小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

見送り……

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「では言って参ります」
「い、いってらっしゃい、アテナ様」
 翌日の十月一日、アテナは結城ゆうきたちに見送られ、出雲へと旅立つことになった。
(やっぱりお見合いしに行くっていうよりは決闘か戦争しに行くような感じだな)
 古屋敷ふるやしきの玄関に立つアテナの姿を見た結城は、そんな感想を心の中で述べていた。
 アテナは古代ギリシャ装束ペプロスの上に、胴鎧、腰鎧、手甲、脚甲を身に付けたフル装備で、かたわらには布で包んだ槍と神盾アイギスを置いている。
 まだ出発すらしていない時分から闘志をみなぎらせているので、結城でなくとも、それがお見合いに行くような雰囲気とは到底思えない。
 むしろ、適当な手荷物を詰めた中くらいの鞄の方が違和感をおぼえてしまうレベルだった。
(お見合いする神様全員倒しちゃうつもりでいるんだろうなぁ)
 本気になったアテナの拳を受け天高く打ち上げられるお相手の神様を想像すると、結城はそれだけで背筋が寒くなってしまった。アテナの膂力りょりょくを目の当たりにしてきた結城には、その光景が容易に思い浮かんだ。
「じゃ、アテナちゃんも準備できたみたいだし、そろそろ行こっか」
 つば広帽を被った天照アマテラスがそう言うと、古屋敷のドアをシロガネがうやうやしく開いた。
「お面ちゃん、イノシシの頭ありがとね。コレあるとイワナガちゃんの機嫌よくなって助かるんだ」
「OΠ。Jω1↑HT(ああ、ちょうどよかったようで何よりだ)」
 マスクマンが獲ってきたイノシシの半分は、シロガネがうまくさばいて出雲に行く天照たちの手土産として渡された。
 それでもまだ天照が持ってきた土産の一部にも満たっていないので、結城としては心苦しいところはあったが。
「あ~あ、これからまた八百万やおよろずの神たちの前で仰々しい格好して堅っ苦しい態度でいなきゃいけないのか~。もっと休みが取れてたら、もう少し古屋敷ここでゆっくりできたのに」
 天照は名残惜しそうに宙を蹴った。
 古屋敷に一泊した天照は、アテナとお茶をしたり、媛寿えんじゅとゲームをしたり、結城たちを伴って山を散歩したり、リビングのソファで昼寝をしたりと、かなり羽を伸ばして過ごしていた。
 そんな天照の様子を毎回見ながら、結城は『天照様も大変なんだろうな』と思い、古屋敷滞在中はなるべく好きなようにさせていた。いきなり訪ねてこられて驚かされるのも毎回のことだが。
「媛寿ちゃん! 今度来る時は牛一頭いっとうと海のさちたくさん持ってくるからね! それでバーベキューしよう! バーベキュー!」
「う、うん……」
 一方の須佐之男スサノオは媛寿の手を熱烈に握り、次に会う約束を取り付けていた。やはり媛寿は須佐之男相手にたじたじになってしまっている。
「そして小林結城! 次こそはお前を媛寿ちゃんの前でコテンパンにしてやるからな!」
「え? あ、はい……」
 須佐之男の勢いに押されてつい返事をしてしまう結城。ちなみに一応『鞠男まりおデリバリーエイト特急便スペシャル』で勝負して結城が負けたのだが、今回も媛寿が認めなかったので無効になった。
「今度は特別に八塩折ヤシオリの酒を持ってきてやる! それで飲み勝負だ! グデングデンに酔っ払って、媛寿ちゃんの前でみっともない姿をさらすがい――――――ぐぁ!」
「何言ってんの! あんなもの人が飲んだら一滴でも危ないでしょ! 結城ちゃんを急性アルコール中毒にする気!?」
 須佐之男が高らかに宣言しているところを、天照がゲンコツで止めに入った。
「ぐうぅ、姉貴……」
「ごめんね、結城ちゃん。愚弟コイツが毎回毎回」
「い、いえいえ……」
 天照に無理やり頭を下げさせられている須佐之男を見ていると、やはり申し訳ない気持ちになってしまう結城であった。特に何もしていないはずなのだが。
「じゃ、泊めてくれてありがとね、結城ちゃん。お土産は悪くならないうちに食べてね。アテナちゃんは長くても一週間くらいで帰って来るから安心して」
「わ、分かりました」
 天照は太陽神の役名よろしく、陽のように明るい笑顔と雰囲気でそう告げた。勢いが何となく須佐之男に似ているので、その点は姉弟なんだなと結城は思っていた。
「それじゃ出発しよっか、アテナちゃん」
「かしこまりました。ユウキ、戻るまで大事ないように過ごすのですよ」
「はい」
「エンジュ、あまり菓子を食べ過ぎないように」
「は~い」
「マスクマン、シロガネ。ユウキをよろしくお願いします」
「YΓ(分かった)」
「了、解」
「アテナちゃん、割と世話焼きというか、心配性なトコあるよね……」
 アテナと結城たちのやりとりを見て、天照はそんな感想を漏らした。
「さっ、アテナちゃん、出雲へGOゴーだよ。気合の入った男神たちが待ってるよー」
「いかなる武神であろうと、一柱残さず叩き伏せてみせましょう」
「ふふ~ん、そうはいくかな~? 今回はちょっとりすぐっちゃったから、アテナちゃんのお相手決まっちゃうかもよ~?」
 そんなことを話しながら、天照とアテナは山を下りていった。
「媛寿ちゃん、またね~! そして小林結城、首を洗って待ってろよ!」
 そしてそんな二人の後を須佐之男が追っていき、三柱の神々は出雲へと旅立っていた。
「ふっはぁ~、つかれたよ~、ゆうき~」
「はは、媛寿、おつかれ」
 天照たちが見えなくなると、媛寿は結城の脚にもたれかかるようにしがみ付いた。
 須佐之男がいる間、媛寿は求婚とアプローチの嵐を受けてばかりで、普段のように気を抜く暇がなかったので、珍しくヘトヘトになってしまっている。
「天照様からもらったお菓子でも食べて元気出そ」
「うん」
 媛寿を肩に抱え上げ、古屋敷の中へ戻っていく結城。
「ところで媛寿は何で須佐之男様と付き合わないの? アテナ様はああいうかただからしょうがないけど」
「え!? そ、それは、その~……」
 結城からの唐突な質問に、媛寿は顔を赤らめてそっぽを向いた。
「まぁ、媛寿はどっちかというと人を振り回しちゃうタイプだから、須佐之男様とかぶっちゃうだろうね。逆に媛寿の方が振り回されて、借りてきた猫みたいになっちゃう――――――あいふぇふぇふぇ! 媛寿えんひゅどうしたのひょうしひゃの?」
「しらないっ!」
 ちょっと不機嫌になった媛寿に頬をつねられながら、結城は古屋敷のリビングへと戻っていった。
『本日より十月。残暑の厳しかった九月から一転、運動会シーズンとなります』
 リビングのテレビからは、ニュースキャスターが月の替わりを淡々と告げていた。
「……」
 それからは特に当たりさわりのないニュースが流れているが、『十月』という単語を聞いた結城は、立ったまましばらくテレビ画面を見つめた。
「そうか。十月になったんだ……」
「ゆうき……」
 そうつぶやく結城の姿に、媛寿もまた何かを察して神妙な顔になった。
「媛寿、四日に出かけようか……」
「……うん」
 結城の提案に、重々しくうなずく媛寿。
「もう二年になるんだな……」
 壁にある十月のカレンダーを見つめる結城の目は、どこか遠く、そして意気消沈しているようだった。
 そんな結城の心情を、媛寿は痛いほどに感じ取っていた。
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