小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

三年前にて…… その10

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「……」
 ボロアパートの部屋の真ん中に置かれた卓袱台ちゃぶだいの前で、結城ゆうきは座って静かに考えていた。
 台所では媛寿えんじゅがお立ち台に乗り、小気味良い音を立てて夕食を作っている。
 普段なら、何か手伝うことはないかと結城がそわそわしているところだが、今日の結城は卓袱台に置かれた携帯電話と空中を、無言で交互にながめるばかりだった。
 その理由は媛寿もよくわかっているので、あえて何も言わず、夕食の準備を淡々と進めていた。
「う~ん……」
 ほとんど吐息のような、聞き取れるか聞き取れないか程度の音量で、結城は小さくうなった。
「ゆうき、どうするの?」
 白米が盛られた茶碗をおぼんから卓袱台に移しながら、媛寿はそれとなく依頼についてたずねた。
「どうする……か~」
 結城はもう一度だけ、携帯電話の液晶画面に表示された画像に目をやると、それを卓袱台からたたみの上に移動させた。
「何となくワケありなんだろうな~とは思ってたし、ピオニーアさんの態度からしても、あんまり触れてほしくないことなんだろうな~っていうのは、今日わかったし……」
「じゃあやめとく?」
「やめたらやめたで、ピオニーアさんを見捨てたようなことになりそう……な気がする」
 写真に写っていたピオニーア――おそらく十年ほど前の――は、着ていたドレスにしても、背景の庭園にしても、それなりに身分の高さが見受けられるものだった。
 ここまでで結城たちが聞いていたピオニーアの素性は、外国からの留学で日本に在住していて、現在は大学で法律だったか経済だったかの勉強をしているとのことだ。
 あとはちょっとした持病で定期的に通院しているという程度だったが、本人の立ち振る舞いなどからも、かなり育ちの良い人なんだろうと結城は思っていた。
 そこで今回の依頼や、提示された写真、ピオニーアの様子と全てを重ねてみると、やはり何か特別な事情がありそうだった。
 今にしてみると、依頼してきたサラリーマン風の男も、依頼内容から姿形すがたかたちまで怪しく感じられる。
 結城としては、ピオニーアと依頼者のどちらを信じるかといえば、断然ピオニーアの方が信じられる。
 だからといって、依頼を受けなければピオニーアに良くないことが起こるかもしれず、受ければピオニーアの身辺をあばかなければいけなくなる。
(どうしたら――――――ん?)
「そうだ!」
「ゆうき、どしたの?」
「依頼を受けるかどうかの前に、依頼してきた人を先に調べちゃうってのはどう?」
「あのさらりーまんみたいなの?」
「そうそう。あの人を調べて、もしピオニーアさんに悪いことしそうな人だったら―――」
「えんじゅがおしおきする?」
「あ、いや、それは最後の手段ってことで……おほん、ピオニーアさんに危害が及びそうなら、僕たちでその前にめちゃえばいい。本当に『親友ののこした子どもに会いたい』だけだったなら、それとなくピオニーアさんに事情を話してみればいい。どう?」
「う~ん……えんじゅもそれでいいとおもう。えんじゅもぴおにーあのことすきだし。ぴおにーあにわるいことするやつきらい」
「そっか。ありがとう、媛寿」
 やるべきことが定まったおかげか、結城はここまででもやもやしていた気分が少し楽になった。
「じゃあえんじゅ、あとで掛け矢はんまー手回しドリルどりる電気ノコギリのこぎりのよういしとく」
「ちょっ! 媛寿!? それは最後の手段だって――――――と、とりあえずご飯にしようよ。僕もうおなか減っちゃって」
「あっ、そうそう。きょうのにくじゃがはおにくぞうりょうちゅ~♪」
 ひとまず夕食の方に気が向き、上機嫌で台所にスキップしていく媛寿に、結城はほっと胸をでおろした。
 改めて夕食を待つ間、結城はピオニーアが言っていたことを再び思い出していた。
『もしかしたら……お二人とはもう、お別れすることになるかもしれません』
 そう口にしなければいけないほど、ピオニーアが抱えている素性は深いものなのかもしれないが、
(……そんなことに、ならないよね? ピオニーアさん……)
 できれば何ら大事おおごとにならず、これまで通り三人で依頼をこなしていけるようにと、結城はせつに願うばかりだった。

「本気か? それ」
「ええ、私にもしもの時があったら……お願いします」
「……伝手ツテはある。だからできないことはない。だが、それは日本こっちとしてもリスクが高いな」
「無理を言ってることは承知しています。それでも……それでも渡してしまうわけにはいかないんです」
「それって、君自身の事情か? それとも、赤の一族ジェラグとしての事情?」
「両方です……いえ、私の事情の方がまさっていますね」
「……分かった。なるべくそうなってほしくないが、一応準備しておく。家系オレの特権で伝手に話も通しておく」
「ありがとうございます」
「まっ、いいさ。友人から君のことは頼まれてるからな」
「では、よろしくお願いします。繋鴎けいおうさん」
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