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竜の恩讐編
太陽神と破壊神 その2
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アテナがシャワーで汗を流し、着替えてくるのを待った後、結城たちは天照と須佐之男を交えてお茶を飲むことにした。
「ありがと、シロガネちゃん」
シロガネからソーサーに載ったティーカップを受け取った天照は、さっそく淹れたての紅茶を一口味見した。
「うん、いい感じ」
「どういたし、まして」
表情は変わらないが、天照に褒められて満更でもなさそうなシロガネ。
「それじゃお茶も来たことだし、改めてアテナちゃん、神無月だから迎えに来たよ」
リビングのソファで対面するように座るアテナに、天照はニッコリと笑いかけた。
「こうして来ていただかなくても、私は逃げも隠れもいたしません」
対するアテナは表情も態度も平静を保っているが、どこか乗り気ではない様子だった。
「そこんトコは心配してないよ~。古屋敷に来るのはわたしも息抜きしたいからだし。みんなにもお土産渡したいのもあるし」
天照はティーカップを一旦テーブルに置くと、開けられたクッキーの缶から数枚を取って口に運んだ。
「媛寿ちゃん、天神からもらった梅ケ枝餅とかどうかな? それとも本場京都の生八橋がいいか? オレの娘の宇迦之御魂神がイイやつ送ってきてくれてさ」
「あ、ありがとござます……」
一方、須佐之男はしきりにお土産の品を媛寿に薦めようとしてるが、当の媛寿はたじたじになって結城の陰に隠れるばかりだった。
「そんな奴の傍になんかいないで、オレの横に来なよ。土産の菓子ツマみながら八岐大蛇退治した時の話でも――――――」
「須佐之男! あんたちょっとうるさい! 媛寿ちゃんも困ってるでしょ! ……こほん、失礼。で、明日には出雲に出発することになるけど、その前に――――――」
須佐之男に一喝して黙らせた天照は、仕切りなおすように咳払いをすると、
「これ、今回の分だから目を通しておいてね」
アテナの前に冊子の束を差し出した。一つ一つは薄いが、全部重ねると百科事典に匹敵する厚さになっていた。
「……アマテラス様、私は――――」
「解ってる解ってる。あくまで顔合わせだけ。アテナちゃんに勝てなかったら即破断でいいって条件、わたしだって解ってるから」
明るい態度の天照と、あまり面白くなさそうなアテナ。
二柱の女神の会話を、結城はソファの端で小さくなって聞いていた。
アテナが日本に留まって活動すると決めた際、日本における最高神、つまり天照に許可を取り付ける必要があった。
いわゆる神様用の就労ビザのようなもので、これまでアテナが結城たちとともに様々な依頼をこなせているのもまた、裏を返せば天照のおかげということになる。
アテナの申請に天照は特に反対することもなく、むしろ大歓迎といった感じで許可を出したそうだが、二つほど条件が付けられていた。
一つは神無月には数日でもいいので、出雲に他の八百万の神々と同様に出向くこと。
もう一つは出向いた時にアテナとの結婚希望の男神と見合いをすること。
出雲には一ヶ月間まるまる滞在しなくてもいいし、アテナが提示する条件をクリアできなければ、求婚を受け入れなくていいというので、それほど厳しい制約ではない。
ただ、天照はアテナと日本の男神とをくっつけることにかなり意欲的であり、十月が近付けばこうして古屋敷にまで迎えに来て、見合い写真までしっかりこさえてくるほどだった。
出雲に行って何かとストレスが溜まる前に、古屋敷で休養を取っておきたいというのも本当であるが。
「条件については私も承知しています。そして譲歩をいただけたことも感謝しております。ですが私には純潔の誓いがある。私はこれを破るつもりはありません」
「けどそれって何千年も前のことでしょ? 破っても消滅するわけじゃないんだし、そろそろアテナちゃんも身を固めてもいい頃だと思うけど~?」
天照は見透かしたような目でアテナを見る。さながら優良株に期待を寄せる投資家の目をしていた。
「少なくとも私より弱い男神に下るつもりはありません」
「もちろんそれでいいよ。今だって噂に聞くだけでも結構いろいろやってくれて助かってるし。建御名方神くんの怨念も捕らえてくれたし、珍種の鬼神も倒してくれたし、この前なんて恵比須兄ちゃんがスゴイ感謝してたよ」
「私だけの力ではありません。ユウキと、皆の力があってこその成果です」
「まぁまぁ、謙遜しないで。ただね、わたしとしては日本もこの先いろいろあるだろうから、今のうちに優秀な神を増やしておきたいな~って思いもあるわけ」
「私もその点は理解できます。ニホンは良き国ですが、一切の問題がないとはいえません」
「そうそう。そこでね~」
天照は身を乗り出すと、左手の人差し指と中指で作った輪の中に、右手の人差し指を入れるようなジェスチャーをした。
「アテナちゃんの力を受け継ぐ神が何柱かいてくれたらいいかな~って。できれば百ダースくらいほしいんだけど、どう?」
(アテナ様が……子どもを……百ダース……)
「ぶっ!」
なぜかそこであまり深く話しに絡んでいなかった結城が鼻血を吹いた。
「ユウキ!?」
「わっ! ゆうき、だいじょうぶ!?」
「ふん、童貞め。その程度で鼻血を吹くとは。オレなんか今でもクシナダちゃんやカムオオイチちゃんとズッコンバッコン――――――ごっ!?」
「あんたはちょっと黙ってなさい」
結城を煽る須佐之男にゲンコツを食らわせて黙らせる天照。その間、アテナが結城を横に寝かせ、媛寿が結城の鼻にティッシュを詰め込む。
「そういうお話でしたら、アマテラス様ご自身が新しく良人を迎え入れて、神をお作りになれば良いのではありませんか?」
「それやっちゃうとわたしが特定の神を贔屓したって思われるから、けっこう方々が荒れちゃうのよね~。それに昔はともかく、今は神の間でも幼女趣味って流行らないから」
天照は苦笑いしながら自らの胸を叩いた。
「あ~あ、こういう時ウズメちゃんやサクヤちゃんが羨ましくなっちゃう。二人ともバインバインだし。でもいま重要なのは、せっかく日の本にギリシャ最強の女神が来てくれてるわけだから、ちょ~っと良縁がほしいな~ってこと」
天照はわざとらしいくらいの流し目をアテナに送った。
別段アテナも天照を嫌っているわけではない。むしろ日本での活動において様々な便宜を図ってもらえているので、多分に感謝しているほどだった。
一つ難点を挙げるとするならば、事あるごとにアテナに結婚相手を紹介しようとしてくる、少しありがた迷惑な親戚のようなところがあるというものだ。
「……この国にいる以上、私は私にできることを果たしましょう。仕度をして明日イズモに出向きます。ただし――――――」
「アテナちゃんが実力に納得できない男神はフッてくれてOK。それでいいよ。ここ二年ほど、アテナちゃんと花婿候補のガチンコバトルもいいイベントになってくれてるしね」
お互いに少しはぐらかす形になったが、アテナのお見合いに関しての話題はこれで打ち切りとなった。
余談だが、アテナのお見合いもといガチンコバトルは、八百万の神々の間で一種のトトカルチョ的な側面も持っており、神無月の出雲ではここ二年ほどホットなイベントとして大盛り上がりしている。なお、オッズはアテナが1、挑戦者の男神が9である。
「じゃ、明日は朝一で出雲にレッツゴーね。あっ、一応見合い写真には目を通しておいて、好みの男神がいたら言ってね」
「目は通しておきますが、何も報せることはありません。全員タカマガハラまで打ち上げて差し上げます」
ティーカップをテーブルに置いたアテナは、決意を示すように右拳を握って見せた。
「それはそれで楽しみ♪」
ほとんど殺気に近い気を受けながらも、そんなものはどこ吹く風といった様子で天照は微笑っていた。
「OΛ、RΠ1↓。gΓ7↑CA――――――O(おーい、戻ったー。いいイノシシが獲れ――――――お?)」
「あっ、お面ちゃん。おかえりー」
イノシシを肩に担いでリビングに戻ったマスクマンを、天照は満面の笑顔で迎えた。
ちなみに猪肉の半分は天照たちにお土産として持たせることになった。
「ありがと、シロガネちゃん」
シロガネからソーサーに載ったティーカップを受け取った天照は、さっそく淹れたての紅茶を一口味見した。
「うん、いい感じ」
「どういたし、まして」
表情は変わらないが、天照に褒められて満更でもなさそうなシロガネ。
「それじゃお茶も来たことだし、改めてアテナちゃん、神無月だから迎えに来たよ」
リビングのソファで対面するように座るアテナに、天照はニッコリと笑いかけた。
「こうして来ていただかなくても、私は逃げも隠れもいたしません」
対するアテナは表情も態度も平静を保っているが、どこか乗り気ではない様子だった。
「そこんトコは心配してないよ~。古屋敷に来るのはわたしも息抜きしたいからだし。みんなにもお土産渡したいのもあるし」
天照はティーカップを一旦テーブルに置くと、開けられたクッキーの缶から数枚を取って口に運んだ。
「媛寿ちゃん、天神からもらった梅ケ枝餅とかどうかな? それとも本場京都の生八橋がいいか? オレの娘の宇迦之御魂神がイイやつ送ってきてくれてさ」
「あ、ありがとござます……」
一方、須佐之男はしきりにお土産の品を媛寿に薦めようとしてるが、当の媛寿はたじたじになって結城の陰に隠れるばかりだった。
「そんな奴の傍になんかいないで、オレの横に来なよ。土産の菓子ツマみながら八岐大蛇退治した時の話でも――――――」
「須佐之男! あんたちょっとうるさい! 媛寿ちゃんも困ってるでしょ! ……こほん、失礼。で、明日には出雲に出発することになるけど、その前に――――――」
須佐之男に一喝して黙らせた天照は、仕切りなおすように咳払いをすると、
「これ、今回の分だから目を通しておいてね」
アテナの前に冊子の束を差し出した。一つ一つは薄いが、全部重ねると百科事典に匹敵する厚さになっていた。
「……アマテラス様、私は――――」
「解ってる解ってる。あくまで顔合わせだけ。アテナちゃんに勝てなかったら即破断でいいって条件、わたしだって解ってるから」
明るい態度の天照と、あまり面白くなさそうなアテナ。
二柱の女神の会話を、結城はソファの端で小さくなって聞いていた。
アテナが日本に留まって活動すると決めた際、日本における最高神、つまり天照に許可を取り付ける必要があった。
いわゆる神様用の就労ビザのようなもので、これまでアテナが結城たちとともに様々な依頼をこなせているのもまた、裏を返せば天照のおかげということになる。
アテナの申請に天照は特に反対することもなく、むしろ大歓迎といった感じで許可を出したそうだが、二つほど条件が付けられていた。
一つは神無月には数日でもいいので、出雲に他の八百万の神々と同様に出向くこと。
もう一つは出向いた時にアテナとの結婚希望の男神と見合いをすること。
出雲には一ヶ月間まるまる滞在しなくてもいいし、アテナが提示する条件をクリアできなければ、求婚を受け入れなくていいというので、それほど厳しい制約ではない。
ただ、天照はアテナと日本の男神とをくっつけることにかなり意欲的であり、十月が近付けばこうして古屋敷にまで迎えに来て、見合い写真までしっかりこさえてくるほどだった。
出雲に行って何かとストレスが溜まる前に、古屋敷で休養を取っておきたいというのも本当であるが。
「条件については私も承知しています。そして譲歩をいただけたことも感謝しております。ですが私には純潔の誓いがある。私はこれを破るつもりはありません」
「けどそれって何千年も前のことでしょ? 破っても消滅するわけじゃないんだし、そろそろアテナちゃんも身を固めてもいい頃だと思うけど~?」
天照は見透かしたような目でアテナを見る。さながら優良株に期待を寄せる投資家の目をしていた。
「少なくとも私より弱い男神に下るつもりはありません」
「もちろんそれでいいよ。今だって噂に聞くだけでも結構いろいろやってくれて助かってるし。建御名方神くんの怨念も捕らえてくれたし、珍種の鬼神も倒してくれたし、この前なんて恵比須兄ちゃんがスゴイ感謝してたよ」
「私だけの力ではありません。ユウキと、皆の力があってこその成果です」
「まぁまぁ、謙遜しないで。ただね、わたしとしては日本もこの先いろいろあるだろうから、今のうちに優秀な神を増やしておきたいな~って思いもあるわけ」
「私もその点は理解できます。ニホンは良き国ですが、一切の問題がないとはいえません」
「そうそう。そこでね~」
天照は身を乗り出すと、左手の人差し指と中指で作った輪の中に、右手の人差し指を入れるようなジェスチャーをした。
「アテナちゃんの力を受け継ぐ神が何柱かいてくれたらいいかな~って。できれば百ダースくらいほしいんだけど、どう?」
(アテナ様が……子どもを……百ダース……)
「ぶっ!」
なぜかそこであまり深く話しに絡んでいなかった結城が鼻血を吹いた。
「ユウキ!?」
「わっ! ゆうき、だいじょうぶ!?」
「ふん、童貞め。その程度で鼻血を吹くとは。オレなんか今でもクシナダちゃんやカムオオイチちゃんとズッコンバッコン――――――ごっ!?」
「あんたはちょっと黙ってなさい」
結城を煽る須佐之男にゲンコツを食らわせて黙らせる天照。その間、アテナが結城を横に寝かせ、媛寿が結城の鼻にティッシュを詰め込む。
「そういうお話でしたら、アマテラス様ご自身が新しく良人を迎え入れて、神をお作りになれば良いのではありませんか?」
「それやっちゃうとわたしが特定の神を贔屓したって思われるから、けっこう方々が荒れちゃうのよね~。それに昔はともかく、今は神の間でも幼女趣味って流行らないから」
天照は苦笑いしながら自らの胸を叩いた。
「あ~あ、こういう時ウズメちゃんやサクヤちゃんが羨ましくなっちゃう。二人ともバインバインだし。でもいま重要なのは、せっかく日の本にギリシャ最強の女神が来てくれてるわけだから、ちょ~っと良縁がほしいな~ってこと」
天照はわざとらしいくらいの流し目をアテナに送った。
別段アテナも天照を嫌っているわけではない。むしろ日本での活動において様々な便宜を図ってもらえているので、多分に感謝しているほどだった。
一つ難点を挙げるとするならば、事あるごとにアテナに結婚相手を紹介しようとしてくる、少しありがた迷惑な親戚のようなところがあるというものだ。
「……この国にいる以上、私は私にできることを果たしましょう。仕度をして明日イズモに出向きます。ただし――――――」
「アテナちゃんが実力に納得できない男神はフッてくれてOK。それでいいよ。ここ二年ほど、アテナちゃんと花婿候補のガチンコバトルもいいイベントになってくれてるしね」
お互いに少しはぐらかす形になったが、アテナのお見合いに関しての話題はこれで打ち切りとなった。
余談だが、アテナのお見合いもといガチンコバトルは、八百万の神々の間で一種のトトカルチョ的な側面も持っており、神無月の出雲ではここ二年ほどホットなイベントとして大盛り上がりしている。なお、オッズはアテナが1、挑戦者の男神が9である。
「じゃ、明日は朝一で出雲にレッツゴーね。あっ、一応見合い写真には目を通しておいて、好みの男神がいたら言ってね」
「目は通しておきますが、何も報せることはありません。全員タカマガハラまで打ち上げて差し上げます」
ティーカップをテーブルに置いたアテナは、決意を示すように右拳を握って見せた。
「それはそれで楽しみ♪」
ほとんど殺気に近い気を受けながらも、そんなものはどこ吹く風といった様子で天照は微笑っていた。
「OΛ、RΠ1↓。gΓ7↑CA――――――O(おーい、戻ったー。いいイノシシが獲れ――――――お?)」
「あっ、お面ちゃん。おかえりー」
イノシシを肩に担いでリビングに戻ったマスクマンを、天照は満面の笑顔で迎えた。
ちなみに猪肉の半分は天照たちにお土産として持たせることになった。
応援ありがとうございます!
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