慟哭の先に

レクフル

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閑話 エリアスの当惑

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 アシュリーと会う事ができた。

 初めてその人を見たとき、俺は心臓を鷲掴みにされたのかと思うくらいに胸が苦しくなった。

 胸の鼓動は激しく鳴って、その場に立っている事すらも危うくなる程に息苦しくなり、その事に凄く動揺してしまった。

 その人は凄く美しく、今まで見たどんなに綺麗に着飾った美女と言われる人達でさえも比べ物にならないくらいに、俺には全てが特別に見えた。なんだったら輝いてるようにも見えたんだ。

 男みたいな格好をしているけど、この人は女性だ。なんでそう分かるのかと言われたら説明できないけど、この人は女性なんだ。俺の理想を具現化させたような、そんな存在が目の前にいる事が信じられなくて、動く事すら忘れていた。

 もしかしたら……いや、それは俺のただの願望だ。そんな上手い話がある訳ない。

 そうは思っても聞かずにはいられなかった。彼女の名前を……
 
 
「あの……アンタ……その、えっと……」

「あ、はい……」

「な、名前は……なんて言うんだ……?」

「え? 私の……?」

「あぁ……」

「私は……」

「アシュリー……か?」

「え……なん……で……」

「あ、いや、違ったら良いんだ! 悪ぃ!」


 やっぱり違うかった! そりゃそうだ! そんな思い通りに事が進む訳はない!
 けど、このままここにいて彼女を見ていたら、俺は自分の気持ちを抑えられなくなるかも知れない……! こんな魅力的な女性を目の前にして、何も行動を起こさないなんて出来る自信がない……!

 すぐに後ろを向いて立ち去ろうとした。それにも心がブレーキを掛けようとする。
 行くな! 彼女の元を離れるな! そう言ってるように感じるけれど、ダメだ! アシュリーと俺は約束したんだ! その為に生まれて来たんだ! その約束の通りに生まれたって事は、必ずそうしなきゃいけないって、俺の魂がそう思ってるって事なんだ!

 だからその場を去ろうとした。これ以上惑わされないように。これ以上歯止めが効かなくならないように!

 
「待って! エリアスっ!」

「え……?」


 思わずビクッてなって立ち止まってしまった。俺の今の名前はレイだ。だから俺をエリアスと呼ぶ人はいない。
 エリアスと言うのは前世の名前で、アシュリーの事を思い出した時に自分の名前も思い出したんだ。
 だから俺をエリアスと呼べるのは、俺の前世を知っている人しかいないんだ。
 もしかして……本当に……


「エリアス……私はアシュリーです……ずっと……ずっと貴方を待ってたの……」


 マジか……この人がアシュリーか……

 すげぇ……こんな偶然、あんのか……?

 小さく震えるように下を向いている彼女をそのままにはしておきたくなくて、優しく包み込むように胸に抱く。

 あぁ……すっげぇ……なんだこの感覚……
 心が落ち着く……癒される……俺の体にフィットするっつぅか……すっげぇしっくりくる……

 今まで知り合った女とは違う。そんなんじゃねぇ。この言い様のない幸福感はなんだ? 
 誰とどんなに肌を重ねても、こんなふうに感じた事は今まで無かった。勿論、その時も愛があったと思っていたし、好きだという気持ちもあった。けど違う。そんなのとは比べ物になんねぇ……

 離したくない。ずっとこの腕に抱き止めていたい……

 俺の名前レイだと言ったら、勘違いしたと言ってアシュリーは離れていこうとする。それを防いで何処にも逃げ出せないように壁と俺で挟むようにしてアシュリーを抱きしめる。

 やべぇな……こんなの、もう自分でも抑えらんねぇぞ……
 しっかりと顔を見る。やっぱ可愛い。すっげぇ綺麗だ。全てが俺には完璧だ。その大きな瞳も眉も長い睫毛も整った鼻も均整のとれた艶やかな唇も……
 見れば見るほどに惹かれていく……こんな人がいたなんて……

 これは俺の魂がそう思わせてんのか? それとも俺自身か? いや、そんな事はどうでも良い。俺を見て涙を流すその瞳を、その唇を、自分だけのものにしたくなって抑えきれなくて……

 結局邪魔が入って何も出来なかったけど、それからはアシュリーの傍を離れたくなくなった。

 アシュリーは俺をエリアスって呼ぶ。だけどエリアスとしての記憶は殆ど無い。俺はレイとして育ってきていて、その経験でしか行動できないし、考えも経験則だ。特定の場所に反応する事もある。けど、それだけだ。新たに何かを思い出すとかは殆どなくて、俺はレイとして生きていくしかねぇと思っていた。

 けどアシュリーはエリアスを求めている。そりゃそうだろう。ずっと待ってたって言ってたし、俺がエリアスだと言ったら嬉しそうに泣いたくらいなんだから。

 だけど俺はレイだ。10歳の頃に村を無くし両親を亡くし、一人でガムシャラに生きてきて、何とか冒険者になって実績を積んでAランク冒険者にまで登り詰めた。
 けどそれは当然のように思われたみたいで、今までの努力とか思いとか、そんなのは分かって貰えて無さそうに感じてしまう。

 聞くと、エリアスは凄い人だったようだ。人としてもそうだけど、人々の為に色々してて優しくて強くってって、嬉しそうにアシュリーは言う。けどそれは本当に俺なのか? 覚えて無いから全く実感が湧かない。そして、エリアスの事を話すアシュリーは凄く幸せそうに見えて、過去の自分に嫉妬してしまうという馬鹿げた現象に陥ってしまった。

 アシュリーが前はこうだった、と話す度に、まるで前の彼氏の話をされてるような気分になって、どうにも落ち着かない。だからつい遮るように、これから二人で思い出を作っていこうって言ってしまった。

 明らかに残念そうな顔をするアシュリーだけど、俺と目が合うと微笑んでくれる。気を使わせているのかも知れない……そうは思っても、過去の自分への嫉妬は付いて回る。
 そんな自分が嫌だ。なんてちっちゃいんだって思う。前世の俺なら、エリアスなら、どんな事があってもドンッて構えていたんだろうな。

 いや、俺だってロヴァダ国じゃあそこそこ名が知れてんだぜ? 言い寄ってくる女は多いし、ロヴァダ国のSランク冒険者にならないか? なんて話もあったりする。まぁ俺は自由を求めて断っているけどな。

 今は金にも女にも困って無かったし、何だったら強さにも自信はあったんだ。ちょっとやそっとの事では負けねぇ。俺に出来ない事はねぇ。
 そんなふうに、まぁちょっと調子に乗ってたのは否めねぇけど、そう思ってたんだ。

 けど、アシュリーにエリアスの事を聞く度に、俺の今迄の自信とかプライドとかがガラガラって音を立てて崩れ去っていく気がした。自分には価値が無いような気さえしてきた。

 しかし気になる事がある。それはトネリコの木の傍で看取った人の事。不老不死のアシュリーを見送ってないのだとしてら、それは一体誰なんだ? 俺は他にも想う人がいたって事か? けど、こんな事をアシュリーに聞く訳にもいかねぇんだよなぁ……まぁ聞いたところで知ってたとしても答えてくれなさそうだし。

 そう、特に気になっているのは、アシュリーが俺に全てを話してくれていない所だ。

 なんでそんなに言えないのか分かんねぇけど、聞いても悲しそうな顔をして黙ってしまう。俺が不死の力を譲って欲しいって言ってもただダメだって言うだけで、なんでダメだって言うのかその理由は教えて貰えない。

 不死でなくなりたいらしいけど、その理由も分かんねぇし、教えてもくれない。事ある毎に口籠るアシュリーに、俺が信用されて無いのかと感じてしまって、思わず宿屋から飛び出してしまった。

 アシュリーから離れるなんて、なんでそんな事をしてしまったのか……今考えても馬鹿だっと思う。けど少し反省したかった。心を落ち着かせたかった。
 宿屋から出て足早に何処に行くでもなく歩いていく。ふと目に飛び込んできたのは『黒龍の天使』像だった。

 昔からこの像を見るとなんか切なくなって嬉しくなって、荒れていた心も落ち着くんだ。理由は分からないけど、この像は俺の癒しスポットなんだ。この街にもあったんだと思って暫くの間眺めていた。

 そうすると段々落ち着いてきて、なんであんな事で怒ってしまったのかと反省しか頭に浮かんでこなくなって、俺はすぐに宿屋へ戻ったんだ。

 けどそこにアシュリーの姿はなかった。 
 

 

 
 
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