小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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豪宴客船編

幕間 黒妖犬

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「ふ~……」
 寝室のベッドの端に座り、稔丸ねんまるは安堵の吐息を漏らした。
(今回もいささかきわどい一件だったなぁ。恵比須えびす様にいろいろ仕組まれた感はあるけど)
 稔丸はクイーン・アグリッピーナ号に乗船する一週間前のことを思い出していた。
 恵比須から直接送られてきた乗船チケットと、船内のオークションで売りに出される妖精たちの情報。
 これまで何度も乗船していたが、それはあくまで稔丸自身の意思と行動であって、恵比須からの指示を受けたのは初めてだった。
(正直ちょっと驚いたけど……恵比須様、相当はらえかねてたんだろな)
 毘沙門天びしゃもんてん所有の潜水艦の中で聞いた、クイーン・アグリッピーナ号壊滅を目論もくろんだ理由。
 それを語った時の恵比須の顔を思い出し、稔丸はまた背筋に寒気を感じた。
 商業神・恵比須の恩恵と恐ろしさは、多珂倉家たかくらけに生まれた者として充分知っていたつもりだが、実際に目の当たりにするとやはり恐ろしいところがあった。
 『二十八家にじゅうはっけ』の中で最も財力と経済に優れる多珂倉家は、元は摂津国の出身であり、先祖は恵比須神につかえることでその天恵てんけいを与えられた一族だった。
「稔丸、何か考え事をしているのカ?」
 稔丸の脚の間にしゃがみ込んでいたシトローネが顔を上げた。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと、ね」
「……そウ」
 シトローネは少しいぶかしげな目をした後、また稔丸の脚の間に顔を埋めた。
(ただ今回は恵比須様以外にも何者かが動いていた感じだったな)
 船内をくまなく満たした謎の妖気を帯びた煙と、副船長の肉体を乗っ取っていた管狐くだぎつね。それらの存在を考えれば、強大な力を持つ狐狸妖怪こりようかいが乗船していたのは明らかだった。
 それも稔丸たちの感知を潜り抜け、その気になれば乗客全員の命を一瞬で奪える、天狐てんこクラスかそれ以上の何者かが。
(そういえば恵比須様が――――)

なん稲荷神イナちゃんが変なことうとったな。ちょい前に古い知り合いが訪ねて来おって、護符を一枚したためてほしいて頼まれたて。しかもエラい別嬪べっぴんに着飾って、ええ感じの化粧までしとったんで、神使しんし連中が揃って見惚みとれとったって。普段んな格好も真似もせぇへんようなやっちゃから驚いたてな』

(――――って言ってたな。まさか……いや、ホントにそんな奴がいたんなら、多珂倉家うちだけじゃ手に負えないな。これ以上詮索するのはやめとこ)
 稲荷神にすら顔のく大物の存在を、稔丸は深く考えないよう頭の隅に押しやった。
「うっ! あぁ……」
 不意に伝わってきた強い刺激に、稔丸は顔をしかめ、腰を震わせた。
「……やっぱり不味まずイ」
 稔丸の脚の間から立ち上がったシトローネは、口の中をいくらかもごもごと動かした後、そう感想を述べた。
「なぜ人間の女はコレを喜んで飲むのか、未だに理解できなイ」
「いや、シトローネ。それはほとんどフィクションだと思うけど……」
「……」
 シトローネは何か納得しない表情のまま、脱ぎ捨ててあったバスローブを拾って身に着けた。
「もう行くの?」
「風呂に行って体を流したら、私はもう寝ル。『早起きは三文の得』だからナ。それに……」
 シトローネはベッドでうつ伏せになっているもう一人を一瞥いちべつした。
「それに?」
「いや、何でもなイ」
 それだけ言って、シトローネは稔丸の寝室を後にした。
「気をつかわれた……みたいだね」
 稔丸もまた、ベッドに横たわるその人物に目を向けた。
 一糸まとわぬ姿で伏せていたのは、獣人族のグリムだった。
「どうする? グリム」
「どうするって? もう一回するってこと?」
 聞き返すグリムからは、なぜか覇気が感じられない。その理由を知った上で、稔丸は話を進めることにした。
「ヨークシャーに戻りたいっていうなら手配するよ。もうあの船クイーン・アグリッピーナは二度と出航することはないし、君も『かたき』はったから、ここにいる理由もないんじゃないのか?」
「こんなカラダを引きずって?」
 稔丸に背中を見せて起き上がったグリムは、右腕で腹部をそっと抱いた。
「……」
 その意味するところは稔丸も理解しているので、それ以上言葉を継げなくなってしまった。
 グリムの中で、忌まわしい記憶の断片がフラッシュバックする。

 薄暗い部屋。汚らしい欲望に顔をゆがめた男たち。
 そして生気を失って横たわる妹たちと、そこへ向けられる注射器。
 必死に懇願こんがんするグリム。自らの腕に注射される謎の薬液。

 稔丸がかなりの交渉を重ね、ようやくグリムたちを買い取れる算段をつけた頃には、グリムは無残な姿で放置されていた。
 かかりつけの医者ヴィクトリア・フランケンシュタインの話では、薬剤の後遺症で本能的な衝動を抑えるのが難しくなってしまったらしい。
 独自の脳外科手法で改善できなくもないが、また別の問題が発生する可能性も大きいため、あまりすすめられないと言われている。
「ここに置いといてほしい。その代わり人殺し以外なら何でもする。どんな敵とだって戦うし、いつでもこのカラダを使ってくれて構わない。要らなくなったら切り捨ててくれていい」
「……そうまでしなくっていいよ。ただ帰りたいならって思ったから聞いただけさ」
「ありがとう、稔丸」
「いいさ。それに『あのたち』のこともあるし」
「うん。あの娘たちには世界のことを知っておいてほしいから。私たちみたいにならないように」
 二人が話していると、寝室の扉がわずかに開かれた。その開いた隙間からは、獣耳を生やした小さな子どもが二人、顔をのぞかせていた。
「あっ、おかーしゃんだ」
「おかーしゃんいたー」
 小さなバスローブを着た二人の子どもは、グリムを見つけると一目散に走ってきた。
「キルコ、キルケ、お風呂は上がったの?」
「うん。おふろはいったー」
「せっかおねーしゃんにあらってもらったー」
「そう。二人ともキレイキレイねー」
 走り寄ってきた二人を、グリムは愛おしそうに抱きしめた。
「待ってー、二人ともー。まだ髪が乾いてな――――――きゃあああ! 何やってるんですかー!」
 キルコとキルケを追ってきたであろうコロポックルの雪花せっかは、何も身に着けずにベッドにいる稔丸とグリムを見て叫び声を上げた。
「何って大人がするナニを――――ああ、ごめんごめん。雪花はまだ子どもだからちょっと刺激が――――――ごあぎゃ!」
 稔丸が全部言い終わる前に、雪花は扉の脇にあったつぼを投げつけていた。
「私だって成人してるから大人です! 子どもの前で何てこと言うんですか! やっぱり稔丸さんは○○○れて×××腐っちゃえ!」
「それも子どもの前ではどうかと思うけど?」
「あっ!」
 雪花はまずかったと思い、慌てて口元を手で押さえた。
「さっ、雪花おねーちゃんにベッドまで連れてってもらって。お母さんもすぐに行くから」
「はーい」
「ねんまるおじしゃんもおやすみー」
「ああ、おやすみー」
 グリムにそう言われたキルコとキルケは、扉の前にいる雪花のところに戻っていき、稔丸も二人を笑顔で見送った。
 ちょっと気まずそうな雪花が二人を連れて行き、寝室は再び稔丸とグリムだけになった。
「妹さんたちを助けられなかったのは、今でも申し訳ないと思ってるよ」
 稔丸の脳裏に数年前の記憶がぎる。

 病室のベッドに身体を預けている二人の少女。光を失ったと、大きく膨らんだ腹部。
 二人は出産後すぐ命を落としてしまった。

「それは稔丸のせいじゃない。妹たちのことは私も悲しかったけど、今はキルコとキルケに幸せになってほしいって思ってる」
 そう言いながら、グリムは下腹部にそっと手をえた。
 それを目の端で見た稔丸は、グリムの決意を密かに感じていた。薬剤の副作用で子どもが作れなくなった分、キルコとキルケの母親代わりになろうとしていることを。
「私も行くわ。雪花に預けてばかりもいられないし」
 グリムはバスローブを拾うと、手早く身に着けて扉に向かっていった。稔丸は特に何も言うことなく見送ろうとしていたが、
「稔丸」
 扉を開けようとしたグリムは、その直前で止まった。
「私に何かあった時は、キルコとキルケあのこたちをお願い」
 それだけ言って、グリムは稔丸の寝室から出て行った。
 しばらく稔丸は無言で扉を見つめていたが、やがてぽつりとつぶやいた。
「ああ、もちろん」
 すでに聞こえるはずのないグリムに返答すると、稔丸もバスローブを着始めた。
(さて、ボクも寝るか。あっ、そういえば……)
 ベッドに横になった稔丸は、一つ思い出したことがあった。
(オークションには最後までいたけど、獣人は一度も出品されなかったな)
 恵比須からの情報では、獣人の少女が一人、船に乗る予定だとあった。しかし、稔丸はオークション会場でも船内でも、それらしい少女は見かけていない。
(ガセだったのかな? でも恵比須様がガセを掴まされるはずもないしな)
 情報の成否が判明しないまま、稔丸のまぶたは重くなっていった。
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