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竜の恩讐編

三年前にて…… その14

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 洋館は老朽化が激しく、加えて媛寿えんじゅ座敷童子ざしきわらしとしての能力から、玄関を通って簡単に潜入することができた。
 とはいえ、あまりにも廊下がきしむので、媛寿は結城ゆうきの体に同化し、媛寿の案内の元、なるべく音が鳴らないように内部を移動することになった。
「媛寿、洋館ここって誰かいる気配する?」
(ん~……いる! もっとおくにふたり!)
 座敷童子の能力で屋内を探査した媛寿は、結城の意識の中で洋館の奥を指し示した。
「一人はあの依頼者ひとだと思うけど……もう一人?」
 結城としても、ピオニーアを狙う何者かがいるとするならば、単独ではない可能性も考えていた。
 依頼者とは別の人物がいるというなら、それが本当の黒幕か、あるいはまだ誰かにつながっているのか。
 雨戸が閉めきられ、陽が出ている時間でも暗い洋館内を移動しながら、結城は奥にいるであろうピオニーアを狙う者たちについて推測していた。
 ピオニーアと夏になる前に知り合い、これまで様々な事件を解決してきた。命が危うくなったことも何度かあった。
 しかし、結城自身、ピオニーアの素性をどこまで知っているかといえば、ほとんど知らないということに、今回の一件で気付かされてしまった。
 ピオニーアを危険から守りたいと思う一方で、ピオニーアが知られたくないと思っている素性を知ってしまうのではないか。そうなった時、これまでと同じ関係でいられるのか。
 薄暗い廊下を進みながら、結城は心に刺さった小骨のような懊悩おうのうかかえていた。
(……ゆうき)
「え? 何? えんじゅ」
(いまはあのさらりーまんみたいなやつのことしらべよ。そんでもってぴおにーあたすけよ。むずかしいことはそれから)
「媛寿……うん、そうだね媛寿。ありがとう」
(……どういたしまして)
 結城が抱える懊悩は、結城と同化している媛寿にもはっきり伝わっていた。
 ピオニーアの素性を全て知らないのは媛寿も同じだったが、結城と違い、媛寿は一つだけ知っていることがあった。
 夏祭りの夜に、二人だけで話した際に、ピオニーアから告白された事実。
 それ自体は結城が気にすることではないかもしれないが、そこから派生する背景まで知ることが、結城にとってりょうであるかは分からない。
 そしてピオニーアにとっても、これ以上の素性を知られるのが良であるとも限らない。
 あるいは結城に危険が及ぶかもしれないからこそ、ピオニーアは素性を伏せたり、今回の依頼から遠ざけようとしたのではと、媛寿もまた先に進む不安をおぼえていた。
(……いざとなったらえんじゅが)
「ん? 何か言った?」
(ううん、なんでもない。ゆうき、あそこ)
 媛寿にうながされ、結城は廊下の先を見た。
 暗い洋館内で唯一、明かりがれているドアがあった。

「兄貴、コイツは……」
「コチニール氏がついでに用意してくれたものだ」
「スゲェな。けどこんなモンを使う必要があるのか?」
「例の標的が持っている『血の力』は未知数だ。できれば無傷でらえたいが、『動けなくする』必要は出てくるかもしれない」
「それにしちゃあ物々ものものしいな。だいたいコレなんかゾウやシロクマに使う代物じゃねぇか」
「最悪の場合、死体でもかまわないそうだ」
「ハッ! まぁソッチの方が琥外家おれたちしょうに合ってんだがな」
はやるな。『血』を生み出し続ける本体、いや、その本体を量産することも可能かもしれんのだからな」
「そうだな。一応はコチニールの旦那だんなの意向どおり、りってこったな」
「で? 例の座敷童子のいた探偵から連絡は?」
「まだだ。依頼を受けるかどうか、少し待ってくれって話だったが」
「ふん! いかに座敷童子が憑いていようと、それほど期待できるものではないな。俺やコチニール氏のコネの方が早く情報を得られるかも――――――誰だ!」
「なにっ!?」
 ドアの隙間すきまからのぞいていた人影は、怒号を受けると即座に廊下を走っていった。

「そうか、ありがとう。急なことで悪かったな――――――――――情報が入った。例の人物は白壁市しらかべしはずれにある洋館によく出入りしている」
「正確な位置を教えてください。今からそこへ向かいます」
「君一人で行かせられるわけないだろ。播海家こっちで車を出すよ」
 足早に部屋を出ようとするピオニーアを追って、繋鴎けいおうも部屋を後にした。
 開け放たれてそのままの窓から風が吹き、テーブルの上の本のページを進めた。

『竜はテルマーを背中に乗せて空を行く。二人とも空の旅が大好きだった。飛んでいる先にきりが立ち込める山が見え、テルマーは山をけようと言ったが、竜は大丈夫だと言った。その時は、大丈夫だと思っていた』
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