ただ一つだけ

レクフル

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 フェルテナヴァル国は然程大きな国ではないものの、農業に盛んで鉱山もあることから、国中それなりに潤っていた。

 他国とも友好を結んでおり、ここ何年も戦争は起きていない。この世は平和だったのだ。

 瘴気に侵されるまでは……

 俺が生まれる前は両親も生活に困ることは何もなかったそうだが、徐々に瘴気に侵された場所が広がっていき、作物が育たなくなり物価が上がり、生活は困窮していったそうだ。

 俺が物心つく頃には既にそんな状態で、俺の住む辺境にあった小さな村は、いつ飢饉に見舞われても可笑しくはなかったのだ。

 8歳の頃俺に魔力があることが分かり、ほぼ強制的に貴族の養子に迎えられたが、一人息子を奪われた両親は、せめて近くに住まわせて欲しいとレーディン侯爵家に懇願した。温情を与えられ、俺の両親は王都に住める事になった。俺とは二度と会わないと言う条件付きで。

 だから俺の帰る場所は無くなった。レーディン侯爵家が俺の家だとは未だに思えなくて、養子になってから俺は常に自分の居場所を探していたように思う。

 心が落ち着ける場所。自分でいられる場所。

 それはまだ見つかってはいないが、そう言えば最近はそんな事を気にする事もなくなってきていた。

 街に着いて、宿屋にある一階の食堂で食事をしている時に、一生懸命頑張って食事を摂っているように見えるジルを見て、ふとそんな事を考えてしまった。

 ジルはフォークを握り締めて、大きなとり肉をガツッと刺して強引に口に入れていた。
 そんなジルを見て、思わずクスリと笑ってしまう。


「ジル、ソースが口の周りにいっぱい付いてるから」

「ん……」

「あ、袖で拭こうとするな。仕方がないな」


 ハンカチでジルの口元を拭ってやる。そんな時ジルはされるがままな状態だ。まるで小さな子供みたいだ。


「この肉は大きいからナイフで切り分けないとダメだろ? 難しいなら俺が切ってやるからそう言えばいい。な?」

「うん……リーンは……」

「ん?」

「すごく、優しい」

「そうか?」

「うん……何度、も、助け、てくれた、し……」

「ハハハ、こんなの助けたうちに入らない。出会った時も支えて起こしただけだしな」

「そんな、こと、ない」

「こんな事くらい気にするな。食べ終わったら少し休むか? 俺は聞き込みに行くが」

「一緒に、行く」

「長く歩くと時々辛そうにしている。ジルは何も言わないけど、そんな時はちゃんと言わないとダメだぞ? 俺はそう言うのに鈍感だから」

「大丈夫、行け、る」

「そうか? あまり無理はするなよ?」

「ん」

 
 頷いたジルは嬉しそうだ。俺と一緒にいられる事が嬉しくて仕方がないって感じに見える。そう思うのは俺の思い上がりか。ダメだな、そんな風に考えすぎると。別れる時に名残惜しくなりそうだ。

 結局俺は侯爵家の人間だから、この旅が終わればジルと別れなければならない。ジルの能力が分かると、きっとレーディン侯爵家、いや、それ以外でも貴族や王族に捕らえられてしまう。
 そんな未来は見たくない。ジルには自由に生きて欲しいと思う。

 こんな能力があるんだ。恐らく良いように使われていたのだろう。自由なんて無かったんだろう。きっとそこから逃げて来たんだ。何処に行く宛もなく、だけど我慢出来ずに逃げたのかも知れない。そんな時に知り合った俺を、ただ支え起こしただけだとしても助けてくれたと思ったのだろう。
 身寄りがないのであれば、そんな人物になつくのは仕方のなかった事かも知れない。

 俺は、こんな世間知らずで無垢なジルを放ってはおけなかっただけだ。

 けれどそれもこの旅が終わるまでだ。ジルには安住の地を見つけてやらなければ。旅の目的が一つ増えたな。

 食事を終えて、聖女に関しての事を聞きに回る。歩くスピードはジルに合わせてゆっくりと。本当は早く休みたいだろうに、ジルは俺の傍を一時でも離れたがらない。別れる時になったらどんな顔をするのだろうか。寂しく思ってくれるのだろうか。

 宿からあまり遠くへ行かないようにして、周りの店の店員なんかに聖女に関して聞いてみる。


「聖女様? あぁ、聖女様がこの国に誕生なさったから、俺達はこうやって生きていける。本当に有り難くてしょうがねぇ」

「そうだな……では、以前はこの地域も瘴気が酷かったのか?」

「そうだよ。常に体が重くてな。力もなんも入んねえ。食い物も無くなっていってよ。あとはこの街が滅びるのを待つだけかと思ってたぜ」

「しかし今は活気があるな。聖女様の力がここまで及んでいるのか……」

「なんでも領主がな。聖女様の衣服を手に入れたそうなんだ。それからだ。ここに蔓延っていた瘴気が無くなっていってな。すげぇよな」

「衣服……それだけでも、か?」

「あぁ! マジですげぇよ、聖女様!」

「本当にそうだな」

「ここより西にある大きな街には、聖女様の身に付けていた腕輪が神殿に祀られているって話だぜ! 連日祈りに行く人達で溢れてるんだそうだ。まるで女神様のようだな!」

「腕輪が!?」

「勿論、聖女様の衣服もこの街の神殿に祀られてあるぜ? 見に行ってみろよ。ご利益があるかも知れねぇぞ?」

「あぁ。そうしてみるよ」


 ここから西にある街に聖女の腕輪がある。良かった。やっと情報が得られた。

 しかし、衣服だけでもこうやって瘴気を浄化できるとは、どれ程の力の持ち主なのか。

 本当に女神かも知れない。

 前に式典で遠目に聖女を見たことがある。その時は終始笑顔でいたが、どこか寂しそうな面持ちだったのが印象に残っている。
 
 遠目だからハッキリは見えなかったが、銀に輝く長い髪が美しく、優しそうな顔立ちだったのを覚えている。

 その時に塔に幽閉されていると耳にした。

 それから俺は休みの度にその塔まで行く事にした。微笑んではいたが、あの時の悲しそうで寂しそうな表情が忘れられなかったからだ。

 塔は厳重に警備されていて、入り込むなんて事は出来そうになかった。聖女に面会するのは一部の王族のみで、上級貴族でさえも簡単には会えない存在。

 聖女のいる塔に出来るだけ近づき、俺は聖女の姿が見られないかと塔の上部にある小さな窓を眺め続けた。

 そうやって聖女の姿を見ることもないまま、いつも休みの日は過ぎていったのだ。



 
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