現実と真実〜幼馴染に浮気された男子高校生の物語〜

朝の清流

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第4話:現実逃避

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 バンバン、とバスケットボールがバウンドする音が体育館に響き渡っている。
 屋上にいた筈なのに、いつの間に体育館に来たんだろうか?
 ぼーっとしてしまっていて、何も覚えてない。

 「危ない、避けろっ」

 「痛っ」

 ボールが僕の頭に直撃した。
 でも、軽い物理的なショックのおかげで、僕がコートのど真ん中で突っ立っている事を理解できた。

 「おい、涼太、大丈夫か?」

 間抜けに突っ立ている僕に駆け寄ってきてくれたのは、バスケ部のエース、神崎先輩だった。
 他の部員の人たちの迷惑になっちゃうから、早く移動しないと。

 「だ、大丈夫です。少し気が抜けてました。今退きますね」
 「退くってお前、今は練習試合中だぞ?」
 「え……?」

 赤と青のビブスを着た部員たちが僕の間抜け面を見て笑っていた。
 そうか、今は練習試合中で、僕は赤チームの一員なのか。
 どうやら意識が半分飛びかけていたらしい。平気かと思っていたけど、やはり別れによるショックは大きかったようだ。

 「おい、みんな。俺は涼太と早退すっから、後頼んだ」
 「先輩?」
 
 神崎先輩の唐突な申し出に、僕も周りの部員たちも困惑してしまった。
 いつもの如く、先輩は僕の腕を強引に引っ張り、連行し始める。
 一応カバンを取ってくれたのがせめてもの優しさ。いや、僕をこうやって連れ出してくれる事が先輩の優しさだ。

 先輩に引き摺られながら体育館を出ようとすると、健斗が駆け寄ってきた。

 「おい、大丈夫かよ涼太?」
 「健斗か。お前は部活残ってろ。このヘタレは俺がどうにかするから、二年の指揮は任せたぞ」
 「え、は、はい、神崎先輩」

 僕が何も言わずとも、神崎先輩は僕の気持ちを察してくれる。
 健斗も僕のことを心配してくれる程十分に優しくて頼りになる親友だけど、たまに空気を読み違えるのが玉に瑕だ。
 でも心配してくれてありがとう、健斗。

 僕はそのまま先輩に連れられて、着替えずに帰路に着いた。


 「せ、先輩、もうそろそろ解放してくださいよ」

 校門を出てもいまだに半分引き摺られてる僕。
 道ゆく人に、あの子いじめられてるんじゃないの、とか言われるのは少し辛い。
 それに、優しい先輩が誤解されてしまうのはもっと嫌だ。

 「お、忘れてた。悪かったな」
 「忘れてたって……でも、なんかありがとうございました。全然集中できてなくて、あのままだとみんなの迷惑になっちゃってて……」
 「ったく、お前は。俺がそんな理由で練習抜けるわけないだろ? 俺が気にしてんのは、お前が集中できてない理由の方だよ。別に上手くもない割にお前は練習真面目に頑張るし、それが出来てねーってことは、やっぱ呼び出しは相当キツかったのか?」

 「…………平気、だったつもりなんですけどね。でも、ちゃんと別れました。香澄には散々言われましたけど、でも僕も言いたい事言えましたし、結果、オーライ、です……」

 残酷な現実を再び思い出してしまった。
 清楚な仮面の下にあった、漆黒の真実。
 僕が見ていたものは、すべて嘘だった。
 心を埋め尽くすのは複雑で、言葉にできないような感情。
 僕は、この憂愁を封じ込められる程の心の蓋を持っているのだろうか……

 先輩は、そんな落胆した僕の肩をガッと掴んで、歩き始めた。

 「そんな声でオーライとか言われても誰も信じる訳ねーだろ? 好きなヤツと別れて悲しいのは当たり前だ。だから無理すんなって。弱さを隠すのが強さじゃない。ダメな時はダメでいいんだ」

 「せ、先輩……」

 少し涙がこぼれそうになった。でも、堪えられた。
 弱さを隠している訳じゃない。ただ、もう涙は出尽くしたんだと思う。
 自分では何もできる気がしない。一人じゃ、現状から一歩進める自信がない。

 なら、ダメな僕は、先輩の包容力に縋すがってみよう。
 
 「やっと正直者の気弱後輩の顔になったな。じゃあ気分転換に遊びに行くぞ。まずはゲーセンからだ」
 「はい!」


 ゲームセンターに着いて、てっきり二人で遊べるシューティングゲームなんかをプレイするのかと思ったら、全くもってそうじゃなかった。流石は神崎先輩。

 「あー、くそ。なんで取れねーんだよ」

 ジャラジャラと、まるでメダルゲームをやっているかのように百円玉をUFOキャッチャーに投入していく神崎先輩。
 狙ってるのは先輩が好きな少年漫画のキャラのフィギュア。今ので見事に五千円を突破した。

 「先輩、もう買ったほうが安くないですか?」
 「うるせーよ。UFOキャッチャーで取るのにロマンがあるんだよ。なんかこう言うの上手いのってカッコいいだろ?」
 「いや、先輩随分と下手ですよね……」

 そんな僕の呟きは大音量の店内BGMにかき消され、先輩はまた唸り声をあげた。
 よくやるよな~。まぁ、何かに苦戦してる先輩は珍しいから見ていて楽しいけど。
 決して人の不幸を面白がって見ているわけではない。多分だけど。

 「ぬぉー。なんで落ちねーんだよ! 途中まで持ち上げて落とすのは反則だろ⁉︎ ったく、ボッタクリなんじゃねーのか?」
 
 すると、店員のお姉さんが痛いものを見る目をこちらに向けてきた。
 
 「先輩、お店の迷惑になってますよ」
 「こんな爆音で音楽流してる店でいくら叫んでも誰も文句は言えねーって。にしても本当にこれ取れんのか? 俺の財布がすげー軽くなってきてるんだが」
 「先輩が下手なんですよ。僕が取ってあげましょうか?」
 「なっ、お前、上手いならなんで言わなかったんだよ? もしかしてあれか、俺が苦しんで金をつぎ込んでるのを見て楽しんでたのか?」

 図星なだけに何も言えない。でも、取ってあげれば文句はないだろう。
 僕は気弱でヘタレだけど、昔からUFOキャッチャーは好きだったし、中学までお父さんとよく来てたからまだ感は鈍ってないはずだ。

 「そんなことはないですけど、先輩は自分で取りたかったんでしょう?」
 「ん、まぁそうだな。でも取れんならやってくれ。金は出すからよ」

 チャリン、と先輩が追加の百円玉を僕に投資してくれた。
 これで取れなかったら絞められるかもしれないな。まぁいつも通りだし、いっか。

 「箱に入ったフィギュアは、蓋のとこにある隙間を狙うんですよ。見ていてくださいね」

 バスケよりも長い事やっていたアームの操作は、まだ僕の体に染み付いているようだ。
 最初の横移動は無事に成功。目当ての箱の目の前に配置することができた。
 そして、次の縦移動も難なく成功した。
 問題はこの後のアームを途中で停止する動作。
 箱の蓋の隙間の高さでピッタリと止まらないと、上手く爪が食い込んでくれない。

 ウィーン、とアームはゆっくりと降下していく。
 緊張の一瞬。でもまだ早い。まだ、まだだ……

 「ここっ」

 バシン、っとアームの爪が狙い通りに蓋の隙間を捉えた。
 そのまま直上に持ち上がる景品。
 普通だったら、アームが上に上がりきったところで反動で落ちてしまうけど、この引っ掛け技ならそんな心配はしなくていい。

 箱の蓋は僕のと違って頑丈だから。

 フィギィアは景品獲得口の真上で無事に落とされ、成功した時に流れる音とともに、取り出し口に顔を出した。
 
 「マジかよ⁉︎ 一発で取れるとか、涼太にも取り柄があったんだな?」
 「いやいや、UFOキャッチャーができるくらいですよ。それ以外は、先輩のご存知の通りのヘタレです」
 「俺はすごいと思うぞ? まぁ、他の部分がってのは否定はしないけどな」

 先輩は、目当てのものをお母さんに買ってもらえた少年のような目でフィギュアの箱を取った。
 忍者のキャラクターみたいだけど、僕はあんまり知らないや。
 でも、喜んでくれてよかったよ。いつも助けてもらってるお礼……にしては安いかもな。
 今度また何かを取ってあげよう。

 「よしっ、じゃあ目当ての物も手に入れたし、次はあのゾンビゲーやろうぜ。あ、でも俺金ないから涼太のおごりな?」
 「先輩、それってカツアゲですか? 後輩に集るのはよくないですよ?」
 「ったく、涼太はヘタレのくせにたまに厳しいな。まぁいつも俺が面倒見てやってるお礼に、一回くらい奢れ。絶対一発でクリアしてやっからよ」

 なんか、何回もコンテニューしそうだな。
 まぁたまにならいいか。先輩には本当にお世話になってるし、こんな事でいいなら喜んで。

 「分かりました。じゃあ行きましょうか」


 店の奥の方にある対ゾンビのシューティングゲーム。
 少し古い機体で、あまり人気はないようだ。
 でも、その隣にある新しい機体にはすごい人集りができている。
 
 「すげーよ、あの美人な姉ちゃん。もうちょいでノーコンクリアだぜ?」
 「マジ⁉︎ ってかおっぱいでけー。ヘソ出し黒ジャケットとか、なんかエロいな」

 周りの男子高校生たちが釘付けになってるのはそういう理由か。
 ただ上手いだけじゃないらしい。色んな意味で見てみたいな。

 「おるゥァーーー、死ねェーーー、このクソゴミどもォーーー」

 あれ、なんか聞いた事あるような声だな。
 少し声色は違うけど、僕が女神様だと感じるような荒いけど優しい声。
 それに、神崎先輩が突然ブルブルと体を震えさせ始めたし、まさかこの人集りの中心にいる人って……

 「「「「おお!」」」」

 いやらしい視線を送り続けていた男衆が、中心の美人さんに向けて歓声をあげた。
 
 「よっしゃぁー、クリアァーーー!」

 昨日見た、華奢な右腕が宙に掲げられた。
 それに応えるかのように、周りの人達は拍手を送り、美人さんを通すために道を開け始めた。
 現れたのは、白いシャツに黒のジャケット、そして黒のスキニージーンズを着た妖艶な女性。先輩のお姉さん、絢香さんだった。

 「おっ、涼太くんじゃないか。それに篤も。あんたら、まだ部活の時間だろ? まさかサボりか~?」

 僕たちに近づきながら、絢香さんは実に痛いところを突いてきた。
 先輩はまだ震えているし、僕が自分で説明するしかないのかな……

 「こんにちは絢香さん。今日は先輩が僕を励ますためにここに連れてきてくれたんですよ。ちょっと、色々ありまして……」
 
 こう言う、ふとした事であの嫌な光景が脳裏に浮かび上がってくる。
 せっかく好調子だったのに、少しだけ消沈してしまった。
 自分でも嫌になるほど脆い蓋だな。
 
 「そっかー。まぁ、涼太くんは大変だろうね。篤にしてはナイスな提案だけど、どうも私の見る限り涼太くんを元気付けてるようには見えないんだけど?」

 絢香さんの視線は、先輩が大切そうに持っているフィギュアの箱が入った袋に向けられていた。
 先輩は必死に目線を絢香さんから逸らしている。ここは僕が助けてあげないと。

 「そ、そのフィギィアは僕が気分転換がてら取ったやつですよ。先輩はちゃんと僕を助けてくれてます」
 「そーお? ならいいんだけどさ。それよりも、あの後どうなったかとか聞かせてくれないかな? お姉さん、アドバイスしたから責任感じちゃって」

 絢香さんは決して興味本位でこんなことを聞いているわけではない。
 きちんと僕の現状を案じてくれている。先輩が僕に見せてくれるのと同じ表情だから、それがよく分かる。
 先輩に依存している僕だから、それがよく分かる。
 
 「いいですけど、ここだとちょっと……」
 「じゃあうちに来なよ。どうせならお泊まりで」
 「え、泊まりですk ……」

 「レッツゴー‼︎」
 
 僕と先輩は半ば強引に引きずられるようにして、ゲームセンターを後にした。
 やっぱり、姉弟は似るものなんだな……
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