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閑話 アシュリーの想い
しおりを挟むエリアスがこの世に生まれたのを知ってから、私はどうすればいいのかを考えあぐねていた。
エリアスは私の事を覚えているのだろうか?
それとも忘れてしまっているのだろうか?
もし覚えていてくれているなら、成長し自分で動けるようになれば、エリアスならここまで来てくれるのかも知れない。
だけどそうでなければ、ここまで一人で来ることは出来ないだろう。
エリアスを探しに行けば良いのか、ここで待っていれば良いのか、その事で私は日々悩んでいた。
もし私の事を忘れてしまっているのなら、エリアスはエリアスの求める幸せを得て欲しいと思う。私の事など気にせずに、また私を残して天に還る事を悲しく思わずにいられるのだから……
だけど心は求めてしまう。
私に会いにここまで来て?
一刻も早くに会いに来て。
そして、また私を愛して……
エリアスを想うと心が暖かくなってゆく。だけど同時に、私の事を覚えている事が良いことだと思えなくもなってくる。
ねぇ、エリアス……
貴方もそんなふうに思っていたの? 私がこの世に生まれたのを知った時、貴方も今の私と同じように考えたの?
今なら分かる。エリアスが私の事を想ってディルクと一緒になれるように嘘をついてしまった気持ちが。それは勘違いだったけれど、私が逆の立場なら……
エリアスに好きな人が出来て、その人と一緒になろうとしているのであれば、私も自分には想う人がいると嘘を言うかも知れない。でもそれは相手を想って言った優しい嘘で……
あぁ……なんで今になってあの時のエリアスの気持ちが痛い程に分かってしまうの?
本当はすぐにでも抱きしめたいのに! 誰よりも求めて止まないのに! 欲しいと求めて手を伸ばす事を躊躇ってしまう……
そんなふうに日々考えて一年が過ぎ二年が過ぎ……
毎日のようにエリアスの事を想いながらも、私は探しに行く事が出来ずにいた。
だけど『ジークマリアの里』へ行った時、子孫である子達に会いに村や街へ行く時、買い物に出掛ける時なんかは、常にエリアスの姿を探してしまう。
私は黄色の石を持っている。この石は他の石が何処にあるのかを教えてくれる石だ。だから白の石を持っているだろうエリアスのいる場所は大体分かっていた。遠くに白く光るのを一日の最後に確認して眠る事が、今の私の日課となっている。
だけどそれでも探してしまう。こんな所にいる筈はないのに。露店で並んでいる時、店の中、孤児院、路地裏、道を歩いている時、薬草採取に行った森の中……
思いがけずエリアスはいるんじゃないかって、そんなふうに思いながら辺りをキョロキョロ見ながら歩く癖がついてしまった。
そうして時は過ぎていき……
10年経っても15年経っても、エリアスは私の元へ現れなかった。
と言うことは、エリアスには私の記憶が無いという事なのかも知れない。
なら無理に私が探してはいけないのかも知れない。
そう思っていても、つい探してしまう。今のエリアスの姿を知っている訳じゃないのに。
黒髪で黒い瞳の、少しタレ目で笑った顔がヤンチャな男の子っぽくて、私を見る目はいつも優しくて……
エリアスがこの世を去ってからもう130年以上経っているのに、今もなお貴方の顔を鮮明に思い出せる……
こんなふうに心を乱されるのはエリアスだけなんだ。それすら愛おしいと思ってしまう。
それからまた月日が流れても、エリアスは私の元へやって来る事はなかった。
もう来ないのかも知れない。会えないのかも知れない。私は諦めた方がいいのかも知れない。毎日毎日そんな事を考えて、だけど自分では探す事をせずに、日課にしていた石を確認する事も止めてしまった。
エリアスが幸せでありますように。元気でいますように。
そんな事を祈りながら街を歩いている時だった。
その街へはルディウスの玄孫に赤ちゃんが生まれたと知って、そのお祝いの品を買いにきた時に、不審な人物が目に入る。
小さな女の子と手を繋いで歩いている男。だけどその子の父親とは思えなかった。子供は辺りをキョロキョロ見渡していて、男に引き摺られるように連れていかれてる。
もしかして人拐い……?
思わずその男の後を付けていく。巡回している兵士がいたから、怪しい人物がいると知らせに行く。路地に入って見えなくなった男の後を追おうとして、どこにその人物がいるのか聞いてくる兵士と共に路地に入っていく。
そこには女の子の手首を掴んだ男がこちらを見て待ち伏せしていて、その後ろに複数の男達がズラリと控えていた。
私が気づいた事を知って、こうやって待ち伏せしていたんだな……
すぐに雷魔法で気絶させようとして、いきなり後ろから頭をガツンと殴られた。あまりの衝撃にそのまま前のめりに倒れ込む。
後ろに立っていたのは……兵士だった筈……
横目で見ると兵士がニヤリと笑って私を見下ろしていた。
そうか……グルだったのか……
ここはインタラス国にある王都コブラルで、エリアスとの思い出がいっぱいある場所で……
そう言えばここで昔、私は拐われた事があったと思い出す。それよりもエリアスとの思い出に浸りたくて来てしまったこの場所で……私はまたこんなふうに動けなくされて……
だけど今は誰も助けになんか来てくれない……
ここに私がいるのを知っている人はもういないし、兵士もグルになっているだろうから不穏な事があっても隠蔽くらい訳なく出来るだろうし、こんな普通の人が入り込まない路地裏になんか誰もやっては来ない……
あ……女の子がビックリして泣いている……それに焦った男は女の子の頬に平手打ちをする。そうされて小さな身体は弾かれて転げた。
ごめん……動けない……でも助ける……!
私はその子に結界魔法をかける。結界の中は回復魔法をかけておいたから、これで打たれた傷は無くなるからね? だけど怖く感じた思いは消せない……ごめん……
私が女の子に何かしたのに気づいて、兵士は思いっきりお腹に蹴りを入れてきた。
飛ばされるようにして壁にぶつかり、そのままズルズルと崩れ落ちる。口の中は鉄の味がして、意識が朦朧としてくる……
だけどそれが少しずつ無くなっていく。痛みが無くなっていって、段々意識もハッキリしてくる。そうか……私は不死だった……こんなふうにされてこなかったから忘れてた……こんな事じゃ私は死なないんだ……いや……死ねないんだ……
フラリと立ち上がると、男達は驚いて恐怖に顔を歪ませる。するとまた胸に激痛が走った。
見ると私の胸から剣が生えてきている。あ、違うか……刺されたのか……
また口の中に血の味が広がる。
痛い……凄く痛い……! 涙が知らずに溢れてくる……死なないって分かってる……だけどこんな事をされるのは凄く怖いし痛い……!
そのまま、またその場に倒れ込む。だけど溢れた血液が私の元まで戻ってくる。徐々に痛みは無くなっていって、意識が戻っていく。
その様子を見た女の子は恐怖で泣き叫び、男達も驚きながらもまた攻撃を仕掛けてくる。
魔法を放つまで回復する前にまた私は氷の矢に肩と胸と腹と脚を貫かれ、壁に固定される形になる。
冷たい……痛いよ……死なないけど……死ねないけど……怖いよ……助けて……誰か助けて……エリアス……エリアス……っ!
「エリアス……助け……」
言い終わる前に氷の矢が喉に刺さった。
息が出来ない……声が出ない……冷たい……苦しい……怖い……
死ねないって辛い……こんなに苦しくても痛くても……段々意識が蘇ってくる……
男達の顔が恐怖から笑みに変わっていく。壁に固定された私なんて、もう怖くないって思ってるんだろうな。でもまだ意識があやふやだから魔法は発動できない……もう少し……もう少しできっと……
そう思っていたら、後ろにいた男が棍棒をわたしに向かって振り下ろそうとして構えていた。私の頭を潰す気なんだな。けどそれは嫌だ……止めて……止めて……お願い……!
口に出せずにそう思っていたら、いきなり男達がバタバタと倒れ出した。
「酷ぇ事すんなぁ……一人相手に何人もで……」
誰かが助けてくれた……? 誰? 逆光で顔が見えないよ……
「おいアンタ、生きてるか?! 大丈夫か?! 待ってろ、すぐに治す……か、ら……」
氷の矢を火魔法だかで溶かしてくれたようで、私はその場に崩れ落ちそうになったのをその人は支えてくれて……
やっと息ができて、だけど荒いままの呼吸を整えていると、淡い緑の光が優しく私を包み込んだ。彼は回復魔法が使えるのか? そのままにしていても、私は勝手に元に戻っていく。だけどその光が優しくて心地よくて……
その時また女の子の声が大きく響いた。こんな場面見せられたら、それは怖くて泣いちゃうだろうな……
すっかり元に戻った私は、支えられた腕から抜け出しすぐに結界を解いて女の子の元へ行った。泣きじゃくるその子を優しく抱きしめて、もう大丈夫だと何度も言い聞かせる。
そこに女の子の母親が娘を探してこの路地まで入ってきた。そこら辺に倒れている男達に母親は驚いていたけれど、娘が泣きながら母親にすがるのを見て、母親も泣きながら子供を抱き上げた。
後処理はこちらでするからもう行くように告げると、母親は何度も頭を下げて足早にその場を離れて行った。
しかし、これだけの人数を一瞬で倒してしまえるなんて、彼は凄く強い人なんだな。そう言えばまだお礼も言えてなかった。そう思って何も言わずに後ろで控えているように立っていた彼に向き合う。
その彼を見て、私は動く事ができなくなった。
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