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豪宴客船編

抗戦

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「シャアアア!」
 もはや顔の左半分しか残っていないオスタケリオンは、クラーケンの触手が何度も受け返されている状況に激昂げっこうしていた。
 すでに理性も記憶も消失しているが、結城ゆうきを抹消するという目的だけは失わず、どす黒い水のように殺意がき続けている。
 触手が一本でも命中すれば、クイーン・アグリッピーナ号の船体は真っ二つに折れ、全てが海の藻屑もくずと消える。
 だが、キュウやアテナにはばまれ続け、業を煮やしたオスタケリオンはついに触手を二本同時に持ち上げた。
「カアアアア!」
 雄叫おたけびを上げて二本の触手を振り下ろすオスタケリオン。これで防がれるようならまた一本、さらに一本と手数を増やしていくつもりだった。
 触手が命中すれば、船は玩具オモチャのようにバラバラに砕け散る―――――――――はずだった。
 船の最上部、プール施設がある辺りから、赤い流れ星のようなものが二つ飛び出し、触手に到達すると盛大な爆炎と轟音を発生させた。
「ギィ!?」
 触手に大きなダメージはなかったが、またも押し返されたオスタケリオンはプール施設に目を向ける。
「少々思うところはありますが、この場においては良いしなを持っていましたよ、エンジュ」
 そこにはM202四連装ロケットランチャーを構えたアテナの姿があった。
「どこでこのような物騒な物を?」
「したにたくさんあった!」
 対クラーケン用にアテナが使うであろう武器の数々を、媛寿えんじゅは左袖からいくつも取り出し陳列していく。覚獲かくえに落とされた兵器保管庫で、媛寿がくすねた品々だった。
「……あまりめられる行いではありませんが」
 残った最後のロケットを発射すると、アテナはランチャーを手放し、すぐさま次の武器を掴み取った。
「今は感謝します!」
 トリガーを引き絞ると、六連装の銃身が回転し、弾丸を間断なく発射する。M134機関銃が放つ毎分4000発の銃弾が、クラーケンの触手の先を見事に牽制けんせいしていた。
「おぉ~! あてなさま『たーみねーやん』みたい! かっくい~!」
 本来なら銃架に固定して使うような機関銃をたずさえて掃射するアテナに、媛寿は目を輝かせて歓声を上げる。
 ちなみに『ターミネーヤン』とはサイバーパンク戦国時代に送り込まれた女性型戦闘サイボーグ『HONDA-800』が、イエヤス・トクガワ少年を守って戦う近未来アクション映画である。
「えんじゅももういっことってくる! あいるびーば~っく!」
 何か思いついたのか、媛寿は大興奮でプール施設の出入り口へと駆けていく。
「エンジュ! 私の槍と神盾アイギスも頼みます!」
「りょ~か~い!」
 いつになく元気に返事をした媛寿は、出入り口のドアをすっと透過していった。
「キュウ! あと如何いかほどの時間が必要なのですか!」
 弾丸を撃ち尽くしたM134機関銃を置き、40mmグレネード弾がたっぷり差し込まれた弾薬ベルトを身に付けるアテナ。
「あらま~、聞かれちゃってましたか~」
「ユウキに約束させたことについては後々のちのち詰問します! 如何ほど時間を稼げばよいのですか!」
 キュウが結城に持ちかけた取引については山のように大きな遺憾があれど、現状、アテナはキュウを当てにせざるを得なかった。
 予想以上の実力を有していた楠二郎くすじろうとの闘いで、アテナはかなりの消耗に見舞われていた。
 たとえ結城と融合したとしても、雷槍ケラウノスを撃てるかどうか怪しい。
 大海の魔物クラーケンを倒す決定打に欠ける以上、非常に業腹ごうはらではあるが、アテナはキュウの奥の手に頼るしかなかった。
十分じゅっぷん以内には~、何とかできると思います~」
「分かりました」
 アテナは中折れ式の薬室を開き、弾薬ベルトから取り出したグレネード弾を装填する。
「その十分じゅっぷん、守り通して見せましょう!」
 襲い来る触手を迎撃すべく、アテナはM79グレネードランチャーの引き金を引いた。
 一本の触手に榴弾が炸裂すると、滑らかな動作で銃身解放から排莢はいきょう、再装填へと繋げ、二本目の触手にも榴弾を撃ち上げる。
 それが戦うための道具である以上、戦女神にとって扱うのは造作もなかった。

 なぜだか怪獣映画のワンシーンの様相を呈してきた状況に、結城だけが少し置いてけぼりになっている有様だった。
 アテナは媛寿が持っていた兵器の数々で、クラーケンの攻撃を見事にさばいている。さながら大人気ゲーム『クリーチャーバスター』の女狩人のような戦いぶりである。
 当の結城は格好つけたはいいが、キュウと一晩付き合うという条件を飲んだ上で、いまはキュウの準備が完了するまで待ちぼうけになってしまっている。
(っと、いけないいけない! ぼんやりしてないで僕も何か……)
 これだけ混沌とした状況で自分がいるのも場違いな気がしないでもないが、言い出したのが自分であることも自覚しているので、結城も何かしようと周りを見渡す。
(ん?)
 結城は目の端で光る物をとらえ、プールサイドを注視した。
(あ! あれは!)
 結城とクロランが戦わされそうになった際、オスタケリオンが投げ渡してきた短剣だった。結城が投げ捨てたそれが、まだプールサイドに残っていた。
(せめてあれで!)
 結城は急いで短剣を拾って戻ってくると、キュウを背にクラーケンに向かい合って短剣を構えた。もしクラーケンがキュウを狙ってきた時、短剣で応戦できるように。
「キュウ様。僕もキュウ様が準備できるまで守りますから」
 そう言った結城の背中を、キュウは片目だけ開けて見つめた。
 キュウほどの存在となれば、『守られる』という立場になることなどほとんどない。
 結城もキュウの能力ちからは何度となく見てきたはずだが、人智を超えた存在として扱うでもなく、普通に心配したり、普通に感謝したりする。
 神であろうと、妖怪であろうと、獣人であろうと、結城は特に頓着とんちゃくすることなく、普通に接する。
 特別な才覚など何一つなく、凡百に等しいはずの小林結城という人間の特別とは、そういうところにあるのではないだろうかと、キュウは密かに思っていた。
(やっぱり面白い人間ですね。結城さんは)
「くすくす、ではお願いしますね~」
 香炉からあふれ出た香煙こうえんは、すでに船体の上半分までを包み込もうとしていた。

(いったい何が起きてるんだ?)
 稔丸ねんまるスカイロフトスイートのドアをわずかに開け、廊下で起こっている事態を注意深く観察していた。
 つい先程から、船内では怪しい煙が充満しつつある。
 格闘大会でのアテナの戦いぶりにパニックを起こした乗客たちも、普通に船内を往来していた乗客たちも、その煙に触れただけで陸揚りくあげられた魚のようになってしまった。
 稔丸も『二十八家にじゅうはっけ』の一角として、それが精気を吸い取る何かしらの妖術であることは看破している。
 だが問題は、それがいったい何者による術なのかという点だった。
 豪華客船に乗り合わせた乗客全員から、じわじわと精気を吸い取ってしまう妖怪。
 そんな化け物クラスの存在が乗り合わせているなどという情報は、稔丸のところにも入っていなかった。
小林結城あのひとたちの仕業ってわけじゃないよね。手口がエグすぎる)
 煙に触れた人間たちは、みな白目をき、口から泡を吹き、胸を押さえながら痙攣けいれんを繰り返している。
 稔丸の見立てでは、気力の弱っている人間なら、あっさりとショック死させられる威力を持った恐るべき妖術だった。
 特別に取り寄せた魔除けの護符を所持していなければ、稔丸もまた精気を吸われたあわれな乗客たちの二の舞だった。
(シトローネとグリムにも持たせてあるから、大丈夫だとは思うけど……)
 稔丸のもう一つの心配は船外、突如として現れた海の怪物、クラーケンのことだった。
(兵器の即売会で新製品のデモンストレーションやるって聞いてたけど、もしかしてクラーケンあれのことだったのかな?)
 稔丸は窓の外で雄叫びを上げるクラーケンを見た。すでに本来の姿から、神話にも出てこないような異形の姿に変異してしまっている。
 こちらも稔丸の見立てでは、軍用艦十隻じゅっせきに相当する戦闘力を有していた。
(確かにスゴいけど、あんなのはチョットやり過ぎな気がするね。例の武器密売組織は何考えてんだろ)
 いまクラーケンは船の最上部にいる何者かと交戦している様子だった。
 それがおそらく結城たちであることは、稔丸も予想がついていたが、
クラーケンあんなのが出てくるのは予想外だったな。大丈夫かな)
 口をへの字に曲げながら、稔丸は腕時計で時間を確認した。

「アクティブソナーに反応2あり。一つは大型船舶と確認。もう一つは不明」
 インカムと機器で音響を確認した音響探査員ソナーマンが、てきぱきとした口調でつつがなく分析結果を伝える。
 それを聞いた軍服姿の屈強な男は、すぐには指示を出さず、薄目で情報を吟味する。
「本艦は目標との距離を4kmで保持。このまま静観する」
 軍服の男は艦内の要員にそう伝えると、
「それでいいな?」
 横に立つもう一人の男に確認を取った。
「かまへんかまへん。どっちみちアレどつくんはワシらの役目やないんやし」
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