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届かない声
しおりを挟むアシュリーの治療が一通り終わった。そのままアシュリーは眠ってしまった。俺とウルは居間に戻って、テーブルで出されたお茶を飲んでいる。
「リュカって、どういう事なん?」
「あぁ……アシュリーがリュカの魂と共に生まれ変わってきたのは知ってるか?」
「うん、それは聞いて知ってる」
「あの後……ディルクの魂がアシュリーの体に取り込まれて、それから三日間アシュリーは眠ったままだった。漸く目覚めたと思ったら、それはアシュリーじゃなくてリュカの人格だったんだ」
「そうなん? それホンマにリュカなん?」
「俺も最初は戸惑った。リュカにも確認して、セームルグにも聞いた。アシュリーは今何も受け入れられない状態でいるみたいなんだ」
「それは……そうなるのも仕方ない事かも知れへんな……ディルクは姉ちゃの為に命を渡して、でも自分は兄ちゃに拒絶されて……」
「それは……マジで反省してる……俺が全部悪い」
「ホンマに。一人で勝手に間違った答え出して。あんな一途に思ってくれる姉ちゃを諦めるとか、考えられへん事やで?!」
「そうだな……」
「まぁ、ホンマに反省してるみたいやからこれ以上言わんけど。で、これからどうすんの?」
「とにかく、今は体を休めるのが一番かな。目も当分はあの状態みたいだし。回復魔法が効かないって……キツイな……」
「うん……今までも、姉ちゃは傷を負っても、もう大丈夫って言って無理をしてた。どうにかしてあげたいけど、どうにもできひん。もどかしくて仕方ないわ……」
「せめて俺が痛みや傷を奪えたらな……」
「そんなん出来るん?」
「あぁ。ある程度のモノは人から奪える。けど、アシュリーの怪我は奪えなかった。なんでかは分かんねぇけど……」
「姉ちゃがそれを拒否してるとか……?」
「その可能性はあるな。今は誰からも干渉されたくねぇみたいだからな……」
「じゃあどうするん? どうなるん?」
「とにかく誤解を解きたい。俺がアシュリーを愛しているって事を知って貰いたい。それをなんとか伝えていくしかねぇって思ってる」
「そうやな……」
「またこうやってアシュリーを連れて治療に来るよ。もう俺も誰にも会わないとか、そんなことは止める。だから、ウルもまた会ってくんねぇかな?」
「まぁ、どうしてもって言うんなら……ええけどな」
「あぁ、どうしても、だ」
「そこまで言うんやったら会うたるわ」
「ハハハ、ありがとな」
ウルとも和解できた。良かった。こうやって俺に何でも言ってくれる人は今となりゃ希少だ。有り難く思わねぇとな。
「で、兄ちゃは今何してるん? あちこちにおる英雄は、兄ちゃの作ったゴーレムやろ? 姉ちゃが言うてた」
「そうだな。まぁ、英雄って言われてるゴーレム以外にも、各地にいっぱいゴーレムは置いてるな。で、村や街に何か起こってないかを確認したりもしてる。ソイツらに魔力の供給に行かねぇとダメだし、各地にいる孤児達の様子を見に、行商人としての仕事もしてるな。あとはここではヴァルツとして、影で仕事をしてるとか……」
「なんややる事多そうやな。って事は、ロヴァダ国の事は兄ちゃが持ってきた案件か?!」
「そうだ。あの国がアシュリーを禍の子として付け狙っていたからな。調べたらとんでもねぇ国だって事が分かった。だから俺が介入した」
「そうやったんやな……」
「俺は悪い奴を倒すとかは出来るけど、国を立て直すとかは無理だからオルギアン帝国に任せる事にした。それにディルクが選出されたって訳だな」
「うん。そういうのには適した人材やったからな。そのせいで姉ちゃと別々になってもうたけど……」
「俺もそんなつもりじゃなかった。悪いことをしたな……」
「それは仕方なかったやろうけど。で、今はどうしてるん? 姉ちゃと一緒におるんやったら、仕事はできひんのんちゃうん?」
「まぁ……そうだな……今は俺の代わりにゴーレムにさせてるけど、各地にいるゴーレムに魔力の供給は出来ねぇからな」
「じゃあ、ここに姉ちゃ連れて来たら? ここで面倒見るのは何も問題ないし」
「そう、だな……それが一番安全か……」
「出来ることはゴーレムに任せて、どうしてものやつだけにしといたら良いやろし。あたしも協力するやん? 他でもない兄ちゃと姉ちゃの事なんやし」
「あぁ。助かる。ありがとな」
「お礼とかいらんわ。姉ちゃに会えんくて、ずっと心配やってんから」
「そうだな。すまなかった」
「そうや。兄ちゃは取り敢えず謝っとき。アホなことしたんやからな」
そんなふうにウルに苦言を呈されて、俺は子供みてぇに縮こまるしかない。それでいい。こういうのは大切な事だからな。
そうやってウルと話していると、アシュリーがメイドのメアリーに支えられながら寝室から出てきた。
「エリアス……? どこ?」
「あ、ここだ。どうした? もう起きたのか?」
「良かった、エリアスいた……!」
俺の声のする方へ辿々しく歩いて来ようとするのを迎えに行って抱き上げる。そのままソファーに座ってアシュリーを膝の上に乗せると、俺の胸に顔を埋めて抱きついてくる。
……可愛すぎる……
「エリアスがいなくなっちゃったって思ったら怖くなって……でもいてた。良かった……」
「何処にも行かねぇよ。ずっと傍にいる」
「うん……」
「なぁ、えっと……リュカ? 兄ちゃが仕事の時はここにいるのとか、どう?」
「え? お仕事……」
「嫌ならいいぞ? 一緒にいよう。な?」
「お仕事に行くなら、私も一緒に行きたい。待ってるのは嫌だもん……」
「え、でもその体やったら無理やん?」
「少しなら大丈夫だもん。エリアス、ダメ?」
「リュカ……そっか……そうだな。分かった。少しだけな。けど、辛かったらすぐに帰るからな?」
「うん……!」
「兄ちゃがそれでええんやったら良いけど……でも姉ちゃに無理は絶対させやんといてな!」
「それは当然だ! やっぱりなるべく落ち着くまでは一緒にいてやりてぇしな。ってか、俺も離れたくねぇんだ」
「まぁ、何かあったら頼って? 今のあたしやったらある程度の事は何とか出来るし。用が無くても訪ねる位はしやなアカンで?」
「あぁ、分かった。ありがとな、ウル」
「エリアス、お家に帰りたい」
「ここが嫌か?」
「そうじゃないけど、なんかちょっと疲れちゃって……やっぱりニレの木のそばが良い」
「そっか。分かった。じゃあ帰ろうな」
ウルに礼を言って、その場を離れる事にする。メイドのメアリーも侍従のザイルも俺達の様子を、何がどうなっているのかよく分からないって感じで見てたけど、そこはもうスルーしておく事にしよう。
空間移動でニレの木の元まで帰ってきた。そこでアシュリーは大きく息を吸って伸びをする。木を背に座って暫くは二人で、優しい陽射しの中で風を感じてた。こうしているとアシュリーとここでいた時の事と、リュカとここにいた時の事が昨日の事のように思い出される。
俺の膝上に乗って、アシュリーはそのままウトウト眠ってしまった。
今俺の腕の中にいるのはアシュリーで、けれど人格はリュカで……どちらも俺にとっては大切な存在でかけがえのない存在で……
心を閉ざしているアシュリーをこのままにはしておけねぇけど、じゃあアシュリーが目覚めたらリュカはどうなるんだ? 入れ替わるようになるのか? 複雑な気持ちがずっと胸にある状態で、それでも俺は今、幸せを感じている。
愛しい人が腕の中にいてくれる事が、こんなにも心を癒してくれるんだと、改めて感じさせられる。
「アシュリー……? アシュリー……聞こえてるか? 俺、アシュリーが好きだ。ずっとずっと好きだったんだ。ずっと会いたくて、やっと会えて……俺、今すっげぇ嬉しいんだ。リュカにも会えて話せて幸せなんだ。でもやっぱりアシュリーにも会いてぇ……アシュリーと話がしてぇ……なぁ、アシュリー?」
眠るアシュリーに優しく囁くようにそう伝えてみるけど、俺の声は虚しく風にかき消されていく。
ふと見ると、アシュリーの目に巻かれていた包帯が濡れている。
泣いてるのか? 俺の声、少しは届いたのか?
頬を触るとヒンヤリしてたから、少し寒いかもと思って部屋の中へ入る。
ベッドにアシュリーを寝かせて、俺は横に置いてる椅子に座って暫く眠っているアシュリーの様子を見続ける。
いつまででも見ていられるな。こうやって目の前にいるなんて考えられなかった。ずっとこのまま一人だと思ってたからな。
「ありがとな、生まれてきてくれて。愛しているよ。アシュリー……リュカ……」
声は届かないかも知れない。けど言わずにはいられなかった。
穏やかな時間の中で、俺もアシュリーの手を握りながら、ゆっくりと眠りに落ちていったんだ……
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