慟哭の先に

レクフル

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緑の石

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 特に急ぐ事もなく、ダンジョンの中を進んでいく。

 このダンジョンは長く使われているダンジョンで、ちゃんと摩道具の照明も等間隔に設置されてあるし、道も舗装されてあるし、ある程度攻略されているから地図も売り出されている。

 三階層に降りて進んでいく。ここに魔素が多くなる日に出現する細道がある。


「確かこっちの方だったと思う」

「じゃあそっちへ行こう」

「記憶違いだったらごめんね?」

「急いでねぇんだから、焦らずに行けばいいじゃねぇか。な?」

「うん」


 今回は地図を買う事もせずに、私の記憶だけを頼りに進んでいく。とは言っても、そんなに広いダンジョンじゃないから、そう迷うこともないだろう。

 エリアスは何故か嬉しそうに私と一緒に進んでいく。何がそんなに嬉しいのか分からないけど、機嫌が良さそうで良かった。
 とは言え、エリアスの機嫌の悪い時があったのかは、私は見たことがないから分からないけど。


「なんか、思い出すよな」

「え? 何を?」

「前にアシュリーとレクスと俺で、このダンジョンに来たことあったろ? そん時の事をな」

「レクス……あ、うん、そうだったね! 言われて思い出した!」

「そっか……記憶は全部ある訳じゃなかったんだな。覚えてない事もあるかも知んねぇって事か……」

「どうだろう……」

「ま、いっか。これから二人で思い出を作っていけばいいしな」

「うん、そうだね」


 前世で、私はこのダンジョンに来たことがある。それは覚えていた。けど、レクスと一緒に来たことは覚えていなかった。でも言われてそんな事があったと思い出せた。

 レクスはイルナミの街の孤児院にいた少年で、私を庇って亡くなってからは霊となり、私と一緒に旅をしていた事があった。
 だけど、長く霊のままでいると悪霊となってしまうので、その時に知り合ったエリアスがレクスを諭して天へ還らせたのだ。

 天に還る前にレクスがしたかった事を実行する中で、ダンジョンに行ってみたかったという希望を叶えるべく、エリアスと私とレクスでこのダンジョンへやって来たのだ。

 思い出せた事が嬉しい。エリアスはこれから思い出を作っていけば良いって言ってくれたけど、出来れば今までの記憶も思い出したい。エリアスと過ごした時間を、少しでも分かち合いたいと思うから。


「あ、ここだ」

「この行き止まりの場所か?」

「うん、ここは疲れたら休む場所としてよく使われてるんだ。その奥に、いつもはあるはずのない道が出現するんだ」


 そこは先が少し広くなっている場所で行き止まりとなっている。私はエリアスを案内するように前を歩いていく。


「あった……」

「この細道がか?」

「うん。普段は無い道なんだ。行こう」

「あぁ」


 突き当たり、少し広くなった空間があり、その右側に細い道が出現していた。
 そこに私が先頭のまま、エリアスと手を繋いで歩いていく。思ったよりも長く歩いて進んでいくと、開けた場所にたどり着く。そこで思わず足を止めた。


「これは……」

「入ってしまって、帰り道が無くなってしまったとかだろうな……」


 所々、人骨が見られる。魔素が多くなるとこの細道は出現するけど、魔素が少なくなるとそれは消えてしまう。そのタイミングは私にも分からない。迂闊に入り込んだ冒険者達は、魔素が少なくなり道が無くなり、出るに出られずここで命を落としたのだろう。
 それはどれ程の絶望だっただろうか……

 ユラユラとさ迷う霊の姿がいくつも見られた。
 
 
「何年もこうやって……霊となってもここから出ることも出来ずにさ迷っていたんだね……」

「冒険者ってのは探求心や好奇心が旺盛だからな。いつもはない道なんか見つけたら、行くしかないって思うのは当然なんだ……」

「ルキス!」


 自然に流れている涙をそのままに、私はルキスを呼び出した。辺りが光輝いてルキスは姿を現す。周りの状況を見て何も言わなくても理解したルキスは、この空間を浄化していく。

 留まっていた霊達は、ルキスに導かれるようにして天へと昇って行った。

 ルキスは私の元へとやって来て、ニッコリ微笑みながら何も言わずに姿を消した。きっと私が泣き濡れているからなんだろうな。ルキスの心遣いが有難い……


「良かった……これでもう霊達は天に還れたね……って、エリアス?!」

「そうだ、な……」

「ちょっ……! 泣きすぎだって!」

「泣いて……ねぇ……」

「いやいや、それはさすがに無理がある……」

「だってよ……何年もずっと……ここに……帰りたいのに帰れないって……切なすぎんだろ?!」

「あ、うん……そうだね……」

「もっと早くに来れてやってたら……っ!」

「もぅ……」


 まだ涙が止まりそうにないエリアスを優しく抱きしめた。
 言っても仕方がないのはエリアスも分かってる筈。けどエリアスはこういう人だ。誰よりも優しくて、誰よりも涙脆い。本当に可愛い人だ。

 エリアスの溢れ出る涙を私はそっと両手で拭う。すると、額を私の額にコツンとくっつけてくる。

 そうやって暫く抱き合って、エリアスが落ち着くのを待った。エリアスは目を両手でグリグリして、もう涙が出ないようにしてから大きく深呼吸をして、私に向かってニッコリ笑った。
 その笑顔に、私もつられて笑ってしまう。

 そんなところが愛しくて、エリアスの腕に腕を絡ませて頭を肩に寄せると、エリアスは嬉しそうに私を見た。

 それから二人で奥の壁を見る。

 淡く緑に輝く壁がある。

 そこに緑の石がある。

 
「ここにあるんだな?」

「うん。間違いない」

「壁の中に埋まってあるのか……どうやって取り出す?」

「それは問題ない」


 腰に装着していた短剣を取り出す。金色の綺麗なデザインの短剣には7つの窪みがって、今は黄・青・黒・白の石が嵌まっている。

 その短剣を緑に光る壁に当てると、淡く大きな緑の光が輝きだした。
 それは私の全身を包み込んで、体の中にまで浸透していく。

 身体中を温かな何かが這うような、体の隅々まで巡っていくような感覚が懐かしく感じてとても心地良い。

 暫くその快感に身を任せていると、少しずつ体を巡っていたものが私の中に落ち着くように静かになっていく。


「すげぇ、久々に見た。アシュリー自身が輝いてて、なんか神秘的に見えて綺麗だった……」

「緑の石が私に宿ったよ。これで恐らく私も復元出来ると思う」

「そっか。良かったな!」

「うん!」


 手元にある短剣には、緑の石が嵌まってあった。これで村を修復できる。

 それから帰り道に、エリアスはこの細道に、もう誰も踏み込まないようにと手前の道に土魔法で壁を作った。意味もなく犠牲者を出したくないって思ったんだろうな。
 壁は他の壁と馴染んで、初めからそこにあったような、奥へ続く道なんて元々無かったような状態になった。流石だ。

 それから、エリアスは各階に休憩ポイントを設置した。
 土魔法でテーブルと椅子を作り出し、魔物以外であれば出入り可能な結界を施し、結界の中では少しずつ回復出来るように、摩石に回復魔法を込めて取り付けていた。

 今日はひとまずニ十階層までにして、また後日来ようって言ってその場を後にした。
 とは言え、今やこのダンジョンでニ十階層から下へ向かう冒険者はほぼいない。だから急ぐ必要は無いんだろうけど、それでも心配性のエリアスは明日また来ようなって言っていた。

 因みに、エリアスと前にこのダンジョンに来た時は、四十階層まで攻略していた。時間があれば、また二人でその下の階を攻略すんのも良いかもなって笑ってた。エリアスはやっぱり根っからの冒険者だ。
 
 対して、私は目立たないように、隠れるようにして逃げながら旅をしてきたから、エリアスのような冒険者の感覚にはまだ馴染みがない。少しずつエリアスの行動に慣れていければ良いなと思う。

 外に出たら、もう夜だった。

 星一つない、真っ暗な空は魔素が多くなる日の特長だ。

 それでも、エリアスと一緒に歩く道に暗さなんか気にならなくて、手を繋ぎながら久しぶりにダンジョン近くの森を歩く。

 少し歩いた場所にはトネリコの大きな木があって、ここはレクスを見送った場所でもあるけれど、前世の私が最後に来た場所でもあったんだ。

 そこに二人でトネリコの木を背に腰掛けて、光魔法で少しの灯りを浮遊させながら、真っ暗な空を眺めて暫く寄り添うようにいた。 

 エリアスは毎年、私が亡くなる最後の日に行った場所を巡っていたそうで、いつも最後にこの場所に来ると言っていた。
 
 その時は私を思い出しながら、切なくも悲しくもなって、だけどただ私を感じる時間を大切に思ってくれてたようで、今日私とこうやって来れた事で、ここに楽しい思い出が増えて良かったって言ってくれた。

 真っ暗な夜の森の中で、私達は静かに唇を重ねる。

 幸せな思い出が一つずつ増えていきますように。

 たくさんたくさん、増えていきますように。

 そう願いながら、私達は二人の時間に酔いしれたんだ……
 
 

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