小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

文字の大きさ
272 / 459
豪宴客船編

『魔法』

しおりを挟む
「カメーリアさん……何でここに?」
 結城ゆうきの危機に現れたのは、喫茶『砂の魔女』の店主にして、現代に魔法を受け継ぐ魔女、カメーリア・アルヴス・雪洲ゆきしまだった。
 だが、なぜカメーリアが乗船しているのか見当がつかず、結城は怪我のことも忘れてつい疑問を口に出していた。
「……それよりもこれを」
 カメーリアは結城の質問には答えず、代わりに左手の中に収めていた物を投げてよこした。
「っと……これは?」
 結城が受け取ったのは、小さな香水噴霧器だった。
「雪女の唾液から作った冷却止血剤ですわ。ただしかけ過ぎると凍傷になるので気をつけて」
「は、はい」
 少しはぐらかされた気持ちになりつつ、結城は噴霧器の先端を指で押し、中の液体を左腕の傷にかけた。
(っ! ちょっと冷たいけど、これは……)
 爪による左腕の傷はそれなりに深かったはずだが、二回ほど吹きつけただけで血は止まり、痛みもかなりやわらいでいた。
 カメーリアの作った止血剤の効果を実感した結城は、すぐに右脚の傷にも噴霧した。
「何者かな、君は?」
 唐突に割って入ってきたカメーリアを、オスタケリオンは鋭い視線で射抜く。
「名乗れるほど名の通った者ではありませんわ」
 止血している結城の壁となるように、カメーリアはオスタケリオンとクロランに杖を構え続ける。
「まぁ、よかろう。せめてシステムの限界値を測る実験に使ってやろう」
 カメーリアを大きな脅威ではないと判断し、オスタケリオンは再び端末を口元に寄せる。
「F‐06、その女を殺せ」
「ガアアア!」
 命令を受けたクロランが雄叫びを上げ、カメーリアに襲いかかろうと爪を振りかぶる。
 カメーリアはその前に、袖の中から二本の試験管を取り出した。
「『イーグニス』」
 カメーリアはそう唱えると、床を踏み切ろうとしていたクロランの足元で小さな爆発が起こった。
「ガッ!?」
 踏み込みをさえぎられたクロランは、バランスを失って前のめりにくず折れる。
「『ウェントゥス』」
 すかさずカメーリアが呪文を唱える。前に倒れかかったクロランを、今度は突風が襲って後方へと吹き飛ばした。
 風の勢いをまともに受けたクロランは、プールサイドに何度も打ち付けられながら転がった。
「……その力、『魔法』か」
「ご明察」
 冷静な分析によって答えを出したオスタケリオンに、カメーリアは静かに首肯した。
 『魔法』と言うと聞こえはいいが、言葉ほど便利なものでないことを、カメーリアは誰よりも知っている。
 『魔法』と呼ばれるものは、本来あるべき一連の現象を部分的に改変、置換し、発動の行程を歪曲させる術を指す。
 例えば火を起こすために必要な燃焼物や火種を、あらかじめ用意しておいた対価や呪文といったものに置き換え、従来の着火よりも比較的速く発現させるという具合だった。
 まきと火打石を使うのが常套手段だった時代であれば、人々にとってそれはまさに魔法であり、畏怖の念を集めていたことだろう。
 しかし、マッチやライター、ガスコンロなどが開発されれば、魔法と呼ばれた御業みわざも特別性を失っていく。
 魔法もまたエネルギー保存の法則から逃れられず、長い研鑽けんさんが必要なことを考えれば、むしろ技術の進歩によってもたらされる文明の利器の方がはるかに使い勝手がいい。
 かつては人智を超えた力ともてはやされた魔法が、時間と知恵の積み重ねにあっさり追い抜かれていく現状が、カメーリアにとっては小さな憂鬱だった。
 だが、それでもカメーリアが『魔法』を捨てないのは、カメーリアの家系が追い求めてきた集大成以上に、カメーリアがけてきた労力や時間以上に、『道』が重要と考えていたからだ。
 魔法でできることは少なくなりつつあるが、魔法でしかできないこともまだまだ世には存在する。
 いつか世界が魔法を必要としなくなるその時までは、もてる魔法の力を最大限に役立ててみせる。
 それが不死の妙薬の未完成品によって、現代にまで命を繋いでいる魔女カメーリアの、矜持であり信念だった。
「グウ……ウウゥ……」
 うなり声を上げながらクロランが立ち上がる。震えているその足首は、カメーリアが放った魔法によって焼けただれていた。
「『魔法』か。使う者などほとんどいなくなったと思っていたが。しかし、その程度で獣人兵器コレを止めることはできない」
 オスタケリオンが視線を向けた先、クロランの足首を見た結城は息をんだ。
 クロランが足首に負った火傷が、端からどんどんがれていっている。剥がれた部分からはすでに体毛が生えそろい、火傷した表皮が完全に剥離すると、足首は傷を負う前の状態に戻っていた。
(やはりこのくらいでは効きませんわね。でも……)
「カ、カメーリアさん! あれはクロランなんです! だから!」
 クロランに対して再び杖を構えようとしたカメーリアに、結城は必死になって取りすがろうとする。
 だが、カメーリアはわずかに振り返ると、結城に優しげな微笑ほほえみを返した。
「心配いりませんわ、小林くん。あののことは何とかして見せますから」
(そう、本命はここからですし)
 カメーリアは左手に持っていた二本の試験管、『hydrogen』と『vacuum state』を投げ捨て、袖から新しく二本取り出した。
 そして結城にだけ聞こえる小さな声で、何事かを呟いた。
「イレギュラーに余計な時間を使うつもりはない。早々にこの実験は幕を引かせてもらおう」
 オスタケリオンはクロランの完治を確認すると、端末に向かって指示を出した。
「F‐06、その二人を速やかに殺せ」
 今度は『Release The Safety』の項目にチェックを入れて。
「ガアアアア!」
 頭を押さえたクロランが、これまでで一番大きな雄叫びを上げる。
「グゥ……グガアア!」
 クロランの右腕が、苦悶し続けるクロランとは別の意思があるように攻撃態勢を取ろうとする。
「……クロラン」
 苦痛にあえぐクロランを、結城もまた苦しげな表情で見つめる。
「F‐06、殺せ」
 再度指示を出すオスタケリオン。
 クロランは血の涙を流しているが、その抵抗も空しく、跳躍のために姿勢を低くする。高速の突進から、結城とカメーリアを一気に切り裂こうとしていた。
「っ!」
「ッ!」
 果たしてどちらが速かったのか。クロランの跳躍と、カメーリアが試験管を宙に投げたのはほぼ同時だった。
「『イーグニス』」
 カメーリアが唱えた呪文によって、宙に投げられたうちの一本、『hydrogen』のラベルの試験管が反応する。
 またも爆発を起こすかと思われたが、今度はほんの小さな火種程度の発火だった。
 カメーリアが試験管と一緒に投げていた、手のひらサイズのカボチャ。そのへたに仕込まれた導火線を一気に燃え上がらせた。
「ガッ!?」
 カボチャは結城たちに肉薄しようとしていたクロランの眼前で爆発した。だが、それによるダメージはほとんどなく、ピンク色の粉末が散布されただけにとどまった。
「『ウェントゥス』」
 カメーリアがもう一つの呪文を唱え、『vacuum state』の試験管が反応する。
 そして今回は、まだ続きの呪文があった。
「『竜巻トゥルボー』」
 クロランの周りの空気の流れが変化し、クロランを包むように渦を巻いた。
「ガアアア―――――――――グッ!?」
 クロランを囲んだ空気の渦は、それほど強い威力を持っていなかった。その気になればあっさり突破してしまえるにもかかわらず、クロランは渦の中から一歩も動けなくなってしまった。
 空気中に散布された粉末が、渦の中に巻き込まれ、それを吸い込んでしまったためだ。
「ガッ!? グッ!? ウウゥ……」
 クロランは両肩をかき抱いて震えだし、視点も定まらずに眼球がせわしなく運動する。
「? 何が起こった?」
 オスタケリオンにも、その現状が理解できない。
 端末に表示されたシステムの送信強度は限界を超えている。その状態で命令を遵守できない理由が、オスタケリオンには思い当たらなかった。
「では小林くん。あなたがあの娘を救ってあげてください」
「……はい」
 カメーリアにそう答えると、結城はクロランに向かって駆け出す。
「うああああ!」
 クロランまで一足跳びで近づける距離。結城はそこで右手に持ったものを力強く突き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について

青の雀
恋愛
ある冬の寒い日、公爵邸の門前に一人の女の子が捨てられていました。その女の子はなぜか黄金のおくるみに包まれていたのです。 公爵夫妻に娘がいなかったこともあり、本当の娘として大切に育てられてきました。年頃になり聖女認定されたので、王太子殿下の婚約者として内定されました。 ライバル公爵令嬢から、孤児だと暴かれたおかげで婚約破棄されてしまいます。 怒った女神は、養母のいる領地以外をすべて氷の国に変えてしまいます。 慌てた王国は、女神の怒りを収めようとあれやこれや手を尽くしますが、すべて裏目に出て滅びの道まっしぐらとなります。 というお話にする予定です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...