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豪宴客船編

超級異種格闘大会・開幕その2

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 結城ゆうきがアテナから聞いた限りでは、大会はトーナメントということだったが、対戦表はトーナメントというにはあまりにも不条理なものだった。
 左端にある名前の書かれていない枠が、おそらくアテナだと思われるが、組み合わせはアテナが最も多く戦う組み合わせになっている。
 他の出場者は決勝戦までに一回、多くて二回戦うように組まれているが、アテナだけが決勝戦までに四回は戦わなければならない。決勝戦も加えれば通算五回戦を戦うことになる。
 どう考えても不公平な組み合わせであることは、結城にも理解できた。
(これってどういうこと? アームレスリング大会でアテナ様が強すぎるって思われたから?)
「クックック、どうやら今回の『生け贄』も大変な目に遭いそうですな」
「え?」
 右隣の席に座っていた男の発言に、結城は目を丸くして振り返った。
「『生け贄』って、どういうことですか?」
「ご存知ありませんでしたか? まぁ無理もない。このイベントは始まってから三回目でまだ日が浅いですからな」
 男はニヤつきながら結城に顔を向けた。こぶのように頭頂が盛り上がった特徴的な禿頭とくとうと、恰幅の良い体格に上質なスーツを纏ったその男に、結城は直感的な忌避感を覚えていた。
「この格闘大会は予め特別参加枠が用意されていて、そこに飛びきりの美女が当てられるんですよ。戦闘能力の優劣に関係なく、ねぇ」
「どうしてです? 格闘大会なんでしょ、これ?」
「クックック、審判の言葉を聞いていれば解りますよ。ああ、申し送れましたが、私は会苦巣えくすと申します。以後、お見知りおきを」
 不気味な含み笑いをする会苦巣を不審に思っていると、リングの方で再び動きがあり、結城は顔を正面に戻した。

「さぁお次は! 今回の特別出場の方にご登場願いましょう! この度! 昨夜のアームレスリング大会で圧勝を果たし! 輝くような美貌も兼ね備えた! まさに垂涎・・の逸材! その肢体からは想像もつかないパワーを秘めた美神びしん! ミネルヴァ・カピトリーノ!」
 闘技場の端にスポットライトが当たり、準備を完了し、万端となったミネルヴァもといアテナが煌々こうこうと照らされた。

「ふおっ!」
 結城は思わず口元、厳密には鼻を抑えた。
 アテナが身に付けているのは、戦闘の際に来ている古代ギリシャ装束ペプロスだったが、いつもはその上に胴鎧や腰鎧を着込んでいるため、比較的露出は少なくなっていた。
 しかし、今は純粋な格闘試合ということを考慮してか、鎧の類は一切身に付けていない。
 アテナのペプロスは通常の物と違い、動きやすいようにと膝の上まで切られた、非常に丈の短い造りになっている。そのため、すらりとした美脚が際どいところまで露になってしまっているのだ。
 さらにペプロスはゾーネーベルトでウエストを締めるので、胸元のラインがくっきりと浮かび上がってしまっている。そしてアテナはペプロスを着る時は、決まって胸の下着を着けないので余計に際どい装いだった。
 加えてペプロスは基本的に袖がないので、腕は肩まであらわれたノースリーブ状態であった。
 これだけボディラインを強調した格好では、衣類を身に付けているとはいえ、結城には刺激的すぎた。危うく鼻血が出るところである。
「ほっほおぉ~。今回の『生け贄』もまたそそられますなぁ~。これは愉しみだ」
 鼻を抑える結城をよそに、会苦巣はライトに照らされるアテナに対し、好奇と好色が入り混じった視線を向けていた。

「このイベントも三回目にして、これほどお美しい方がリングに上がってこようとは! わたくしも審判冥利に尽きます! では皆様! 座席お手元の端末よりお賭け下さい! 果たしてこの美しき挑戦者が! いったい何戦目で散るでしょうか!」

「ん? どういうこと? 負けるのに賭けるってこと?」
「クックック。これがこの大会の醍醐味の一つでしてねぇ。『特別出場の選手』がどこで負けるのかを賭けるんですよ」
 審判の言葉に困惑する結城に、会苦巣は喜色満面に補足説明した。すでに備え付けの端末に何かを入力している。
「『特別出場の選手』だけ? それって賭け事になるんですか?」
「それもご存じない? クックック、今に解りますよ」
 不気味なほど愉悦に満ちた笑みを向けてくる会苦巣に、結城は先のオークションで感じたおぞましさに似たものを見た気がした。
「ん~と、こうで、こう」
「ん?」
 結城が会苦巣の態度に引き気味になっている間に、なぜか媛寿えんじゅが代わりに端末を操作していた。
「ちょ、ちょっと媛寿! そんな勝手に―――」
「あてなさまがやれっていってた」
「え? アテナ様が?」
「うん。じぶんにかけろって」
「? 賭けるって、もしかして……」
「ゆーしょーしてくるからって」

「さぁ! 入力は皆様お済みですね! では第一回戦の『お相手』に搭乗してもらいましょう! 第一回戦は! ミネルヴァ・カピトリーノVSヴァーサス! コボルドの! グロース・アクスト!」
 リングを挟んだアテナの反対側から、昇降機に押し上げられて現れる巨体があった。
 スポットライトに照らされて浮かび上がったのは、黄土色の腰布だけを巻いた、青白い表皮。長身のアテナより1.5倍は高い身長は、分厚い筋肉に覆われ、より大きさと高さが増して見える。ややデフォルメされた人型ではあるが、その顔の造形は皮を剥いだ肉食獣のように、鼻と口が突き出ていた。

「あっ、『ばいようはざーど』にでてきたのににてる」
「え……ああ、そうだね」
 媛寿は相変わらずポップコーンをさくさくとつまみながら、登場した恐ろしげな相手選手を、『培養ハザード』で出てきた生物兵器の『イェーガー』に例える余裕まである。クロランは少し恐がっているのか、結城の胴にがっしりしがみついてきていた。気が気でないのは結城も同じではあるが。
「クックック。グロースは私がドイツの鉱山跡から見つけてきましてね。コボルドの中では類稀な巨体とパワーの持ち主なんですよ。それを特別製の薬物クスリで強化している。優勝も『入札』も間違いないでしょうな」
「『入札』?」

「今大会が初参加の方もいらっしゃると思いますので! ここでご説明させていただきます! この大会は! 『戦闘者』のオークションも兼ねております! 出場者の中でお気に召した者を見つけた際は! 所有者スポンサーに入札を申請いただき! 双方が落札額にご納得いただけた上で! 所有権を得られます!」

 野摩やまの大声量による説明に、観客も大歓声で応える。どうやらほとんどの観客はシステムを知っているようだ。
「『戦闘者』の、オークション……」
「クックック。そういうことです。あなたも欲しい者が見つかればいいですねぇ。何なら私のグロースはどうですか? 私兵にするもよし、破壊活動をさせるもよしですよ?」
 煽るように売り文句を並べてくる会苦巣に、結城はそろそろ薄気味悪さを通り越して鬱陶しさが湧いてきそうだった。

「そしてもう一つ! この大会は『特別出場の選手』がどこで敗退するかを賭けていただくわけですが! 賭けを外された方にも残念賞をご用意させていただいております! ミネルヴァ選手が負けたのちには! 皆様! 特別室にて彼女を『ご賞味』いただけます!」

 ここで先程を超える大歓声が巻き起こった。中には『グロース! なるべく傷をつけるなよ!』、『絞め落とせ! そうすれば傷はできん!』などと叫ぶ者までいる。
「ま、まさか……」
「クックック、そうですよ。楽しみですな~。あの体を好きなようにできるなんて。初回もよかったな~。珍しい種族の女が連れてこられたんですが、二回戦目で負けた後、私も堪能させていただきましたよ。なるべく最初の方がいいんですよ。なにしろ人数が多いので、後になればなるほど反応が薄くなりますからね。アレは愉しませてもらいましたよ」
 自慢するように語りつつ、会苦巣はアテナを眺めながら舌なめずりをした。その目からも、その体全体からも、どす黒い欲望が満ち満ちているのが結城にはよく分かった。
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