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豪宴客船編
超級異種格闘大会・開幕その1
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クイーン・アグリッピーナ号の中心、吹き抜け構造となったセントラルパークは、船上でありながら緑溢れる空間での散策を楽しむことができる。充分な広さと長さを持つ遊歩道を行きながら、ところどころにある露店で軽食を買い、ベンチに座って森林浴も同時に味わえる憩いの場である。
だが、今は全く別の様相を呈している。
オアシス級客船にはない特別なレイアウト変更機能により、植樹された木は脇に移動され、遊歩道もただの平面へと形を変えている。
風光明媚な普段のセントラルパークと比べれば、あまりにも殺風景な雰囲気になってしまっているが、それはむしろ、これから始まるであろうイベントには絶好の空気だと、集まった人間たちは思っていた。
パークのちょうど真ん中からせり出してくる円形の試合場。半径約7メートル半ほどのそれが、砂ではなくコンクリートで固められているのは、明らかに危険な試合を演じさせるための仕様であるからだった。
その残酷な香り漂うリングを囲むように、今度は客席が段々となってせり出してきた。
レイアウトの変更が完了した時には、古代ローマの闘技場を思わせる、血闘の舞台が出来上がっていた。
パークの前後にある出入り口が開かれ、観客がぞろぞろと、しかし、不気味なほどに静まりかえって入場してくる。観客たちもまた、この後に待つ血沸き肉踊る祭典を前に、興奮を押し殺しているのだ。
パーク内に設けられた席は大概埋まり、残りはパーク側にベランダが面した部屋から、そしてVIP専用に用意されたボックス席から、イベントが始まる瞬間を拳を握って待ちわびる。
すると、闘技場へと歩いてくる人物が一人。白と黒の縦縞模様のTシャツに、黒のズボンを着用し、一目で審判と分かる。
リングの中心に立ったと同時に、複数のスポットライトが審判を照らした。
「皆様、お待たせいたしました! クイーン・アグリッピーナ号、二日目のメインイベント第二弾! 超級異種格闘大会を! 開催させていただきます!」
審判はマイクも使わず、船全体を揺るがすほどの大声量で、大会の開始を宣言した。同時に、集まった全ての観客から、大海原を揺るがさんほどの歓声が上がる。
「はっ―――」
「あっ、ゆうき、おきた」
船全体が揺れるような大歓声を聞いて、結城は朦朧としていた意識から覚醒した。
「え、媛寿? クロラン? え? あれ? ここどこ?」
意識を取り戻した結城は、なぜか座り心地の良い革張りのソファに腰を落ち着けていた。結城の体より二回り大きいサイズのため、空いた左右には媛寿とクロランがそれぞれ陣取っている。
周りは天井と壁が質の良い建材で囲われ、床には靴を通しても柔らかさの伝わる絨毯が敷かれている。そして前面の壁は透明度の高いガラスになっており、闘技場の中心、リングが非常によく見える位置、高さで固定されていた。
そこは『特別な観客』にだけあてがわれるVIP専用のボックス席。通常席の後方に、四箇所設けられたうちの一つだった。
「いつの間に!? いや、その前に、僕なにしてたっけ?」
「ゆうき、おいるぬったあと、ここきたよ?」
「え、オイル…………あっ!」
媛寿に言われて、結城は途切れていた記憶が繋がった。アテナに選手控え室に呼び出され、体にオイルを塗るように言われたことを。
とはいえ、アテナの背中に触れようとしたあたりから、完全に記憶がなくなり、気が付けばボックス席のソファに座っていたというわけだが。
(こ、興奮しすぎて意識だけがどっか行っちゃった、とか? ダメだ、全然思い出せない。それ以前に憶えてない。僕、ヘンなことしてないよね?)
結城はちらりと媛寿に目を落とした。ルームサービスのポップコーンを結城の脚の間に置き、それを摘みながらコーラをストローで飲んでいる。
クロランの方にも目を向けるが、クロランもポップコーンをちびちびと食べながら、ストローでアップルジュースを吸っている。
結城は少し安心した。もし理性が崩壊し、ヘンな行いに及んでいたならば、媛寿とクロランがこれほど平然としているはずがない。どうやらアテナにオイルを塗り終わった後、ボックス席まで真っ直ぐ来たらしい、と。
その推測は概ね当たっていたが、結城自身の状態は、別の意味で正常ではなくなっていた。
興奮で意識を喪失した結城は、行動こそまともに見えるものの、返事は単調になり、白目を剥いたまま顔が異常なほどに真っ赤になっていた。おまけに常に頭や耳から煙が立ち昇っていた。
アテナにオイルを塗り終わった後は、たしかに媛寿とクロランを伴って会場入りしたのだが、そこへ辿り着くまでに、すれ違う乗客から案内人までもが、結城の形相に後退りしていた。それを結城は知る由もない。クロランも多少は驚いていたが、媛寿が特に気にしていなかったので、あまり動揺することなく今に至るというわけである。
「審判はこのバンシー・野摩が務めさせていただきます! それでは皆様! こちらのモニターをご覧下さい!」
野摩の進行に合わせて、会場の四隅から大型の液晶モニターがせり出し、それぞれに電源が灯る。
「これが今回の組み合わせとなります!」
「え!? なにこれ!?」
画面に映し出された対戦表は、結城から見ても常識外の形式だった。
だが、今は全く別の様相を呈している。
オアシス級客船にはない特別なレイアウト変更機能により、植樹された木は脇に移動され、遊歩道もただの平面へと形を変えている。
風光明媚な普段のセントラルパークと比べれば、あまりにも殺風景な雰囲気になってしまっているが、それはむしろ、これから始まるであろうイベントには絶好の空気だと、集まった人間たちは思っていた。
パークのちょうど真ん中からせり出してくる円形の試合場。半径約7メートル半ほどのそれが、砂ではなくコンクリートで固められているのは、明らかに危険な試合を演じさせるための仕様であるからだった。
その残酷な香り漂うリングを囲むように、今度は客席が段々となってせり出してきた。
レイアウトの変更が完了した時には、古代ローマの闘技場を思わせる、血闘の舞台が出来上がっていた。
パークの前後にある出入り口が開かれ、観客がぞろぞろと、しかし、不気味なほどに静まりかえって入場してくる。観客たちもまた、この後に待つ血沸き肉踊る祭典を前に、興奮を押し殺しているのだ。
パーク内に設けられた席は大概埋まり、残りはパーク側にベランダが面した部屋から、そしてVIP専用に用意されたボックス席から、イベントが始まる瞬間を拳を握って待ちわびる。
すると、闘技場へと歩いてくる人物が一人。白と黒の縦縞模様のTシャツに、黒のズボンを着用し、一目で審判と分かる。
リングの中心に立ったと同時に、複数のスポットライトが審判を照らした。
「皆様、お待たせいたしました! クイーン・アグリッピーナ号、二日目のメインイベント第二弾! 超級異種格闘大会を! 開催させていただきます!」
審判はマイクも使わず、船全体を揺るがすほどの大声量で、大会の開始を宣言した。同時に、集まった全ての観客から、大海原を揺るがさんほどの歓声が上がる。
「はっ―――」
「あっ、ゆうき、おきた」
船全体が揺れるような大歓声を聞いて、結城は朦朧としていた意識から覚醒した。
「え、媛寿? クロラン? え? あれ? ここどこ?」
意識を取り戻した結城は、なぜか座り心地の良い革張りのソファに腰を落ち着けていた。結城の体より二回り大きいサイズのため、空いた左右には媛寿とクロランがそれぞれ陣取っている。
周りは天井と壁が質の良い建材で囲われ、床には靴を通しても柔らかさの伝わる絨毯が敷かれている。そして前面の壁は透明度の高いガラスになっており、闘技場の中心、リングが非常によく見える位置、高さで固定されていた。
そこは『特別な観客』にだけあてがわれるVIP専用のボックス席。通常席の後方に、四箇所設けられたうちの一つだった。
「いつの間に!? いや、その前に、僕なにしてたっけ?」
「ゆうき、おいるぬったあと、ここきたよ?」
「え、オイル…………あっ!」
媛寿に言われて、結城は途切れていた記憶が繋がった。アテナに選手控え室に呼び出され、体にオイルを塗るように言われたことを。
とはいえ、アテナの背中に触れようとしたあたりから、完全に記憶がなくなり、気が付けばボックス席のソファに座っていたというわけだが。
(こ、興奮しすぎて意識だけがどっか行っちゃった、とか? ダメだ、全然思い出せない。それ以前に憶えてない。僕、ヘンなことしてないよね?)
結城はちらりと媛寿に目を落とした。ルームサービスのポップコーンを結城の脚の間に置き、それを摘みながらコーラをストローで飲んでいる。
クロランの方にも目を向けるが、クロランもポップコーンをちびちびと食べながら、ストローでアップルジュースを吸っている。
結城は少し安心した。もし理性が崩壊し、ヘンな行いに及んでいたならば、媛寿とクロランがこれほど平然としているはずがない。どうやらアテナにオイルを塗り終わった後、ボックス席まで真っ直ぐ来たらしい、と。
その推測は概ね当たっていたが、結城自身の状態は、別の意味で正常ではなくなっていた。
興奮で意識を喪失した結城は、行動こそまともに見えるものの、返事は単調になり、白目を剥いたまま顔が異常なほどに真っ赤になっていた。おまけに常に頭や耳から煙が立ち昇っていた。
アテナにオイルを塗り終わった後は、たしかに媛寿とクロランを伴って会場入りしたのだが、そこへ辿り着くまでに、すれ違う乗客から案内人までもが、結城の形相に後退りしていた。それを結城は知る由もない。クロランも多少は驚いていたが、媛寿が特に気にしていなかったので、あまり動揺することなく今に至るというわけである。
「審判はこのバンシー・野摩が務めさせていただきます! それでは皆様! こちらのモニターをご覧下さい!」
野摩の進行に合わせて、会場の四隅から大型の液晶モニターがせり出し、それぞれに電源が灯る。
「これが今回の組み合わせとなります!」
「え!? なにこれ!?」
画面に映し出された対戦表は、結城から見ても常識外の形式だった。
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