20 / 33
リノの道程 1
しおりを挟む幼い頃の記憶はあまり思い出したくない。
「貴方の名前は貴族のお父さんから貰ったのよ」
と言うのが口癖だった母さんは優しい人だった。けれど、いつも義父さんに暴力を奮われていた。
いや、コイツは義父さんなんかじゃない。家に帰って来ては金を無心し、僅かばかりの金を強引に奪うとすぐに家を出ていく。
そのお金がないと生活ができないと、母さんが泣いてすがると
「鬱陶しい!」
と殴る蹴るの暴力を奮う。母さんを庇おうと、僕が前に出ると僕も同じように殴られた。
「俺の子じゃねぇのに、なんで育てなきゃならねぇんだよ?!」
そう言ってその男は僕たちをいつも虐げた。
母さんは朝から晩まで働いていた。いつも何処かに生傷を作っていて、それでも僕には微笑みを見せてくれていた。
「リノの本当のお父さんは貴族なの。貴方には半分、貴族の血が通っているのよ」
母さんはそれを誇りのように言うが、僕には何の意味もない事のように思っていた。そんな母さんはある日突然倒れて、それから一度も起きることなくこの世を去った。長年の疲労が溜まったのかなんなのか、急に心臓が止まったからだと説明された。
あの男は母さんが横たわっているのを見て、涙も見せずに家中を探すようにしてお金を持って、それから帰って来なくなった。
そうして僕は孤児院に送られる事になった
母さんが亡くなって悲しい筈なのに、僕は泣くことが出来なかった。もう何年も笑えてなかったように思う。母さんの微笑みは、いつも何処か諦めが入っているように感じて、素直にそれを受け止める事ができなかったんだ。
孤児院にいても、何も変わらない。誰も僕に干渉しないで欲しい。関わらないで欲しい。そう思っていた。
無理な笑顔や上辺だけの言葉にはウンザリだった。
元から一人だったように思う。母さんはいつもここではない何処かを見ていたような感じがした。いつか自分の元へ、その貴族が迎えに来ると思っていたようだった。だから女性としての佇まいにはだけは気をつけていた。
義父だった男は、はじめは母さんが凄く好きだったみたいだったけど、心ここにあらずな母さんに愛想をつかしたようだった。
僕はきっと、誰からも求められていなかった。ただ一人の肉親である母さんにも。
だから自分からも求めようとしなかった。
だけど、この孤児院に長年いる女の子、サラサが突き飛ばされたのを見た時は勝手に体が動いていた。どんな理由であれ、女に暴力を奮う男は許せない。それだけは自分に根付いた教訓のようだった。
サラサはいつも笑顔で元気な女の子だった。だけど、その髪色が深紅であったが為だけに、心無い虐めを受けていたのだ。
その髪色を僕は綺麗だと思った。淑やかな髪色は、落ち着いた上品な色合いで、僕は高級感のある髪色だと思っていたんだ。
きっと着飾ったら、何処かのお嬢様と見違えるようになるんじゃないかと思うくらい、サラサの髪色に心惹かれたんだ。
虐められても、サラサは元気だった。文句や悪口を言うこともなく、
「仕方ないねー」
と笑っているような子だった。
強い子だなって思った。どうして嫌な事をされても笑えるのかが分からなかった。
その笑顔に触れたかった。サラサといると、自分が何に拘って意固地になっていたのか分からなくなる程に心が癒されていった。
そしていつしかそれは恋と言うものに変わっていった。
サラサといると、自分を気負う事がなかった。素直になれた。自然に自分も笑えている事に驚いた。サラサを笑顔にしたくて、色んな話をした。サラサは僕の初恋の人で、かけがえのない存在となった。
そんなサラサに僕はプロポーズをした。
それは幼い自分が何とか伝えた精一杯の想い。サラサにはどう伝わったかな。
恥ずかしそうに下を向いていたサラサに、野バラを摘み取って髪に挿し、
「 大きくなったらサラサと同じ髪色の薔薇をいっぱいプレゼントするよ。真っ赤な薔薇はね、愛情を意味するんだよ」
そう伝えた。
サラサの小さな手を取って、一緒に山から孤児院まで帰ったあの時は幸せだった。
本当にサラサ以外に好きになれる人はいないと、あの頃から僕は思っていたんだ。
だけどその日の夜遅く、寝ている僕は院長先生に起こされた。何事かと、寝ぼけた目を擦りながら院長先生に連れられたのは応接室。そこには身なりの良い服を着た男の人がいて、
「間違いない。旦那様にソックリだ」
と言って笑った。
それからすぐに荷物も持たずに着の身着のままで、僕は孤児院から連れ出された。何が起こったのかよく分からなかった。どうして自分がここから連れて行かれるのかも理解出来なかった。
せめてサラサに最後に会いたかったけれど、それも叶わなかった。強引に手首を掴まれ孤児院の外に出たら、そこには見たこともない程に豪華な馬車が停まってあった。
もしかして……本当のお父さんが僕を迎えに来たの?
ならどうして母さんが亡くなった時に迎えに来てくれなかったんだろう。いや、それだとサラサと会うことも出来なかった。だから孤児院に来たことは僕にとっては必然だった。
だけど、どうしていきなり……
着いた場所は大きなお邸だった。その大きさに足がすくんでしまったけれど、引き摺るようにして僕は邸内へと連れていかれた。
待っていたのは僕と同じ髪色と瞳を持つ男の人。あぁ、あれが僕のお父さんか。そう直感した。
その人はジュリアーノ・ジョルジュ辺境伯。この辺境の地を守るその人だった。
その傍らに金の髪色が綺麗な青い瞳の女の人がいて、ずっと僕を睨み付けていた。
父は僕を笑顔で迎えてくれた。きっと横にいる女の人は奥さんなんだろう。他の女の人との子供をその人が快く受け入れられる筈はない。僕は瞬時にその事を理解した。
「よく来てくれたね。名前はなんと言うんだい?」
「……リノです」
「リノ……? 厚かましくもジュリアーノ様の名前から頂いて名付けたとでも言うつもり?!」
「やめないか、エスメラルダ」
「嫌よ。そんなこれ見よがしな名前なんて!」
「分かった。分かったから落ち着いてくれないか。リノ、君を私の息子として迎えよう。だがその名前は変えさせて貰うよ。良いね?」
「え……でも……」
「たかが平民に口答えは許しません! わたくしが教育をしなおします!」
僕を息子にすると言う癖に、平民だと言い放つエスメラルダと呼ばれたその人は、僕の母親となる筈の人だった。
手続き上はそうなった。僕は養子として迎え入れられ、辺境伯令息となった。名前もリノからヴィルヘルムと言う堅苦しい名前に変えられてしまった。
だけど、その人は自分の事を母上とは呼ばせずに、『エスメラルダ様』と呼ばせた。同じように僕が父親にジュリアーノ様と呼ぶと、
「ヴィル、私を父上と呼んで貰えないだろうか」
と、懇願するように言われてしまう。だから父上、エスメラルダ様と呼び分けるようになってしまった。
ただ、エスメラルダ様の前では、ジュリアーノ様と言わなければ後で折檻されてしまうので、気をつけて呼ばなければならないと言うややこしい事となっている。
エスメラルダ様には日々、貴族としての教育を受けている。と言うよりも、それは教育という名の虐待だった。
僕を気に入らないエスメラルダ様は、少しでも僕が自分の思うように動かないと、手にした馬を焚き付ける時に使う鞭で容赦なく殴り付けてきた。姿勢、立ち居振舞い、貴族の名前や関係性等の知識を、文字通り叩き込まれた。
魔法や剣術は流石に他の講師をつけられた。そして学問に関しても専用の講師がつけられた。
跡取りとして、僕はそうやって鍛え上げられていったのだ。
10
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
恋い焦がれて
さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。
最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。
必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。
だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。
そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。
さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。
※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です
※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません)
※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。
https://twitter.com/SATORYO_HOME
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる