小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

遭遇戦 その1

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(あれ? 何だここ?)
 媛寿えんじゅとともにクロランを追って走っていた結城ゆうきは、いつの間にか不可解な場所を走っていることに気付いた。
 薄暗い部屋に置かれたいくつもの長い陳列台には、大小さまざまな木箱や金属ケースが並べられている。中には普通自動車よりも明らかに大きな物体が、防水シートを被せられてロープで何重にも縛られていた。
 そのどれもが由来の分からないアルファベットと数字の羅列が割り当てられており、結城はより異様さを感じてやまなかった。
「ゆうき、あのさき」
 結城より少し先を走る媛寿が、前方にある扉を指差した。よく見ると、扉の隙間から光が漏れている。
「よし! 行こう!」
「くろらーん!」
 結城と媛寿は同時に扉に体当たりし、鍵のかかっていなかった扉はあっさり二人を次の部屋に通した。
「ん? ここって?」
「う~ん?」
 暗い場所から明るい空間に出て、くらんだ目が慣れてきた頃、二人は周りを見回して首を傾げた。
 物品が収蔵されていた先程の部屋とはうってかわり、ただただ広い空間があるだけだった。
 照明と建材によって白く染め上げられたことを除けば、空っぽの倉庫か誰もいない体育館といった雰囲気である。
「あっ、ゆうき。あっち、あっち」
「あっち?」
 真っ白な空間を前に結城がほうけていると、媛寿が右手を目一杯伸ばして前方を指差した。
「お?」
 結城が目を凝らすと、端の壁に黒い長方形がうっすらと確認できる。分かりづらいが、どうやらドアのようだった。
 クロランがここを通ったなら、おそらくあのドアを通って次の部屋に行ったのだろうと結城は考え、
「よし、行こう!」
「おお!」
 媛寿とともにドアに向かって再び駆け出した。
「え?」
 ドアに近付きつつあった結城は、不意に声を漏らした。
 まるで結城たちの接近を感知したように、ドアは静かな電子音を立ててすんなりと開いたからだ。
 その先から現れる人物が一人。それは結城にも見覚えのある人物だった。
「これはこれは、はやし様」
 オールバックの髪に丸眼鏡をかけたスーツ姿。
「このような所にどのようなご用件で?」
 レストランスペースの支配人、上無芽かみなめが結城たちの前に立ち塞がった。
「上無芽さん、いや、その……そ、そんなことより女の子が一人ここを通っていきませんでしたか?」
「女の子? ふ~む……」
 結城の質問に、上無芽は少し考え込むようにうつむいた。
「林様、大変申し上げにくいのですが」
 ゆっくりと顔を上げた上無芽の変化に、結城より先に媛寿が早く気付いた。その目はそれまでの紳士のものではなく、無抵抗な小動物をいたぶり殺そうとする残虐さを秘めていたからだ。
「この場で死んでいただきましょう!」
 上無芽が首を大きく振るうと、何かが一直線に結城に飛んできた。
「ゆうき! あぶない!」
「うわっ!」
 間一発、媛寿が結城の手を引いたので、上無芽が放ったものは命中しなかった。
「ふっ」
 上無芽がまた首を振るうと、それは上無芽の元へ素早く戻った。
「え?」
 上無芽の攻撃を避けた結城は、目にした異様さに言葉を詰まらせた。
 まるで蛇のように大きく開かれた上無芽の口からは、床に届かんばかりの長い舌が伸びていた。それもただ長いだけでなく、常人の二回りは太く、ごつごつとした筋肉質となっている。
 一目で舌だと分かるそれは、見るほどに舌であるかを疑いたくなるほどだった。
「残念。勘のいいお嬢さんだ」
 長い舌をゆらゆらと揺らしながら、上無芽は目を細めた。
「上無芽さん……それは……」
「ふふふ。これが私の授かった力、『天井嘗てんじょうなめ』の妖力ですよ」
 上無芽は口を大きく開け、長い舌を垂らしたまま、不気味に目元を引きつらせて微笑わらった。
「林様。ここに居合わせた以上、前述通り死んでいただきますよ」
 獲物を前にした爬虫類のような目を結城に向ける上無芽。
 それを見てとった媛寿は、すぐさま左袖に手を入れる。
「ゆうき!」
 取り出した木刀を結城に投げ渡し、媛寿もまた『ひゃくまんきろ掛け矢ハンマー』を構える。
「ふふ。さ~て、お二人はどんな末期まつごの顔を見せてくれますかね~」
 結城と媛寿を品定めするように、上無芽の長い舌が左右に彷徨さまよっていた。
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