慟哭の先に

レクフル

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閑話 噛み合わない思い

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 エリアスと二人で王都を歩く。

 エリアスは私をチラチラと見ながら、うーんって感じで何かを考えているようだ。


「エリアス、どうしたの?」
 
「いや……なんか離れたくねぇんだよな。ずっと傍にいたくなる。なんかこんな感じが初めてでさ……」

「そう?」

「あぁ。あ、この世に生まれてからな? 以前はどうだったかは……ごめん、あんまり覚えてないんだ」

「何を覚えてるの?」

「アシュリーに、また生まれてくるって約束をしたのは覚えてるぞ? アシュリーと俺は好き同士だったんだろ? それと……前に行った場所に行ったりしたら思い出すこともある。あ、インタラス国にあるダンジョンの近くの森の……」

「トネリコの木?!」

「そう! それ! 俺、あそこに行った時に思い出したんだ! アシュリーと一緒にあの場所に行ったって!」

「うん! そう! あの場所は大切な場所なんだ!」

「だけどそこで最後を看取った人もいたんだよなぁ……それが誰だったか覚えてねぇんだよ。アシュリーは不老不死だから違うだろ?」

「あ……う、ん……」

「なんかまだまだ思い出せてなくて……ごめんな?」

「そんなの、謝る事じゃないよ。エリアスは今はなにをしているの?」

「俺か? 俺は冒険者だ」

「ふふ……やっぱりそうなんだ」

「え? って事は、前も俺そうだったのか?」

「うん、そうだよ? でもそれ以外にも人々の為に色々しててね。優しかったんだ。誰よりも優しくて強くって……私はそんなエリアスがずっと好きだった」

「そうなんだな……俺は……今は自分の事で精一杯だな……」

「うん。それで良いんじゃないかな? それも大事な事だからね。あ、ねぇ、これからエリアスはどうするの? えっと……また……私と一緒にいてくれる……?」

「俺はそうしたいと思ってる。なんか……離れたくない……離れちゃダメな気がする……」

「うん……私も……じゃあ、家に行く?」

「アシュリーの家に?」

「元はエリアスの家だったんだよ。覚えてないかな? ベリナリス国のニレの木がある丘に家があるんだよ?」

「そうなんだな。行ってみていいか?」

「もちろん! だってエリアスの家だもん!」

「けどベリナリス国はここからは遠いな。転送陣で移動しなきゃ……」

「まだ紫の石は持ってない?」

「紫の石……そう、か……それがあれば思う人の元へも行けるんだな!」

「思い出した?!」

「あぁ! 言われてな! 赤い石は持ってるぞ? けど紫の石は持ってねぇな」

「紫の石は……グリオルド国の方にあるみたいだよ?」

「え? なんで分かるんだよ?」

「私は黄色の石を持ってるから。それは他の石のある場所がわかるんだ」

「そうなんだな。じゃあ、俺が持ってる赤い石の存在も分かってたって事なのか?」

「そう、だね……」

「じゃあなんで俺を探してくれなかったんだよ?」

「それは……」

「会いたかったのは俺だけって事か?」

「違うっ! そうじゃない! ずっと会いたかったよ! ずっと待ってたんだから! でも……っ!」

「でも?」

「……それは……」

「言えねぇか……まぁいっか……」

「エリアス……」

「俺だけが想ってるみたいで……なんか、な……」

「そうじゃないって! 本当に私っ!」

「あぁ、ごめん、変な事言って。そりゃアシュリーは俺がいない間もずっと生きてきたんだもんな? 140年だっけか? それだけ長い間なら、色々あっても仕方ねぇよ」

「色々って……」

「俺、前はなんか贈ったりしてなかったか?」

「え?」

「その……指輪とか……いや、普通贈るだろ? 好きな人にならさ」

「あ、うん……エリアスが亡くなる前にね……俺が死んだら指輪は外して欲しいって言ったんだ。次に会ったらもっと良いヤツ買うからって。そんなのいらないって言ったんだけど、これは遺言だって言われて……だからつけてはいないけど、ちゃんと家に保管しているよ?」

「それって……多分、俺がいなくなってから誰かと恋愛できるようにしたかったんじゃねぇかな? 自分に縛り付けたりしちゃいけないって思ったと思う」

「そうだったのかな……あ、でも勘違いしないで! 本当に私はずっとエリアスだけだから!」

「あぁ……分かったよ」

「エリアス、本当に……」

「分かったって。この話はこれでおしまい。な?」

「……うん……」


 エリアスにはあの頃の記憶があまり無い。だからそれを求めるのは間違ってる。

 私と同じように感じていた事も全て忘れてしまってるのに、その気持ちを分かって欲しいなんて言えないよ……

 それでも、今こうやって一緒にいられる事を嬉しく思おう。そのうち分かり合えると思う。きっと一緒に過ごす時間がそうしてくれる筈……

 チラリとエリアスを見上げてみる。私と目が合うと、エリアスはニッコリ笑ってくれる。その笑顔は以前と同じで変わらなくて……
 だけど前と同じように求めちゃいけないのかな……求めちゃいけないんだよね……

 
「あ、そうだ。さっきの話の続きなんだけどな?」

「え?! あ、うん、なに?」

「その、トネリコの木。あそこで俺、分かった事があるんだ」

「え? 何が分かったの?」

「あそこが俺たちを救ってくれる場所だって事がな」

「トネリコの木が?」

「けど、なにをどう救ってくれるのか、それは分からなかった。ってか、思い出せなかった。どこでそれが分かったのかも覚えてねぇけどな」

「そうなんだ! えっと、でもどういう事だろう?!」

「あの場所に行った時は、ただその事が嬉しくて……これでやっと共にいられるって感じたんだ。だけど、なんでそう感じたのかは正直分かんねぇ……」

「そうなんだ……でも凄いヒントだよ! ありがとう、エリアス!」

「中途半端な情報だけどな。どうする? 今から行くか?」

「うん! 行ってみたい!」
 

 私たちを救ってくれる? トネリコの木が?

 どういう事なのかは分からない。救われるとしたら……不老不死である私がそうで無くなるという事なのな? それ以外考えられない!

 もしそうなれたら、私は今度こそエリアスと一緒に老いて行ける! 
 本当にそうできるのかどうかは分からないけど、行ってみたい!

 私はエリアスの手をしっかり握って、トネリコの木の元まで空間移動でやって来た。
 突然景色が変わった事にエリアスは凄く驚いていた。


「すげぇ……っ! アシュリーはこんな事ができんだな!」

「前はエリアスも出来てたよ?」

「それは紫の石を持ってたからだろ?」

「それはそうだけど、持ってなくても出来るようになってた。凄く練習したって言ってたよ」

「そうなのか! じゃあ俺も練習しようかな?! それが出来たら楽そうだもんな!」

「うん、そうだね……」


 エリアスが自力で空間移動が出来るように練習したのは、私を探し出す為だったと聞いている。昔、記憶を無くして何処かへ行ってしまった私を探す為に必要な力として、何度も魔力切れを起こして倒れて、何度も失敗して努力して、やっとの思いで使えるようになったと聞いた事がある。
 初めは自分一人しか移動出来なかったけど、必要にかられて魔法陣を展開する事で大人数でも移動を可能とした。
 
 エリアスはいつも誰かの為に力を手にしていた。だけどそれと同じ様に求めちゃダメだ。

 目の前にあるトネリコの木に優しく触れてみる。それは凄く心地よくて、この場所自体が癒しの空間になっているのが分かる。小さな妖精もあちこちにいてて、私達の様子を伺っている。
 
 額をコツンって付けてみて、それから大きく手を広げてトネリコの木をギュッて抱きしめる。
 ……あぁ……癒される……

 やっぱりここは落ち着く……大きく息を吸い込んで、ここの空気を体に取り入れていく。身体の中が浄化されていく様に感じて、凄く気持ちいい……

 ふと見ると、木の幹に縦に入る裂け目が見えた。もしかして……


「なぁ、この木が救ってくれるっていうの、どういう事か分かったか?」

「うん……多分そうだと思う……」

「え?! 分かったのか?! どんな事なんだよ?! 俺たちは何を救われんだ?!」

「あ、えっと……多分なんだけどね? 私が不老不死じゃ無くなるようになる事だと思うんだ」

「え?! なんでだよ?! それ、どういう事なんだ?!」

「私の代わりに、このトネリコの木が不死を肩代わりしてくれるって事だと思う」

「なんでそんな勿体ねぇ事すんだよ?!」

「え……」

「って事は、不死を誰かに移せるって事なのか?!」

「誰でもって訳じゃないけど……」

「だったら俺に移してくれよ!」

「えっ?! それはダメだ!」

「なんでだよ! 不死が嫌なら、俺が引き受けるって言ってんだよ!」

「それは絶対にダメだっ! な、なんでそうなりたいとか言うんだ!」

「俺が死ななきゃ、守りたい奴を守ってやれんだろ?! 命を懸けて守ってやれんだろ?!」

「……エリアス……」

「俺はもっと強くなる……そしてこれ以上誰も死なないように俺が守ってやる……! だから俺は死にたくねぇんだよ……っ!」


 エリアスがどう生きてきたのか……それはまだ私には分からない。
 きっと悲しい事があったんだろう……悔しい事があったんだろう……
 だから強くそう思っているのかも知れない。

 だけど……! 


「ごめん、エリアス……それはやっぱり出来ない。この力は……渡せない……」

「なんでだよ?!」

「…………」


 今のエリアスに言ってもきっと分からない。前世の事を思い出せていないエリアスに、この事を言ってもきっと理解出来ないと思う。

 私にはエリアスとの間に12人の子供がいた。そのお陰で、今私の子孫達はあちこちに点在している。所在が分からなくなった人達もいるけれど、生まれた時から知っている子達もいるのは事実で、新しい命が芽生える事をいつもとても嬉しく思ってた。

 でも……

 私の生んだ子供達は全員天に還って行った。私より年老いてゆき、その容姿が変わったとしても、それはやっぱり私が一生懸命育てた子供達で、幾つになっても我が子であることは変わりなくて……

 天寿を全うしたとしても、やっぱり先立たれるのは凄く凄く悲しくて……
 見送る度に心がえぐられるように感じて、痛くて苦しくて悲しくて……
 
 何度私も死にたいと思った事か……

 置いていかれる悲しさに慣れる事なんかなくって、エリアスから不死の力を奪った事は後悔はしていないけれど、どうして死ねないのかと何度も何度も一人で泣いた夜もあって……

 きっとエリアスも不死だった頃、そんなふうに感じてたんじゃないかな……
 愛する人が自分を置いてみんな先立って行って……悲しくて、だけどこの気持ちを分かってくれる人は殆どいない状態で……

 エリアスにならまた幻夢境刀に宿るソムニウムを従える事はできると思う。だけどやっぱりエリアスにアタナシアを宿す事はしたくない……!

 
「不死が嫌だってんのに、人にそれを渡すのも嫌とか……訳分かんねぇ……」

「ごめん……けど……これだけは譲れない……」

「んだよ……」


 不貞腐れた感じで、エリアスはそっぽを向いてしまった。
 エリアスがまだ成長過程の子供のように見えてしまう。でもそうだ。彼はまだ18歳頃の筈で、昔初めて会った頃のエリアスと同じくらいの年齢で……

 一緒に旅をして二人で色んな事を経験して乗り越えて、そして親にもなって自分という人間を確立させていったのだ。

 だから前のエリアスと同じ感覚であることを求めちゃいけない。まだ今のエリアスの経験値は浅い。そんな状態で分かって貰うのは無理だ。

 
「ごめん……」


 エリアスにはエリアスの思いがある。それを無下にはしたくないけどこれだけはダメだ……

 私はただ謝る事しか出来なくて、その場に立ち尽くすしか出来なかったんだ……




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