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竜の恩讐編
太陽神と破壊神 その1
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「ふっは~! やっぱり古屋敷って一番のんびりできるよね~」
古屋敷に上がった天照は、さっそくリビングのソファに飛び込んで手足を思い切り伸ばした。
「そ、そうでしょうか? ア、天照様がいらっしゃるには普通すぎると思うのですが……」
「だ~って~、どこの社や宮に行っても、み~んなわたしに気を遣っちゃって。堅苦しいったらありゃしないんだも~ん」
「そ、それは、仕方ないと思いますけど……」
ソファに寝転び、まるで自宅のように寛ぐ少女に対し、結城は萎縮と恐縮が絶えなかった。
神話に詳しくない結城でも、その少女の、その女神の名前は知っている。
日本神話における最高神にして、太陽を司る女神、天照大御神。
その御名を聞くだけでも驚くのに、いま結城の目の前では、
「あっ、結城ちゃん。お茶まだ?」
「い、いまシロガネが用意してますので……」
なぜか夏休みに田舎に帰ってきた親戚の娘のように、あまりにもリラックスしてソファでゴロゴロしていた。
天照が言うように、どこに行っても最高神として、他の神々や神使に威厳を示さなければいけないので、本拠である伊勢神宮ですらあまり気を休めることができないらしい。
ある理由からほんの時々古屋敷に顔を出すのだが、その際はバカンスにでも着たように、普段の緊張は完全に放り出し、こうしてのんびりと過ごすようになっている。
天照曰く、『社でも何でもないから神や神使や人の目を気にすることなく伸び伸びできる』から、古屋敷は気に入っているらしい。
別段無茶な命令をしてくるわけでもなく、普通に居座っているだけなのだが、日本神話の最高神がいるとあっては結城の方が緊張して気が気でない。
「そんなに畏まらなくっていいよ、結城ちゃん。わたしだって気を遣ってないし」
「い、いや、その……」
「お土産に持ってきたやつ、どれでも好きなのお茶請けにしちゃっていいからさ」
「ほんと!? あまてらすさま!」
天照のその言葉に、食べ物に弱い媛寿がいち早く反応した。
「いいよー、媛寿ちゃん。果物でもご当地銘菓でも、どれでも好きなの開けてみてー」
天照が来る時は、決まってとんでもない量のお土産を持参してくるのも、結城が恐縮する理由の一つでもある。
天照自身は日本各地の神々から献上されてくる品々が、『いつも置き場所に困るくらいなのでもらってくれると助かる』という意味も含めた、ちょっとした手土産のつもりだという。
が、木箱一杯に入った果物や、ダンボール一杯に敷き詰められたご当地銘菓を、いつもトラック一台分は持ってくるので、小心者の結城はもらい過ぎ感が否めなかった。
「っと、その前に」
「わっ!?」
庭に置いてあるお土産の山に向かおうとした媛寿の前に、須佐之男がすっと立ち塞がった。
「媛寿ちゃん……」
須佐之男は媛寿の前に片膝をつくと、
「結婚してください」
後ろに持っていた花束を差し出した。
「うぅ~……」
媛寿はやや困ったような顔をすると、すぐさま逆方向へダッシュし、
「おわっと」
結城の脚に隠れて須佐之男をちらりと窺った。
「結婚してください」
須佐之男は距離を詰めると、結城の脚の後ろにいる媛寿に、再度花束を差し出す。
「うぅ~」
「まだダメかな、媛寿ちゃん? 誓ってオレは正妻だとか側室だとか区別つけたりしない! クシナダちゃんやカムオオイチちゃんと同じくらい媛寿ちゃんを大事にする! 絶対に約束する!」
「うぅ~」
いたって真剣に求婚してくる須佐之男だが、当の求婚されている媛寿は結城の陰に隠れたまま、困った顔で唸っている。
須佐之男は天照にくっついて古屋敷を訪れた際、決まって媛寿に求婚を申し込んでいた。
どうにも媛寿に一目惚れしたらしく、いつも媛寿に会うと挨拶代わりなくらい結婚を申し込んでいた。
媛寿もさすがに須佐之男ほどの神からの求婚とあっては、無下にすることもできないが、かといって受けるつもりもないので、応対に困って結城に隠れるのが常だった。
「……そうか。またもお前こそがオレの恋の障害となるようだな、小林結城!」
立ち上がった須佐之男は、媛寿との間に成り行きで立ってしまっている結城を指差した。
「え、いや、僕は……」
「今度こそはお前を完膚なきまで叩き潰し、媛寿ちゃんをオレに振り向かせてみせる! 勝負だ!」
「う~ん……」
気合充分な須佐之男とは対照的に、結城は媛寿と同様に困った顔で狼狽した。
須佐之男は媛寿が求婚を受けないのは、結城が原因だと目しているらしく―――その着眼点自体は合っている―――返答をもらえない場合は決まって結城に勝負を仕掛けてきていた。
ある時は相撲での勝負だったり、ある時は鉄でできた馬をどこまで遠くに投げられるかという勝負だったりしたが、いずれも全て結城の完敗であった。
日本神話における英雄神にして破壊神でもある須佐之男に、純粋なスペックが一般人で凡人の結城が適わないのは自明の理である。
ただ、須佐之男が勝っても媛寿がそもそも勝負について承諾していないので、どれも無効試合扱いになってしまっているわけだが。
「今回の勝負は――――――コレだ!」
須佐之男はタキシードの懐から、プラスチック製の薄いケースを取り出して突きつけた。
「え? これで?」
「あっ、まりおでりばりーえいとのすぺしゃるばーじょん」
須佐之男が突きつけてきたケースのパッケージには、『鞠男デリバリー八・特急便』の文字とともに、岡持ちを持った忍者風キャラたちが真剣な顔で全力疾走しているイラストが描かれていた。
忍典堂の人気ゲーム『スーパー鞠男庭番衆』の派生ゲームであり、指定されたポイントに先に出前を届けるのを競うタイムアタックレースゲームである。ちなみに媛寿の好きなゲームの一つでもある。
「そうだ! これで勝負だ! この日のためにオレは仕事もサボって特訓して、極限までタイムを縮めてきた――――――」
「そっか~。最近あんたのトコの神使が『須佐之男様が仕事中にどこかに消えてる』って言ってたけど、そ~ゆ~ことだったんだ~」
いつの間にか須佐之男の横に立っていた天照が、ゲームのケースをひょいと取り上げた。
「あ、姉貴、いや、それは……」
「多少のことはいいけど、入れ込みすぎるのはどうかな~。あんまりヒドいようなら、また岩戸に籠もってみようか~?」
天照の顔はにっこりと笑っているが、こめかみには青筋がしっかり浮き出ている。
「わあああ! タンマタンマ! それ勘弁してくれ! いまだにあの時のことで他の神からねちねち言われることがあるってのに!」
「だったらまだ来たばっかなんだし、おとなしくしてなさい。結城ちゃんと媛寿ちゃんも困ってるでしょ。ほら、二人に謝って」
「ご、ごめんなさい……」
「よろしい」
天照に諭されて、渋々と頭を下げる須佐之男。媛寿に対しては申し訳なさそうな目を向ける一方で、結城に対してはほとんど殺気に近い睨みをきかせていた。
天照と須佐之男が来ると、こういうことが絶えないので、結城としては恐縮しない時間の方が少なかった。
「媛寿ちゃん、うちの弟が変な邪魔いれちゃってごめんね。お茶菓子、媛寿ちゃんが好きに選んできていいから」
「う、うん」
ここまでのやりとりで媛寿もちょっぴり萎縮しつつ、庭に置いてあるお土産の山にとてとてと歩いていった。
「結城ちゃんもごめんね。いつもいつもこの愚弟が」
「い、いえ」
天照は右手で須佐之男の頭を強引に下げさせつつ、結城に左手を前に出して謝罪のポーズを取っていた。
特に何もしていないはずなのだが、結城はなぜか須佐之男に悪いことをしたような気になっていた。
「ユウキ、客人が来たようですが、依頼人ですか?」
「あ、アテナ様――――――うおっ!」
廊下からリビングに入ってきたアテナだったが、
「? どうしましたか、ユウキ?」
「ア、アテナ様、そ、その格好は……」
結城はアテナの服装に衝撃を受けて鼻血を噴きそうになっていた。
「この格好がどうかしましたか? 先程まで少しトレーニングをしていたのですが」
アテナは自身のセパレートタイプのスポーツウェアを見て、なぜ結城が狼狽えているのか首を傾げていた。
水着兼用のスポーツウェアであるため、ボディラインがくっきりと表れ、さらにタオルで汗を拭っている仕草までもが色気を醸してしまっているため、いきなりでは結城に刺激が強すぎたのである。
小林結城、二十五歳。童貞である。
「やっほー、アテナちゃん。久しぶり~」
「っ!」
太陽のようにキラキラとした笑顔で手を振る少女を目に留めたアテナは、声こそ上げなかったが珍しく驚いたような顔になった。
「ア、アマテラス様……」
「もう十月になるから、今年も迎えに来たよ~」
アテナが困り顔になる一方で、天照はとても嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべていた。
古屋敷に上がった天照は、さっそくリビングのソファに飛び込んで手足を思い切り伸ばした。
「そ、そうでしょうか? ア、天照様がいらっしゃるには普通すぎると思うのですが……」
「だ~って~、どこの社や宮に行っても、み~んなわたしに気を遣っちゃって。堅苦しいったらありゃしないんだも~ん」
「そ、それは、仕方ないと思いますけど……」
ソファに寝転び、まるで自宅のように寛ぐ少女に対し、結城は萎縮と恐縮が絶えなかった。
神話に詳しくない結城でも、その少女の、その女神の名前は知っている。
日本神話における最高神にして、太陽を司る女神、天照大御神。
その御名を聞くだけでも驚くのに、いま結城の目の前では、
「あっ、結城ちゃん。お茶まだ?」
「い、いまシロガネが用意してますので……」
なぜか夏休みに田舎に帰ってきた親戚の娘のように、あまりにもリラックスしてソファでゴロゴロしていた。
天照が言うように、どこに行っても最高神として、他の神々や神使に威厳を示さなければいけないので、本拠である伊勢神宮ですらあまり気を休めることができないらしい。
ある理由からほんの時々古屋敷に顔を出すのだが、その際はバカンスにでも着たように、普段の緊張は完全に放り出し、こうしてのんびりと過ごすようになっている。
天照曰く、『社でも何でもないから神や神使や人の目を気にすることなく伸び伸びできる』から、古屋敷は気に入っているらしい。
別段無茶な命令をしてくるわけでもなく、普通に居座っているだけなのだが、日本神話の最高神がいるとあっては結城の方が緊張して気が気でない。
「そんなに畏まらなくっていいよ、結城ちゃん。わたしだって気を遣ってないし」
「い、いや、その……」
「お土産に持ってきたやつ、どれでも好きなのお茶請けにしちゃっていいからさ」
「ほんと!? あまてらすさま!」
天照のその言葉に、食べ物に弱い媛寿がいち早く反応した。
「いいよー、媛寿ちゃん。果物でもご当地銘菓でも、どれでも好きなの開けてみてー」
天照が来る時は、決まってとんでもない量のお土産を持参してくるのも、結城が恐縮する理由の一つでもある。
天照自身は日本各地の神々から献上されてくる品々が、『いつも置き場所に困るくらいなのでもらってくれると助かる』という意味も含めた、ちょっとした手土産のつもりだという。
が、木箱一杯に入った果物や、ダンボール一杯に敷き詰められたご当地銘菓を、いつもトラック一台分は持ってくるので、小心者の結城はもらい過ぎ感が否めなかった。
「っと、その前に」
「わっ!?」
庭に置いてあるお土産の山に向かおうとした媛寿の前に、須佐之男がすっと立ち塞がった。
「媛寿ちゃん……」
須佐之男は媛寿の前に片膝をつくと、
「結婚してください」
後ろに持っていた花束を差し出した。
「うぅ~……」
媛寿はやや困ったような顔をすると、すぐさま逆方向へダッシュし、
「おわっと」
結城の脚に隠れて須佐之男をちらりと窺った。
「結婚してください」
須佐之男は距離を詰めると、結城の脚の後ろにいる媛寿に、再度花束を差し出す。
「うぅ~」
「まだダメかな、媛寿ちゃん? 誓ってオレは正妻だとか側室だとか区別つけたりしない! クシナダちゃんやカムオオイチちゃんと同じくらい媛寿ちゃんを大事にする! 絶対に約束する!」
「うぅ~」
いたって真剣に求婚してくる須佐之男だが、当の求婚されている媛寿は結城の陰に隠れたまま、困った顔で唸っている。
須佐之男は天照にくっついて古屋敷を訪れた際、決まって媛寿に求婚を申し込んでいた。
どうにも媛寿に一目惚れしたらしく、いつも媛寿に会うと挨拶代わりなくらい結婚を申し込んでいた。
媛寿もさすがに須佐之男ほどの神からの求婚とあっては、無下にすることもできないが、かといって受けるつもりもないので、応対に困って結城に隠れるのが常だった。
「……そうか。またもお前こそがオレの恋の障害となるようだな、小林結城!」
立ち上がった須佐之男は、媛寿との間に成り行きで立ってしまっている結城を指差した。
「え、いや、僕は……」
「今度こそはお前を完膚なきまで叩き潰し、媛寿ちゃんをオレに振り向かせてみせる! 勝負だ!」
「う~ん……」
気合充分な須佐之男とは対照的に、結城は媛寿と同様に困った顔で狼狽した。
須佐之男は媛寿が求婚を受けないのは、結城が原因だと目しているらしく―――その着眼点自体は合っている―――返答をもらえない場合は決まって結城に勝負を仕掛けてきていた。
ある時は相撲での勝負だったり、ある時は鉄でできた馬をどこまで遠くに投げられるかという勝負だったりしたが、いずれも全て結城の完敗であった。
日本神話における英雄神にして破壊神でもある須佐之男に、純粋なスペックが一般人で凡人の結城が適わないのは自明の理である。
ただ、須佐之男が勝っても媛寿がそもそも勝負について承諾していないので、どれも無効試合扱いになってしまっているわけだが。
「今回の勝負は――――――コレだ!」
須佐之男はタキシードの懐から、プラスチック製の薄いケースを取り出して突きつけた。
「え? これで?」
「あっ、まりおでりばりーえいとのすぺしゃるばーじょん」
須佐之男が突きつけてきたケースのパッケージには、『鞠男デリバリー八・特急便』の文字とともに、岡持ちを持った忍者風キャラたちが真剣な顔で全力疾走しているイラストが描かれていた。
忍典堂の人気ゲーム『スーパー鞠男庭番衆』の派生ゲームであり、指定されたポイントに先に出前を届けるのを競うタイムアタックレースゲームである。ちなみに媛寿の好きなゲームの一つでもある。
「そうだ! これで勝負だ! この日のためにオレは仕事もサボって特訓して、極限までタイムを縮めてきた――――――」
「そっか~。最近あんたのトコの神使が『須佐之男様が仕事中にどこかに消えてる』って言ってたけど、そ~ゆ~ことだったんだ~」
いつの間にか須佐之男の横に立っていた天照が、ゲームのケースをひょいと取り上げた。
「あ、姉貴、いや、それは……」
「多少のことはいいけど、入れ込みすぎるのはどうかな~。あんまりヒドいようなら、また岩戸に籠もってみようか~?」
天照の顔はにっこりと笑っているが、こめかみには青筋がしっかり浮き出ている。
「わあああ! タンマタンマ! それ勘弁してくれ! いまだにあの時のことで他の神からねちねち言われることがあるってのに!」
「だったらまだ来たばっかなんだし、おとなしくしてなさい。結城ちゃんと媛寿ちゃんも困ってるでしょ。ほら、二人に謝って」
「ご、ごめんなさい……」
「よろしい」
天照に諭されて、渋々と頭を下げる須佐之男。媛寿に対しては申し訳なさそうな目を向ける一方で、結城に対してはほとんど殺気に近い睨みをきかせていた。
天照と須佐之男が来ると、こういうことが絶えないので、結城としては恐縮しない時間の方が少なかった。
「媛寿ちゃん、うちの弟が変な邪魔いれちゃってごめんね。お茶菓子、媛寿ちゃんが好きに選んできていいから」
「う、うん」
ここまでのやりとりで媛寿もちょっぴり萎縮しつつ、庭に置いてあるお土産の山にとてとてと歩いていった。
「結城ちゃんもごめんね。いつもいつもこの愚弟が」
「い、いえ」
天照は右手で須佐之男の頭を強引に下げさせつつ、結城に左手を前に出して謝罪のポーズを取っていた。
特に何もしていないはずなのだが、結城はなぜか須佐之男に悪いことをしたような気になっていた。
「ユウキ、客人が来たようですが、依頼人ですか?」
「あ、アテナ様――――――うおっ!」
廊下からリビングに入ってきたアテナだったが、
「? どうしましたか、ユウキ?」
「ア、アテナ様、そ、その格好は……」
結城はアテナの服装に衝撃を受けて鼻血を噴きそうになっていた。
「この格好がどうかしましたか? 先程まで少しトレーニングをしていたのですが」
アテナは自身のセパレートタイプのスポーツウェアを見て、なぜ結城が狼狽えているのか首を傾げていた。
水着兼用のスポーツウェアであるため、ボディラインがくっきりと表れ、さらにタオルで汗を拭っている仕草までもが色気を醸してしまっているため、いきなりでは結城に刺激が強すぎたのである。
小林結城、二十五歳。童貞である。
「やっほー、アテナちゃん。久しぶり~」
「っ!」
太陽のようにキラキラとした笑顔で手を振る少女を目に留めたアテナは、声こそ上げなかったが珍しく驚いたような顔になった。
「ア、アマテラス様……」
「もう十月になるから、今年も迎えに来たよ~」
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