
「ほぉ……」
 結城ゆうきが告げた言葉を聞いたアテナと黄金男爵ゴールドバロンは、それぞれで違う反応を示した。アテナは冷静に受け止め、男爵は少し興味深げに声を漏らした。
「ユウキ、『終わらせる』とは?」
「依頼された通りです。恵比須えびす様が言っていたように、証拠を集めて警察に届けます」
「っ!?」
 結城のクイーン・アグリッピーナ号への処遇を聞いた男爵は、仮面でさとられることはなかったが、目を見開くほどに驚いていた。
「それで良いのですね、ユウキ?」
「……たとえアテナ様たちの力でこの船を壊しても、それで何もかも解決できるわけじゃない。ただ僕の身勝手で終わるだけです。アテナ様の言ったように、人のやったことは人が向き合っていかなきゃいけないって思いました。この船に乗ってる人たちのことは、佐権院さげんいん警視や九木くき刑事に任せます」
 結城の意思を受け取ったアテナは、嬉しそうに微笑むと勢いよく立ち上がった。
「よろしい。あなたがそうすると決めたなら、私も全力を注ぎましょう。この悪徳の船に集う外道どもに、目にものを見せて差し上げましょう」
 堂々と胸を張ったアテナは、右拳を力強く握って宣言する。その威容は、いつも以上に覇気に満ち溢れていた。
「……」
「? どうかしましたか、ユウキ?」
「あ、いや、その……さっき神様は人間のことにあまり関わっちゃいけないって言ってた割には、アテナ様は結構いろいろ力を貸してくれているような、と思って……」
「ユウキ、その点について一つ誤解があります」
 アテナはちょっと困ったように眉根を寄せながら、立てた人差し指を軽く振った。
「人同士ですら好む好まざるがあるのです。神ならなおのこと、好む好まざるが一層顕著になります。ただ祈ったり願ったりするだけで何もしない者、信者を増やすことばかり躍起になって他に目を向けない者。そういったやからは神でもお断りです。微力であっても前進しようとする者、稚拙ちせつであっても己を高めようと努める者。そういった者たちの背を、少しだけ後押ししたくなるものなのですよ」
「は、はぁ……」
 わかったような解らないような表情をする結城の顔に、アテナはかつてその過酷な冒険を支えた二人の英雄、ペルセウスとヘラクレスのことを重ねていた。
 二人とも、人の身に余るほどの運命を背負いながらも、それに敢然と立ち向かおうとしていた。だからこそ、アテナを始めとした神々も、その道行きを見守り支えた。
 アテナがこれまで見てきた英雄たちと比べれば、結城は非常につたなく、力も弱い。しかし、時折垣間見せる『心』は、かつて神話に名を刻んだ英雄たちに通じるものがあった。
(ユウキを英雄にするわけにはいきませんが、やはりこういう姿を見せられると、私もついこころが熱くなってしまいますね)
「……どうかしたんですか、アテナ様? 僕の顔に何か付いてます?」
「いえ、何も」
「?」
 嬉しそうに顔を見つめてくるアテナの意図が解らない結城だったが、とりあえず座り込んでばかりもいられないので、立ち上がって襟元を正した。
 ここからの方針を新たにした結城と、その結城を全力でサポートすると決めたアテナ。二人の様子を見て、黄金男爵こと多珂倉稔丸たかくらねんまるは実に意外に思っていた。
(こういう方向に落ち着いたか。もうちょっと過激な方に転ぶかと思ってたけど……まっ、こうなった場合の計画も考えてあったし、いいか)
 そう思案している男爵に、アテナは振り返って厳しい視線を向けた。
「あなたが何者で、何を目的にしているかはあえて問いません。今回は見逃しましょう。ただし、次にユウキを傷つけようものなら、戦女神わが名において確実に制裁を下します。よろしいですね?」
 刺すような気を放ちながら告げるアテナに対し、男爵は両手を持ち上げてひらひらと振りながら、
「ご心配なく。こ~んな恐い賭け、ボクだって二度も挑みたくはないですからね」
 と、さも参ったと言わんばかりの態度を表した。
(しかし、『恵比須様』……ねぇ)
 おどけた態度を取りながらも、黄金男爵、いや稔丸は結城の口から出たその名前が気になり、仮面の奥で冷たく目を細めていた。

「ゆうき~」
 結城たちがトイレから出たところで、時間つぶしを終えてきた媛寿えんじゅがクロランの手を引いて戻ってきた。
「媛寿、おかえり~」
 いそいそと駆けてくる媛寿とクロランに、結城は手を振って見せるが、媛寿は結城の少し手前でぴたりと足を止めた。
 何事もなかったように振舞っているが、時間つぶしに行く前より、結城が憔悴している状態にあると気付いたからだ。
「……結城に何した……」
 結城が弱っている原因は黄金男爵にあると思った媛寿は、結城の横に並んだ男爵をじろりと睨んだ。その気迫は媛寿の横にいたクロランが、思わず距離を取ろうと身じろぎする程だった。
「エンジュ、矛を収めなさい」
 結城の後ろから出てきたアテナが、怒れる媛寿をやんわりとなだめた。
「あてなさま―――」
「もう充分に釘は刺しました。あなたが出ずとも良いのです」
「そうそう。もうハリネズミになるくらいに釘刺されちゃってるからね。ボクは」
 アテナに疎ましそうな目を向けられると、黄金男爵は降参のポーズをして言った。
「エンジュ」
「うぅ……わかった」
 アテナにさとされ、媛寿は渋々ながらも怒気を収めた。
「さ~て、それじゃあボクもこのへんでおいとまさせてもらおうかな。あっ、小林くん―――」
 廊下を歩き出そうとした黄金男爵は、何かを思い出したように足を止めて振り返った。
「君には酷だったと思うが、これも君が誤った選択をしないための要素を与えたかったんだと考えてほしい。今後のことも踏まえてね。あえて不快な思いをさせたのは悪かったけど」
「あ、いえ……」
 先程とは違いさっぱりした雰囲気で話してくる男爵に、結城は何と言っていいか分からず言いよどんでしまった。
「君には期待してるってことさ。それじゃあね。これ以上いると恐~いお二人に何をされることやら」
 結城に別れを告げると、男爵は急ぎ足で廊下の向こうへ行ってしまった。その背中に、媛寿はあっかんべーを、アテナは親指を逆さにしていたが。
 男爵に誘われたオークションで、結城は世界の裏側を思い知らされたが、もしも知らないままで依頼を遂行していたらどうなっていただろうと思うところもあった。
 もしかしたら、途中で心が折れてしまっていたかもしれない。あるいは本当に、媛寿たちに船の破壊を願っていたかもしれない。
 そうして運命の分岐を考えて背筋が寒くなる一方で、結城はいまある状況に妙な安心感を覚えていた。
黄金男爵あのひとがどういう人なのか分からないけど、次に会ったらお礼を言わないと)
 もうすでに黄金男爵の姿は見えていないが、結城は改めて男爵に感謝したくなった。
「ユウキ、一度部屋に戻りましょう。歩けますか?」
「ゆうき、だいじょうぶ?」
「大丈夫ですよ、アテナ様、媛寿」
 アテナと媛寿に笑顔で応え、結城は媛寿の隣にいるクロランを見た。
 恵比須の依頼を受けると決めたのも、元を正せばクロランの出自について情報が得られると思ったからだった。ならば、クイーン・アグリッピーナ号を沈没させるようなことは、あってはならなかったのだ。
 結城はクロランに微笑み、依頼達成への決意を新たに廊下を歩き始めた。苦痛と苦悩を経て得た『答え』を噛み締めるように。
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