小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

文字の大きさ
6 / 459

一日の終わりに(その2)

しおりを挟む
 風呂場での一悶着からようやく解放された結城は、台所のテーブルに上半身をベッタリと預けて脱力していた。
「僕はいつか大事なものを奪われてしまう気がする・・・」
 浴室内を女傑たちから必死に逃げ回り、出てきた時には茹でダコのような有様になっていた。未だに湯気がホカホカと昇っている。
「D$4L☆2CJ(訳:まぁ、飲めよ)」
 結城の前に置かれたコップに、マスクマンはココナッツミルクを注いだ。
「あ、ありがとう―――――ぷはぁ」
 ココナッツミルクを飲み干すと、思わず安堵の溜め息が出た。疲れを取るはずの入浴はとんでもない目に遭いかけたが、その一杯で忘れられそうな気がした。
 テーブルの向かいに座るマスクマンもまた、自分のコップにココナッツミルクを注ぎなおし、ゴクゴクと飲んでいる。相変わらず縦長の仮面の下方に付いている口で飲んでいるので、いったいどんな飲み方をしているのか甚だ疑問ではあるが。
 近場で開かれていたバザーの骨董コーナーで彼を見つけたことを、結城は思い出していた。どれでも500円のワンコインだと言われたので、一番目を引いたどこかの民族の仮面を購入した。自宅に持ち帰り、どこに飾ろうかと考えていると、いきなり仮面から影のように真っ黒な体が形成され、仮面を被った大男の姿になった。言葉はまったく分からなかったが、不思議と意思疎通はできた。アテナの鑑定ではどこかの精霊の一種で、邪悪な存在ではないとの評価だったので、彼もまた結城たちと生活するようになった。いまでは結城の相談に乗ってくれる良き友人のような間柄である。
「これ、食べて」
 ココナッツミルクで落ち着いてきた結城の前に、シロガネはカットフルーツの盛り合わせを差し出した。
「やり過ぎた。反省してる」
 やはり無表情ではあるが、少し俯き気味なので、気を落としているような意思は伝わってくる。表情こそ硬いが、シロガネは感情豊かなタイプだった。
 結城がマフオク(マフーオークション)で見つけた古い短剣。アンティーク扱いになっていたので、凶器に分類されていなかったその商品に、なぜか琴線に触れるものを感じ、彼は購入を即決した。届いたのは短剣が収まっているであろう小さめのダンボール箱だったが、まさかその中から人間の手が伸びてくるとは予想していなかった。ある意味ホラーな演出の後、箱から出てきたのは真っ白なエプロンドレスを身に付けた少女だった。
 いきなりご主人様認定されて困惑したものの、彼女の家事能力は非常に高く、料理、洗濯、掃除、さらには山菜の採取から獣肉の処置までこなした。おまけに鋭い洞察力まである。
 シロガネの優秀さに、結城は生活面で大いに助けられていた。
「大丈夫だよ、シロガネ。フルーツありがとう。いただきま―」
 結城はフルーツに手を伸ばそうとしたが、横でシロガネが皮を剥いたバナナにピンク色のゴム製品を被せているのが目に留まり、思わず振り返った。
「なにしてるの、シロガネ」
「私もバナナ、食べる」
「バナナに何を被せたの?」
「明るい家族計画」
「な、なんで?」
「この食べ方がおいしいと、書いてあった」
 シロガネはポケットから『けだものメイドのバナナ狩り千人』を取り出して、結城にズイと見せ付けた。またもヨーロッパ書院ガールズ文庫である。
「こうして食べていると、別のバナナも見つかる。書いてあった」
 妙に卑猥なゴム製品を被せられたバナナを持ちながら、シロガネは結城ににじり寄ってくる。基本的に優秀な彼女ではあるが、なぜかこういう方面でアグレッシブなアクションを起こすことが度々ある。
 その標的は常に結城なので、彼はその都度こう思っていた。
 や、ヤられる。
「君やっぱり全然反省してないでしょ。マスクマン、助け―」
 テーブルの向かいにいるはずのマスクマンに助けを求めようとしたが、直感が働いた彼はとっくにいなくなっていた。自分のコップとココナッツミルクも持って消えている。
「結城、バナナ出た?」
「え・・・いや・・・その」
 目前まで寄ってきたシロガネの爛々と輝く眼力に気圧され、しどろもどろになる結城。
「出ないなら、バナナ狩る」
 シロガネは手を高く掲げ、結城のズボン(の一部)に狙いを定めた。これも小説内にあった演出か。
「へ? ちょっ! ちょっと待っ―オォワアアァ!」
 古屋敷の台所から、盛大な叫び声が闇夜に響き渡った。

 一方その頃、マスクマンは居間で録画した番組を見ていた媛寿とアテナに混ざり、一緒に『メガネ探偵ドイル君』を視聴していた。
 今週は解決編で犯人が明かされるため、二人とも盛り上がり、台所から叫び声が挙がったことには露ほども気付いていなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について

青の雀
恋愛
ある冬の寒い日、公爵邸の門前に一人の女の子が捨てられていました。その女の子はなぜか黄金のおくるみに包まれていたのです。 公爵夫妻に娘がいなかったこともあり、本当の娘として大切に育てられてきました。年頃になり聖女認定されたので、王太子殿下の婚約者として内定されました。 ライバル公爵令嬢から、孤児だと暴かれたおかげで婚約破棄されてしまいます。 怒った女神は、養母のいる領地以外をすべて氷の国に変えてしまいます。 慌てた王国は、女神の怒りを収めようとあれやこれや手を尽くしますが、すべて裏目に出て滅びの道まっしぐらとなります。 というお話にする予定です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...